35


『洞窟とかに出たんじゃなくて

いきなり、奈落内部だな』


神隠ししてるし、“見つかるかも” っていう不安がないせいか、前に来た時より 余裕がある。

前回は、一の山に空いた 別口から入って

まず 洞窟だったんだよなー。


『ミカエルが、奈落の内側から

天使に 別口を開けさせているからな。

開けたのは 多分、ザドキエルだろ。

これをやるには 術の腕がいる』


ボティスに抱かれた 狐榊が、肩に 前足を揃えて

『ほう... 』と、上を仰いでて

四郎も『異界で御座いますね... 』って

辺りを見回してる。


奈落は 暗くも明るくもなくて、空気まで青い。

空は無く、見上げる先には バカでかい木の根が

絡んで、ひしめき合っている。

その根に絡むつたが、あちこちに垂れ下がる。

塀の向こうには、土のドーム型の何か や

上から伸びて地に着く たくさんの時計台が見えた。前に来た時も 見たことがある。


『塀に 囲まれてるよな?』


それにしても、広大な範囲が 囲まれてる気がするけど。見渡している内に、振り返って背後に向くと、奥の方には 緑の草のようなものが 地面に広がっていて、湖のようなものも見えた。


今いる場所と 奥の湖との間には

闘技場のような楕円形の建物と、

あちこちに 葉のない何本もの ねじれた木。


『アバドンの城の敷地だ』


リフェルが軽く言ったけど、広...


『城、ねーじゃん』


『城は、あの湖の向こうにある。

この場所は、猟犬を放って 囚人を追わせたり

囚人同士を闘わせたりする場なんだ。

主に、囚人が 質問に答えない場合に使われるけど、猟犬に身体を食われた場合は、身体を再生されて、また繰り返される。

尋問を任された天使や悪魔たちが、アバドンの許可を得て、公に楽しんでる』


ひでぇ...  闘技場に眼をやって

ちょっとワクワクしてた風だった泰河も

ゲンナリしたツラになった。


『そのような事、天は許可されるのですか?』


四郎がショックを受けて聞くと

『いいや。もちろん、天は知らないけど

尋問の方法は、アバドンに任されている。

ここに入るのは、天との条約を侵した異教神や

天の法を破った悪魔、信徒をたぶらかしたり殺したりした魔物などだから』と 話して、湖の方へ向かう。


『こっち側から入ると、湖の向こうには

猟犬たちが彷徨うろついてる。

侵入者は食べていい ってことになってるから

その分、見張りの数は少ないし

そのまま 城の裏口に着く』


『猟犬、と?』


不安がった榊に、リフェルは

『神隠ししてくれているから、大丈夫だよ。

匂いまで完璧に隠せてるし』と

安心させるように、穏やかに言った。


ねじれた木の間を通って、灰色の でかい石のブロックを積んで造られた 闘技場の横を抜けると、

湖と草原の場所に着いた。

湖の水は、空気の色と同じような青で

ここだけ オアシスみたいに見える。


『ここに アバドンが来る時は、湖に橋が渡るんだけど、迂回するしかない。

湖の中には、強化された ルサールカ達が居る』


えー、オレと名前 似てんじゃん。


『ルサールカ って、湖や河に居て

男を誘惑して、水に引き摺り込む... ってヤツじゃないのか?

水の中で死んだ女が、ルサールカになる っていう... 』


ルサールカは、地方によっては老女の場合もあるけど、誘惑タイプは 全裸の美女らしい。

うん、まぁ そりゃそーだろうし

ちょっと見てみてーし。


退屈そうな皇帝に 見つめられながら

ジェイドが聞くと、リフェルは

『そう。“罪のない信徒を 水に誘い込んだ” として、幾人か捕らえられた。

奈落の天使や悪魔は、男性型ばかりだから

ルサールカに引き摺り込まれるような配下は必要無い と、誘惑させている。

実際は、気に入らない配下の処分だけど。

アバドンは、美しい彼女達は気に入ってるから

この草原と湖は、彼女達の為に造られた。

湖底には、天使や悪魔の骨が沈んでる』と

特に感慨もない って眼を、湖に向けた。


かさかさと草が鳴って、無毛の赤い犬が 現れた。

尖った耳に くらい穴の眼。

痩せたドーベルマンみたいな体型。

榊の三つ尾が膨らんで、頭や背中の毛も逆立ってる。オレも怖ぇし。


『大丈夫。気付いてないよ。もう城だ』


リフェルは、前を指差すけど

そこには、高い石の塀しかない。

塀の前には、蟷螂カマキリ頭の悪魔たちが

赤い猟犬と 一緒に彷徨うろついてる。


『裏口の扉も、壁にあるんだ。

触れれば開けられるけど、扉の前にも悪魔が居る』


『どれだ?』


皇帝が リフェルに聞くと、オレらが居る

湖の右端近くの 石の塀の前に立つ、悪魔を指差す。


左手の手のひらを 自分の前に出した皇帝は

ふっ と、その手のひらを吹いた。


悪魔の側頭... 耳の位置くらいから生えた花が

悪魔の肩に降りて、身体を這い降りていく。


地面に降りた花は、湖に向かって這い出した。

『蘭の花... ?』と 朋樹が 聞くと

『ハナカマキリだ。何せ、親が蟷螂頭だからな。

意外に 綺麗な物を産むようだが』と

ボティスが笑ってるし。


蘭の花に似たハナカマキリが 湖に落ちると、波紋が拡がった近くの 湖面から、女が顔を出した。

ブロンドの髪に 白い肌。美しく整った顔に 緑の眼。

ハナカマキリを産んだ悪魔に、ルサールカが 眼を向けると、悪魔は ふらふらと、湖に歩いて来た。


ルサールカも 湖畔に近付き、湖面から出て来ている。なめらかな曲線の白い肌。

細く長い腕。程良い弾力と見える 美乳。

縊れた腰の下に キュッと上ったケツ。

締まった長い脚。ついでに無毛。


『完璧』『これは やられる』って

つい感想 漏れちまうし。

四郎は 石の塀に向いてるけど、榊は

『ふおぉ... 』って、誘われ掛けてるしさぁ。


湖の縁に座った悪魔の前に、四つん這いになった ルサールカは、悪魔の胡座を解かせて

股間の位置に 自分の頬を着けて、悪魔を見上げた。


『うお、美人... 』『もう、そっからいくんだ』

『分かりやすいね』とか 言ってる内に

ルサールカは、するっと 馬乗りになって

悪魔の手を 自分の腰に誘導して掴ませる。

この時 すでに、悪魔の腰も 湖に入ってるけど

気付いてないっぽい。怖ぇ...


『それじゃ、城に... 』って リフェルが言った時

『雄の蟷螂カマキリの中には、交尾中に

相手の雌に、頭から食べられるものがいる』と

皇帝が 眠気を誘う声で話しだした。


悪魔の肩に、ルサールカの 白い両腕が回り

蟷螂カマキリ頭を 見るからに張りのある 美しい胸に抱く。

ゾクっとするような美人顔で笑ってるけどさぁ...


『雌に食べられた 雄の蟷螂のアミノ酸は

大部分が 自分の子となる卵に渡る訳だが

もう ひとつ、メリットがある』


いつの間にか 悪魔が上になってたけど

もう、胸までが湖の水の中。

悪魔の背と うなじに ルサールカの腕が回った。

触り撫でながら 腰を動かし、悪魔を横にすると

下になった肩が水に浸かる。


『雄は 食われようと 交尾を続けるが

頭部を失うことで、反射的な痙攣も起こる。

これにより射精量は増し、より多くの子孫を残すことが出来る』


カマキリ すげー。

また上になった ルサールカが、悪魔を見下ろして

蠱惑的に笑う。


『これを人間に置き換えると、脳内では エンドルフィンやドーパミンといった 報酬系の化学物質が放出されている。

エンドルフィンには モルヒネの6倍以上の鎮痛作用があり、また多幸感を与えるが

これは 強いストレスによっても放出される。

つまり、強烈な絶頂感オーガズムの中での死ということだ』


そんな... って 思いながらも、モレクを前にして

諦めを選んだ黒蟲クライシの 脳の感覚を思い出した。


『試しに 絶頂に近づいた時、女に 首を掴ませてみろ。死の淵に立っての それにより、種の保存本能が働き、量も快感も 桁違いのものとなる』


なんか 喉が鳴る。本能って 強大だよなぁ...


ルサールカと絡む悪魔の身体が 水に沈んで

湖の縁には、蟷螂カマキリ頭だけが...


『きゃあああーーーっ!!』

『今回、怖いやつじゃないすか!!』


なんか カマキリ的なヤラれ方じゃね?!

『うるせぇ!』って怒る ボティスの肩で

榊は固まってるし、リフェルは 四郎を、朋樹ごと翼で隠してるし、ジェイドは シャツん中 まさぐられてんのに、今 気付いて

『やめてくれないか、ルシファー。

戻れない場所には 辿り着きたくないんだ』って

割と本気で お断りしてるし、

城に入る前から 結構 散々なんだぜ。


『地界にも ルサールカは居るが、自身と同じように 美しいものを好む。頭は要らなかったんだろう。湖底や河底で 美しいものが崩れ、骨となる様子を楽しむようだ』


いいゴシュミだよなー。知りたくなかったぜー。


『他の見張りが 裏口の前に来る前に、城に侵入しよう。榊、この辺りの壁も 神隠し出来る?』


一応は 皇帝に付き合うけど、面倒な事は 無かったことにするタイプらしい リフェルが、悪魔が立っていた場所の 壁を指した。


『む... ふむ』


まだ固まってた榊が、壁にも神隠しを掛けると

リフェルが壁に 手を着いた。

天の言葉で 何か言うと、手のひらの下から

光る記号のような文字が 渦巻のように巻き広がって、壁を埋めていく。


壁の 一部を四角く埋めた光の文字が消えると

その部分の壁が消失して、四角い穴が空いた。


『よし、行こう。

今は、正面から押し掛けた ミカエル達の対応に

追われているはずだ。

それでも、見張りが立っているような部屋に

天狗が居る って事になる』


うん、潜入。

皇帝が相変わらず ジェイド口説いてるし

あんまり緊迫感はないけど。


『やたら触ってるよな』って 小声で言う泰河と

裏口の穴に入る。


『そー... ジェイドが もし、ニナの心配してるんなら、それが気に入らねーんじゃねーの?』


城の中... まだ、裏口に続く通路だけど

アイボリーの柱と壁。石壁には 浮き彫りの像。

誰か解らねーヤツばっかり。赤い絨毯。


『これ、天の叙事詩か何かの人たちの?

上に 名札みたいの貼ってあるよな。

この人、“ヘミエル” だ』


朋樹も、左右の浮き彫りの見ながら言うと

『生き埋めだろ』って ボティスが言った。


『そう... 城の天使たちなんだ』


『えっ!』『これ? この壁?!』


『奈落から逃げようとした天使たちだよ。

見せしめ刑だ。でも生きてて、千年で出られる』


うわぁ...  処刑の方がマシじゃね?

アバドンって、質が天使じゃねーよな...


天使の壁の通路を曲がると、左右に小部屋がある通路。これは、城の備品とかの物置きっぽかった。


『一階は、キッチンや食卓、広間と城兵控え室。

武器庫と手入れの部屋、備品室。

ここは 天使が調べると思うし、多分 何もない』


リフェルは、そう言いながら

何故か 備品室のひとつに入った。

カーテンやソファーカバーなんかのファブリック系の棚が 何列か並ぶ。


『しかし 城内では、天使でも姿を消せないのに

神隠し出来るなんて、すごいね』


褒められた榊は、ボティスの肩で

『ふふ』って 嬉しそうにしてるけど

リフェルが、棚と棚の間の壁に 手を着けて

長方形の通路口のような穴を開けると、中には

昇りの階段が見えた。


『各階の壁に繋がってるけど、三階のアバドンの私室へ行ってみよう』


城は、天井が高い。両腕が伸ばせるくらいの幅の階段を昇って、踊り場を経て また昇る。


『照明などありませんのに、暗くないのですね』


階段は、外と同じように 薄青い。

『奈落は、明るい暗いといった概念がないからね』って リフェルが言うけど、

光と闇が分かれる前の 混沌でも無いらしい。


『地の底だけど 暗くないのは

天の管理下だから』


うん、分かんねーから いい。

階段を三階まで昇ると、また壁を開けて

『神隠しをしてもらってるから、相手には見えないけど、ここからは気を付けないと』って

長方形の穴から出た。


三階は、アイボリーの柱と壁、ブラウンの石の天井に、藤色の絨毯が敷かれている。

出た場所は、絵画と絵画の間の壁。

草原と海の絵だし、地上の風景画っぽい。


「... だから、何が “聞いていない” だ?

お前等が 扉を開けなかったからだろ?

天に上がって 第六天ゼブルで長老達に聞け。

俺は、天のめいで来てる。アバドンを出せ」


ミカエルの声だ。なんか揉めてるっぽい。


「アバドンは 病に伏せっている。

今のところは、お引き取り願いたい」


別の声。奈落の天使だと思うけど

アバドンが “病”?


『あっ、ルシファー... 』


ジェイドの腰を抱いたままの皇帝が、声の方へ向かって歩いて行っちまう。

狐榊抱いた ボティスが続くし、オレらも続くことになった。

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