76 ルカ


「でかい寺から?」

「この辺、そんなに でかいとこも無いけどな... 」


「守護天使を派遣する」って言う ミカエルに

「どうして?」って ジェイドが聞く。


「いや、おまえ... 」

「時間 掛かるしさ、そうして もらおうぜ」


「守護天使が見たって、分からないんじゃないか? たまたま他の像に、祈りに呼応した天部神が降りてたら、それを天狗だと思うかもしれないじゃないか」


抵抗してるよなー...

ジェイドは たぶん、寺巡って 天狗像探ししたいんだろうけど、すげぇ時間掛かるし

第一 もう、山門 閉まってるんじゃね?


それを言ってみると

「ああ、それは そうかも。

今日は 守護天使に下見してもらって

明日の朝から周る?」... だしさぁ。

まぁ、今日見つかるとも限らねーけど

柘榴が戻ったら、緊迫感 失くしやがったよな。


「だって」って、誰も何も言ってねーのに

言い訳的な 接続助詞コトバつけて

「今日見つかったって、僕らは入れないし

見つかった時点で、もう その像の神は

取り込まれてしまってるんじゃないか?」... とか言うし。


「俺が入れるだろ? 鎖があるし」


「うん、まぁ... 」


納得してねーなぁ...


「明日でも今日でも、どっちにしろさぁ

捕まえるのは ミカエルになるんじゃねーの?」

「おう。それから天狗や姫様 抜くなり

像 破壊するなり に なるよな」


「とにかく守護天使には、命 出すぜ?」と

ミカエルが 短い口笛吹いて、天の言葉で何か言うと、バスん中の風が動いた。


「今度、付喪つくも探しとかなら

付き合ってやるからさぁ」って 言ったけど

返事ねーし。

信号停車した時に、ジェイドがコーヒー 口に運ぶと「やるなよ」って 朋樹が止めた。

ボコボコかぁ。


「そういえばさ、准胝じゅんてい観音って

結局、像には降りてくれねぇのかな?」


泰河が言うけど、いやいや...

「おまえの師匠に聞いてもらってんだろ?」と

朋樹が返す。


「最初は、柘榴救出のため って事情だったけど

降りてもらえたら、天狗や姫様も 追い出せるんだよな?」


「師匠に聞いてみるか」って ことになって

一回左折して、狭い道に入る。

空は 少し薄暗くなってきたけど、まだ街灯も点いてない。炙りのおかげで 建物自体が光ってるし

影が無く見えた。


この辺、オフィス街なんだよな。

でかい道路は渋滞してても、ちょっと反れるだけで、全然 車も人も少なくなる。


ビルとビルの間に、ベンチしかない 小っさい公園があったから、その向かいの 五台くらいしか停めれないような駐車場に バスを入れた。


公園で ひとつの背もたれのないベンチを 囲むように立つと、ミカエルが「迦楼羅ガルダ」って 喚ぶと

オカッパ頭に アラビアンな迦楼羅師匠が顕れて

「准胝の件か? 無理だった」って、先に言うし。

今日は、赤い翼を目眩めくらまししてる。


「何でだよ?」


ミカエルが聞くと

「やはり、蛇神のことでは降りれん。

また 中に何か居ろうが、祈る者が

“准胝観音と見て” 祈れば、その祈りは届く。

像は、准胝観音として 造ってある。

繋がりは 途切れておらんようだ」って 答えた。

そうなんだ...


「でももう 全然、准胝観音像じゃなかったっすよ」って 言ってみたら

「ならば、祈られぬであろうの」って 言われて

「そうっすね」って なった。


「柘榴は助かったぜ?

像の方から 出してきたけど」


「早く言え。ならば、降りずで良かろう」と

迦楼羅師匠は、ミカエルと眼を合わせたまま

オカッパ頭で頷いてるし

ミカエルも「うん」って言う。


「けど、師匠。その像が 悪いことしても

問題 無いんすか?」って、泰河が 食い下がると


「困れば、祓うなり供養するなり、破壊するなり

人が何とかするであろ... と 言うておったな。

人形供養などもあろう?

破壊するのであれば、その時に 魂抜きが施され

繋がりも断たれる。

像は 木や石、ただ 素材のものに戻ろうの。

人が造った物であるから」だし


「僕らが “像に降りて、中に居るものを出してください” って 頼んだら、どうなるんですか?

人間の願いとして」って ジェイドが聞いてみたら


「准胝観音は、“人の心に仏を生みだす”」


キメられたぜ。ダメかぁ...

“魔を退ける” とかの観音さんじゃねーもんなぁ。


「天狗の心にも 生み出すんじゃないんすか?」


朋樹が まだ言う。


だって、出し方 分かんねーし

魔像が厄介なんだよな。

シェムハザたち悪魔や 迦楼羅師匠たちだって

取り込まれる恐れ あるしさぁ。


「すでに堕ちておるからのう。外法様よ。

惑わす側である」


仏教じゃ、異教の人たちを 外道っていうんだよな。仏教の人たちは 内道。他の言い方もあるけど。で、天狗が使う法力が 外法。


「じゃあ、どうするんすか?」


別に、迦楼羅師匠が 悪い訳じゃねーのに

泰河が突っかかる。

「あの、泰河... 」って ゾイが止めてるけど

解決策が無い上に キメられたらなぁ...

ヤツアタリだけどさぁ。


「うむ... 」


「ミャンマーの方は、落ち着いたんだろ?

お前も居ろよ」って ミカエルが誘う。


「うむ」


迦楼羅師匠は、片手で持てるサイズの紙袋を

泰河に渡した。バルフィだろうな。

練乳っぽい匂いするし。


「今、天狗も探してるけど

影穴も探してる。アヤカシが湧き出るところ」


「影穴のう... 」


ミカエルに話しを聞きながら、迦楼羅師匠は

ベンチに コーヒーを出してくれた。

小さめのステンレスカップに、同じステンレスの受け皿付き。

ミルク色のコーヒーの表面は、細かい泡に覆われてる。ホットかぁ... って 思っちまったけど

熱くはなさそうだ。

泰河が、紙袋を開いて ベンチに置く。

中身は やっぱりバルフィ。


「師匠」「いただきます」って

みんなで ひとつずつ取って飲んだけど

コーヒー入りの砂糖ミルク って感じで、すげー 甘い。

「インディアンコーヒーだね」って

ゾイがバルフィも 摘むと、師匠は少し嬉しそうだった。四郎が好きそう。オレらも バルフィ食う。


風が通った気がすると、守護天使だったらしく

「今のところ、寺には いないな」って ミカエルが言う。ジェイドが、“よし!” ってツラで

ミルクコーヒー飲み干した。


ジョガーパンツの膝んとこに、小さい何かが 二つ

トン と ついて、にゃー って声がする。


「ん? 猫?」


泰河と しゃがんでみたら、キジ猫は転がって

腹見せて くねくねゴロゴロ言う。

かーわいいーしぃ。


「どうした?」って、泰河が ふわふわの腹 撫でて

オレも、顎の下を指で撫でてると

「伝達じゃないのか?」って、朋樹が言った。


「ん?」と、うっとり眼を閉じて

ゴロゴロ中の猫の額に 指を置いてみる。

本当に伝達らしくて、読んだ思念には

ビル 一階に入ったコンビニの前に、ハチワレ猫が座っているのが見えた。


「ハチワレのがいるのって、この辺?」


頭 撫でながら聞いてみると、キジ猫は起き上がり

前足を前に出して ノビをした。

「にゃー」って、オレらを振り向くので

ついて行くことにする。


ベンチの上からは、いつの間にか

コーヒーカップや バルフィの紙袋は消えてたけど

ミカエルが「お前、それじゃ目立つぜ?」って

師匠に言う。

赤い布ベルトを巻いた 黒のハーレムパンツに

白いトーガみたいな布が、風を含んで 上半身に纏い揺れる。


師匠が、目の前に浮いた トーガみたいな布に

ふっ と息を吹くと、紺の半袖ティーシャツになる。オレ 今日、シャツの色かぶったし。

下は、グレーの くるぶし見える丈のパンツ。

ゴールドのサンダルや アンクレットは

チャコールグレーのスニーカーになった。

朋樹寄りのキレイめ。オカッパに似合ってる。


「師匠」「カッコいいじゃないすか」


「うむ」


うん。とりあえず、公園を出て キジ猫を追う。


道路は 渋滞してるし、ビルに入ったコンビニなら

たいてい駐車場ねーし、バスは置いてくことにする。全員 乗れねーしさぁ。


駐車場とは逆の入口から 公園を抜けて

さっき居た大通りとは 別の、二車線の道路に出た。


真珠色に淡く光る街の 歩道を歩く人たちの足元を擦り抜けて行くキジ猫が、「にゃー」と 歩道橋の階段を昇る。


ついて行って、向かい側に渡ると

地方銀行のビルの隣、角にあるオフィスビルの

一階コンビニの前に、ハチワレ猫が居た。


キジ猫が座って、顎の下を掻き出すと

ハチワレ猫が あくびとノビをして、オレらに

「にゃー」って言う。

額に触ると、次はマンションっぽい建物の

エントランス前の花壇に、しっぽだけがキジ模様の 白猫がいるらしい。


ゾイが「今度、一の山に お礼に行くからね」と

キジ猫の頭を撫でて「にゃー」って 返事を聞くと

次は、ハチワレ猫に ついて行く。


住宅街に入って、高そうなマンションの花壇の前にいた、しっぽだけキジ模様の白猫の額に触れると、次は さっきと少し模様の入り方が違うハチワレ。しっぽが短く丸い。他のマンションの前。


キジしっぽを立てて歩く 白猫について歩きながら

ミカエルが「おもしろいな」って、笑顔で言って

師匠も頷いてるし。ゾイが こっそり、ミカエルのブロンド睫毛に見惚れてるんだぜ。


マンションの前で、丸いしっぽのハチワレに会って、次は三毛猫のカフェの前。

カフェの前から、サビ猫のバス停前。

黒猫のビストロ前...


今 ついて行ってる、グレーのキジ白の先には

次に待ってる猫が居ない。目的地みたいだ。

閑静な住宅街と 繁華街の間くらいを歩いてる。


「え、ここ... ?」


博物館に着いた。二階建てで、たぶん 地下にも

展示フロアがあったと思う。


「閉まってるし」「どうする?」


ゾイが、キジ白猫を撫でて「ありがとう」って言うと、キジ白猫は 長いしっぽを立てて

満足げに 去って行った。


エデンを開いたミカエルが、左腕に大いなる鎖を巻いて「見て来る。ファシエル、守護を頼む」と

師匠と 一緒に消える。師匠、炙られないんだ...


「オレら、ここ待機?」「神隠しも ねぇしな」


「これか... 」と、朋樹が指を差す方向を見上げると、当然 作動しないガラスの自動扉の上に

“チベット仏教展” って 書いてあった。おう...


「マジか?!」って、泰河が でかい声出した。

「オレ、チベットの仏像 好きなんだよな...

派手で カッコいいしさ」


「チベットで、あんまり見せてもらえなかったもんな」って 朋樹が言う。

まだ大学生の時に、二人でチベットに行ったらしい。“どっかで修行したい” って思って行って

軽く あしらわれたっぽい。


「ヤマーンタカや ホワイトターラー、グリーンターラー像も 見れるのかな?」

「曼荼羅だけじゃなく、仏画タンカもありそうだよな」


チベット仏教って、インド仏教が

ヒンドゥー教の シャクティ信仰を取り入れて、

“偶像崇拝じゃん” って、イスラム教に侵攻されちまって、僧侶たちがインドから逃れて 拡がっていったものの ひとつ。


チベットでは、ボン教っていう自然信仰アニミズムが盛んだったらしいけど、それと混ざって チベット仏教になった。


日本には、それが 密教として伝わってきてるけど

その経典や教義が 全部伝わった訳じゃないし、

日本でも、神道や陰陽道と混ざったりしてるから

チベット仏教とも また別モノになってると思う。


今、ここの博物館に展示されてるのは

チベット仏教の仏像や仏画、仏教美術的なやつ。

今 話に出てた、ヤマーンタカとか 白ターラーとかは、明王や菩薩の名前。


日本の寺院じゃ見れない、チベットの仏像とかが拝観出来るんだよなぁ...

別に普段、すげぇ興味がある訳じゃないんだけど

今、この中に展示されてるって思うと

見てーよな... って なってくる。


「いつまでなのかな?」って、ゾイも公開期間

確認してるし。

ゾイは今 入れるけど、オレらの守護だもんな。


「天狗が中に居るとしたら、誰を喚ぶ気だろう?」

「五仏や菩薩じゃないだろ。やっぱり、天部じゃないのか?」


泰河が、自動扉のガラスの中を見てみてる。

ミカエルの炙りがあっても

照明が消えて、暗い博物館の中は

受付とか チケット渡す場所しか見えねーし。


歓喜仏ヤブユムとかも あるんだろうな... 」

「向こうでは、腰に布 巻かれてるらしいもんな。

それすら 寺院のは見れなかったけど」


「師匠」って、泰河が 喚んでみてる。


「何だ?」って、すぐ来てくれた師匠に

「天狗、居たんすか?」って 聞くと

「まだ探しておる。

気配を消し、他の像の姿になっておる恐れもあるからな。像の ひとつひとつを確認しておるのだ」って、ため息ついた。

ジェイドは、その作業が羨ましそうなんだぜ。


「ミカエルが、“離れるな” と言う。

俺が 取り込まれる恐れが あるからであろうが

探すのにも時間の掛かることよ」


“じゃ... ” みたいに、戻る素振りを見せた師匠に

泰河が「オレらも 入りたいんすけど」って

素直に言った。


「でも、ミカエルは “見て来る” って...

待っていた方が いいんじゃないかな?」


ゾイは 気にしてるけど

「それは 僕らが、警報装置や防犯カメラに引っ掛かるから じゃないのか?」って、ジェイドが言う。


迦楼羅ガルダ像とか ないんすか?」

「聖鳥の姿のとか... 」


ちょっと考えた師匠が、自動扉のガラスに

手のひらを付けると、博物館の照明が点いて

扉が開いた。


「おっ!」「入れるんすか?!」


「うむ。警報装置やカメラは止めた」


「すげー... 簡単に出来るんだ」

「ミカエルは出来ないのに」


オレとジェイドが言ってたら

「ううん、出来ると思うよ。

中が危険かもしれないから、入れなかったんだと思う」って、ゾイが庇ったりする。

で、扉ん中に グレーの眼ぇ向けて、赤くなった。


「うん、そのくらい 出来るぜ?

入りたかったのかよ? 俺の絵画とかないのに」


結局、ミカエル来てるし。


「なぁ、気になってたんだけどさぁ

師匠って炙られねーの?」って 聞いたら

ミカエルも “ん?” ってツラになって

「まぁ、強くない光にしてるからな」と 答えた。


師匠は「俺は 聖鳥であるからな」って言う。

でも「この程度の光であれば、影響はないが

阿修羅アスラは炙られような」って 加えたし

括り分かんねー。


「来るのかよ? 作業は退屈だぜ?」


「うん」「行く」って答えたら

ミカエルは「仕方ないな。ファシエル」って

ゾイに 手を差し出す。つい にやけるんだぜ。


「行けよ」「ほら」って、ゾイに勧めると

ミカエルがゾイの手を取って

明るくなった博物館に戻って行った。



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