55 ルカ


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「こっから 歩きだよな?」

「おう。山頂まで すぐだけどな」


飯食って コーヒー飲んだ後

貸し別荘の駐車場から、山頂近くまで

バスで移動した。


四郎は、宿題があるから

ジェイドとシェムハザ、榊と貸し別荘にいる。

で、一緒に来たのは、朋樹と泰河

ミカエルとボティス。


出る前に、シェムハザに 防護円敷いてもらって

貸し別荘から バンガロー付近、

尾刀くんがいる 管理の建物までは

ミカエルが地面に 剣 挿して、光で 炙り出してみたけど、地中には 何も居ないみたいだった。


貸し別荘は、シェムハザの 天空霊と

奈落の天使防止の 天使避けで

かなり安全 って思う。


バス降りて、だんだん狭くなる道を登りながら

「なあ、さっき話してた

妖怪大合戦 ってさぁ... 」って 言ってみたら

「言葉上の緊迫感は ねぇよな」って

泰河が ちょっと楽しそうにするし。


「おう。言葉だけだと、化け合戦 って言うのと

イメージ的に 近いよな。

けど、被害者が人間になる」


そう。妖魔同士のケンカって訳じゃなくて

天狗側 対 オレ等。人間も襲って来るだろうし

本気のやつなんだよなぁ...

妖怪大合戦っていうか、地上大合戦。

朋樹が言った後

泰河は「おう... 」って 暗くなった。


アバドンは、オレらの力を 削ぎにかかってるんだろうと 推測してる。

そのために、天狗の母っていわれる 天逆毎アマノザコ

... 犬猿姫様を選んだ。


九天の王、天魔雄神アマノサカヲノカミに 蝗を飲ませようとすれば

その時点で 日本神たちや、天も気付く恐れがある。

月の領地が 天や幽世、他の神々にも分けられているように、他の天体も 同じように区分されているらしい。


アバドンとか 奈落の天使が、九天... 月や太陽系惑星の どこかにいる 天魔雄神のところへ行くと、

そこにいる天使や悪魔、異教神も気付く。

特に 月なんか、行く気にもならねーと思う。

月夜見キミサマも居るし

アバドンは、サリエルが ベリアルに囚われてることは 知らねーし。


だから、地上にいる姫様に 蝗 仕込んで

新しく 天狗の王を産ませたんだろう... って 考えてる。


天狗に統率させた 日本の妖しや魔物たちを使って、泰河以外を なるべく潰すつもりっぽい。


何を使おうと、ミカエルを潰せないことは

アバドンも よくよく分かってるだろうけど、

こっち側が困るのは、この国の妖したちの中には

ミカエルを 手こずらせるようなヤツもいるってこと。


例えば、さっきの野槌みたいなヤツとか。

聖火で燃やしたとしても

ミカエルは、真言や陀羅尼が使えない。

野槌は、燃え尽きるまでは襲おうとしてたし

斬ったら増えるしさぁ。


そんなんばっかりが出て来て

ミカエルが、人間を守護しようと 対処に追われると、その間にオレらが やられちまう恐れがある。


光でなら、地上も地中の魔も 消滅させられるけど

そうすると、霊獣や害のない妖し、魔人まびと

地上神にまで 累が及ぶ。


地上における天使の仕事は、“人間の守護” だし

相手が、異教神を含む 悪魔であっても

人間に危害を与えない場合なら、手は下さない。

人間に 危害を加えた場合であっても

守護天使や下級天使たちは、天の命によらなければ、手を下すこともない。


ミカエルが 直接に手を下すのは

相手が、天... 奈落の蝗絡みで

ミカエル自身に 罪を量る役割があるからだ。

何を信仰するか も、悪魔との契約も大罪も

人間の自由意志にゆだねられる。


『そうじゃなきゃ、地上に これだけ

悪魔がいるはずないだろ?

“悪魔だから” って理由で 斬っちまったりするなら

そうする俺の方が悪魔だぜ?』って 言われて

そっかぁ って納得した。


聖書でも、聖子は 人から悪霊を追い出すけど

直接 手を下したりはしない。

天に乗り込むような悪魔たちだって、捕まれば

大抵、奈落か 天に幽閉だもんなー。


「けどさぁ、力を削ぐため って

泰河狙いなんだよな?」


「ミカエルが この国に降りているのを知っているからな。奈落でも 皇帝と共に居た。

それ相応の価値があると 見込んでるんだろ」


「そうだよな。ミカエルが直接 守護してたら

そりゃ、アバドンじゃなくても

“あの人間に価値があるはず” って 見るよな... 」


ボティスに頷きながら 言った朋樹に

泰河は「“あるはず” って 言うな」って

笑っちまってるけど

「他国での 魂集めの邪魔をさせないための

足止めでも あるんだろうけどな」と、ミカエルが

短い口笛を吹いて、エステルを喚んだ。


エステルは、真珠色の蝶羽で 羽ばたきながら駆け

ミカエルの鼻に 横面を着けた後、

泰河の周りを 一周して 頭の上に下りた。

グリーンの眼を読んでみると、“おかえり” って

意味っぽい。泰河、すげー 嬉しそうだし。


しかし 足止め って、

ミカエルを 他国よそに向かわせないためか。

蝗をバラ撒いた国... 今回なら ミャンマーに。

“人間の呪術師” に 蝗を憑ける っていう

イヤな手段だしさぁ。

こないだの四郎ん時も、人間が吸血首にされちまったし、ミカエルを出させねーように してるんだろな...


森の間の、道とも 獣道とも いえないような

緩やかにせばまっていく 坂道 歩いて

もう、山頂に着く。


「今日、そんな明るくねぇな」

「そうだな」「スコープ着けるぅ?」


夜の山なんか とっぷり暗いし、前回と同じく

シェムハザに 暗視スコープを 取り寄せてもらって

持って来た。


これ着けると、白と緑だけの色になって

ゲームの世界の中みたいになる。

良く見えて 便利なんだけど

不自然な中に居る って感じがする。


山頂には、モレクの像や祭壇の跡も 何も無くて

儀式の夜が ずっと昔に思えた。

ここで 犠牲になってしまった人たちもいたのに。


スコープを エステルに向けると

軽く燐光を放ってるから、ミカエルと同じように

眩しく見える。


「寺の跡というのは、どこだ?」


「さぁ... 」


それを探すとこから なんだよなぁ。


「割と でかい寺だったんなら、この山頂全体が

寺の敷地跡でも おかしくねぇよな?」


「本堂の位置が 分かればな...

講堂は だいたい、山門からは 奥にあるだろうけどさ。後は、宗派とか寺によって違うもんな」


「こっちが山門として... 」と

泰河と朋樹が、伽藍の位置を推測する間に

オレも歩き回ってみたけど

何にも分かんねー。

下手したら、モレク儀式の思念を拾っちまう恐れある。なんか イヤだし。


けど、それ言ってみたら

「皇帝が、欲を花にして抜いただろ?」

「花と頭蓋に ダキニが降りた。

昇華されて、何も残ってないと思うぜ?」って

返ってきた。そっかぁ...


オレが探すべき思念は、像に向かって 祈る思念

なんだけど、本尊と脇侍... 真ん中の仏像と

両隣に 菩薩像とか天部の像が 一緒に安置されてる場合、祈りを寄せられるのは

本尊が 一番多いんじゃねーかな? ... って 思う。


でも 泰河は、魔像になったのは 天部像なんじゃないか? って 推測してる。

廃仏毀釈を 嘆くなら、六道にある天部神だと 考えてるらしい。さとってないから。


だとしたら、すげー 困難になるんだよなぁ。

本尊自体が 天部像ならいいんだけど

本尊じゃなく、脇侍だった場合がさぁ...

本尊が釈迦如来だったら、“お釈迦様” って祈るだろうし。脇侍の像に祈る人も 居ただろうけどー...


「本堂が、山門から 真っ直ぐ並んでたとしたら

この辺かな?」

「塔と左右に 並んでたとしたら?」


「エステル、クチナシが咲いてる」

「ナツツバキ」


泰河と朋樹が 位置の推測を続けるなか

ミカエルとボティスは 飽きてきて

エステルの花探しを 始め出した。


白い花に 白く発光するエステルが降りて

クチナシの中心に 華奢な脚を折って座ると

グリーンの眼を閉じ、頬や鬣を 花片に着ける。

自分に、甘い匂いを付けてるっぽい。


甘い匂いになったエステルは、クチナシを発つと

ボティスの方へ 羽ばたき駆けて

でかい手のひらに 乗せてもらってる。

伸ばした腕の先にある、夏椿の白い花の花片を

そっと食べ始めた。


「ルカ、ちょっと こっち」


朋樹に呼ばれて行って

「ここ、何か残ってるか?」って 場所に

立ってみた。 うーん... 何もなぁ...

しゃがんで、手のひらを着けてもみたけど

やっぱり 何も無い気がする。


「なら、こっち」


また 朋樹が移動した場所を みてみたけど

こっちにも 何もねーし。


「何も無い気が するんだけどー」


「じゃあ、こっちは?」


泰河が立ってるのは、モレクの像や祭壇があった位置で、山頂への道の入口から、まっすぐ奥に進んだとこ。


「うーん... 」


泰河の前に立ってみたけど、別になぁ...

“どう?” って ツラして見てるけど

スコープ着けたヒゲ男と 向き合ってるのも何だし

さっきみたいに、また しゃがんで手を着けた。


「んー... 」


「あっ... 」って

泰河が、驚いたような声を出した。


見上げてみたら、オレの背後見てるし

しゃがんだ姿勢のままで 顔だけ向けてみる。


「お?」


少し離れて、オレの背後に立った朋樹との間に

白い煙が凝り出した。精霊だ。


煙は、人の形になっていく。僧形の男に。

白い煙の僧は、スコープを通して見ると やたらに眩しかった。


僧は 合掌をしているようで、ぶつぶつと何か言っている。


『... ん しゃ... ... れい... ... てい... か』


何度も 同じ言葉を繰り返しているみたいだけど

よく聞き取れない。

僧の背後から、朋樹が霊視してた。


前に向き直って、泰河を見上げてみると

僧の口元を見ながら、声を聞いて

読唇するように 自分の唇も動かしている。


何度が それを繰り返した後

「... オン シャレイ シュレイ ジュンテイ ソワカ」と 泰河が声に出すと、僧の煙は ほどけて消えた。


僧が消えると、急に暗くなって

一瞬、無音になった気がした。

今のって、潰れた寺に居た僧ってこと... ?


准胝じゅんてい観音菩薩か?」と、朋樹が泰河に聞く。


「真言は そうだったけどさ... 」


泰河は、なんか考えてるみたいだけど

ジュンテイ観音菩薩 って、初めて聞いたし

オレはサッパリなんだぜ。


「何だ それは?」


近くに来たボティスも、同じくサッパリってツラで 聞いてるし、ミカエルも似たような顔。


「ああ、観音さまって 変化するんだけどな」


朋樹は、そっから説明し出した。


「法華経の中に、観音経っていうのが あるんだけど... 」


観音経には、無盡意むじんにっていう菩薩が

釈迦如来に 観音菩薩のことを質問して、教えてもらう箇所があるらしい。


それによると、例えば

大海を渡ってる途中、嵐にあっても 救われるし

殺されそうになっても、相手の武器がバラバラになったり、

怒りっぽい人が イライラしなくなったり

男の子が欲しい人は 男の子を授かったりするっていう。


“... 世尊せそん 観世音菩薩かんぜおんぼさつ 云何遊此娑婆世界うんがゆうししゃばせかい 云何而為衆生説法うんがにいしゅじょうせっぽう... ”


“観音菩薩は、人々に法を説くとき

どのように世に現れ、どのような教え方をされるのですか?”


“... 若有国土にゃくうこくど 衆生応以仏身得度者しゅじょうおういぶつしんとくどくしゃ 観世音菩薩かんぜおんぼさ 即現仏身而為説法そくげんぶっしんにいせっぽう... ”


“仏陀によって教えてもらった人の前に

どの国でも、観音菩薩は 仏の姿で現れ 教えます”


その姿が、望まれる姿... 聖者だったり

梵天だったり 毘沙門天だったり、

家柄の良い人だったり、龍神や夜叉だったり

阿修羅や迦楼羅だったり と、様々で現れる。


その変化の様子を表しているから

千手観音や 十一面観音、馬頭観音

いろんな観音像がある... ってことみたいだ。


「准胝観音も、変化した姿なんだけど

これは、真言宗での話なんだよな」


「はあ? どういうことー?」

「宗派によって、

立ち位置が違う ということか?」


「そう。別名もあって “七俱胝仏母しちぐていぶつぼ” ともいう。

俱胝 ってのは、千万 とか 億 って意味で

“過去無量の諸仏を産み出す 仏の母”... ってことらしい。これは、“人々の内側に” ってことで

無限大の母性 って意味合い みたいだけどな。

こっちが 本来の姿だ」


七俱胝仏母... 准胝仏母ともいう この仏母は

サンスクリットの “Cundi” チュンディ の訳で

清純という意味があるようだ。

チュンディ が、女性名詞で母性を象徴するので

性別は女性。


「前身は、ヒンドゥー教の女神の チュンディで

シヴァ神の奥さんの パールヴァティーの変化形態っていわれてる。今の名前は “ドゥルガー”。

虎か獅子に乗った、美しいらしい 戦いの女神」


「チュンディ? インド神だろ?

元々は、パールヴァティーとは別神だったし

魔神アスラ族を潰したことがあるんだぜ?

“ドゥルガー”って名前は、別の戦いで

魔神ドゥルガーを倒した記念に 名乗り始めたんだ」


うお...  勇ましいよなぁ...


「ミカエル、せ。長くなるだろ?」


うん、頭 絡まるし。とにかく、

七俱胝仏母の起源は ドゥルガーっていう女尊。


観音菩薩は、起源がハッキリしてないらしくて

サンスクリットの “Avalokiteśvara”

アヴァローキテーシュヴァラ だとか

“Avalokitasvara” アヴァローキタスヴァラ だとかで

音を観る とか 自在者だとかなんだけど

これは 男性名詞らしく、元々の性別は男性。


けど、中国では 性別は女性と見る向きがあるし

“観音経” には

... “應以おうい 長者ちょうじゃ 居士こじ 宰官さいかん 婆羅門ばらもん 婦女身得度者ふじょしんとくどしゃ

即現婦女身而為説法そくげんぶにょしんにいせっぽう”...

... 女性に対しては、

長者、居士 (在家修行者)、宰官 (官僚)、婆羅門バラモン

奥さん (女性) の姿になって教えを説く... って

ところもあるから、性別は どちらでもあったり

なかったり に なってきたっぽい。


「でさ、この “七倶胝仏母” って 仏母は

真言宗では、観音菩薩の変化した姿に加えられて

“准胝観音” に なってるんだ」


ここまで来んの、っげー。


「けどさぁ、 なんで 七倶胝仏母じゃなくて

准胝観音だって 思ったんだよ?」って 聞いたら

「僧が “准胝観音の真言” 唱えたから」って

泰河が言って「そっかぁ」ってなった。

愚問だったよなぁ。




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