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玄関ホールから、右側のドアに入る ハティに着いて行って、『さっき、ベルゼがさ... 』

『イブメルってヤツが... 』って 報告しながら

二つの塔の中を通り過ぎる。

オレらの話 聞いた ハティは『滅呪だと?』って

めずらしく 眼ぇ剥いたんだけどー。


三つ目の塔の螺旋階段を昇ってたら

『... トール! すぐに、ルカと泰河が来る!』っていう、ミカエルが説得する声と

『でも、子供の声がしたんだぞ!』っていう

興奮気味な ロキの声がした。


三階分くらい 螺旋階段を昇ると

他の塔へ続く通路に、トールの でかい背中。

ミョルニル握ってるさぁ。


トールの前に出てた ミカエルが

ロキの背中に手を添えた上に 片翼で包んで

落ち着かせようとしてた。


『ハティでも 止められねぇの?』


泰河が小声で聞くと

『トールが本気ならば、ミカエルや皇帝でも

盾が必要となる』って、ため息ついてるし。

おまけに ロキだもんなぁ。


『トール、もう一度 ミョルニルで... 』

『いや せって! ルカ、印!』


ミカエルに急かされて、ただの壁に見えるところから、印を探す。


『これ、壁じゃねーの?』って 一応聞いてみたら

ハティに『いや。向こう側に空間がある』って

返されるし。

ロキにも『早くしろよ!』って 言われて

『ん、ごめん』って 宥めながら

目の高さくらいから探して、胸の下くらいの位置に 何か見えた。


ルーン文字みたいなやつだ。

天の筆を出して なぞると

『“イチイ” だ』って、ロキが言った。

ラテン文字のZが、反転して 傾いた感じ。

縦線はまっすぐだけど、✓‛ っぽいやつ。


イチイ... イチイの森、“ユーダリル” なら

トールの妻、シフの連れ子... ソゾンの息子の

ウルが暮らしている場所だ。


『守護も意味するけど、混乱も意味する』


泰河が文字に触れると、白い焔が走って

イチイの文字が消えた。壁に 扉が顕現する。


ミカエルが、ドアノブを下ろして開けると

部屋の中には、本当に子供がいた。

まだ 三つくらいの小さい子から

四郎くらいの子まで、全部で 十二人。


『ほら、居ただろ?!』


明るい顔で ロキが言う。


扉が開いたことに気付いた何人かが

こっちに向いたけど、ハティが短い呪文を唱えると、元の位置に視線を戻した。


部屋のテーブルの上には、ミルクの大瓶や

ワインの瓶、パンや フルーツの大皿があって、

子供たちは、与えられたらしい 本を読んだり

ボードゲームで遊んだりしてる。


特に、催眠に掛けられてるようにも見えねーし

部屋の奥には、人数分のベッドもあった。


『子供って、少なくねぇか?』と

泰河が 心配そうな顔をしたけど

『ヴァン神族は、自在に胎を閉めれる』

『巨人に 子を産ませたら、巨人が育てるんだ』

みたいで、“ヴァナヘイムの子供” としては

この人数でも おかしくない って言う。

性的にルーズ なんだし、まぁ その辺りも考えてるよなぁ。子を孕むかどうかは、産む女神側に選択権がある。

とにかく、子供たちは元気そうだし

ちょっと安心する。


『ミカエル、保護してくれるんだろう?

ソゾンやキュベレのことが 片付くまで』


『うん。でも 子供たちにも

少し 話を聞いてみた方がいい』


それもそうだ と 思ったらしい ロキは

月夜見キミを呼んで、神隠しに入れてもらおう』と

自分が 呼びに行こうとする。


『琉地に呼んでもらうからさぁ』


で、琉地 呼んだら、ヘルメス付きで来た。


『あっ、子供!』


『ヘルメス?』って、ミカエルが呼ぶと

『うん、琉地が カタシロいっぱい持って来たから

渡しついでに、ベルゼやヴィシュヌに話 聞いてさぁ。俺等が探してた裏っ側の塔には、何も無かったから、シェムハザもガルダも 玄関に戻ったよ』って 言って

『子供に、話 聞くの?』って、首 傾げてる。


『そう』

月夜見キミに、神隠しに入れてもらって』


『いや、怖がるでしょ?

知らない大人が いっぱい居るんだし。

シェムハザに 催眠で聞いてもらったら?

幻視みたいに、頭ん中に 話し掛けれるでしょ?』


うん、それも そーかも。ミカエルは

『俺、子供に怖がられたこと無いぜ?!』って

文句言ってるけど、ハティ いるしさぁ。

シェムハザに来てもらうことにする。


爽やかな甘い匂いさせて 顕れたシェムハザは

まず、一番 歳上っぽい 四郎くらいの男の子の背に

手を当てて、短い 呪文を唱えた。


とろん とした眼になった男の子に

明るくハスキーな声で『ここで 何をしてる?』と

優しく聞くと、男の子は

「時が来るのを 待ってる」と、声変わり中の声で

返してきた。


『時?』


頷いた男の子に、『何の時を待ってる?』と

また 優しく聞くと

「新しくなる時。ぼくらは、新しい世界の最初の子で、最初の神々になるから」って 言う。


新しい世界って、最終戦争ラグナロク後... ?


思った通りのようで

「アース神族のバルドルも 戻って来るんだ。

でも 新しい世界になれば、ヴァナヘイムもアースガルズも、みんな ひとつになる」と

とろんとしたまま 微笑んだ。


『その話は、誰に聞いた?』


巫女ヴォルヴァだよ。最終戦争ラグナロクだ。昔から決まってる。

世界樹トネリコの始まりからね」


ロキが ぼんやりと

最終戦争ラグナロクに、ヴァン神族は関わらないぞ... 』と

呟くと、シェムハザが その通りに言ってみてる。


「うん、そうだよ。

新しい世界になってから、ぼくらが神に... 」


『お前の 父や母は?』


シェムハザの質問に、男の子は答えなかった。

質問の意味が よく分からない... って風に。


『お前等... 』


話している男の子を見つめながら

虹色の虹彩の眼を しかめたロキは

他の子の様子も見に 歩き回り始めた。


『少し、最終戦争ラグナロクの事を 教えてくれないか?』


「いいよ。ソールとマーニが、狼に飲まれると、

オージンは、フェンリルに飲み込まれて

トールは、ヨルムンガンドと 相討ちになってしまうんだ。バルドルが甦ってきて... 」


『俺のことを聞いてみてくれ』と

眉もしかめた ロキが言うと

『ロキは?』と、シェムハザが 男の子に聞く。


少し考えた男の子は

「誰のこと?」と、聞き返した。


『フェンリルやヨルムンガンド、ヘルの父親だ』


「フェンリルたちに、父親は いないよ。

アングルボザが ひとりでに産んだから」


ぽかんとしていた トールが『何?』と

ロキにだけじゃなく、オレらにも聞く。


『書き換えが起こっている』


ハティが言った。

『“ロキが居ない世界” の 最終戦争ラグナロクだ』


『誰が そんなこと... 』と 呟いたロキは

『ああ、キュベレか。俺を 洞窟から出したんだった』と、自分で 言い直した。


実際にロキは、世界樹ユグドラシル最終戦争ラグナロクから 外れた。

書き換え通りに。

 

虹橋ビフレストの番人の ヘイムッダルは?』


極寒ニヴルヘイム黒竜ニーズホッグに飲まれる」


『何故だ?

アースガルズと人間世界ミズガルズの境... 境界を崩すのは

境界者ロキではないのか?』


「境界? 世界樹トネリコと他の場所のこと?」


これ、規模 拡大してるよな... ?


「それは、オージンが飲まれてからだよ。

“ユッグ ドラシル” じゃなくなってから。

新しい神々である、ぼくらがやること」


ユッグ ドラシル... ユッグは、オーディンの別名で

世界樹ユグドラシルは、創世者 “オーディンの馬” って意味。


「世界は、世界樹ここだけじゃない。

ぼくらは、“女のすえ” なんだ」


ブロンド睫毛の碧眼を見開いたミカエルが

『“女のすえ” だと?』と、繰り返す。


女のすえ... 旧約聖書にある 聖父の言葉だ。

“すえ” は、子孫って意味。


蛇に唆された エバとアダムが

禁じられた実を食べて 原罪を犯した時

女には、産みのくるしみと 夫への遵従、

男には、労働を与えた。


そして、蛇には “恨み” をおく。

蛇は 聖父に、呪いを吐かせた。


創世記 3章14節から 15節には

... “主なる神は へびに言われた、

「おまえは、この事を、したので、

すべての家畜、野のすべての獣のうち、

最も のろわれる。

おまえは腹で、這いあるき、

一生、ちりを食べるであろう。

わたしは恨みをおく、

おまえと女との あいだに、

おまえのすえと 女のすえとの間に。

彼は おまえのかしらを砕き、

おまえは 彼のかかとを砕くであろう」。”...

と ある。


いろんな見解があるけど

おまえのすえ... 原罪、

女のすえ... アダムとエバの系譜であるイエス と

捉えられる。


イエス原罪の かしらを砕き... 原罪からの解放

原罪おまえイエスのかかとを砕く... イエスの犠牲。


『だが、すでに 罪は拭われてる』


シェムハザが言うと、男の子は

「そうだよ。ぼくらは、神の子だからね。

かかとは砕かれない」と 答えた。


「だって、罪も犯してないんだから。

これは、人間の話じゃなくて、神の話なんだよ?

新しい世界で、すべての蛇の かしらを砕く。

女 というのは、女神 だよ。

ぼくらは、女神のすえ なんだ」


女神って、キュベレ... ?

それなら、すべての蛇 は?


『危険だ』と、ヘルメスが言う。

『正しいと信じて、何でもやるぞ。

“神の元へ行く” と、爆弾を抱える 地上の子供と

同じ眼をしてる』


『女神から 見る蛇? 異教の神々と... 』


トールが、ミカエルを見る。


『どうする?』


ハティが ミカエルに聞くと、ロキが

『でもまだ、何もしてないじゃないか!』と

ミカエルに 必死な眼を向けた。


『人間じゃないからって、芽を摘むのか?』


そうか、ここに居る子供たちは

守護対象である “人間” じゃない。

異教神... 悪魔の子だ。


『イース、マラナ タ』


Maranatha... “主よ、おいでください”

地上から ミカエルが言うと、聖子に助けを求めることになる。


部屋の中に、光の珠が顕れた。

光が弾けると、アーチのゲートゲートへ伸びる階段。


「わぁ... 」「きれい... 」


子供たちの眼が、ゲートの中に向く。

エデンの 虹色の空。シャボンのような 液体の雲。


『神隠しは?』って言った 泰河は

『そりゃ 通用しねぇよな... 』って 続けた。

だって、聖子だもんなぁ。


アーチのゲートの中に、人影が現れた。

ブルーグリーンの眼の 長身の男だ。

黒く長いウェーブの髪を、後ろで 一つに纏めている。見るからに、すげー 優しそう。


男を見たミカエルが『ラファエル』って...


『えっ!』『マジか?!』


医術の天使だ。第二天ラキアの支配者。

第二天ラキアには、ラファエルの診療所がある っていう。


子供たちを見回した ラファエルは

何かが引っ掛かったように、微かに眉をひそめたけど、「おいで」と すぐに微笑んだ。


『新たな世界の到来を

皆と、あの楽園で待つといい』


男の子に囁いたシェムハザが 背中から手を離すと

男の子は頷いて、他の子供たちに

「行こう」と 促す。


『ミカエル... 』


ロキが 微笑った時に

「... 騙されるな。それは蛇だ」と 声が響き

部屋の窓が 次々に割れる。

割れた窓から、黒蛇が ざわざわと

なだれ込んできた。


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