56 ルカ


「とにかく、本尊は 准胝じゅんてい観音だと思うぜ。

オレは、あの僧を霊視して

真言を唱えてた像が 視えたからな」


朋樹が視た像は、モロに准胝観音だったようだ。


まず、頭。

如来像は 螺髪らほつっていう、ブツブツ頭だけど

菩薩像は、宝髻ほうけいっていう 結い纏めた髪型。

服装も、如来は覚ったから 質素だけど

菩薩は きらびやかで装飾品も付けてる。

まだ覚ってない 王族の時の姿で表してるらしい。

ただ、大日如来だけは例外で きらびやか。


観音菩薩は 持物として、清浄を表す蓮の花や

功徳水ってやつが入ってる 水瓶すいびょうを持ってることが多いらしいんだけど

准胝観音には、他にも特徴がある。


パッと見て分かるのは、腕が18本。

千手観音と見間違う恐れもあるけど

准胝観音は 三眼で、額にも縦向きの眼があるから

この 第三の眼で区別出来る。


あと、観音像の頭上には 阿弥陀如来が刻まれていることが多いらしくて

これは、観音菩薩は 阿弥陀如来が変化した姿だとされているから... なんだけど

准胝観音は、元が 七倶胝仏母しちぐていぶつぼだから

頭上に この “化仏けぶつ” はない。


「けどさぁ、泰河

“天部像” って 言ってなかったっけ?」


「そう! そこがスッキリしてねぇんだよな... 」


「でも ハッキリ見えたしな...

立像で、18の前腕と 額の眼も」


「だが、“覚者ブッダ” じゃあないんだろ?」


ボティスが言うと、泰河は ハッとした。


「うん。菩薩は もう六道を解脱して

涅槃ニルヴァーナに入れるのに、人間たちを救うために

入ってないだけなんだろ?

その 准胝ジュンテイ観音は、天部神と同じように取り込まれてる。大元の前身が “ドゥルガー” だしな」


手のひらに乗せた エステルの鼻先についた花粉に

そっと息を吹いて ミカエルも言うし。


「おお... オレも 今、腑に落ちたぜ」

朋樹が納得すると、隣で泰河も

「おう」って 清々しいツラになった。


「魔像が何だったのかは、大凡おおよそ わかったが

魔像が見つかった時、その 准胝ジュンテイという者は

降りるのか?」


「さぁ... 」

「どうなんだろうな?」


観音サマとしても、人の心に仏心を産む って作用だし、こういう都合で降りてくれんのかな?


迦楼羅ガルダ


泰河が喚ぶ前に、ミカエルが迦楼羅を喚んだ。

泰河は「おお?」って言ってるけど

赤い翼のアラビアンナイトチックな 迦楼羅が

普通に「何だ?」って 顕れた。


「魔像が何だったか 推測が着いた」

准胝ジュンテイ観音」


「何?」


すげぇ 眉しかめてるし。

インド神同士だったら、元のドゥルガーって女神のことも よく知ってるんだろうしなー。


「魔像を見つけて だ... 」


ボティスが、准胝観音に降りてもらって

柘榴を出して欲しい... って 話をすると

「難しくあろうな」って 事もなげに言った。


「何故だ?」

「像の姿になるなら、観音なんだろ?」


ミカエルは、元が ドゥルガーだとか 仏母とかを

無視して

「観音は “救いの手を伸ばせる” って 聞いたぜ?」と、強引に押してみているが

迦楼羅は「まず、六道にらん」って 答えた。


「えっ? 話が出来ないってこと?」


「喚べば 降りるやもしれんが

天道に降りような。人の願いではないからな」


「は? オレら、人だし」

「どういう事すか?」


よく分かんねーし。迦楼羅が こっちに向いた時

「柘榴が って、事すか?」と、朋樹が言うと

「そうだ」って、オカッパ頭で 頷いた。


「救う対象が 問題であるのだ。

蛇神であろう? 夜叉羅刹の類に相当する」


えー、くくり めんどくせー...


「じゃあ、柘榴は どうするんだよ?」


ミカエルが言った後に

「元のドゥルガーって女神はー?」って 聞いてみたら、迦楼羅だけじゃなく

ミカエルにまで 無視されたし。


泰河が負けずに

「師匠だって、元の姿で来てるじゃないすか」って 言ったら

「ドゥルガーは “魔” を 討伐する」って、ため息をついた。

多分、“柘榴は夜叉羅刹の類” っつってんだろ?

... って、言いたいんだろーなぁ。


「性質にも難ありだぜ。戦場の殺戮マシーン」

「確かにな。異教で有り難い。

カーリーよりは 幾分マシだが... 」


ボティスも渋い顔してるし

とんでもねーっぽい。


「どちらにしろ、夫 シヴァを通すことになるが

ドゥルガーが像に降りれば、蛇神の身は より危険となる。

変に 話がこじれでもすれば、天狗側だけでなく

こちらにも 攻撃の矛先が向く恐れもあるのだ。

地上を傷めたいか? 御免 こうむりたい」


ドゥルガーは無し... って ことかぁ。


「では、天道にて 喚んではみるが... 」


迦楼羅は、あんまり期待するなよ って 雰囲気で

上の口の部分を折って綴じてある 紙袋を

どこからか出現させて、泰河に渡してる。


「何すか、これ?」


「バルフィ」


一言答えると、“じゃあ” って

片手を上げて消えた。




********




「うーん、天狗魔像 見つけて

それからどうするか だよなぁ... 」


元々は 准胝観音像だった って分かったけど

最初の問題に戻っちまったし。


山頂から降りて

バスで 貸し別荘へ戻ってるとこ。

泰河が バルフィ「食う?」って 出してくるし

口ん中 甘いから、自販で缶コーヒー買ってから乗る。


「だが、そのままにしておく訳には いかん」

「うん。天狗を捜して、その後も追跡するようにして、居場所が 把握出来るようにしておく」


朋樹が運転で、泰河が助手席。

オレは、ボティスやミカエルと 後部座席。


「捜すって、朋樹とか白尾の蔓?」って 聞いたら

「蔓で霊道探し。あとは小範囲ずつ 光で炙って

範囲をせばめていく」らしい。


「害のない霊獣や妖しの避難が、大変そうだな」


「仕方ないだろ?

月夜見キミやスサも、迦楼羅ガルダたちも 取り込まれる危険があるんだし。アコたちも危ないんだぜ?

他に何か 捜しようがあるのかよ?」


「向こうからの動きが ありゃあ、早いけどな」


「でも、何の対策もれてねぇしな... 」

「六山内に居るのかどうかも分からねぇもんな。

こっち側とか、全く別の場所かもしれねぇしさ」


堂々巡りなんだぜ。

柘榴を助けさえ出来れば、大いなる鎖で捕縛出来るんだよなぁ。


けど。四郎の時に、泰河が

大いなる鎖を解け落としたことを思い出した。

獣の影響なんだろうけど、皇帝も縛れるものなのに...


あっ、そうだ。


「天狗魔像を 天空霊で閉じ込めて

地中は、ミカエルの光で炙るとするじゃん?

鎖じゃなくて、“空間閉じ込め” ってことでさぁ。

で、獣 喚んで、柘榴 抜けねーの?」って

思い付いて 言ってみると

助手席から振り向いた泰河は


「それさ、オレも よく考えたんだけど

阿修羅を像から抜く時は、“喰う” って感覚があったんだよな」って

なんか よく解んねーこと言う。


修行中で、迦楼羅から

“阿修羅を従わせてみろ” って 言われたから

そういう感覚になったのかも... って

ことらしいけど


「師匠のことは、獣が抜いたんだけどさ

師匠、倒れてたしな。

獣が 師匠の情報読む時は、師匠に走り込んで

突き抜けたんだよ。

柘榴に もし、それをしたら

大丈夫かどうか 分からねぇからな」


確かに...


「柘榴には、やめといた方がいいかもな。

今まで、獣が読み込んだものも... 」


運転しながら 朋樹が言って、言葉を濁したけど

動物は置いておいても、泰河が手を下したか

右手で 消したか

神の位のヤツなら、泰河に従ったか... って ことか。


「あんまり喚ぶと、サンダルフォンだけでなく

アバドンにも知られるしな」


「アバドンに、獣が見えるのか?」


「見えなくても、様々に作用することが分かれば

ますます狙うだろう。

獣自身でなくても、泰河が出来る。

もし、アバドンが 泰河をさら

奈落で キュベレが目覚めた とする」


ボティスは、全部言わなかったけど

アバドンの 一人勝ち って感じになる。

天は無理でも、地上も地界も 自分の支配下に置いて、“奈落の王の使い” から

奈落を含む “三界の支配者” になれるし。


「サンダルフォンがさせないだろ?」

「まぁな。何らかの手は打ってくる」


「で、柘榴は どうするんだよ?」


「ルカが言った、空間閉じ込め作戦は いいかもな」


「おっ、そうだろー?!

誰かが 天狗魔像見つけた時に

ミカエルとシェムハザ 喚べば いいしさぁ」


話してる間に、キャンプ場の駐車場に着いて

バスを降りると

泰河がまた バルフィ出して来る。


「これさぁ、紙袋に どれだけ入ってんの?」


紙袋の口の中を 覗いてみたら

結構 食ったのに、全然 減ってなく見えた。


「師匠、みんなに食って貰いてぇんだと思うぜ。

まだ四郎とかも 食ってねぇしな。

意外と もてなし好きだからさ」


オカッパ頭と、クールな感じの 奥二重が浮かぶ。

ふうん、優しいじゃん。


「甘いけど、なんか食っちまうよな」

「うん。またシェムハザに “珈琲” だな」


朋樹もミカエルも、紙袋から

白くて四角い バルフィを取り出してる。

今回のは、薄く切ってあった。

食べやすいように配慮したのかな?


「バラキエル」って、ミカエルがボティスにも

渡す。「さっき食った」って 言いながら

結局 受け取ってるし。


貸し別荘まで、芝生の上を歩く。

少し離れたところに建ってるバンガローは

見える分だけだと、一軒だけ 灯りが見えた。


「今日、これで もう帰るんだろ?」

「おう。明日も 四郎が学校だしな」


まぁ、四郎は 消えて顕れることが出来るんだけど

“いってらっしゃい” 言いてーし

ここには もう、用事ねーしな。


「ミカエル、“風呂” って 言わねーのな」


朋樹が 不思議そうに聞く。

貸し別荘には、庭に 温泉付いてんだよな。


「うん。俺、ファシエルと約束してるから」


「あっ、そうだな」

「どっか行くの?」


「ナミビアに行こうと思ってる。

チーターに会ってみたい って 言ってたから」


地上散歩かぁ。すぐ移動出来て いいよなー。


「おい」と、ボティスが

オレの前に 腕を出して立ち止まる。


さらさら と、衣擦れのような音が 聞こえてきた。

リン... と れいの 音が響いて、ゾクッとする。

手で持つ部分が 密教法具の独鈷杵どっこしょ五鈷杵ごこしょになってるような、ベル型の鈴の音。


「どこから... ?」


ボティスは、バンガローの向こうの 森の方を指差した。何かが 見え隠れする。


一軒のバンガローの背後を抜け、木々の間を通ったのは、僧形の霊たちだ。

鈴は持っていないのに、音だけが響く。

鈴の音に 誘われているようにも見える。


「山頂の方から 下って来たのか?」

「でも、精霊で出た以外には 何も... 」


「泰河、心経」


朋樹に言われて、泰河が心経を始めた。


「 “観自在菩薩かんじざいぼさつ 行深般若波羅蜜多時ぎょうじんはんにゃはらみつたじ 照見五蘊皆空しょうけんごおんかいくう 度一切苦厄どいっさいくやく”... 」


「廃仏毀釈の後って、潰された寺にいた僧たちは?」

「還俗させられてるだろ?」


そうだ。僧として 亡くなったんじゃないはず。

でも、僧で 在りたかったはず...


「じゃあ、念... ?」

「いや、もっと古いものなら?」


「... “舎利子しゃりし 色不異空しきふいくう 空不異色くうふいしき

色即是空しきそくぜくう 空即是色くうそくぜしき”... 」


僧の 一人が、心経に気付いたように 立ち止まって

こっちに顔を向けると

他の僧たちも 立ち止まり出し、顔を向けた。


「古いものって?」


「廃仏毀釈以前、ということか?」と 聞く

ボティスに、朋樹が 式鬼札を出しながら

「ハッキリしねぇけど... 」と 頷く。


「... “受想行識亦復如是あいそうぎょうしきやくぶにょぜ 舎利子しゃりし

是諸法空相ぜしょほうくうそう 不生不滅ふしょうふめつ 不垢不浄ふくふじょう 不増不減ふぞうふげん”... 」


廃仏毀釈以前って

なら、僧として亡くなった人たち ってこと?


お...  こっちに向かって来出したし...


「見ろよ。眼と 手足の先が無いぜ?」


僧たちの眼の部分には、何も無かった。

袖の先からも 裾の先からも 何も出ていない。


「“信の手も 戒めの足も 智慧の眼も”... 」と

朋樹が 炎の尾長鳥の式鬼鳥を飛ばし

僧の 一人に追突させると、倒れた僧は 起き上がり

炎に巻かれながら 進んで来る。


信の手も 戒めの足も... 野槌のづち

... って ことは、魔道に堕ちた僧だ


「これも “天狗” だな」


「泰河、変更。陀羅尼」


心経の途中で言われた泰河は、“ああん?” って

ツラになったけど、陀羅尼に変更する。


「ノウボバキャバテイ タレイロキャ ハラチビシシュダヤ... 」


リン... と、鈴の音が響いた。

天狗僧たちは、また立ち止まって

元の進行方向へ 向き直り出した。


「どこかに 喚ばれているのか?」

「でも この先には、人家もある」


「... ボウダヤ バキャバテイ タニヤタ オン ビシュダヤ ビシュダヤ サマサマサンマンサババシャソハランダギャチギャガノウ... 」


炎に巻かれながら 歩いていた天狗僧が

炎と陀羅尼に妄念を解かれたのか、眼を開いた。

手足も戻り、煙になりながら 空に昇る。


「どうする? 送れるけど」

「やれ。こいつ等の行く先に 天狗が居るという

マヌケなことも無いだろ?」


リン... と、また鈴の音。


朋樹が 式鬼札を吹き、炎の蝶を無数に飛び立たせた。風の精で 蝶を巻く。


「... ソハハンバ ビシュデイ アビシンシャトマン ソギャタバラバシャノウ アミリタ ビセイケイマカマンダラハダイ アカラアカラ アユサンダラニ シュダヤシュダヤ ギャギャノウビシュデイ... 」


炎に巻かれた天狗僧たちは、次々に 眼を開くと

立ち止まり、仰いだ空に 煙となって解け消えた。




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