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渓谷に続く細い下りの階段になっている道を下ると、棚田と棚田の間に出て

次は、飯の時に見てた 棚田のあぜ道を登る。


「おお、見よ」


棚田の水面には、空と 榊の狐火が映ってた。

夜の静かな水。

さっきまで居た、渓谷の向こうの 棚田の上には

カフェやレストランが並んでいるのが見える。

夜の中にも カラフルな壁と屋根。


椰子の木を見上げて歩く 四郎が

「夕に見た、景色の中にるのですね... 」って

眼ぇ輝かせてて、かわいーし。

田の畦に向ける眼は、懐かしむような眼だった。


「エデンのゲートは?」

「もう少し先。

ほら、ゲートのアーチの先が見えるよ」


リフェルが指した方向に、白い光が見えた。


棚田を登りきって、土手が途切れている所から

木々の間へ入って行く。


「ふむ。獣道であるの」


「良かろうか?」と、榊が ボティスに断って

人化けを解き、ザッ と 草に割り入り

少し先から、前足で 招いてる。


「えー、草の高さ あるじゃん」

「ちっとも道じゃねぇだろ」って 文句言ってたけど、なんか、頭 ふわ... っとして 着いてって

気付いたら、エデンのゲートの階段の下に居た。

露子直伝の 招きかぁ。

この辺だけ、木々や草が少ない。


「ボティス。お前達」

「ミカエルに、奈落の事は聞いたぞ」


「そうだ。“皇帝を喚べ” と。

まず、ハティと月夜見キミサマだな」


ハティを喚んで、榊が 幽世の扉を開ける。


「ミカエルが 第四天マコノムの軍と、奈落へ向かった」


ハティや月夜見キミサマと、ボティスたちが話す間

シェムハザ お取り寄せのコーヒー 飲みながら

オレらは オレらで「全員で行くのかな?」とか

「奈落に どうやって入るんだろうな?」って

話してて、皇帝が 牢獄に花を咲かせたこと

思い出すんだぜ。もう無いんだろうけどさぁ。

悪魔を破裂させた術は、四郎には見て欲しくねーけど。


「... では、連れて来る」

「あっ、ハティ。俺も行く」


ハティとアコが、皇帝を迎えに 一度 地界へ消えて、月夜見キミサマ

「しかし、土地の 一部が入れ替わるとはのう。

人等ばかりか、各 土地の 神々等にも気付かせぬとは... 」って 首を傾げてる。

「よう、争いなどに ならんなったな」


「知る限りでは、だけどな。

ベルゼやパイモンが 押さえている」

「だが、神隠しなどをしている土地の者等が

どういった者等かは 分からんからな。

今は まだ、警戒してひそんでいるようだが... 」


リフェルが、一人 話しに入れていない事に

気付いたシェムハザが、「リフェル」と 呼んで

オレらの方に連れて来た。


「シロウは知っているな?

榊と、ジェイド... 」と、オレらの名前を教えて

オレらも リフェルと握手する。


「ザドキエルに、それぞれの事は 少し聞いた。

アリエルにも。ルカ、君が リラの恋人?」


「お? おう... 」


リフェルとは、まだ全然 話したことねーし

そう聞かれると 妙に照れる。


「エデンの星絵を喜んでいたよ」


胸を詰まらせてたら

「君が描いたっていう 牛も」って 泰河に言うから

胸ん中も 落ち着いちまったんだぜ。

「牛じゃなくて、琉地」って 泰河も言ってるし。


「リフェルって、最初から 奈落配属だったのか? “奈落で翼が落ちて” って 言ってたよな?」


朋樹が聞くと、リフェルは

「いや、第五天マティだ。と 言っても 幽閉所じゃなくて、裁判が済んだ 異教神たちを、奈落に護送する仕事だった」と 答えた。


「奈落へ移ったのは、キュベレの牢獄管轄が

第五天マティに移ってから みたいなんだ」


移ってから “みたい” ?


シェムハザが

「ミカエルに聞いたが、その時の記憶を隠されていたそうだ。ザドキエルが復元した。

キュベレの牢獄で、レナという 預言者だった者が眠っているのを見ている」と 説明する。


レナ... 黒いリボンの子だ。

ひとつ星となったキュベレが 奈落に落ちてから

キュベレの代わりに 牢獄で眠ってる。


「何故、キュベレの牢獄に入ったんだ?」


ジェイドに聞かれて、リフェルは

「サンダルフォンが入って行くのを見たんだ。

キュベレは繋がれ、眠り続けているはずなのに。

ザドキエルに、“預言者がどうこう” という話をしていたのを、小耳に挟んだ事もある。

預言者の管轄も第六天ゼブルだから、何かおかしいと思った。

調べて、長老達に報告しようとしていたけど

気付くと 奈落に居て、翼が落ちてたんだ。

奈落に配属になった事以前の記憶は失っていた」と 答えて


「シロウ。君の時に、ユリイナという 幼子おさなごの魂を包みながら、俺はもう 天使ではなくなった と実感した。

それで、鴉天狗との融合には 自分から志願した。

失敗しても良かった。どうせ 天使じゃない。

ミカエルが拷問を許した時は、“ミカエルなのに” と ショックだったけど、俺を生かす為だったと分かった。肩に 十字架クロスまで貰えて... 」って

感動してるし。いいヤツっぽい。


「額の眼は閉じなかったけど、天使として働く」って、また 握手の手を出してきたし

「おう」「よろしく」って、改めて 手を握り返していると

「翼が戻っているじゃないか... 」と

眠気を誘う声がして、ジェイドの腰に手が回った。周囲には、シェムハザが 天空霊を降ろす。


胸に届く黒髪のウェーブ。黒い睫毛に縁取られた碧眼。白いフリルタイのシャツに黒刺繍のジャケット。黒いブリーチズ、黒ブーツ。


眼は、榊の くちびるに向いていた皇帝は

「おお、ルシファー」と言う 四郎に

「シロウ」と、普通の人っぽい笑顔になった。

そういう雰囲気 出せるんじゃん。

ハティとアコは、月夜見とボティスの方に行っちまったけど。


「いよいよ、奪還で御座いますね」


四郎が話してる間に、榊が 化け解いた。

それはそれでいいらしい皇帝は

一度 ジェイドから離れると、

「そうだ。必ず取り戻す」と 四郎に答えて

腰を折り、狐榊の頭を撫でた。


「しかし、どのようにして?」


月夜見が来ると、折った腰を戻した皇帝は

ふん... って 顔して、やっぱり ジェイドの腰に後ろから 両腕を回す。

左肩に顎を載せると、首を傾げて 自分の頭を

ジェイドの側頭に着けて「さあ?」つった。


「奈落にミカエル達が入ったら

“中から 合図をする” と... 」


皇帝の方は見てるけど、ジェイドには 視線を向けないようにして、リフェルが言った。

見るのは、ジェイドに対して失礼だと思ってるっぽい。気ぃ使ってるし。

朋樹が リフェルの肩に手ぇ置いて、頷いてみせてる。


「ふん。十字架クロスにか」


ボティスの胸にも 碧眼を向けた皇帝は

ジェイドの腹の上に組んでいた手を外すと

右手だけをシャツの中に入れて、胸まで 手のひらを這わせていく。今日も 妬いてんなぁ...

四郎は、榊の隣に しゃがむことにしたらしい。

ハティが 四郎の前に立った。


「ルシファー、退屈なんだろうけど... 」


左手の中指と薬指では、ジェイドの腹筋のラインを なぞり始めていた皇帝は

眉を ピク っと動かして 指の動きを止めた。


ジェイドの頭から 自分の頭を離して

顔をジェイドに向けると

「何か あるのか?」と、目の前の耳に聞いてる。

あるだろ、これじゃあ... って 思ったけど

オレら、皇帝には ジェイド売ることにしてるから

笑顔で見守るんだぜ。飛び火するしさぁ。


「何のこと?」


は? って 顔して、ジェイドも見返してる。

その距離で、よく 皇帝そっちに向けるよなぁ。

神父は違うぜー。


「最近、ミカエルは 忙しかったから

アラム語の聖句を教えてもらった以外は 別に... 」


「何も無かろう」


ジェイドを見てた 月夜見が言った。

霊視したんかな?

えー... じゃあ、“何かある” って

もしかしたら ニナのこと?

いや、単純に心配してるだけかも しれねーけど...


「天狗を奪還したら、その後は どうするんですか? 天狗と姫様を ってことなんすけど」


ここで話を変えようと、朋樹が すかさず言うと

逆毎ザコや天狗は、高天原には昇れん。

しかし、月に居れば 死者の魂を乱し

海に居れば 逆毎により、新たな魔物が生まれる恐れもある。

地上の、人が入れぬ山の 一つを 天狗と逆毎の山とし、社を建て、霊獣達が祀る。

六山の各里にも 祠は建てるが」って 答えてて

姫様も 一緒だし、安心した。


「地界で 俺が所有する島も、一つ渡し

城を建てさせる」


おっ、皇帝だし。


「地界にも籍があれば、“俺が管理する者” となるからな。サカヲが来た際も 話を着けさせる」って

言ってるけど、姫様も ってフトコロ 深いよなぁ。

泰河も「姫様も っすか?」って感動気味に聞いてるけど「地界には 何でもいるからな」って

大して問題視もしてねーし。


「あっ... 」


ミカエルの加護の十字架に反応があったらしく

ボティスとジェイド、リフェルが眼を合わせた。

胸や肩のクロスが 白く光ってる。


ゲートの下か」


ハティの声で、エデンのゲートに向くと

エデンの階段が 薄れて消えていく。


胸の高さくらいの位置に、光る模様の様な文字が顕れた。

次第に 石の壁も姿を顕して、エデンの門の下に

立ち塞がった。


「リフェル」


ボティスに呼ばれたリフェルが、壁の文字に

十字架の肩の手を着け、奇妙な発音の天の言葉で何かを言うと、手のひらの下から 光る文字が

放射状に拡がっていく。

石の壁の隅々まで 光る文字が行き渡ると

壁ごと消失して、四角い穴が空いた。


「神隠しで行く」


ボティスが、狐榊を 片腕で抱く。

榊も行くんだ。留守番組かと思ってたぜ。

ハティとシェムハザ、アコは残るみたいで

「何かあったら喚んでくれ」って言ってるし

月夜見も「中で扉を開け」って言う。


リフェル、ボティスと榊、朋樹の後に

「では、参りましょう」って

意気揚々と 四角い穴に入った四郎の肩に

朋樹が「おう」って、手を掛けた。

心配もしてるんだろうけど、消える防止っぽい。

皇帝に腰を抱かれた ジェイドが入って

オレと泰河も 後に続いた。


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