74 泰河


河川敷に着いて、タクシーが停まると

ゾイの腕を掴んだまま、片手で財布から札出して料金を払った。

「泰河... 」と、ゾイは 不安そうだが

魔像が出たのなら、腕は放せない。


先にタクシーを降りた ルカと朋樹が

河の近くに立つ シェムハザとハティに

「天狗?」「どうなってる?」と 聞いている。


河と、河岸の5メートルくらいまでは

天空霊で区切られ

岸の部分は、ミカエルの光に炙られていた。


ミカエルは、向こう側の河の上で

目眩ましの翼を広げ、空中から 水面を見ている。


「蒼玉に喚ばれたようだが、まだ河の中だ」と

ハティが答え、ボティスと榊も タクシーを降りた。

近くに来た榊が、ゾイと手を繋いだので

やっと ゾイの腕から手を離すと、ゾイはオレを

心配そうに見たが、何も言えなかった。


人形ヒトガタというのは?」と

ハティに聞かれて、榊が 神隠しを解くと

琉地とアンバーも顕れる。神隠しに入れるのか...


テーブルに着いて だらけている オレらの人形から、オレの人形だけが 形代かたしろの紙に戻って

地面に落ちていた。


「一度 魔像が、ここに上がった ということか?」


「いや、人形が 何にやられたのかは分からない。

けど... 」


河川敷は、炙っていなかった。

魔像じゃなく、影から 出てきた何かが オレを狙って、人形が 形代に戻ったのかもしれない。


でも 榊が、神隠しを掛けていた。

わざと 隙を作っていたが、相当 感があるヤツにしか 分からないようなものだ。

普通の人や、妖しでも 術使いでなければ

ここに オレらの人形があったことには、気付かなかっただろう。


「神隠しされた 人形を感得出来るようなヤツが

天狗魔像とは また別にいる... とは、考えたくねぇんだけどな」と、朋樹が難しい顔をする。


カフェの駐車場に バスを停めてたジェイドが

一言 断りに、カフェに入って行った。

結局 バスでも、時間的には変わらなかったよな。


「ゾイ、泰河と居ろよ。泰河の人形だけ やられてんだからな。狙って来てる」


難しい顔のまま 朋樹が言う。

他の人形も形代に戻し、炎の式鬼蝶で燃やすと

琉地の頭を撫でていた ルカが

何かに気付いたように、朋樹に眼をやった。


... オレを狙って来たヤツは、連れ去りは しなかったんだよな。

ここに 形代が落ちてたんだしさ。


ジェイドが カフェから出て、道路を渡り

「カフェの人たちは、何も見てないようだ。

魔像?」と、オレらの方に 歩いて来た。

「人形がさ... 」と、朋樹が説明を始めていると

ザバッという、でかい水音がした。


二本のつのと菫青色の鱗を立てた 蒼玉が

水面に伸び上がり、鎌首をもたげる。

水しぶきが上がり、水面みなもに岸に降り注ぐ間に

また 水面から、大蛇が 水しぶきを上げた。


「何故?」と、榊が 切れ長の眼を見開く。

四本角に ルビーの赤い鱗...

柘榴? どういうことだ... ?


柘榴は、蒼玉に喰らい付こうと 口を大きく開き

天空霊の区切りの中に、立て続けに二度 雷を落とした。区切りの中全体が 白い強光を発する。

凪いでいた水面が 波を立て始めた。


「なんで?!」「魔像は?」


人形を獲ろうとした後に、逃げたのか?

柘榴だけ 残して?


また雷が 水面をつ。

柘榴は、操作されているようだ。

蒼玉が 柘榴の牙をかわし、絞めようと 身体に巻き付くと、顔を捩らせた柘榴が 蒼玉の角を牙で捉えた。


ミカエルが、柘榴のつのの 一本を 左手に掴み

右手につるぎを握る。

柘榴がとうと、落とす雷を 剣に受けて弾くと

蒼玉の角と 柘榴の牙の間に、剣を差し入れ

カッと、一瞬だけ 光で炙る。


柘榴が大きく口を開けて、蒼玉の角が離れると

そのまま、柘榴ごと蒼玉も 河から引き摺り出し

剣を 水面に突き刺すように投げた。


剣が水面を突くと、河全体が炙られ

真珠色に淡く 水が輝いていく。

これで 柘榴は、地下水路に潜れず

水竜巻にもなれないが、岸も炙られている。

蒼玉と柘榴は、水に濡れた鱗身の身体から

煙を上げ始めていた。


「蒼玉!」と ミカエルが、菫青に輝く蒼玉の

長い身体を抱え上げ、目眩ましの翼で 宙に浮く。

煙を上げながらも牙を剥き、襲い掛かる柘榴をかわす。また つのを掴み、真珠の燐光を放つ河に投げ入れた。


右腕を伸ばしたミカエルの手に 剣が戻る。

柘榴は 光の水に焼かれ、苦痛に 大きく口を開く。

身を捩りながら 岸に転がり、のたうち回っている。


「ミカエル!」と、朋樹が呼ぶが

どうするべきなのかは 分からず、後が続かない。

多分 ミカエルは、柘榴を簡単に殺れる。

とにかく、大人しくさせようとしているようだが

柘榴は 大丈夫なのか... ?


「ルカ。柘榴に 印はあるのか?」と

ボティスが聞く。


「額や腹側を見る限りは、無いんだけど... 」


「蝗ではない ということか?」「闇靄やみもやか?」


榊が「柘榴様」と 呟き、ゾイが 榊の手を引いて

「大丈夫。絶対に」と ミカエルと蒼玉の背の向こうに、煙を上げながら のたうち

水面に岸に 雷を射る、柘榴を見つめる。

光と音が 波も地面も揺らす。


「靄は どう晴らす?」と、ハティがオレを見た。

ドヴェーシャ... 靄に憑かれた狐からは

ルカが額に出した文字に 触れて、靄を落とした。


直接 凶神呪骨の憎しみ... 瞋恚に染められた スサさんやジェイド、トビトに、文字は出なかった。

狐に 文字が出たのは、地中の闇靄に染まったからだ。柘榴は スサさんたちみたいに、天狗に直接

瞋恚に染められている。


「師匠が、解いて... 」と 答えたが、

シェムハザが「天空霊の区切りの中に 迦楼羅が

入らねば、言葉は届かん」と言う。

今 天空霊を解けば、柘榴が このまま水竜巻になって 消える恐れがある。 なら...


「オン ガルダヤ ソワカ」


師匠の真言を唱えると、師匠の姿をした 獣が立った。シェムハザやハティには、見えていない。


白い虹彩を見つめながら

「赤い蛇から、瞋恚を抜いて欲しい」と 伝える。


阿修羅や師匠を抜いたように

魔像から、柘榴自身を抜く訳じゃない。

白い焔の模様... 獣の力を使って

ルカが出した印を消すこと... 除霊や呪詛解きなら、いつもやってる。これも 大丈夫なはずだ。


迦楼羅の姿をした 真っ白い獣は

青白い天空霊の身体を通過し、区切りの中に入った。宙にいるミカエルも 気付いていない。


柘榴に、獣が手を伸ばした時に

傷付けるな... と 願う。頼む...


獣が 柘榴の角に触れると

煙を上げ、身体を捩らせる柘榴から

金色の炎が浮き出て上がり、獣の指を 取り巻いて消えた。 獣の姿が 変化し始める。


「解けた」「ミカエル、光を解除してくれ!」

「シェムハザ、天空霊を!」


真珠色の光と 青白い天空霊も消えると

まだ明るいのに、急にガクンと 暗くなったような気がした。


「柘榴!」「大丈夫だ、息はある」


師匠の姿だった獣は、阿修羅に、矢上妙子に、

ギリシャ鼻の男に、虎に 狼に 鰐に 蛇に 鳥に...

目まぐるしく姿を変え、白い焔の獣のかたちになると、オレの影に 跳び入って消える。


... ドヴェーシャ と、頭の中に 声がした。




********




「柘榴」


月夜見尊つきよみのみこと、申し訳 御座いません... 」


ミカエルの肩に 失神していた蒼玉と

起き上がれなくなった柘榴に

シェムハザが 自分の青い炎の魂を分け与え

榊が、報告のために 幽世の扉を開いた。


人化けした柘榴は、両腕の肘から下を 失っていた。大蔵さん家の庭で見た 天狗魔像の両手に

赤い鱗があったことを思い出す。


像に囚われた柘榴は、天逆毎に取り押さえられ

天狗が吸収しようとしたが

柘榴が、人神ではなく 霊獣だったため

吸収は されなかったようだ。まだ良かったよな...


地下水脈で、天狗魔像は

蛇たちや蒼玉に 感知されて追われ、

菫青河から逃げ出す時に

柘榴は、“ドヴェーシャ” と 瞋恚に染められて

魔像から解放された。

蒼玉たちを 足止めするためだろう。

柘榴は、蒼玉を憎み

“仕留めねば” という使命に囚われていたらしい。


「腕は 何故?」と、開いた扉の 幽世との境に立つ

月夜見キミサマが聞く。


「凶骨に掴まれた折りに 取られました」


凶神呪骨か...


スサさんを狙って来た時、柘榴は

凶神の 肘から先の左手と 右手首から上に

捕らえられたらしかった。

水竜巻となって消えても、凶神の黒い骨は離れず

柘榴の両手に 沈み入る。

天候や水を操る力の 一部と共に、両腕を取られてしまったようだ。痛々しい。


「スサ」


月夜見が喚ぶと、コオ... と いう音が近付き

ドン! と 地面を震わせ、スサさんが立った。


「柘榴... 」


「スサ。まだ、オニザトに居るのかよ?」


スサさんをかばって、魔像に取り込まれちまった

柘榴が、戻って再会... だというのに

ミカエルは、いつもの調子だ。

「ちょっと... 」「ミカエル... 」と

ミカエルの後ろから、オレとルカで止めたが

スサさんも「うむ」と 普通に頷いた。

浅黄と桃太もかな?

今、オレらには 聞けねぇけどさ...


「須佐之男尊... 」と、薄く繊細な瞼を臥せて

謝ろうとする柘榴を

スサさんが「黙れ」と さえぎった。


「腕は?」と、柘榴の着物の袖に 鋭い眼を向けて聞く。なんか 冷たくねぇか?

隣でルカも ムッとしたが、シェムハザやボティス

ミカエルも黙っているので、オレらも抑える。


「取られました」


神御衣かんみその中に腕を組む 月夜見が

「酌は出来ぬのう」と 言うと、スサさんは

「せぬで良い」と 柘榴を抱き上げた。


オレらが  へ?... って なっている内に

「世話を掛けた」と

ミカエルに言ったスサさんは、両足に力を込め

柘榴を連れ去った。


「どーいうこと?」と、スサさんが消えた

空を見上げる ルカが聞くと

めかけにしたのであろ」と、月夜見が答えた。


「霊獣は、妻に取れぬからのう」


榊が「おお... 」と、片手で口元を覆い

頬が赤くなっている ゾイのシャツを掴む。


「妾って、神使とは違うんすか?」と

朋樹が聞くと

「当然のこと。スサが 柘榴の面倒見る」と

高い位置に括った 黒髪の先を揺らし、月夜見が頷いた。「スサさん... 」「男前... 」と

オレとルカも つい、ときめいちまったぜ。


「... スサさんには、奥さんが 何人かいなかったか?」と、頭にアンバーを乗せた ジェイドが

小声で オレらに聞くが

「むう、無粋じゃのう」と 榊に言われて

「そうだね、ごめん」と 謝った。


スサさんの奥さんは

櫛名田比売くしなだひめと、神大市比売かむおほいちひめだったと思う。

誓約うけひを入れると、アマテラスさんの玉も。


けど、スサさんの子孫の大国主おおくにぬし大神は

六人か七人 奥さんがいるし、そのうちの 一人は

須勢理毘比売すせりびめという スサさんの娘神だ。

因幡いなばの白兎伝説でも知られる大国主大神は

心根が優しく、えらい男前の神らしく

気に入らなかった スサさんは

“娘を?” と、かなりの試練を課したらしい。

まあ、モテる家系だよな。

惚れっぽい とも言えるけどさ。


「天狗は、地中から出た ということになるな」

「しかし 犬猿も、封鏡より出ておったとはの... 」


「地中の地下水脈には、青毛猿もいるだろう?」

「青毛猿だけとも 限らねぇけどな」


「蛇等は?」と 月夜見に聞かれた蒼玉が

緊張しながら「まだ、地中に... 」と 返事をすると

「呼び戻し、河より出すが良い」と 命じた。


「河は、炙らずに開けておくのか?」と

ミカエルが聞くと

「地中より蛇等が出たら、炙れば良かろう。

這い出るものは 蛇等だけでもなかろうがの」って

ことだ。


「なら、河川敷にも 対処班は要るよな」

「天狗魔像が戻るかもしれないしね」


「榊。扉は ここに開けておけ」と

月夜見が扉を出て来た。


「お前が居るのか? 影穴は?」と

シェムハザが聞くと

「お前の天空霊とやらで、月からは 地上が

よく見えんのだ。また、常夜とこよるに闇寄せをする。

お前もれば良かろう?」と、眉間にシワを寄せた。月夜見キミサマ、なんか 照れてるよな。

ルカだけでなく、朋樹も ニヤっとする。


シェムハザが 指を鳴らすと、人形たちを座らせていた ガーデンテーブルと椅子が移動して来た。

「ディル、ワイン」と、取り寄せて

グラスを 月夜見に渡す。

飲みながら、優雅に待機するようだ。


「では 戻るか」と言う ハティに

テーブルに着いた月夜見が、“何処に?” という

視線を向けた。

ハティとも 一緒に飲むつもりだったっぽいな。


「だから、影穴探しだろ?

ハティは、天狗魔像に取り込まれる可能性が薄いからな」と ボティスが 説明しなから

琉地にビビる榊を 指で呼んで、テーブルに着いた。

「ボティス?」「いや、来るだろ?」と

焦るオレらに

「街の奴等も どうせ、河川敷に追い込むんだろ?

ミカエルがいる」と 答えて、グラスを取る。


「マジかよ... 」

「ボティスが居ないと、何か不安になるね」


朋樹とジェイドまで言って、ミカエルは

「何だよ、お前等!」と ムッとしているが

「ハーゲンティに、そのようなことをさせるとは... 」と、月夜見が 椅子を立ちかける。

「ハティは よく、この国の雑用も済ませている。お前以上に」

「幽世にばかりいて、知らんだけだろ。

だいたい、ミカエルが働いている」と

シェムハザとボティスに言われ、めずらしく

申し訳なさそうな表情かおをした。


「影穴の対処次第では 喚ぶが... 」と

シェムハザから受け取った ワインを飲んで

グラスを返したハティが言うと、月夜見が

幽世の扉に向かって「白尾」と 喚ぶ。


「月様」と、顔を見せた

白髪のオカッパに白い狐耳の 白尾に

「ハティと街へ」と 命じた。

すげぇ さりげなく、“ハティ” つったな...

全員が思ったが、誰も突っ込んではならない。

シェムハザやボティスすら、それはわきまえている。


「はい」と 扉の中に立った 白尾は

腕や脚の白い獣毛が隠れる ベージュのサマーニットのカーディガンに パープルのベアトップ、

マキシ丈のカーキのスカートと、ベージュのサンダルを履いていた。柚葉ちゃんが作ったらしい。


シェムハザが指を鳴らし、カーキに紺のリボンが付いた サマーハットを被せた 白尾に

「では、駅前で」と、ハティが 微笑んで消える。


シェムハザに 礼を言った白尾は

「行って参ります」と 月夜見に挨拶して

幽世の扉から出ると、そのまま消えてしまった。


「え? 何?」「どうなってんの?」


ポカンとしていると、榊が

「白尾は、扉から 駅前に出たのじゃ」と

テーブルの下にいる琉地は 気にしていないフリで

取り寄せの スモークサーモンの大皿を

自分の前に引き寄せながら言う。


「もう行くぜ?」


ボティスが居ないと... と 言ったオレらに 不満げな ミカエルが、ムスっとしたまま

シェムハザから マシュマロを受け取っているが

「はい」と、ゾイが いい返事をしたので

ちょっと機嫌が直った。


「そう、行って来い」「ディル」


シェムハザから、バス飯用の バケットサンドや

白身魚のフリットが入った 紙袋を受け取ると

ジェイドが、アンバーの額にキスをして

オレらは バスに向かった。


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