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『ベルゼ!』


ジェイドと朋樹が支え起こし、神隠しに入れると

『何があった?』と、ミカエルが聞く。

泰河と駆け寄ると、月夜見キミサマに止められた。


... ビリビリと 肌に何かが走って、ゾクっとする。

たぶん、ベルゼの怒りだ。

四郎も、ミカエルの隣に 立ち尽くしてる。


『イブメルだ。扉を開けると共に

私に、滅呪を掛けてきた』


顎ラインの黒いウェーブの髪の中

ワイン色の虹彩の眼に、殺意をたぎらせ

奥歯を軋らせて立ち上がる。


『私を、バアル・セブルだと 知った上でだ。

咄嗟に反呪で返したが、以前 吸収したモレクの力の大半が消滅した。

私を、キュベレのエサにしようと... 』


なら、ベルゼから消えた モレクの力は

キュベレに... ?

ベルゼから、深い闇の気配のようなものが滲み出してて、また 歯を軋らせた。 怖ぇ... 喉が鳴る。

朋樹もジェイドも、隣で ただ立ってる。


『ヴィシュヌは?』


『応戦している』


ミカエルが消えると、ベルゼも消える。


『寄っておけ。ジェイド、念のため

天空精霊とやらを』


真横に伸ばした 月夜見の右手に

三ツ又の矛が握られる。


『ルカ、頼む』


スマホに撮った 天空精霊召喚円の画像を見ながら

ジェイドに渡された 白いルーシーを使って

風にめいじて 円を描いていると

ヴゥン... と 音が耳を掠めて、真隣にチャクラムが刺さった。目の前に、黒い袖の腕が落ちてくる。


声も出せずにいると、二階の大穴から

ヴィシュヌが飛び降りて来て

『ルカ! 当たらなくて良かった!』とか 言いながら、チャクラムを浮かせて、誰かの腕を拾った。

うん...


『あ、下がって』


『へ?』


ヴィシュヌが、オレの前に腕を出したけど

『失礼致します!』と、四郎が出した 手のひらの風に、壁際まで 吹き飛ばされる。

『おお... 』『痛ぇ... 』って、泰河たちも。


同時に 二階から爆発音が鳴って、氷石の塊や欠片と、白い柱の 一本が吹き飛んできた。

ヴィシュヌが チャクラム飛ばして 両断してる。

床に落ちた柱は、オレの胴くらいあった。


より拡がった 二階の大穴から、生成りのシャツに藍のチュニックの男たちが 投げ落とされてくる。

二人、一人、また二人...


『月夜見、拘束出来る?』


ヴィシュヌが聞くと、月夜見は

三ツ又の矛の下から 常夜の闇靄を滲み出させた。

闇靄が、落ちた男たちに 染み入っていく。


『染めちまうんすか?』

『でも、後で 話が聞けないと困るんだ』


朋樹とヴィシュヌが言うと

『首より下までにしておくか』と

白蔓を伸ばして、闇が染み入る男たちの首に巻き付けた。闇は、白蔓より上へは 染み入らない。


けど 男たちは、得体の知れない攻撃に 焦って藻掻き、逃げようと這いずって 首が絞まっちまうヤツもいる。

死なねーように 月夜見キミサマが 蔓を緩めてるけど、

胸まで闇が染み入ると、へらへらと笑い出した。


『天空精霊とやらを』


月夜見キミサマに言われて、ヴィシュヌの後ろに居る オレの近くに 泰河たちも来ると

『カルネシエル』と、ジェイドが

白い光の人型の 天空精霊を降ろした。


『王座の間には、イブメルしか居なかったんだけど、侵入がバレて 側近が出て来ちゃってね』


困ったね くらいの雰囲気で話す ヴィシュヌに

『あの、その腕は... ?』と

四郎が 遠慮がちに聞くと

『うん、イブメルのだよ』って 答えた。


手の動作でも 術掛けするのを見て

チャクラムで切断したらしい。

切断面は 焼かれたみたいになってて

血は出てねーんだけどさぁ...


『イブメルとベルゼの術が 反発し合って

ベルゼが 吹き飛んでしまった後に、

チャクラムを投げると、イブメルは防護術みたいのを掛けようとしてたから、腕だけじゃなく

チャクラムまで 飛ばされてしまったんだ』


で、出てきた側近たちを

ミカエルが 蹴り飛ばしまくってて、

ヴィシュヌは、イブメルの腕を拾いがてらに

オレらの様子を見に来た。


また 三人落ちてきて、ミカエルも飛んで

天空精霊の前に 着地した。

闇靄は ミカエルを避けて、落ちてきた男たちに

染み入っていく。


『物を移動させたり、爆破させる術が多いけど

生体は爆破出来ないと思う。

剣は提げてるけど、剣は下手だし 力も強くない。

下級天使程度』


『“思う” って... 』

『僕らの手には 負えないことも分かったけど... 』


『あっ! ベルゼ、殺るなよ!』


二階に向かって、ミカエルが命じた。


二階の大穴から、胸ぐらを掴まれた男が

宙づりにされている。


月夜見キミ。私の神隠しを解いてくれ』


グレーのローブを着た 後ろ姿の男は、

白髪で 真っ直ぐな長い髪の老人で、片腕がない。

ヴァン神族のおさ、イブメルだ。

ベルゼが 片手で、胸ぐらを掴んでいる。

神隠しが解かれると、何か呪文を言って

男を投げ落とした。


背中から落ちたイブメルは、よろよろと

残った片腕を上にしながら 横向きになると

床に手を着き、何とか 身体を起こす。


白眉の下の凛々しい眼。白髭。

いかにも “賢者” って風な イブメルが、苦しそうに眉根を寄せて、口を開く。

何か言おうとした時に、パンッ!と 舌が弾けた。


『... 術?』

『ベルゼの? 虫じゃね?』


直立したまま 一階の床に降り立った ベルゼが

ブーツの音を響かせて、イブメルの前に立つ。


「イブメル。お前とは 初めて会うが

私が 誰かは分かるな?

私を、何のエサにしようとした?」


いや、喋れねーだろ...


「死者霊や 美しい女神等の魂まで売り、

何をしようとしている? 眠り姫を起こすためか?」


自分の舌だった 床の赤い飛沫を、愕然と見ていた イブメルの眼が、

女神等の魂 と 聞いて、ベルゼに向く。


「あれが 何者かは、見て分かっただろう?

世界樹ユグドラシルだけで済む話ではない。

地界だけでなく、天も乗り出している。

しかし、眠り姫の事では無く、

お前が 私に手を掛けた事については

地界の法で裁く事となる。

これが、“賢いヴァン神族” とは。愚かなものだ」


「... 違う、使われていたようだ。

女神等の魂が、何 だと?」


床に転がり、首に白蔓を巻かれて

へらへらと 笑っている男の ひとりが

ハキハキとした口調で話し出した。


『イブメルの声だ。この男の口を使っている』と

ヴィシュヌが言う。


「使われていた? 誰に?」


ベルゼがイブメルに聞くと、男が また口を開く。


「... 水の上に眠る女だ。

地上に、入れ替わりの異変が起こったことは

小人族ドヴェルグから聞いていた。

“オージンが、ルシファーとの話し合いのために

地界へ赴いた”... とも」


「水の上に眠る女?」


「... “森で やたらと黒蛇を見るようになった” と

報告を聞き、異変によるものか と

警戒するようになった頃だ。

神族 全員が、町の中央の泉の上に

ブロンドの女が 横たわっている夢を見た。

不穏に感じ、泉や水路を 氷膜で閉じたが... 」


泉や水路の蓋は、元々は 無かったのか...


「... 気付いたら、今ここで 舌を失っていた。

片腕も。本当だ。

だが、滅呪や防呪を唱えている自分が

朧気に 思い出される。これは 催眠などではない。意識の乗っ取りだ。私に、こんな事が出来るとは... 」


『いや、けど... 』

『ここに転がってるヤツらとか

女神たちとか、全員... ?』


「... バアル・ゼブルだな?

手を掛けようなど、誰が... 身の破滅だ」


黙って見ているベルゼを、イブメルが見上げてる。寝そべっている男が

「... 死者兵というのは、冥界ニヴルヘルのか?

女神等の魂とは?」と、イブメルの声で聞いた。


「お前は、私に手を掛けた。

今の話で 信用するとでも?」


表情を変えないベルゼを見上げて

「... 頼む、刑は私だけに課してくれ。

これ等や 女神等は、何も... 」と 男に言わせた。


「アンジェ。客を送る」


アンジェ... ベルゼの軍の副官だ。

床から バカでかく長い節足動物の黒い足が出て来て、黒い糸に イブメルを絡め取る。

もちろん『きゃああああっ!!』って 姫様ばりに

叫んじまって、泰河のヘッドロック食らったし。


イブメルが 床に沈むと

神隠し内にベルゼを入れた 月夜見キミサマ

「これ等は どうする?」と 聞く。


「もう、動けまいが... 」

「後で、ラファエルんとこに頼んで 治療だな」


ミカエルは、転がしといていいだろ って感じだったけど、ヴィシュヌが

「使われる場合なら、動けるんじゃないのかな?

女神達は、魂が欠けて眠っていても 歩いたし」って 言うし、玄関ホールの隅に移動させて

天空精霊に守護させながら、神隠しで隠しておくことになった。


『朋樹、小鬼達は?』

『二階より上を見に行かせてるけど

まだ 報告は無いな』


『しかし、これ等 全てを動かしながら

イブメルに 私を狙わせるとは... 』


ため息をつきながら、朋樹の髪の毛先を摘み出す

ベルゼに

『女神達や 側近たちは、あらかじめ 催眠を掛けていたんじゃないかな?』と、ヴィシュヌが言って

『一息つく?』と、アムリタを振る舞ってくれる。


『これをやっているのは、ソゾンと考えられるけど、“乗っ取り” で 動かせるのは、一度に 一人だと思うんだ。ソゾンは、魂を飛ばすだろう?』


『うむ。何人も に、憑依出来ぬであろうの』


月夜見が頷いて言った言葉で、そっか ってなった。“意志のある 生霊の憑依” って考えると

分かりやすい。


『最初に、ヘルメスと話した門番なんだけど

ベルゼを見て、顔色を変えたよね?

催眠下なら、誰に会おうと “通せない” とだけ

言うと思うんだ。でも、焦ってた。

あの門番は、ソゾンが乗っ取ってたんじゃないかな? ヘルメスが 訪ねて来たからね。

それから ベルゼを始末しようと、イブメルに移ったんじゃないか... って 思えるんだけど』


『うん、そうだよな。

門番の対応は、催眠下のようには見えなかった』


アムリタを おかわりするミカエルが

新しいカップを受け取りながら言うと、朋樹が

『でも なんで、城に侵入させる前に

滅呪を唱えなかったんだ?』って 眼鏡の奥の

黒い眼をしかめた。


真隣から見る ベルゼに

『いや、唱えて欲しかったとかじゃないすよ?

オレが ソゾンなら、侵入させる前に... って

考えるんで』って 焦ってるけど

『神を滅する滅呪を扱える者など、数えられる程だ』って 答えられてる。


『単純に、ソゾンには扱えんのだろう。

または 自分に返るリスクを考え、イブメルを使ったか だ。相手より 呪力が上回らねば、消滅するのは己となる。呪いだからな』


... ってことは、何人もに 催眠を掛けられようと

乗っ取りで イブメルを使えようと

ソゾンの呪力は、ベルゼやイブメルより下 って

ことになるけど、それでも これだけのことが出来んのかぁ... ヴァン神族って、マジで 術すげー...


『だったら、ベルゼやヘルメスを狙って

城内を 魂で彷徨いてるのかな?』


『有り得るな。

他にも居ることも 分かってるだろうけど』

『なるべく神隠しは 解かない方がいいね』


『ああ、ならさ... 』って、朋樹が

仕事道具入れから 形代カタシロを出した。

ベルゼとヘルメスの人形ヒトガタ 出しまくって

撹乱作戦に出るっぽい。


『騙されるかな?』って 言ってるジェイドに

『目晦ましにはなるだろ?』って 答えて

『ちょっと失礼します』って、ベルゼの胸に

形代カタシロ 付けまくってる。

『琉地、ヘルメスの気 移して来て』と

形代を束で差し出すと、琉地が 咥えて消えた。


『ですが ソゾンは、ずっと身体から

魂が抜けておる状態なのでしょうか?』


四郎が『戻れなくなど、ならぬのでしょうか?』って 首を傾げてるけど

『戻ったり抜け出たり なんじゃねぇの?』って

泰河が答えて

『身体を探し、拘束する 好機でもあるが』と

月夜見キミサマが、別の白蔓を伸ばし始めた。

蔓に、闇靄 纏わせてるし。何気に怖ぇ。


ゴッ と 地響きがして、すぐに ハティが立った。


『扉を見つけたが、トールが... 』


粉砕しようとしてるっぽいんだぜ。


『すぐ行くから、何とか... 止められないよな。

俺が先に行く。

ルカと泰河は、ハティが 連れて来ること。

ヴィシュヌたちは、ここで待機』と

ミカエルが消えた。

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