71 泰河
「勘弁しろよ... 」
気を失っていたルカの額に
ジェイドが、聖油で十字を描き
「... “『信じる者には、このような しるしが伴う。
すなわち、彼らは わたしの名で悪霊を追い出し、
新しい言葉を語り、 へびをつかむであろう。
また、毒を飲んでも、決して害を受けない。
病人に手をおけば、いやされる』”... 」と
マルコの 16章 17節と18節を読み
ルカの肩に手を置くと、ルカが眼を開けた。
「
一瞬、終わったぜ。マジで。大罪じゃねぇかよ」
ボトルから グラスにアイスコーヒーを注いで
一口飲むと、床に落ちたピストルを拾って
テーブル越しに オレに渡した。
ジェイドの ごく薄いブラウンの眼が、隣に座る
ルカに向く。“大罪” に 反応したのか... ?
「泰河、獣は 死神を読み込んだのか?」
朋樹に「おう、多分な」と 頷いて
ルカから受け取ったピストルをテーブルに置くと
オレもコーヒーを グラスに注ぎ足した。
もう、ボトルの残量 少ないしさ。
獣は、師匠を読んだ時のように
精霊で出た死神の胸を 通過した。
死神として喚べば、死神の姿で出るはずだ。
... うん? 死神の姿の精霊か?
その辺は ハッキリしないが
「喚んでみろよ」と、自分のグラスに残っていた
コーヒーを飲み干して 朋樹が言い
「もう、ミカエルも戻って来るだろう?」と
ジェイドが スマホで時間を見た。9時近い。
「そうだな。どう喚ぶんだ?」と 聞くと
「おまえ... 」と、朋樹は絶句する。
「そうだ。死神に名前付けて、縛ってねぇな... 」
精霊で出た死神に、名前を付けてしまえば
それは、精霊でも 死神でもなく
新たな “個” の存在になる。
朋樹に言われてたのに、すっかり忘れてたぜ...
獣が精霊死神を読み込んだ時に、名付けるべきだったんだよな。
「“死神” って 喚べば?」
ジェイドが、ボトルに残ったコーヒーを
グラスに注ぎ切りながら、真面目な顔で言うので
「死神」って 喚んでみる。
「出ねーし」
「死神なのに。じゃあ、“精霊” は?」
「精霊」
出ねぇぜ。
「マジかよ... 」と、朋樹が ぐったりする。
「最初に計画したように、魔像からは
もう、獣で 柘榴を抜いて
もし何かあったら 事後対処... しか無いかな?」
「けど、どこかで 魔像が見つかってもさぁ
ゾイが消えて、そこに移動したら
オレらは 出遅れるじゃん。
それでもし ゾイが、柘榴を助けるために
魔像に入っちまったとしても
朋樹が喚べば、出て来るんだろ?」
誰かを助けるために、他のヤツが犠牲になること。これを止そう と、四郎とも話して
全員か納得したんだけどな。
ゾイは “出来ることがしたい” と 言うし
ルカや榊とは、“天使で いたい” と 話したらしい。
魔像には、最初に “天女”... 天使が入った。
囚われていた人間の魂を救うために。
この事も踏まえると、やっぱりゾイは
そういう気で いるんだろうと思う。
ルカが言ったことに、朋樹は
「式鬼だからな。像に入っただけなら 出れるとは思うぜ」と、一応 頷くが
「でもな、天狗に スサさんの神力や
オレのコーヒーを テーブルから取って飲んだ。
魔像の中で、ゾイが抵抗しても
天狗や天逆毎に 捕らえられた場合... って
ことらしい。
「ゾイは天使だ。天狗... 魔とは反発して
融合することは無い と 思うけどよ。
一度見た印象では、天狗は 呪力も相当強いぜ。
オレは 自分の式鬼の力量も 何となく量れるんだけど、天狗は もちろん、ゾイより強い。神の類だ。
しかも、スサさんやジェイドまで 操作しただろ?」
そうだよな。
取られた分のスサさんの神力が 天狗側にあるから、スサさんにも 作用出来たんだろうし
天使の気の残滓もあるから
神父で祓魔、ミカエルの加護もある ジェイドも
“
「それにな、オレ、よく考えてみたんだけど... 」
朋樹は、オレのグラスを片手に 遠くを見つめた。
“コーヒー 返せよ” って 言いづれぇ。
「ゾイって、
あんまり 言うこと聞かねぇんだよな... 」
「飲めよ」
「おう」
朋樹は たそがれながら、グラスを空けた。
ジェイドが
「そうでなくても、もう 誰も像の犠牲にならないように、ゾイ自身が 像から出ようとしないことも考えられるね」と 言うと
ルカも「それ、あり得るし」と 眉をしかめる。
「今日、すること無けりゃさ
オレが どこかで、
「でも、河川敷の
まだ引っ掛かってないだろう?」
「そうだよな。何も聞いてねぇしな」
「今 天狗が掛かってもさぁ、オレらじゃなくて
シェムハザとミカエルが 喚ばれるから
オレらが知るってこと ねーんじゃね?
後で聞くことに なりそーだよなぁ」
「オレら、
まだ たそがれる朋樹に
「いや、消えて移動 出来ねーしさぁ」
「天狗を、空間拘束する役が
シェムハザとミカエルだからだろう?」と
ルカとジェイドが 言ってみている。
「相手が でかいし、人間が区切る結界じゃ
天狗の拘束は 無理だろうしさ」と 言い足すと
テーブルのピストルを取って
久々にフランス国旗を出してみた。
これまだ、四郎に見せてねぇな。
学校から帰って来たら、見せてみるか。
もう一度、カチっとやって 国旗を出す。
ピッ と、フランス国旗が出るサマが まぬけだ。
「死神か... 」と、ちょっと笑ってると
ルカが「あっ」て、オレの背後に 眼をやった。
質量を伴った、温度の無い 何かが
オレの後ろにいる。
「お前等、まだ 起きてたのかよ?」
ヤバい
ミカエルが、テーブルの隣に立った。
すぐに「何 してるんだ?」と、眉をしかめる。
何かあるってことは感じても、見えてはいないようだ。
白い煙が 腕に巻いて
ピストルを持つ オレの手を上げる。
「精霊? 死神か?」
銃口が ミカエルに向いた。ピストルは、天使も...
「
腕に巻いた白い煙と 背後の気配が消えた。
「... ミカエル、おかえり」
「座る?」
ルカが ソファーを譲って、オレの肘掛けに座る。
ミカエルは、ソファーに座ると
ルカのコーヒーを飲んで「何してたんだよ?」と
ブロンド睫毛の碧眼を、ピストルに落としてから
オレの眼に向ける。意外に怖ぇ... 喉 鳴るぜ。
「今、何か居ただろ?」と、真顔で聞く。
「あ、うん。獣... 」
「獣? 獣なら、俺が 感知しないはずだろ?」
あれ? そうだよな...
「ピストルが、ミカエルを狙ったことを
感知したんじゃねーの?
ピストルは 死神のなんだし」
ルカが 肘掛けから、遠慮がちに言うと
「そうかもな。俺に向いたしな」と
また オレの喉を鳴らす。
オレに そんなつもりは無かったのに
獣は、銃口をミカエルに向けた。
撃つ対象も居ないのに 喚んじまったし
オレがミカエルを見て、“ヤバい” と 焦ったからだろうけど、そんなことで簡単に 銃口を向けるとは
思ってなかった。
「... 泰河は、アバドンにも 狙われてるからさ」
「そう。ルカがいないと、奈落の天使から 恩寵の印も出せないし、獲られる恐れあるだろう?
自衛手段を増やした方がいい、と 思って」
朋樹とジェイドが 説明すると
「俺が守護してるだろ? 天狗じゃなく
奈落の天使が 直接、泰河を獲ったら
人間を不当に拘束した として、天に 正式な
奈落捜索の理由を与えることになる。
アバドンは、エマを使ってた。
シロウが蘇って 天に昇って、預言者として地上に戻ったことも、守護者として 俺がついたことも
知ってるはずだ。
シロウや俺と居る泰河を、自分の直接の配下に
獲らせることはない」と
“そんなことは 分かってるだろ?” って 眼を
朋樹とジェイドに向ける。
「いや でも、天の下級天使を使ってくることも
あるじゃん。
ミカエルが居るから、それも減ったけどさぁ。
アバドンだけじゃなくて、サンダルフォンにも
注意しとかねーとだし」
「一緒にいる僕らを 消そうとするかもしれないだろう? 天使は、人間に手を下せないとしても
シェムハザやハティも危険だ」
「
オレも言い訳してみると、ミカエルは
「そういう時も、“すぐに喚べ” って言ってるだろ?
一緒に居る時こそ 余計に。
モタモタして 何かあったら どうするんだよ?」と
余分に怒られた。
朋樹が「おう、そうだよな。ごめん」と 答えて
「さっき思い付いて、やってみただけなんだよ。
ルカの精霊で、何にでもなるヤツがいるから
死神になったら、獣に読み込ませて
ピストルが使えるようになるかもな、ってさ」と
ゾイのことだけ 伏せて、してみたことを 全部言った。
「オレらやゾイ、今は 四郎も居て
ミカエルが守護する対象も増えたしさぁ」
「ミカエルが、仕事で罪 量ってる時は
自衛するしかねぇからさ」
「相談せずに、勝手にやってみたのは
悪いと思ってる。
まさか本当に、死神が精霊で出る とも
獣が それを読み込む とも 思ってなかったけど
読み込んだから、喚んでみてしまったんだ」
「そう、ごめん」
「これからは、話してからにするし」と
オレとルカも謝ると
「うん、約束しろよ?」と、念を押して
ミカエルは、やっと いつもの表情に戻ってきた。
「自衛手段が増えるのはいい。
でも本当なら、天の道具は 人間が扱うべきじゃない。特に 死神の道具は、魂を刈るための物だからな」
「おう、そうだよな。銃口が ミカエルに向いたりしたことも 怖かったし、悪いと思ってる」と
まだ持ちっぱなしだったピストルを、テーブルに置く。
「天使を刈れる死神でも、俺は 刈れないけどな。
もちろん、父や聖子も。
死神が 他の上級天使を撃ったとしても
せいぜい気を喪わせる程度だ」
「えっ、すげー... 」
「でも、それは そうだよな。
死神たちが、反乱 起こしたら困るもんな」
「うん。上級の者は、そう簡単に 恩寵も離れないしな。
だいたい、刈る対象が 人間でも、天使や悪魔でも
不均衡を
「もし 死神じゃなく、獣が撃ったとしても?」と
朋樹が 不安そうに聞くと
「誰の手によろうと、“
天の物だからな。刈れない」と 簡単に答えた。
間違いは起こらねぇように なってるんだな。
ちょっと安心したぜ。
けど、不均衡を齎す者...
ニナが 死ななかったのも
リノ... 山田右衛門作が 抜き出されたのも
不均衡を正しただけ、だからなのかもな。
死神が オレに降りて滅したのは
シェムハザの城で、ジェイドに憑依した天使。
海では、
サリエルが喚んだ 天使の少部隊。
光の
カフェで、最終的に死神が撃った
ギリシャ鼻の人と、すげ替った首から下の
マキタ カズヤ という人は
エマと オレの被害者ではあるけど
他の人にも 危害を加えてしまう存在に されてしまっていた。加害者にもなってしまう。
“獲ったのは 俺だ” ... 死神は、そう言った。
被害者二人の魂が、エマを介して アバドンに渡らないようにするためだろう。
こうして見ると
死神は、こっち側にいるようには見える。
オレらに不都合なことはしていない。
キュベレの目覚め絡みの 天使や悪魔を滅していることは、天の命ではないだろうけど、
これが 天にバレたとしても、天にも死神にも
不都合はないと思う。
キュベレのことが 明るみに出るまで
こうして 死神がしていることも
明るみに出ることは ないだろうけどさ。
けど死神は、サリエルやウリエル絡みで出て来て
サンダルフォンからは 身を隠すんだよな...
さっき、死神は “
天でサンダルフォンと、顔を合わす事もあるだろうから、地上で阻止していることがバレると
いろいろ動き
だったら、サリエルやウリエルからは
身を隠さないのは 何なんだ?
サリエルやウリエルは、死神がしていることを
天には 報告しない。
自分たちがしていることがバレるしさ。
けどそれは、サンダルフォンだって同じじゃないのか?
カフェでは、ミカエルが居たのに降りた。
サリエルやウリエル、ミカエルには
自分の存在がバレても差し支えない... って ことだろうか?
サンダルフォンにバレるのは マズいのか?
どの天使も、死神が属する
ミカエルは
ウリエルは
サンダルフォンは
分からん... 何か違いがあるとすれば
サンダルフォンは、元々は 預言者エリヤ
人間だった ってことくらいだ。
「死神と、何か話したのか?」
ミカエルに聞かれて、ジェイドと朋樹が 素直に
「“罪過がある” って 言ってた」
「“贖いのために死神になった” って」と 話すと
「なるほどな... 」と
ミカエルは、腑に落ちた って顔になった。
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