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「シギュン! 魚だ!

俺が獲るって言ったけど、榊が獲ってくれた!」


森から 浜辺の東屋へ戻って、ロキが アミの魚を見せると、ジャタが「うん、この魚よ」って

尾を摘んで、シギュンに口を開けさせる。


有無を言わさず 飲まされたシギュンは

「... 喉で溶けたわ」と、眼を丸くした後、

榊の頬に「ありがとう」って キスして

オレと泰河とも 握手する。


「俺も!」って、アミから 魚を掴むと

シェムハザを押しのけて、シギュンとの間に収まってるし。すげー... だって シェミーだぜ?

シェムハザもハティも 笑ってるけどさぁ。


ロキも 魚を飲んで「よし!」って シギュンの手を取ると、シギュンが ふわっと 赤くなった。


「また、手が 繋げるなんて... 」


泰河が隣で

「そっか!ずっと 毒蛇の器 持ってたんだよな... 」って言うと、榊が「ふおぉ... 」って 涙ぐむ。

ジャタが シギュンを抱き締めてるけど

オレも やばい... この献身...


「アングルボザは いるけど... 」と

ロキが逆の手で、黒いパーカーの胸を掴んだ。


アングルボザ... ロキの もうひとりの奥さんで

二人の間には、フェンリル狼、大蛇ヨルムンガンド、冥界ニヴルヘルの女神ヘル という子がいる。

けど、ロキが アングルボザの心臓を食べて

三人を産んだ とも いわれる。

最終戦争ラグナロクで、アース神族の敵になる。

そして、アングルボザが 予言の巫女 とも いわれている。


「もう他に、妻は取らない」


ロキは、それだけ言うと 立ち上がって

真っ赤になった シギュンを置いて

「今、何の話?」と、朋樹とトールの間に入ってった。


「私... 」


ロキの方を見ながら、シギュンが 小さい声で

「ロキが 大すきなの... 」とか 言うし

「ぎゃああっ!!かわいいっ!!」って

悶えちまって、「真隣で うるせぇよ!」って

泰河にはたかれる。

ロキが座ってた場所に、榊が収まった。


「俺の城は、護りが厚い」


シェムハザが「城には、妻や子供たちがいる。

二人の部屋を用意しよう」って 誘ってて、

「しかし、日本で働く事も多い」って

ハティも言い出した。


「そうした折には、ロキと共に来るが良い。

ミカエルの妻は 我の娘であり、日本に居る。

娘が暮らすマンションには、泰河の妻も居る」


妻 って言われて、サテ 摘んでた泰河は

噎せちまってるけど

「おう。沙耶ちゃんっていって

オレらの姉ちゃんみたいな人も居るぜ」と

笑顔で付け加えた。


「ふむ! 里にも来られよ。

里ごと隠しておる故... 」


榊も言ってたら、ジャタが寂しそうになったから

「オレらが よく居る教会が、この島と繋がってるんだぜ」って 言ってみる。


「ふむ、そうよ。里の桜酒など持って

皆で遊びに来る故。我等の山々、六山のおさ

お前のように、蛇の姿である強き女子おなごよ」


シギュン越しに、榊が ジャタに言ったら

「ええ、いいわ」と ジャタも笑顔になった。


ロキに 朋樹が

「お前の妻は、ヒスイ っていって

ジェイドの妹なんだろ?」って

何か やられかけてるけど

師匠が、「レヤックの魂を狙った者?」って

真面目な顔で眉根を寄せた。


「レヤックって、何だ?」


ロキは、そこから聞いてるけど

「俺等は、もう聞いた」って トールに言われて

説明してくれそうな人を探してるし。


ミカエルが、四郎を指差すと

四郎も ロキに頷く。

トールに「聞いて来る」って断って

四郎の隣に移動してるけど、

ボティスが オレを見て「ワイン」って呼んだ。


「レヤックとは... 」って

四郎が、小声でロキに説明してるけど

構わず 話は進んでいく。


「ランダと姫様の歓迎の宴の時に... 」


これ、モンキーフォレストでのことだ。

幻影で現れて、レヤックたちを 亡くなった時の

状態に戻した。


「天空霊が降りなかった だと?」と

ベリアルが シェムハザに確認してて

「だが、悪魔助力は効いた」って

ボティスが補足してる。


「魂は?」


「ナガ・バンダが 天界に連れて昇った」


ヴィシュヌに ミカエルが答えると

「ナガ・バンダ?」

「レヤックになった者の魂を?

葬儀や火葬の時でもなく降りるとは... 」って

師匠と 首を傾げてて

「ランダが シヴァを呼んでいた」

「うん、そしたら 卵から蛇が... 」って

話になって、蛇の説明が始まる。


説明の途中で、ベルゼが

「待て。ニナという娘の呪詛は解けたのか?」って 聞いて、その辺もだし。

ジェイドが また「腕を見せろ」って 言われてる。


「スマラ神の蛇が、ゴールドになったのは

ガルダのシューニャと結び付いたためか?」


ボティスが聞いたら、師匠は「恐らく」だし

モンキーフォレストの寺院から出た光についても

「多分、ランダの声に シヴァの力が感応したんだろうけど... 」って、かなり適当。


「問題は、その男の様に思えるが... 」


ハティが 話の方向を修整する。


「“ブロンドで ターコイズの眼” ね... 」


ロントンの葉を剥きながら、ヘルメスが 肩を竦めた。“幾らでもいる” って 顔して、

「幻影で、術だけ掛けに現れたなら

本体は 別の場所にいた ってことになるから

尚更 探しづらい」とも言ってるし。


「キュベレ... アジ=ダハーカ側と みるべきか?」


「悪魔でもなく、他に 魂が必要な者がいるのなら

また別の者だろうが... 」


「アジ=ダハーカ側の者と みるのなら

こうして、こちらが動いている間に

向こうも 着々と動いている という事だろ?」


「しかし、キュベレを所有するのなら

目覚めさせずに... というのが 望ましいが」


「望ましくても、多少 使われるだろうけど。

魂を与えずに、キュベレに逃げられても困るから」


うーん... って なりながら

ヴィシュヌや月夜見のグラスに ワイン注いで、

カレーアヤム食ってみる。

素揚げした野菜たっぷりのカレースープで 美味いけど スパイシーだし、ロントンに巻かれた葉も剥く。


ロキに「その 肉の皿 取って」って 言われて

ルンダンが盛られた皿を渡したら

四郎と食ってるんだけど、ロキも よく食うよなぁ。細いのにさぁ。

ミカエルが「俺も餅 食べる」って 言うから

また葉っぱ剥くしー。


「人間への警告は?」


「夢魔を使って やっているが、ようやく

“何か おかしい” と 気に掛かりだした... といった

ところだろう」


ムール貝摘んで、ベリアルが 師匠に答えてて

「それぞれの神に祈るのは、もっと後だな」って

ボティスも言ってるけど

「だが、それも大切な事だ。

人心が 同じ不安を抱えるだけでも、神々は気に掛ける。アジ=ダハーカの噂を聞いている者もいる。

必ず、後に効いてくる」って

ベルゼが、サラダの海老 食ってる。


ボティスが 月夜見に

「日本神からは、何か噂は?」って 聞いても

「いや、まだ... 」って 答えてるけど

「しかし、現世は 人等のものであるからのう。

人等が 不安を感じ、用心するのは良い」って

魚のつくねサテを取った。


「こちら側としては、アフラ=マズダーと

アンラ=マンユの 協定が結ばれたこと のみだが、

これの意義は大きい。

まず こうして、地盤を固めてゆくことだ」


ベルゼが言ってるんだけど、でかい事ほど

まず準備 なんだよな。

これは 以前、シェムハザの城でも

こないだの天狗の時にも、よく学んだ。

迎え撃つだけでなく、大切なものを護ることにも繋がる。


「並行して、魂集めをしていた男の調査と

オージンの疑惑の調査となるが。

トール、ロキ。ユグドラシルの入れ替わりの... 」って 話してたベリアルが

「入れ替わりだけでなく、ロキの洞窟の様に

ほんの 一部が、別の場所と繋がっている場合... 」と、また 全体で無言になるし。


「でも、テュポーンは 大丈夫だったし、

フェンリルもだ。

心配ない って要素も増えてるからね。

監視も続けるし」


ヘルメスが 慰めてるけど

「もし、オージンが アジ=ダハーカを匿ってた場合、引き渡し要求は... 」って

ミカエルが 申し訳なさそうな顔を

ヴィシュヌに向ける。


「おお、もちろん 俺とガルダで行く。

オージンとは、付き合い無いけど

“アフラ=マズダーや アンラ=マンユの代理” と

言えるからね。

インドには、ゾロアスター教の信徒もいるから

インド神として行ける」


「うん」


まだ遠慮するミカエルに

「ミカエル。気にしないで。地上のことだ」って

ヴィシュヌが微笑う。

「シェムハザ、仕事着ある?」って聞いてるし

師匠もオカッパ頭の顔を向けてる。着るんだ。


「“キュベレが居る” となったら、ミカエルは出れないの? 北欧もキリスト教信徒が多いでしょ?」って聞いた ヘルメスに

「異教神の界へ行くなら、天の書状がいる」って

答えてる。


「私ならば、問題無い」


ベルゼだし。

キュベレを天に戻してから、ミカエルが天で仕事する。サンダルフォンのこととか、アバドンのこととか。

この辺は、やっぱり前に ヴィラで話してた通り。


「オージンが、キュベレごと アジ=ダハーカを

匿っているとしても、シッポなど出さんぞ」


粗方 バビ グリンを平らげたトールが言って

鳥のサテの串を取った。

今日は ワインの樽はないけど、瓶から飲んでる。

瓶が ハーフボトルに見えるんだぜ。


「匿うにしても、アースガルズじゃないだろうな。人間世界ミズガルズ世界樹ユグドラシルのどこか って気がする。

巨人世界ヨトゥンヘイム小人国スヴァルトアールヴヘイム冥界ニヴルヘルだと、そこにいる奴等に、勘付かれる恐れが 高くなるから」


レヤックのことを 四郎に聞きながら

こっちの話も聞いてたロキが、ごく自然に

話しに入ってきた。


「“世界樹ユグドラシルのどこか” とは?」


四郎が首を傾げると、ロキは 空の皿の上に

フォークを縦に置いて

「これが 世界樹ユグドラシルだ」と、フォークを指した。


上にした フォークの先... 四本に分かれてる刺すとこに「アースガルズ」って、ルンダンを置く。

少し離して「巨人世界ヨトゥンヘイム」と 春巻きを置くと、

フォークの持つ部分に「人間世界ミズガルズ」と 生ハム。

生ハムの下に「小人国スヴァルトアールヴヘイム」と 青トウガラシ。

フォークの柄の下に「冥界ニヴルヘル」と ムール貝の殻。


「各界ごと、このフォークが “世界樹ユグドラシル”」


「成る程! 世界樹自体にも

様々な生物が 住んでおられるのでしたね!」


四郎がスッキリした顔で

「有難う御座います!」って 礼を言うと

ロキは 四郎に微笑って、春巻き食ってる。


人間世界ミズガルズなら、地界の軍が探せるんじゃないかな?」


ベリアルとヘルメスの間で、大人しくワイン係してた ジェイドが、発言し出した。


「まあ、そうだ。

というか、現状では それしかないが... 」


「あとは、あらゆる占術で アジ=ダハーカの居場所の見当をつける ってくらいになるけど

オージン相手だと それも難しいね」


ベリアルとヘルメスに答えられた ジェイドは

「だけど、“世界樹ユグドラシルのどこか” なら

僕らも探せるんじゃないかな?」って

ムチャ 言い出した。

10割程度 “行ってみたい” っていう下心なんだろうけど、オレも期待しちまう。

ジャタにヒゲ触られながら、泰河の眼も輝いてるし。


ベリアルのパープルの眼に

“何を言っている?” って風に 見られてるんだけど

「カミカクシ?」って ヘルメスが聞く。


「うん、そうだな!

オレの蔓で、怪しい場所を調べられるし」


黒縁眼鏡を掛けた 朋樹も言うと

「蔓?」って聞くトールが、足元から 白い蔓に巻かれ出した。月夜見キミサマがやってる。

「こういったものだ」って 言われるまで

トールは、蔓に巻かれてることに気付いてなかったけどさぁ。


「ふん、神隠しか... 」

「俺が入っても バレないかもな」


ボティスやミカエルは 乗り気なんだぜ。


「月夜見も出来るだろう?」


シェムハザが、月夜見キミサマに聞くと

「“神” 隠し であるからの」って 呆れ気味に返して

「榊や白尾、他の幾らかの霊獣は

術に優れておるから出来るのだ」って

そもそもは神の術だって 教えてる。

そうなんだぁ... 狐とか天狗の術ってイメージあったぜー。


「それなら、二手に 分かれられるね」


ヴィシュヌも乗り気。師匠も

シューニャでも 術の気配は分かる」って頷いてる。


「いつ、参るのでしょう?」


四郎が眼を輝かせると

「待てよ! 洞窟から行く気なのか?!」って

ロキが 周りに聞いた。


「それが 一番いいだろ?」

「神隠しなら、オージンの鴉にも見つからん」


ミカエルとボティスが不思議そうに返したから

「ロキは、毒蛇が怖いんだぜ」って

バラしてやったんたぜ。

ムール貝の殻 投げてきやがったけどさぁ。


「お前は 待っていれば良いだろう?」


トールに あっさり言われたロキは

「... いや。俺はトールより、世界樹ユグドラシルの細部にも

詳しい」って、黒いパーカーの胸を張った。

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