73 泰河


「よう、オマエら」


オレらに気付いた史月が、ベンチを立ち上がる。


ウエーブがかった黒髪を ひとつに後ろで括り、

黒いティーシャツに黒いレザーパンツ。

この暑いのに、ショートブーツ。

意志の強そうな濃い上がり眉に、高い鼻と でかい口、尖った耳。秋空のような色の碧い眼。

史月は、いかにも狼男といった顔立ちだ。


「史月!」「朱緒、久しぶりじゃん」


「久しぶりね」と、朱緒もベンチを立った。


胸が隠れる長さの艷やかなウエーブの黒髪に

はっきりとした眉。でかいが 品がある整った形の眼と、長く整った睫毛。史月と同じ色の碧眼。

すっと通った 高い鼻筋の下に

ふっくらとした 口角が上がった くちびる。

でかい胸に、細く長い脚には

赤いキャミソールと 黒いレザーのパンツ、

赤のピンヒール。

史月と朱緒は、五の山の つがいの山神だ。

二人共、肩にシルバー蜘蛛が乗っている。


「朱緒、相変わらず 美人だよなー」

「いいよな、史月」


朱緒は、オレらから 人気が高かった。

ロシア系の美形な顔立ちで、抜群のスタイル。

「うん、素敵だ」と、何故かゾイも

両手の指を組み、朱緒に眼を輝かせている。


「きれいで 女性らしいのに、強くて かっこいいし... 」


ゾイ、何か 憧れてるんだな...

「だろ?」と、史月は得意になっているが

ミカエルは「ふーん... 」と 軽く拗ね気味だ。


「ありがと」と、オレらや ゾイに答えた朱緒は

「それで、柘榴は まだ見つかってないの?」と

ミカエルやオレらを 見回す。


「ごめん... 」「まだ... 」


「ううん。謝ることじゃないわ。

私の聞き方が 悪かったわね。

同じ山神の私たちだって、見つけられないでいるのに。私、柘榴と友達だから 心配なの」


でかい胸の下に、細い腕を組む朱緒は

白い頬に 長い睫毛の影を落とした。

つい、きれいだ と思う。


「朱緒、あの...

柘榴も 必ず、見つけて 取り戻すから

私も、友達だから... 」


ゾイが朱緒に言って、ミカエルが頷くと

「うん、信じるわ。

狐や狸たちも、里に戻さなくちゃね」と

ゾイとミカエルに答えて、史月を見上げた。

ゾイは嬉しそうだ。


「おう。狐や狸共なら、ニオイで分かるからな。

河川敷に追い立てりゃいいんだろ?」


そうか。もし相手が人化けしてても

史月や朱緒なら、匂いで分かるもんな。


「でも、二人だけでやるのか?」


ジェイドが聞くと、史月は「いや」と

短い口笛を吹いた。


「何だ?... 」と 言っている間に

ビルの隙間や 植え込みの間から、野犬が わらわらと 姿を表した。


「ウチの山のヤツ等だ」


「えっ、光に焼かれねぇのか?」


「こいつ等は、まだ霊獣になっちゃいねェんだよ。人里から上がったヤツ等と、山で生まれたヤツ等だからな」


「毎年、予防接種が大変だったけど

今は パイモンがやってくれるの。

子供たちの遊び場も造ってくれたのよ」と

朱緒が、傍に来た 黒毛の雑種の子の頭を撫でた。

パイモン、ドッグラン造るって言ってたもんな。


「けどさぁ、影界にいる妖しは 影から出て来るんだろ? また 影に逃げ込まねーの?」


ルカには、ミカエルが

「影は守護天使たちが防ぐ」と 答えて

史月と朱緒、ベンチの影を指差す。

空気が動いた気がすると、地面の影が消えた。

道路の影を消しながら、史月たちが 河川敷に

追い立てるらしい。


「伝達係もいるしな」


史月が言うと

「おゥ、忘れてもらっちゃ困るぜ」と

グレーのキジ白の猫が ベンチに飛び乗った。


「フランキー?」


一の山の山神だ。

人化けした時は、耳たぶくらいまでのウエーブの黒髪。日本人顔に青い眼だが、猫姿でいることが多い。フランキーは、頭にシルバー蜘蛛だ。


「伝達って、猫たち?」「マジで?」

「大丈夫なのか?」


「おゥ。妖し見つけたら、猫から猫へ。

終いに オマエさん達に伝わる ってことよゥ」


猫が か...  大丈夫かな?


「でも それだけじゃねェからなァ」


「あっ!」「出た... 」


「なんだよ これ?!」と、ミカエルが眼を丸くして、ゾイも 言葉を失っている。


広場周辺を歩いている人の頭が、猫になった。

フランキーの謎の術だ。

ペルシャにベンガル、スコティッシュ、アメリカンカール、三毛にサビ...  すげぇ。圧巻だ。


「ホラ 見てみな。

あの男は、猫頭じゃねェだろう?」


フランキーが前足で示す先には、猫背気味に歩く

ワイシャツに、茶のスーツ下を穿いた

中年のサラリーマンがいた。


「本当だ」「なんで?」と、オレらが聞くと

「人じゃあねェ か、何か憑いてやがんだ」と

後ろ足で顎の下を掻く。


「でも 匂わないわね」「狐や狸じゃねぇな」


ミカエルは、オレらの前から消えると

男の前に立ち、額に 手を当てて

「人間だな」と 言うので、オレとルカが走る。


ルカが印を探して、額をなぞると

“天” の 逆さ文字。


「蝗?」「人霊に蝗が入ってんじゃねぇの?」


「なら、外に居たゴーストが憑いたんだろ」と

ミカエルが言う。

「なんで、外って分かるんだよ?」と 聞くと

「印 消さずに、建物に連れて入ってみろよ」と

言われて、男の背に手を当てて 誘導し

駅構内に入ってみた。


「あっ」


額の逆さ文字が 薄れて消えて、男のうなじから

灰色の靄のようなものが

『ギャッ』と、悲鳴を上げて流れ出た。

靄は、空中で人の形になりながら

駅の外へ飛び出し、藍色の蝗が落ちる。


「そうか、建物は炙り中だもんな... 」


藍色の蝗を踏み潰していると、オレとルカの間で

サラリーマンの男が「... えっ?」と、驚いているが、「何でもないです」「すみません」と

その場に残して、広場に戻った。


「簡易的な祓いなら、誰にでも出来る ってことか!」と、朋樹が感心して言う。


「建物に入れるんならな」と ミカエルが答えたが

「建物に逃げ込ませりゃいいんだろ?」と

史月が言って

「人間なら、河川敷じゃなく 建物ね」と

朱緒も頷く。


「犬たちが人を追って、通報されないか?」


ジェイドが もっともなことを言うと、ミカエルが

「守護天使が誤魔化す」とか言った。


「ヒッ!」と いう、短い悲鳴が背後からしたので

振り向くと、トートバッグを肩に掛けた女が

史月や朱緒を見ていた。猫頭じゃない。


「狐よ」と 朱緒が言うと、街路樹の下にいた

クリーム毛の雑種の犬が 立ち上がって近付き

広場のベンチの下と 駅の方からも、人化け狐に

犬たちが近付いていく。


後退りした そいつは、人化けを解いて 突然消えた。神隠しをしたようだが、犬たちは 鼻を鳴らして 一箇所を囲んだ。


すぐに姿を表した狐は、ダッ と走り去り

犬たちが追う。

河川敷方向ではない道路からは、影が消えていた。狐が走る隣でも 影が消え、通り過ぎた後に 影が戻る。影界には逃げられない。

... で、河川敷では アンバーと琉地が蝗抜きだ。


「すげー... 」「安心して任せられるよな」


「おう、この辺りは任せとけよ」と

狼顔で 史月が笑う。


「うん。俺等との連絡のためにも

後でアコが来る」と、ミカエルが言っていると

シェムハザが顕れた。

隣に 狸姿の真白ましら爺が着地する。


真白爺は 真っ白い狸だ。

パッと見では、何の動物か判断しづらい。

太った白猫か 珍しい白犬か、迷うところだ。


「ボティスから、猫頭の話は聞いていたが... 」


フランキーの術を気に入った様子のシェムハザが

甘い匂いを増すと、猫頭たちがシェムハザに見惚れ始めた。


「素晴らしい」


「おゥ、気に入ったかい?

どうでィ、オマエさんも 猫年に... 」


フランキーは勧誘を始めたが

「フランキー」「後で」と 止めて

「シェムハザは、影穴探しか?」と 聞いてみる。


「そうだが、天狗魔像が見つかれば

動くことになるからな... 」


まだ ふわふわと、自分に注目する 猫頭たちを

見渡しているが

「よう」と、ボティスも登場した。

「これは... 大神様... 」と、背中に隠れた榊が

挨拶して、狐姿の玄翁も「フランキー殿」と

会釈した。


玄翁は、墨色の毛並みをしていて

黄色に近いゴールドの眼だ。四つ尾の狐だが

普段は術で、尾を 一本に見せている。


玄翁や史月たちの 山神同士の挨拶が終わったので

「なぁ、影穴って どうやって探すんだ?」と

玄翁と真白爺に聞くと

「影の界と強く重なる場に開くのでのう」

「状況をみて 判断するしか無いのよ」という

不安になる返事だ。


月夜見尊つきよみのみことが、幽世かくりよより全体を御覧になり

闇の色の深まりを見られる」

「開くならば、その場であろうが

地上から探すならば、妖しが湧きやすい場よ」


「影が多い場所 ってこと?」


「いや、影とは限らん」

「矢鱈に 湧き出るような場所に、影穴が開く」


「あ、闇からも出て来る って言ってたもんな。

念が 吹き溜まるような場所か」

「闇が深いから影になる ってことかな?」


朋樹やジェイドは納得しているが

オレやルカは「ふうん... 」だ。

物質的に出来た影だけの話しじゃないようだが

オレらが探すのは難しいだろう ってことは分かる。


影穴を見つけて、蝗を憑けられた狐や狸

妖しが出て来たら、河川敷に誘導して

影穴は、最終的に 月夜見キミサマが塞ぐらしい。

しょっちゅう集団で出て来て、百鬼夜行されても困るしな。


「俺が 玄翁たちと居ても構わんが」


「だが、助力や神隠しが必要な時は?

消えて顕れることの出来る者でなければ

何かあった時に、報も遅れる」


ボティスとシェムハザが話しているのを聞いて

ミカエルが「ハティ」と 喚んだ。


オレら以外には、姿を目眩めくらましして顕れたハティに、ミカエルが

「ミャンマーは?」と 聞くと

「収束した。後始末中だ」と 答えている。


「影穴ってやつを探してる。

この国の いろんなアヤカシがいる」


「... もし ハティが、魔像に取り込まれたら?」と

ジェイドが小声で ボティスやシェムハザに聞くと

「ハティは取り込まれる可能性は低い」ようだ。

師匠や阿修羅は取り込まれたし、シェムハザやアコは 危ねぇのに。ハティ、違うよな...


「例えば、どのようなものが?」


「狐や狸も隠されてるけど、実際に見たのは

小豆洗う奴とか、尻の目が光る奴だ。

そいつ等は今、二の山の洋館にいるけど

影穴にも いるかもしれないぜ?」


ミカエル...  他にもいたじゃねぇかよ。

片輪車とか 陰摩羅鬼とかさ。わざわざ それかよ。


けど ハティは「では、共に」と、玄翁と真白爺に

瞼を臥せて 会釈した。尻目でいいのか...


「ゾイ。パイモンも食事を喜んでいた」


ゾイはハティたちに、弁当と九龍球を差し入れしたらしかった。

「うん」と 頷くゾイに、ハティは 手のひらに出した 何かを「持っておけ」と渡している。


「さて、榊。天狗の詳細を」


ボティスの背中に隠れっぱなしの榊が

「む... 」と、顔を出した。


「よし。じゃあ 駅周辺は、史月たち。

フランキーも ここを中心に。

駅には 夕方から、どんどん人が増えるだろ?

ハティは 玄翁と真白に着いて、月夜見と連携。

途中で蝗憑きを見つけたら、建物に入らせること。猫が伝達して、俺等か 犬たちが対処に... 」


説明しながら、ミカエルが シェムハザに眼を向けた。二人が消えたのを見て

「あ... 」と 言うゾイの腕を、朋樹が 咄嗟に掴む。

そうだ、消えられたらマズいよな。


人形ヒトガタに反応があった。ゾイ、守護を」と

朋樹が言う。魔像だ。


「バスを... 」と 言っている間に、ハティが消え

「急ごうぜ」と、朋樹とルカが

広場と駅の間に 待機しているタクシーに

さっさと乗り込む。

オレも「ゾイ」と 腕を掴んで、次のタクシーに乗った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る