69


「アコ」


椅子を立った アコを、ボティスが呼ぶ。

アコは すぐに、オレらのテーブルに顕れた。


「ボティス、俺、ニナに

“立つな” って 命じたんだ。なのに... 」


「アコのめいが通じないのか?」


ミカエルが驚いてる。

アコのめいは 中級天使くらいまで通用する... って

言ってたもんな。


「あいつ、そんなに腕あんの?」

「いや。スマラ神とナーガの力だろう」


最初は 呆気に取られた風だったジゴロは

ニナの顔を見て、優しい顔になった。

“かわいい” とか 思いやがったな... 腹立つぜ。


「けど、会話は出来ねぇだろ?

相手は、インドネシア語か 英語だしさ」


ムスっとした顔で、泰河が言った。

ジゴロが “何か?” って風に、ニナに聞くと

ニナは、言葉の壁を思い出したようで

スマホを取り出して、何か入力してる。

翻訳するアプリか何かで、自分の意志を伝えるつもりらしい。


スマホ画面を見たジゴロは、驚いた顔をしてみせて、自分の胸に 手を当ててる。

「“どうして? でも、すごく嬉しい”」って

ジゴロの唇の動きを読んだ アコが

眉をしかめて言う。


「解けるのか?」


ミカエルが シェムハザに聞くと

「... 難しいようだ。先程のように ナーガが顕在化しても、彼は ナーガとの繋がりがない」って

白バリアンのおっさんを示す。


ジゴロが、ニナにメニューを勧めると

「値踏みしてやがる」って 朋樹がイラついた声で言った。

... 本当だ。ニナの服とかバッグ 見てるし。


ニナは、高級ブランド志向じゃないけど

安いものを使ってる訳でもなく

“歳の割に金はある” って 雰囲気。

でも、ジゴロが本気で狙うようなカモじゃない。


「そういうカモじゃなくてもさ... 」


かわいいコが 自分から来れば、断らねーよな...

たまに寝て、小遣いも せびる... とか ぎって

ますます腹立ってきた。


ニナが選んだやつを注文したジゴロは

“どこかで会った事ある?” とか

“一人で 日本から来たの?” とか 聞いてんだけど

それを英語で聞いた後に、ニナのスマホ借りて

入力して渡してる。

ニナも、日本語で答えてから 翻訳して

スマホを見せる。楽しそうじゃねーかよ。

榊も「ぬうう... 」って 唸ってるし。


だいたいさぁ、別に コトバ通じなくても

そこまで持っていけるんだよなぁ...

実際、オレ えーご喋れねーけど

留学した時は 遊んでたしさぁ。

ジゴロも、普段 観光客 引っ掛けてるんだし

それは 分かってると思う。


テーブルに届いたチャイを飲むニナは

ここに来た時とは、打って変わって 明るい笑顔で

ジゴロを見つめてる。 胸、くそ痛い


... いや、オレが ここまでなるって

おかしくね?

腹は立つし、イヤなんだけどさぁ。


榊の隣に座ってる ジェイドの方 見たら

飲み終えたカップの底に残ってる コーヒーの粉

見てる。


「“だけど 君は、まだ若いし、充分 可愛い。

良いひとと出会うべきだ”」


アコが シラケたツラで通訳して

ボティスが ジェイドをうかがった。


「そういう “手” だろ」

「ニナに 食い下がらせる気だ」


泰河と朋樹が イライラしながら言うと

胸ん中は 痛ぇのに、カッ ともするし

けど どうすることも出来ない って、自己嫌悪に似た何かに引っ張られて 焦燥する。


「どう するの ですか?」


四郎が、ジェイドの方は見ずに言う。


「呪詛が、形になることが必要だけど... 」と

ミカエルが 答えると

「しかし、ニナさんを あのようには... 」って

ニナに向けた眼を 背けた。


「... でも」


ニナの声だ。

必死になっちまってるのか、ここまで聞こえる。


「私、あなたが... 」


やめろ ちきしょう


ジゴロは、“落ち着いて” って

ニナに手のひらを向けて 微笑むと

「“きれいだ”」って、ニナの胸の花々を褒めた。


痛ぇ...


やばい 耐えられねー... って なった時

「あたし、イヤなんだけど!」って

朱里ちゃんが立って、ニナのテーブルに走って行く。

「おい、朱里シュリ!」って、泰河も立つけど

朋樹が 泰河のシャツの背中を掴んで止めて

白い鳥の式鬼を飛ばした。


「もう おしまい! 全部 嘘なんだし!」


朱里ちゃんが、ニナを 背中から抱きしめて言って

白い鳥の式鬼が、ニナのスマホをはじき飛ばす。


異変に気付いたジゴロが、ニナに手を伸ばそうとして、椅子ごと飛ばされた。

四郎だ。ジゴロの方に 手のひらを向けてる。


「朱里が走ったのは、お前のためであろうのう」


榊に言われて、ジェイドが 朱里ちゃんに

眼を向け直した。


攻撃されていることが分かったジゴロは

青い顔になって、バッグから蛇卵を取り出した。

投げて 床に落ちた卵から、背に骨板が並ぶ黒蛇が顕れて、鎌首を上げ、赤い目を開く。


「あれは、もうスマラ神とやらでは無かろう。

まやかしの嫉妬如き。良かろうか?」


ボティスが榊に「良し。行け」と 答えると

榊は、人化けを解いて跳び

蛇の前に着地して、黒炎を放射した。

炎の中で伸び上がった蛇は、身を捩り

逃げ場を探す。


黒炎を纏い、転がりながら這う内に

黒蛇は骨になっていく。


「オーム アーム...  タラム カーム... 」


白バリアンのおっさんが、自分のバッグから

卵を出した。

骨になった黒蛇が、黒炎から逃れようと

その卵に潜り込む。


「オム クシバ スヴァハ オム パクシ スヴァハ」


卵がゴールドに光って、骨蛇が捕獲された。


自分の蛇に起こったことを見た ジゴロは

唖然としていたけど、近くに跳んだ榊が

目の前に 黒炎を放射すると、バッグを掴んで

走って 逃げた。


「待って!」と 立ち上がったニナから

朱里ちゃんの腕が外れる。


「ニナちゃん!」


レストランと庭園の境に立ったニナは

ジゴロを探して、きょろきょろと見回してる。

“また 見失った” って風に、見てわかる程

肩を落とした。


「ニナちゃん、もう 止そう?」


隣で 朱里ちゃんが言ってる。

ジェイドが 椅子を立った。


「ニナ」


歩いて行く ジェイドが呼ぶと

ニナは、何かに気付いたように 少し顔を上げた。


朱里ちゃんが そっと下がって

榊がいる ニナとジゴロが着いてたテーブルに向かってる。


ニナの隣に並んだ ジェイドが、また名前を呼んで

何故か「ごめん」と 謝った。


... あいつ、“何も出来なくて” とか

本気で思ってやがる。

自分が 隣に居たのに、蛇に咬ませたから

ニナが つらい思いしてる ってよ。


ジェイドが、ニナの頭に手を置くと

白バリアンが持ってた 卵が割れて

中から ゴールドの蛇が出て来た。

蛇が出た 卵の殻には、ゴールドの炎が降りて

また卵の形に戻った。


捕まえようとした 白バリアンの手を擦り抜けた

ゴールドの蛇は、するすると ジェイドとニナの方へ這い進む。

地の拘束も効かねーし、朋樹の式鬼の火鳥にも

燃やされねーし...


「ジェイド!」


ジェイドが振り返った時に、ミカエルが 移動して、蛇を踏む。

蛇は、何もなかったように這い進んで

ニナの足元で ふつりと消えた。


「何だ?」

「ミカエル、蛇は?」


「消えた。踏んだ感触も無かっ... 」


言い終わらない内に、ミカエルが消えて

ニナの すぐ後ろに出現する。

倒れるニナを、ミカエルが抱き止めた。




********




「どういうことなんだ?」

「あの蛇は... ?」


ニナを連れて、ヴィラへ戻って来た。

倒れてから、ニナは眠ってる。

すぐに、白バリアンにも診てもらったけど

何をしても起きないし、呪詛を取り出すことも

出来なかった。


ハティも喚んで、ニナを診てもらったけど

「特に異常はない」らしくて

呼吸も穏やかに見える。


ボティスたちが泊まってる方のヴィラで

シェムハザとアコが、白バリアンと話して

シェムハザだけが 戻って来たけど

「蛇の事は、分からんようだ。

なんとかしようと祈ると、骨になった蛇が

卵に入った」... らしく

あんまり長く拘束するのも悪いから

『また何かあったら相談する』と、アコが送って行った。


「ミカエルが捕まえられなかった と?」


ハティが確認すると

「踏んだけど、感触も無かった」って

ミカエルが頷く。


「ならば、悪魔の類いでは無かろう」


「いや けど... 」

「元は、女の人の嫉妬から生まれてるんだぜ?」


オレと泰河が言ったら

「だが、大元は スマラ神だ。

結び付いた嫉妬の念は、榊が焼いている」と

ボティスが ピアスをはじいた。


で、シェムハザが

白魔術ホワイトマジック呪術医バリアンが唱えていたのは

ガルダの真言だろう?」とか 言うし。


「えっ?」「師匠の?」


朋樹と 二人で、泰河に眼をやると

「日本のと違う... 」つってる。


「そうです、以前 庭園にて

あの呪術医バリアンかたに お会いした時に... 」


四郎が話してて 思い出したけど、そういえば

前に庭園で、悪霊ブートに背中を舐められた人がいて、

あの白バリアンが、その人の治療した時に

師匠が来て、“シューニャ” って言ってたんだよな。

悪霊ブートの呪詛が移った卵が、ゴールドに光って

白バリアンは、すげー 感謝する感じで祈ってた。


「けど、あの白バリアンの人は

特別に 師匠だけに祈ってる訳じゃねぇんだろ?

あの時は、ヴィシュヌを オレらのとこに連れて来て、たまたま あの場に遭遇した って感じだったぜ」


泰河が言いたいのは、師匠と あのバリアンは

月夜見キミサマと 朋樹や榊、浅黄や白尾のような関係じゃない ってことらしい。


「まぁ、卵に移した呪詛を祓う... くうに解くために

ガルダの真言を唱えたんだろう。

バリ ヒンドゥー は、仏教とも結び付いているからな。

俺やアコが 話を聞いた時も、“特別に誰かに仕えている” といった話は無かった」


シェムハザも頷いてるけど、ハティが

「だが、ガルダが直接に 卵の呪詛を解いたことで

加護も与えられたのだろう」って 言う。

確かに。蛇が出た後、割れた卵の殻が

また 元の形に戻ってたし

卵の中に見えたゴールドの炎は、師匠の炎だ。


「念を燃やされた 蛇は、芯なる骨... スマラ神の力のみとなり、ガルダの炎と結び付いた とすれば、

人間にとって、悪いものではあるまい」


ハティが考えて言ってくれると、だいぶ ホッとする。


ニナが眠る 隣のベッドに座ってるジェイドの顔からも、少し緊張が解けた。


ニナのベッドを挟んだ 逆側には

シェムハザが取り寄せた 小さめのベンチソファーに 座る、榊と朱里ちゃんが居る。


「朱里ちゃん、ありがとう」と

唐突に言った ジェイドに、朱里ちゃんは

「えっ、なんで?」って 聞いてて

「僕が出来なかったことを、朱里ちゃんがしてくれたから」って 答えてる。


「花のタトゥは... 」


ニナに 最初に会った時に

“きれいだね” って 言ってもんな。

それもあって、ジゴロが褒めた時に

すげー 胸 痛かったんだと思う。


「あたしは、あたしがニナちゃんの立場だったら

“ムリにでも止めて欲しい” って 思って... 」


ジェイドに気を使わせねーように、焦って言ってるけど、それも 本心でもあるっぽい。


「だって、マヤカシが解けた後に

本当は 好きじゃない人に、好きって言っちゃって

何かあったりしてたら、すごくイヤだから。

今 ニナちゃんが悲しんだって、嫌われたって

周りにいる あたし達が止めた方がいいよ。

絶対 いつか、嘘は 解けるから」


榊が「ふむ」って

朱里ちゃんの肩に、倒した頭をつけてる。


朋樹が 泰河に「良いコだよな」って 言ったら

「おう」って 笑ってやがるし。


「しかし、ジェイド。

ニナが蛇に咬まれたのは、お前の責任だ」


ハティが言った。

「いや、オレが式鬼を... 」って 言う朋樹に

ボティスが、手のひらを向けて止める。


「キュベレや アジ=ダハーカの事で進展があろうと、他に何か起ころうと、ニナが 元の状態に戻るまでは、お前が付いていろ」


「わかった」と ジェイドが頷くと、ハティは

「ミカエル、なるべく ゾイを共に」って

黒い睫毛が並ぶ 赤い瞼を臥せて頼んで

「さて。入れ替わりや、アジ=ダハーカ、

キュベレについて 調査は行なっているが... 」と

テーブルのワインを 視線で示して、オレに注がせた。





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