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ジェイドと四郎が、兵士たちの きよめを済ませると、榊が幻惑を解いた。


兵士たちの前には、ミロンとトール、ロキが立っていて、『トール?』『ロキじゃないのか?』と

動揺する兵士たちに

『静まれ。これから 説明をする』と

ミロンが言った。 けど、すぐに静まったし。

軍の統率って すげーよなぁ。


『ソゾンが、謀反むほんを犯した。

ヴァナヘイムは、壊滅的な状態にある』


ミロンが説明を始めると、口を開きかけた兵士たちは、言葉を飲んで 次の言葉を待っている。


『今 起こっていることは、ヴァナヘイムや

世界樹に留まらない』と

説明を続けるミロンを見てて、泰河が

『ミロンってさ、ヴァナヘイムの軍の司令か何かなのかな?』って ヒゲに指やってるし。


『うん、そうなんだろ。

兵士たちが 信頼した眼で見てるから』


ミカエルが言うように、兵士たちは

上官の話を聞いてるって雰囲気だった。


イブメルや 女神達の話になると

『そんな... 』『何故... 』って 声は漏れてるけど

ミロンの話を疑うような様子はない。


『ルカ、泰河』


ハティに呼ばれて、水の壁の方へ行くと

中央より 少し左寄りの床に、魔法円があって

同じ位置の天井にも 同じ魔法円。

ベルゼとハティの間に、琉地が座ってるし。


『この辺りに、術の気配がある』


琉地の額を 白い手袋の手で撫でるベルゼにも言われて、上下の魔法円に挟まれた 水の壁を見ると

上への水の流れの中に 何かが浮かんでは消える。


『何かあんのか?』って聞く 泰河は

水の壁には 後頭部向けてて、ミロンの説明を聞く

兵士たちを見てるし。


『何かあるけど、流れてる水に 書けんのかな?』


『天の化粧筆だろう?』

『見えるのなら、術や呪は 筆が捉える』


ハティやベルゼに言われて、筆を水に付けてみると、✓‛ ... が 水の壁に浮かんだ。青い光の文字。

『破壊と再生』と、ベルゼが読む。


ユーダリル... ウルが暮らす場所。

神人の子どもたちがいた塔の文字と同じ

イチイの木を表す ルーン文字。


『ミカエル、文字を消す』


ベルゼが言うと『うん。神隠ししてるしな』って

ミカエルが頷いた。


ミロンの短い説明が済んでいて、兵士たちは

緊張した面持ちだったけど

ヴァナヘイムの子どもたちが 天に居る... ということが、希望と支えになってるみたいだ。


ベリアルが、剣をミロンに返すのを見て

泰河が 白い焔の模様を浮かせた 右の指で

イチイのルーン文字に触れる。


文字が消えると、下から上に流れる 水の壁が

天井から剥がれ、広間に 覆い被さってきた。


ザバッ と、頭から全身に 水を被って

「大丈夫か?!」「何が... 」と 騒然となる。

ジェイドや朋樹、四郎も、榊たちも無事だ。

トールたちや、兵士たちも。

けど、何かが 剥がれた気が...


「神隠しが掛からぬ... 」


榊が 呆然と言った。


「えっ?」「解けてんの?!」


周りに 神隠しを掛けられていない人たちが居て

認識されているかどうか... って 反応 見ねーと

自分に神隠しが掛かってるかどうかは 分からねーんだよな...

術を掛ける方の 榊や月夜見キミサマは、術を解かれれば分かる。


「今の水で?」


水が止まり、壁は無くなっていて

オレらが立っている場所から 2メートルくらい奥に、氷石の薄い壁がある。


「ルカ、泰河。下がれ」


ベルゼに言われて、氷石の薄い壁に映る影を見ながら、一歩 後退ると

すぐ近くに 剣を持ったミカエルが立って

腕に朋樹の蔓が巻き付いた。

「早く来い!」と 緑の蔓を引きながら

式鬼札を取り出してる。


薄い壁の向こうの 巨人のような黒い影が

ぼたぼたと、蛇や蜥蜴の影を 床に落としながら

長い尾で 立ち上がった。


トールの倍近くある...

頭部の左右に 黒い大蛇の影。

アジ=ダハーカだ...


朋樹の蔓に引っ張られ、ケツを床に着くと

そのまま 蔓に引きずられて、兵士たちの背後まで下がる。


ボティスに引き起こされて、泰河も起こしたら

何人かの兵士が、オレらの前に立って

両手に持った盾を 前に構えた。

床には、青いルーシーの 巨大な防護円。


「トール!」


ミカエルが呼ぶと、ミョルニルを振り上げた

トールが、全力で壁に投げつける。

氷石の壁の中心に ミョルニルが激突すると

上下に入ったヒビから、左右 斜めにも 幾本ものヒビを走らせ、ミョルニルがトールの手に戻った。


氷石の壁が 一気に煌めき崩れて、輝く粉塵の向こうから、深緑の猛毒の息が 吹き込むと同時に

大量の黒コブラが なだれ込む。

黒コブラたちは立ち上がり、蛇人ナーガになっていく。


手のひらを向けた四郎が、猛毒を吹き返し

目の前にいる兵士たちが、一斉に呪文を唱え

円形の盾の縁で 床を突く。

周囲を空気の膜のようなものに 包まれる感じがした。


ミカエルが、剣の先を床に着け

強い真珠色の光で炙ると、蛇人や黒コブラたちが

ぶすぶすと 黒い煙を上げる。

床を濡らした水が 蛇人たちに染み込み

火傷が 修復されていく。

水の壁が立っていた床からは、まだ ごぽごぽと

一直線に 水が湧き出している。

こいつらも、頭部をやらねーとダメっぽい。


「あれ... 」


ジェイドが、微かに眉をしかめて

兵士ごしに アジ=ダハーカの方を見てる。


猛毒の息を吐き散らす蛇人たちに 対峙するミロンと、藍のマントの兵士たち。

トールやロキ、剣を握ったミカエルの前に立つ

アジ=ダハーカは、天井と床から伸びる青く光る鎖に 繋がれていた。


両肩から黒い大蛇。濃紫の腹と黒い鱗の蛇体。

黒くうねる 長い髪の間には、黄緑と茶を混ぜたような色の虹彩に、縦に細い瞳孔の眼。鉤鼻。

長い牙の間から 先の割れた舌を覗かせ、嘲笑っているように見える。


背後から、二匹の黒い大蛇が 顔を覗かせた。

両肩とは別に 肩甲骨の辺りからも 新たに蛇が生えたらしいけど、何か おかしい。


元の悪魔の姿に戻ったハティが、錬金の息を吹くと、左肩の大蛇が口を開け、無数のコブラを吐き出して 盾にする。

ハティの息で、コブラたちは 砂になっても

大蛇やアジ=ダハーカは無傷だ。

カチャ と 鎖を鳴らして、ハティに顔を向けた。


ミカエルが左手に出した秤の片方を、ロキが押し下げる。


「罪だ」


腕をしならせたミカエルが、右肩の大蛇を落とすと、トールがミョルニルで 蛇人の頭を潰し、

ミロンが 蛇人の喉を突いた。

兵士たちも 一斉に攻撃を始め、蛇人の首が床に落ちる 鈍い音が鳴り重なっていく。


目の前に居て、オレらを囲む兵士たちは

床に縁を着けた 円形の盾を持って、動こうとしない。護衛についてくれているようだ。


トールがミョルニルを投げ、蛇人の頭を砕きながら、アジ=ダハーカの背から生える 左側の大蛇の 頭も潰す。


ベルゼが左手の白い手袋を外すと

左手は、黒いてんとう虫のような虫になって溢れ

蛇人たちに取り憑き、眼や鼻、耳から入っていく。

中から喰われるようで、虫が入った蛇人たちは

両手で頭を押さえながら 割れた舌を出して叫び始めた。


ハティの錬金の息でも、黒コブラや 蛇人なら

砂になるし、息が掛からなかった蛇人の頭を

片手で掴んで 捻り潰し、確実に減らしてもいるけど、アジ=ダハーカから生える大蛇や 背から

それを上回る勢いで、コブラが ざわざわと落ち

ミカエルが切断した 右肩の大蛇や、トールが潰した左側の大蛇も 復活している。


ビュウウッと、背から生える 右の大蛇が伸び

剥いた牙で ロキを襲う。


「お?」って ノンビリ言って見てるけど

大蛇の首を落とした ミカエルが

「ロキ! お前も バラキエル達の所にいろよ!

剣が当たらないか って、気を使うだろ?

バラキエル! お前は多少 出ろよ!」って

怒鳴られてるし。

落ちた大蛇の首は、床でバラけて 黒コブラになった。コブラから 蛇人たちが立ち上がる。


「トールが働いてるんだぞ!俺が隣に... 」って

言う ロキが、琉地に引っ張られて

オレらが居る場所まで後退した。


「榊と居ろ。盾の中の護衛」


ロキに言った ボティスが、面倒臭そうに

盾を構えている兵士たちの間を抜けて 前に出る。


「待て」「蛇人の毒が... 」と、兵士たちが

慌ててるけど、ボティスは

「蛇毒は、俺には効かん」って 返して

白いルーシーで、助力円を 二つ描いた。

こいつ、どんななんだよ...


「お前も出来たんだろ?」って

ジェイドに言ってるけど

「でも、ミカエルの助力円しか知らないんだ」って 答えてる。


「まぁ、そうだな。人間で知っている者の方が少ない。天魔術だからな。

見様見真似で よくやったが、お前の肩のクロスには、ミカエルの加護がある。

そういった要因もあって、助力を使える訳だが...」


説明を止めたボティスは、助力円に 蛇人の尾が触れたのを見て「助力、ウリエル。神の炎」と

蛇人たちを焼く。


身体の内側から 赤く燃やされ、煙を上げる蛇人たたちに、床を濡らしている 水が染み出した。


「また回復しやがるんだろ?」と、ロキが言うと

ボティスは もう 一つの助力円に 蛇人を蹴り入れ

「助力、ミカエル。神の光」と、助力を発動する。


ウリエルの炎で燃やされた蛇人たちの 頭部が

内側から光を発し、眼が 灰になって落ちると

血肉も焼き尽くされ、ガラガラと落ちた骨も 崩れ落ちて 床に沈んでいった。


「蛇には覿面てきめんだな。父が自ら 恨んだだけはある」


けど、床に ぞろめいている黒コブラたちが

また 蛇人となって、アジ=ダハーカの 大蛇や背からも 黒コブラがバラバラと床に落ちる。


「キリがない」


ロキが言うと、ボティスが

「そうだ。天空精霊テウルギアでも同じことだからな。

元を断て」と ミカエルに言う。


「でも アジ=ダハーカは、あの鎖に護られてる」


ミカエルが答える前に、また ロキが言った。

あの青い鎖は、捕らえてるんじゃなくて

護ってんのか...


「あれを何とかしない限り、攻撃しても

本体には効かないぞ」


ロキの “読み” って、朋樹の霊視や

オレの思念の共有とは 違うんだよな。

ボティスが悪魔の時にしてた、思考の読み取りや

過去、何をしてきて どんなことがあって

今 何をしていて、先は こうなる... っていう

三世の読みとも違う。


そいつになり切る... 変身出来るからかもだけど、

どんなヤツで どういう状況か... って 中の霊まで視て、客観的な真実まで 読めちまう。


「そう! こいつの背後にも回れないんだ!

鎖を断つ方法を考えろよ!

方法があるんなら、やってやる」


大蛇に ミョルニルを投げつけるトールの近くで

同じく、また生えた大蛇の首を落として

黒コブラや蛇人を増やしちまいながら

ミカエルが、ボティスに返す。


ベルゼの虫や ハティの錬金の息でも

蛇人が立ち上がる度に 床に倒しているけど、

ミロンや 兵士たちには、疲れが見え始めた。

やっても やっても... ってなると、精神的にもくるんだよなぁ...


「黒炎 弾でも、ならぬであろうか?」


ロキを間に、琉地が居るせいで 大人しい榊が

遠慮がちに言ってみると

ジェイドが聖油 出してるけど

「ならん」「やめろって」って

ボティスや朋樹が止めて

「風で押しましても、大まかな範囲にしか導けませんので... 」って 四郎も止める。

うん、暴れだまだもんなぁ。


「ロキ。あの鎖って、何で出来てるんだ?」って

朋樹が聞いたら

「この水。極寒から流れてくる水に

キュベレの力を借りて、ソゾンが手を加えてる」らしくて、四郎が

「成る程。でしたら 水は、清めることが可能かもしれないのですね」と 消えて

ミカエルの近く... 水が溢れている 壁があった場所に顕れた。


「おい!」「四郎!」


オレらも焦るけど、ミカエルもトールも

「危ないだろ?!」「下がってろ」って

四郎より前に出て

アジ=ダハーカから伸びる大蛇を トールが掴んで

引きちぎり、もう 一匹を ミカエルが斬る。

広大な広間は また、黒コブラと蛇人に溢れていく。


「... “このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいます あなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか”... 」


しゃがんだ四郎が、マタイ 7章11節を読んで

床から溢れる水に 右の手のひらを浸けると

“あっ” って 風になったミカエルが

四郎の背後に回って、右手の剣で 四郎を庇うようにして、左手を四郎の肩に載せた。


「ミカエル... 」


トールが 四郎とミカエルの前に移動すると

アジ=ダハーカの右肩と 背後から生える左側の大蛇が トールに牙を剥いて迫る。

一匹は、トールが ミョルニルを投げて 弾き飛ばしながら潰し、もう 一匹は

ハティが 掴んだ首を握り潰して 黒コブラに変え、

自分とトール、ベルゼの下に 青い防護円を敷いた。

けど、先に 首を落とされていた左肩の大蛇や

右背後の大蛇が、また生える。


蛇人の尾に弾かれた兵士が 吹き飛ばされ

左側の壁の近くに落ちた。

盾を取られた兵士の 剣の腕を、蛇人が掴み

別の蛇人が 後ろから首を締めてる。


「ジェイド、聖油」


朋樹が出した式鬼札に、ジェイドが聖油で十字を書くと、式鬼札は 八枚羽の青い蝶になって

兵士の首を締める 蛇人のうなじに止まり

ゴキッ という音を響かせて、蛇人の首の骨が外れ

兵士の背後で 蛇人が倒れた。


「... “わたしは言っておく、

『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』と

おまえたちが言う時までは、今後ふたたび、

わたしに会うことは ないであろう”... 」


マタイ 23章39節を 四郎が読むと

水に浸けた 四郎の手のひらの下から

ミカエルの真珠色の光が発されて、水に溶け込んでいく。

光は、溢れ出る水の源へ浸透していくようで

四郎の手の下から 左右に光が走り、床の下深くまでが輝いていった。


「きよくなれ」


床を濡らしている水にも 光が溶け込み拡がると

真珠の蒸気になって立ち昇り、蛇人の尾の鱗や皮膚を焼きながら 空中に解けていく。

水が清められた。

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