70 泰河


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「... 精霊で、死神?」


「そー。

今までさぁ、矢上妙子とか 天使の時のボティスも

精霊で出たじゃん。

死神も喚んでみて、精霊で出たら

獣に 情報取り込んでもらって

ピストルを使えるようにする 計画なんだけどー」


公園に逃げ込んだ 妖したちの蝗抜きしながら

ルカが、小声で話すのを聞いてる。

小声の理由は

ゾイを心配してる朋樹に 気を使ってることと

反対されたら、一時的にピストル没収される恐れがあるから ってことだ。


いや、反対されたら

やめた方がいいとは 思うけど...


公園のベンチで、蝗が抜けた スネコスリを抱く

榊と座ってる、ゾイに眼をやる。

オレも、ゾイや柘榴が心配だった。


「とりあえず、精霊として喚んでみる とこまで

ならさぁ... 」


「まぁな... 」


シェムハザが、公園から 二の山の洋館まで

天空霊で道を造ると

蝗抜きが終わったヤツから、洋館へ向かう。

闇靄憑きのヤツって、全然いねぇな...


小豆洗いには、ちょっと緊張した。有名だしさ。

小豆入れたザル持って、黒い着物の足元めくって

裾を帯に挟んでる、小さいオッサンだ。


「どこで蝗 呑んだんすか?」と 話し掛けてみると、当然「二山の川岸... 」と 返ってきて

「人里に降りて、何 待機してたんすか?」と

ルカが聞くと「小豆洗い... 」つった。

蝗憑きでも 害ねぇよな。


ボティスや四郎が、妖しに ビビられながら

情報収集してて

朋樹とジェイドも 同じように収集しながら

精霊と死神の話もしているようだ。

ジェイドが、ちらっと こっちを見てた。


大半の蝗抜きを済ませて、あと何人か って時に

「次は、近くに公園がないから

シミングラウンドって所に集めるぜ?」って

言いに来た。市民グラウンドか。


「あれ? この人、印ないんだけどー... 」


隣で ルカが見てるのは、のっぺらぼうだ。

公園の外灯が うっすらとしか届かない、ベンチもない場所に立っている。

抹茶色なのか茶色なのかという生地の 古めかしい着物姿で、スキンヘッドに つるんとした顔。


剥いた ゆで卵みてぇだし、イマイチ考えていることも読めないが、思念が読めるルカが

「ミカエル、下がっといてやってくれよ。

怖がって 焦ってるみたいだからさぁ」と

オレらの後ろにいる ミカエルに言った。


「ん?」


ミカエルがブロンドの眉をしかめた。

その視線の先... オレらの前にいる のっぺらぼうに

オレらも視線を戻すと

のっぺらぼうは、くるりと後ろを向いて

片手を地面に着き、ケツを突き出した形になっていた。


「なに?!」「まさか... 」


オレとルカは、たぶん同じ名を思い浮かべたはずだ。二人して つい、片足だけ後退あとずさる。


のっぺらぼうだと思っていた そいつは

... いや、のっぺらぼうで間違っては ねぇけど

片手で着物をめくって、ケツを出した。


「あっ! なんだよっ?!」


予想がついていた オレとルカは、片腕で とっさに眼を庇ったが、ミカエルは モロに光を浴びる。


... キタぜ。尻目だ。


尻に ひとつだけ眼がある という

名前 そのままのヤツ。

その眼は、雷光のように光るが

何のためなのかは解らない、謎の妖しだ。

ミカエルから 身を護ろうと、出来る限りの攻撃をしたようだ。


「おい、尻目か?!」「本当に?!」


いち早く反応した 朋樹とジェイドが走って来て

「なんだ、そいつは?」と、ボティスと四郎

シェムハザも 寄って来たが

ミカエルが、ゾイと榊に振り向いて

「来るなよ? イシャーには見せられない」と

男らしく制止する。


光が止んだ尻の眼を、そっと着物で隠しながら

まだケツを突き出した体勢で、こっちを伺っていた 尻目は、思わぬ大人数に見つめられていて

なかなか 体勢を戻せないようだ。


「蝗は?」

「いないみたいなんだけどー... 」


まぁ、考えたら 口もねぇし

蝗 呑めねぇよな。


「では、何故 居る?」

「単純に、街に紛れてただけじゃねぇの?」


「何の為に?」と 不思議そうなシェムハザに

「驚かせる為で御座いましょう。

こうして 人をからかうだけの者も、沢山 るのです」と、四郎が説明した。


「確かに驚くよな」「存在自体が もう、ね」


朋樹とジェイドは、感慨深げに頷いているが

「いや、危険 極まりないぜ?」と

ミカエルは警戒の眼を向ける。


「ほう。もう一度やってみろ」


ボティスが言うと

尻目は、“え?” と 困ったように オレらを見回し、

そっと立ち上がって、つるんとした顔で向き直った。


ミカエルは「二度は 止せよ!」と 焦っているが

「そうだ。見せてみろ」と シェムハザに輝かれ

尻目は “イヤです... ” と 首を横に振る。

あまりに美しいものに言われると、いくら尻目であろうと、ケツは出せねぇみてぇだ。


ミカエルは 尻目に押されたが

シェムハザは 勝った... ってことか。

美は、存在意義すら無意味にしちまうようだな。


「で、どうするんだ?」と ジェイドが聞くと

「こいつも洋館だろ」と

ボティスが、つまらそうに ピアスをはじ

「二度は やれんとは... 」と、まだ挑発する。


「そうだ。そんな調子では

この国のアヤカシ文化は 廃れゆく一方だが... 」


シェムハザも乗って 説得し出すと

「やめろって言ってるだろ?!」と

ミカエルが 本気で止めて、尻目に向き直る。


「いいか? やるな とは言わない。

でももし イシャーにやったら、俺が 罪を量るからな!」

さんみげる、どうか 落ち着かれて... 」


四郎に止められた ミカエルは

「洋館へ行け!」と命じ、尻目もコクコク頷いて

小走りで 公園を出ようとしたが

途中 うっかりと、ゾイと榊に つるんとした顔を向けてしまい「見るなよ!」と ミカエルに怒られて

公園を走り出た。


「尻 出して光る って、何なんだよ」


ミカエルは 不可解さを不気味に感じているようだが

「この国では、そういった者も少なくない」と

ボティスに聞いて

「マジかよ?」と、認識を新たにしている。


オレらは「すごかったな... 」「実在したんだ」と

かなり満足しながら、残りの蝗抜きをした。




********




「どうなってるんだよ?」

「さぁな... 」


朝までかかって、街妖しの蝗抜きをしたが

天狗は出なかった。

それだけじゃなく、三の山や六の山から 行方不明になっている 狐や狸も出て来ていない。


一の山の麓から街、二の山の麓から街... と

街を六分割して 炙っていく度に

集まる妖しの数も減り、六の山の麓から街では

たいした 害も無いヤツばかりだった。


「地下水脈ぅ?」

「それしか 考えられねぇけどさ」


縊鬼いつきとか、鏡影きょうけい虚霧うつきりが出なかったのも

不自然だよな。人に害を与えるタイプなのによ」

「青毛猿や野槌のづちもね。

まぁ、最近生まれた青毛猿は 地下水脈だろうけど

他のは、本当に 六山内に居るのかな?」


今は、ジェイドん家。


順にシャワーと 朝飯も済んで

四郎は学校へ行った。

榊とボティスは 里に行って、シェムハザは城。

ミカエルは、沙耶ちゃんの店が始まるまで

ゾイと 朝デートだ。


さっき、四郎の登校前に 弁当を渡しに来たゾイが

ボトルで置いていってくれた アイスコーヒーを

飲みながら、朋樹が「夜、話したさ... 」と

死神を ルカの精霊で喚ぶ話を切り出す。


「やってみるなら、今しかないだろうね」

「おう。あと30分くらいで

ミカエルも 戻って来るだろうしな」


「じゃあ 泰河、ピストル」と

テーブルの向こうから、ルカが手のひらを出す。


「えっ、ここで このまま喚ぶのか?」

「どこでも 一緒じゃね?」


そうかもしれんけど、ソファーに座ったままでかよ...


「精霊も獣も、室内でも顕れるし

別に 大丈夫だろ」と、朋樹も頷いて

「移動すると 時間も掛かるしね」と ジェイドも言うので、仕事道具入れから ピストルを出して

ルカに渡す。


引き金を引いて、一度 フランス国旗を出したルカは、「ピストルの死神」と 精霊を喚んだ。


「... 来ねぇな」


銃口を オレに向けるルカが「何でだよ?」って

ピストルの向こうから聞くけど、知らねぇよ。


「そういえば、死神は 地上棲みじゃなかったか?

精霊で出て来る人は、もう亡くなっていたり

ボティスも 天に居た時だったから... 」


ルカの隣で、コーヒーのグラスを持ったジェイドが、向かいに座る朋樹の 視線の方向に気付いたように、ソファーの背もたれを振り向く。


同じ方向に 眼を向けてみると、ルカの背後に

白い靄が凝り出していた。


来た...


白い靄は、フードを深く被った人型になった。

痩せ型で 長身... ということは分かるが

どんな顔なのかは 見えない。


『 ... どうやって 入った?...  』


いつもの声だ。質量を伴った 温度の無い闇の。


「“入った” ?」


ジェイドが聞くと、死神は ルカの背に顔を向けて

『 ... ここは 第六天ゼブルだ...  』と 答えた。


第六天ゼブル? 天に居るのか?」


『 ... 複数人で居るな? どこに居る?...  』


朋樹の声を聞いて、死神は 声の主を探すように

微かにフードの頭を動かした。

死神からは、ルカしか見えておらず

自分が ルカの精霊になって出ていることには

気付いていないようだ。


「地上だ。日本」


ジェイドが答え

「... 泰河」と 朋樹に呼ばれて、ハッとする。

そうだ 獣を喚ぶんだった。


『 ... どういうことだ?...  』


「僕らにも よく解らないんだ。名前は?」


ジェイドが話しかける間に

「オン ガルダヤ ソワカ」と、師匠の真言で

獣を喚ぶ。


『 ... 名乗ることは、許可されていない...  』


「許可? 天に?」


朋樹が聞くと、死神は 頷いたように見えた。

ルカが 視線を、オレの背後に動かす。

獣も顕れたようたが

多分 精霊の死神には、獣が見えていない。


『 ... そうだ。罪過ざいかがある...  』 


「罪過?」


白い焔の獣が、オレの背後から

オレとテーブル、ルカも 跳び越え

精霊の死神の胸を通過する。読み込んだのか... ?

死神は、今のことにも気付いていない。

獣は、そのまま消えた。


贖罪しょくざいのために、死神として 天の命を請けているのか?」


『 ... 贖罪のために、死神になった...  』


死神に “なった” ?


「元は何だった? 天使か?

悪魔... ってことは ないよな?」


朋樹の質問は、また答えられないものだったらしく、死神は黙っている。


けど 悪魔が、天に属する死神になることは ない気がする。罪を犯せば、奈落に囚われるんじゃないか?

そうなると、元は 天使か... ?

いや、天使なら幽閉天マティに幽閉じゃ... ?


洞窟教会の、田口恵志郎を彷彿とする。

キリシタン弾圧の時代に、信徒を棄教させて

命を救っていた。


倫理的な観点で見れば、良い事をしたのであっても、信仰の観点から見れば、道を外させるサタンだ。


死神も、何か

天に対する 罪のあがないをしてるのか?


死神が、何かに気付いたように

フードの頭を ルカの背から 少し上げた。

『 ... もう戻れ...  』と 言うが

オレらは “喚んだ” んであって、戻りようが無い。


「いや、僕らは 地上にいるんだ」と

ジェイドが言うと、死神は

『 ... はじき出す もう来るな...  』と

ルカの肩に、ローブの中の右手を乗せた。


ピストルを握る ルカの右手が上がり

銃口が こめかみにつくと、引き金を引く。


ルカの背から、精霊の死神が消え

背もたれに ルカが倒れ、ピストルが落ちた。




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