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「よう」「おはよー」


朝なんだぜ。

今日は 朱里ちゃん、ブラウンに白の花の

サロン生地ワンピース。大人っぽく見える。

泰河は、今 着替えてるけどー。


昨日の夜は、ボティスと榊の部屋に泊まりに行った 泰河と朱里ちゃんが、リビングに入ってきた。

榊が『朱里 朱里』って言って、連れて行っちまったんだけどさぁ。


あれから、ジェイドとゾイが

“マカベア書” について 話をするために

散歩に出掛けると、ボティスに花札 負けて

更にムスっとしたミカエルに、四郎が

さんみげる、本物のゾウがみたいのです。

この辺りにもゾウは おるようですが... 』って

気ぃ使って ねだったりして

『いいぜ?』って、二人で ナイト生サファリへ

出掛けて行った。

ボティスの花札相手は、また泰河。


ジェイドとゾイは、ヴィラの外周の森を歩いて

結局、庭園に行ったらしく

ゾイが買って来てくれた コーヒーをベンチで飲んで、かなり 落ち着いて戻って来た。


『ゾイと蓮池を見て話したから、庭園で見たことが、僕の中で 少し印象が変わった』って

穏やかに言ってて、オレには 冬の海がよぎぎった。


ゾイは ゾイで、朋樹に

『あの、朋樹。夢での事が、嬉しかったから

私も 真似してみて... あの時は、ありがとう』って

言ってたけど

アコが買って来た マメ食いながら、シェムハザと花札してた朋樹は

『あー? 何のことだよ?』って 答えながら

スマしたツラで しらばっくれてた。

けど、“言うなよ” みたいな焦ってる雰囲気が伝わってきて、なんかあったんだろーなぁ とは

思うんだけどー。


ゾイは『あの、ミカエル。戻りました』って

四郎と 生サファリで、遠くにいるミカエルに

報告してて、逆に喚ばれたらしく

『あ... ちょっと、行って来るね』って 言って

朱里ちゃんに『いっぱいあるからー』って

バロンクッキー 持たされてた。


オレは、テラスで胡座かいて

ガーリック味のマメ食いながら、アコと花札してたんだけど、自分のビール持った ジェイドが来て

『僕が痛んだりしてる場合じゃないね』って

マメ 摘んだ。

顔 見たら、特に ムリもしてねーし。


『何故?』って、疑問顔の榊に

『ん? ニナが かわいいと思うからだよ。特別に』って 言っちまって、状況を踏まえた 榊が固まる。

ま、ニナの気持ちの方は

榊だけじゃなく、ジェイドも知らねーんだけどー。


『そのような...

ジェイド、何故 言わなんだ?』


片手に持った 食いかけのバロンクッキーも忘れた

榊が聞くと

『僕も、気付いたのが さっきだから』って

肩 竦めて

『おお... こちらに参るが良い。儂は お前のように

心の安らぐ話などは 出来ぬが... 』って

ソファーに呼んで

朱里ちゃんも、榊と自分との間を ぽんぽんやって

ジェイドを招いた。


シイナには、状況が変わってから 連絡しようと思ってたんだけど、向こうから “ニナ、どう?” って

メッセージが入って来た。

ビデオ通話で掛けてみたら、仕事は終わってて

クラブに居たし。


『おまえ、帰らねーの? オハダに悪いぜ』って

言ってやったら

『落ち着かなくて。でも昨日、一階の店に遊びに行ったら、ホラーショウに出されたし』って

ゲンナリしてやがる。

こいつ、大学生の彼女と暮らしてるんじゃなかったんだっけ? ま、いーんだけど。


『マジかぁ... 』って、アコに画面 向けて

ニナの状況を説明してもらって

『ちぃと 儂にも』って言う、榊にスマホが渡る。


『この娘が朱里よ。泰河の女子おなごである故

いつか会うても、口説いては ならぬ』って

紹介と牽制されて、シイナは

『かわいいひとだけど、了解』つってた。


『そろそろ、一度 城に帰る』って言う

シェムハザに、ボティスが『朝8時』とか 言って

『早くね?』つったんだけど

呪術医ジゴロたちが出て来るのを 張ってた方がいいだろ?』って 返事。そうだよなぁ。

入れ違いになったら、話にならねーもんなぁ。


『なら、そろそろ寝とかねーと』って なって

ミカエルと四郎は、オレらが寝てる間に戻って来てた。


で、起きて 身支度して

一応、仕事道具入れを ベルトに着けてるとこ。


「アコが、白魔術ホワイトマジックのバリアン 迎えに行って

連れて来た後に、ニナも迎えに行く って。

シェムハザも もう来てたぜ」


「榊ちゃんとボティスさんは、先に庭園にいるよー。もし、バリアンの人達が来たら

同じ お店に入って、白魔術の人が来るまで

“ゲンワクして時間を稼ぐ” って」


「うん。じゃあ、俺等も庭園に行くぜ?」って

ミカエルが、ジェイドの手を引っ張って

ドアに向かう。本人、さり気ない風だけど

ジェイドは 笑っちまってるんだぜ。


庭園に着くと、ボティスと榊が ベンチに座ってて

シェムハザは、移動した 天空霊に持たせた卵を

透過スクリーンで確認してた。

卵の中の蛇の色は、青いまま。

榊は今日、ベージュに赤い花のワンピースで

見た目だけだと、より大人め。

蓮池には、蓮の花が開いてた。


まだ8時半くらいなのに、レストランとカフェは

三つ共 全部 開いてる。

ヴィラの客が主だろうし、そりゃ そうか。


ジゴロたちより先に、アコが 白魔術ホワイトマジックのバリアンを 連れて来た。前に庭園ここで見た、卵の人じゃん。


ジゴロは、オレらより 10コくらい上に見えるんだけど、この人は 50代くらいに見える。

健康的な褐色の肌で、そんな濃くない顔立ち。

目元がクール。モテただろーな って雰囲気。

バリ... っていうか、インドネシアって

美女も多いしさぁ。


目眩ましを解いた シェムハザが挨拶してて

榊が、バリアンごと 神隠しで隠す。

アコは またすぐ、ニナを迎えに行った。


オレらは、バリアンに認識されねーんだけど

バリアンは、泰河の方に 眼を向けて

驚いたように 口を開けた。バロン泰河だしなー。


合掌し出した バリアンに、シェムハザが

何か聞いてるけど、たぶん インドネシア語で

分からねーし。


「“何に見える?” と 聞いている」って

ボティスが通訳して、バリアンは やっぱり

「Barong」つった。


アコやシェムハザに会って、悪魔の気を感じてたらしい バリアンのおっさんは

ミカエルの方にも 気付いたように顔を向けると

何か納得したような 表情になって

シェムハザと話してる。


「アコが相談に来た時に、“悪魔が来た” って

構えたみたいだな。

その場で、実は祓おうとしたけど

出来なかったみたいだぜ?」


ミカエルが 通訳してるし。

四郎も、インドネシア語を覚えようとしてるけど

「文字でなければ、さっぱりなのです」って

眉根を寄せて、腹を鳴らした。


「じゃあ、“下手に逆らわないようにしよう” って 思って、アコに ついて来た... ってことなのか?」


朋樹が聞いたら

「それもあるだろうけど、アコが

“人間の娘が、人間の呪術医に騙されてる” って

人のために来たから、話を聞こうと思った... って 言ってる」って、また 通訳してくれる。


「でも今、バロンと善の気も 一緒にあるから

安心したらしい」


ふうん...

いい人みたいだし、安心してくれて 良かったけど

アコやシェムハザが、“悪魔” って 分かるんだ...

シェムハザたちは そういう気配を抑えてるんだし

それだけ この人に、腕があるんだろうけど。


「ジゴロ、まだ 出て来ねぇな... 」

「うん、この人を待たせるのが 悪い気がするね」


四郎と榊の腹も鳴るし、バリアンの人と

先に レストランに入っててもらうことにした。


昨日の夜は、遅い時間だったから

カフェに入ってたけど

ジゴロが カモの女の人と 一緒に入るなら

でかい東屋のレストランだろう... って 推測する。

ジゴロは、“妻がいるけど、一夫多妻国” で

“俺には 経済的に余裕がある” って 見せ掛けてーんだし。

なら、メニューの値段も 一番高いとこを選ぶ。


朱里ちゃんと泰河、ジェイドにも

先に行ってもらって

オレと朋樹は、念のために ベンチで待機。

「軽く取っておけ」って、シェムハザに

タンブラーのコーヒーと バケットサンド渡されて

朋樹と並んで食ってる。


「さっきの 白バリアンの人... 」


朋樹は もう、白魔術ホワイトマジックのバリアンを

白バリアン って呼ぶらしいんだぜ。

名前、知らねーし。


後で聞いたところだと、バリの人には 苗字がない。カースト制による ルールがあって

名前で カーストが分かるようになってる。

平民なら、ワヤン って名前が入る... って風に。

だから、同じ名前の人が たくさんいる。


で、バリアンは、名前を 他人に知られるのは

あまり良くないようで

アコも『名前は知らないんだ』って 言ってた。

『どうやって調べたんだよ?』って 聞いたら

『カフェの店員に、“白魔術ホワイトマジック呪術医バリアンを紹介しろ” って 命じた』らしい。


「... 腕は良さそうだけど、解けんのかな?」

「さぁ... 他人の術だしなぁ」


ヴィラから、家族連れとか

オレらみたいに グループで泊まってる観光客が

ちらほら 食事に出て来たけど

ジゴロと女の人は、まだ出て来ねーし。


バケットサンド食い終わって

タンブラーのアイスコーヒー飲みながら

「ジェイド、今 気付かなくてもなぁ... 」

「けど、こういう事がなかったら

ずっと気付いてねーんじゃね?」とか 話してたら

アコが ニナと歩いて来た。


ニナは、今日も 落ち込んでる顔だけど

どうしても ジゴロを探しちまうようで

きょろきょろしてる。蓮の花も見なかったしよ。


オレらの方を見たアコに

「真ん中の東屋」って 指差すと、ニナに

「レストランで のんびり食おう」って言って

東屋のレストランに連れて行った。


「ジゴロ、おせぇよな」

「まだ 9時だけどな」


更に 20分くらい待って

「ヴィラに居んのかな?」って 疑問が湧いたけど

朋樹が 半式鬼の片羽の白蝶を飛ばすと

オレらのヴィラからは、結構離れたとこにある

少人数用のヴィラの 一軒に入って消えた。


「居るな... 」

「まぁ、女の人 クドいてるんだし

朝なんか のんびりしてんじゃねーの?」


退屈で あくび出たら、朋樹にも伝染った。

長閑ノドカだよなぁ。


「“ルームサービスで... ” とかなったら マズくね?」

「あんまり出てこなかったら、榊に幻惑してもらって、出て来させるか」って 話してたら

やっと、ジゴロと女の人が出て来た。

腰とか抱いてやがるしさぁ。すげー 甘い空気。


“出て来た” って、泰河にメッセージを入れる。

すぐ近くで、蓮の花見てるから

女の人に 何か印みてーのないかな... って 観察したけど、見える範囲には ねーし。


ジゴロたちが通り過ぎてから

オレらもベンチを立って、後を追う。

推測した通りに、東屋のレストランに入った。


デイゴやナンヨウザクラの赤、シダノキ。

寄植えのデザートローズが、店のあちこちにあって、ユリに似たインドハマユウが、カウンターの花瓶に生けられてる。


東屋で 庭園も見えるし、緑や花が眼に入る分

他のテーブルが気にならねーんだけど

カウンター近くの席に アコと座ってるニナは

庭園近くに座るバリアンたちに、すぐ気付いた。


泰河や朱里ちゃんに「おつかれー」って

言われながら、空いてる椅子に座ったけど

オレらのテーブルは、ジゴロたちの方に近い。


シェムハザに、ナシ チャンプル取ってもらって

つい、白バリアンの おっさんに会釈したけど

おっさんからは、シェムハザ以外 見えてねーんだよなぁ。


でも、気配は分かるみたいだし

「シェムハザが、“ヴィシュヌが隠した。

今は、あなたも隠されているが” って 言って

地上の入れ替わりのことも話してた」って

ジェイドが言う。

“ヴィシュヌ” って聞いた 白バリアンは

当然 感動して、また泰河に祈ったらしかった。


「では、青蛇を放とうと思うが... 」


シェムハザが、白バリアンにも インドネシア語で言うと、白バリアンは 椅子を立って

ジゴロたちのテーブルに近付いて行く。

四郎とミカエルも消えて、ジゴロテーブルの近くに顕れた。


白バリアンが、シェムハザに頷くと

シェムハザが 天空霊を解放して、落ちた卵が割れた。青い気体が 眼のない蛇になって、ジゴロと女の人のテーブルへ這い進む。


青蛇が、女の人のふくはぎに噛み付いて消えた。


「どうなんだ?」

「まだ、見た目には何も... 」


ジゴロと女の人は、見つめ合いながら

笑顔で食事中。

クロポン食ってる泰河の隣で、マンゴスチンの皮を剥く 朱里ちゃんの手が止まってて

どうしても ジゴロを見てしまうニナに

切なそうな眼を向けてる。


レストランに客が増えてきて、ジゴロが ふと

通り掛かった女の人二人に 眼を向けると

ジゴロといる女の人が、フォークを置いた。



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