43 泰河
「シェムハザ。天空霊達は、地中は?」
ミカエルが聞くと
『いや。区切りは 通常、地上より上だ。
地中や海中などを見張らせるなら
そういった
シェムハザの ため息が聞こえた。
今さら 天空霊に命を出しても
もう、闇靄に染まった青猿たちは
山から外へ 出ていることが考えられる。
『像は?』と、ボティスの声が聞くので
「洋館には居なかったけど、天逆毎は捕らえた。
他に、
朋樹が、白い骨皮や 凶神の説明をする。
「とにかく、ここに居ても仕方ないだろ?
洋館と天空霊の区切りの中の 藍色蝗を処理して
池や区切り内の森を見て行くぜ?」
ミカエルが言うし、蝗を渡すために
ニルマを喚んでみた。
顕れた ターザンっぽいニルマは、白衣を着ていて
「蝗か? 今、赤黒マダラ蝗も
研究室に 大量に... 」と、忙しそうだが
最初に天逆毎が居た 二階を見て来てもらう。
戻ったニルマは「何なんだ、あの数は?」と
太く濃い黒眉をしかめた。
案の定、まだ二階には わらわら居るらしい。
憑く対象が居ねぇもんな。
「
外にも たくさん出てしまった」
ジェイドが言うと
「幾ら何でも あの数は必要ない。すぐ戻る」と
地界に戻って、他に二人の悪魔を連れて来た。
でかいトランクのような形の、金属の網で出来たケースを持っていて
「通常なら、巨大虫を入れる虫カゴだ」らしく
二階の藍色蝗を 幾らか集めて持って帰るようだ。
「外に出てしまった蝗については
もう、蜘蛛に食わせてくれ」と
ガサゴソ言う箱を開けて、大量のシルバー蜘蛛を
一階の窓から放って、地界へ戻って行った。
「スサ、お前も 一緒に見回れよ。
マガツビって奴を吸収した 白い奴は
大いなる鎖で 捕らえられなかったから」
ミカエルの言葉に、スサさんは
「うむ」と頷いたが
「しかし過去に、モレクなどという 異教神は
鎖で捕らえたのであろう? 何故 捕らえられぬ?」と、不思議そうに聞く。
「さぁ。幽体だっていう 恐れはあるけどな。
本体が “念” ってやつだと、捕らえないことも 考えられる。そういうの多いだろ? この国」
それなら、凶神も白いヤツも
念が集合して出来たもの ってことだろう。
元々、“邪神” として生まれた訳じゃなく
良くない念が集合して 神になった。
モレクは、
「精霊でもゴーストでもないし、
「斬ることならば?」
「まだ試してない。
話しながら 洋館を出る。
扉のない入口先で跳ねた蝗に、さっきニルマが撒いた シルバー蜘蛛が飛びついて 糸を巻いた。
前庭や洋館の周囲には、見る限りは何も居ない。
裏手の森に回り、入ってすぐの池もチェックする。
「洋館から ここまで、霊道みたいのが 通ってるんすよね」と 朋樹が言うと
スサさんは「
逆手に握り、池の水面を突いた。
水中にある羽々斬の先から、稲妻のような光が走る。
「おおっ?」「何すか?」
光は、一方は 地中を洋館に抜け
一方は森へ抜けている。一の山との境の方向だ。
「霊道を可視化したんですか?」と
ジェイドが聞くと
スサさんは「うむ」と 頷いた。
「洋館の先には、あの家があるだろ?」
ミカエルが言うのは、ポルターガイストの大蔵さん家だ。通り道近くに あの家があるのか...
「なら、地中に入った青猿も
あの家を通るヤツがいるんじゃねぇの?」と
言ってみると、すぐにジェイドが ルカに電話して
青猿の注意を促す。
「シェムハザに、天空霊の囲みの範囲を
狭めていくように 伝えてくれ」と 言って
スマホの通話を終えていた。
天空霊の円を小さくしていき、囲みの範囲内にいる霊や妖しを、オレらが居る洋館周囲に集めるようだ。
「どちらにしろ、青猿は狩ることになる。
人里に降りる前に 幾らかでも狩れた方が良かろうがの」
「“狩る” んすか?」と、朋樹が聞くと
「地中の闇は、まだツキの夜闇ではない。
禊ぎにて剥がせようが、青猿は残る。
青猿は、犬猿が生み出したものならば
元より 魔性よ。改心などせぬ。
狩らねば、再び 地中の闇が染み入る。
害が拡がる前に斬れ」と 言う。
「
気になって 聞いてみると
「闇ならば父神も禊げるが、夜闇は禊げぬ。
アマテラスの光で 祓うことは出来ようが... 」って答えだ。
海で サリエルが成り代わった 天使ファシエルの身体も、闇に染まったままで、
肌に染みた闇を、月夜見が 内に込めても
肌中に 木の枝のような黒く ひび割れた模様を残し
死んでも消えていなかった。
「ボティスが戻った時に 染められた天使たちは
どうなったんだ?」
ジェイドが ミカエルに聞く。
こっちは「抜けたぜ?」らしい。
「ラファエルが治療して、身体から抜いた。
それでなくても、父や聖子なら 闇を無に帰す」
「
異国の。お前は 夜闇にも染まらぬやもしれぬ」
ミカエルとスサさんが話すことに
朋樹とジェイドは「ああ」「だろうね」と
理解して納得しているが
オレは分からんくせに「へぇ」っつっといた。
「朋樹、半分の蝶々」と、ミカエルに言われて
朋樹が 凶神が混ざった白いヤツに付けた
半式鬼の蝶を飛ばす。
くらりくらりと傾ぎ飛ぶ 片羽の蝶は
緩く 上下しながら、池の水面に微かな燐光を落としている。
満月に近い月と、周囲の天空霊の青白い明かりで
半式鬼の燐光が 池に映る程、森は明るい。
水面から 1メートル程上で、パシュッ と
片羽の蝶が 何かに射られたように消えた。
「あ?」「何... ?」
水面に 波紋の円が拡がり、その中心に
赤黒い鳥の羽根が落ちているのが見えた。
見ている内に、羽根は 薄れて消えていく。
「羽根は、どこから... ?」
剣を握ったミカエルが、池に向いて オレらの前に立ち、スサさんが オレらの後ろに立つ。
「スサ」
池の向こうに、白いヤツが立った。
「祓詞」と、スサさんに言われ
朋樹が祓詞を始める。
「
骨皮だった時とは、気配まで 打って変わった。
何か他にも、吸収したんじゃないか... ?
背中に ざわざわと悪寒が登る。
モレクの時より、じっとりとした 暗い湿度のようなものを感じる。
「...
蝋のような 真っ白い皮膚だが、力を感じさせる体躯。全身を縦に走る黒い文字が、ところどころに 赤黒く浮き消える。
ミカエルが前に居なければ、膝が震えたかもしれない。
「...
背後から、オレらを飛び越えたスサさんが
池の水面を走り、凶神の左脇から斬り払った。
「...
左脇から右肩までを斬り払われた凶神は
胸から下を地面に倒し
左腕と、落ちたはずの右腕で スサさんにしがみついた。
「スサ!」
ミカエルが、左腕の大いなる鎖を伸ばし
スサさんの身体の方に巻き付け、引き戻す。
オレが居るから、ミカエルは動けねぇんだよな...
後ろ向きのまま、ミカエルが 差し出した
秤の片方を ジェイドが押し下げると
鎖を巻かれたスサさんが、凶神の上半身ごと
ミカエルの左側に引っ張り落とされた。
白い焔の模様が浮き出した右手で
スサさんに しがみつく凶神の後頭部を掴むと
空いた隙間に ミカエルが剣の刃を差し入れて
横に流し、凶神の首を 肩から斬り外す。
スサさんの両腕を固定するように回った
凶神の両腕を外そうと、ミカエルが 身体と左腕
ジェイドが 右腕を掴んだ時、突然 朋樹が
弾かれたように跳んで、池に落ちた。
「朋樹!」
「泰河、動くな!」
凶神の頭を持ったまま、池の淵に向かおうとして
ギクリとする。ミカエルの声にじゃない。
池の向こうに倒れた 凶神の胸から下が、すぐ隣に立っている。
『憎い』
手の下で、首が話した。
胸から下の身体の脚に 蹴り払われて
よろけて後退し
「泰河!」と、ジェイドに支えられた。
池が赤く光ると、炎の尾長鳥が 凶神の背に追突し
赤黒く光る文字が浮く身体を焼く。
ジェイドが 聖油の小瓶を投げ、炎を強くする。
「... クソッ!」と、朋樹が 水面から上半身を出したが、水中で封鏡を落としたらしい。
「上がれ、朋樹!」
ミカエルは、凶神の両肩を 後ろから掴み
鎖に巻いたままのスサさんの方を 蹴り飛ばした。
池の底は、
朋樹が伸ばす呪の蔓を、ジェイドと引いた時
また首が『憎い』と 言った。背筋を汗が伝う。
喉を鳴らし、何とか堪えて 手に持ち続ける。
「ミカエル、聖火は?!」
「ダメだ。スサまで焼ける」
スサさんからは、ようやく凶神の左腕と胸部が外れたが、まだ右腕が取り憑いていて
聖火で焼くことは出来ないようだ。
地面に倒れている 凶神の胸部に
ミカエルが 剣を刺し貫いて固定し
スサさんから 右腕を外す。
池の淵に着いた朋樹を 引き上げていると
「泰河、アタマを寄越せ」と、ミカエルに言われ
朋樹をジェイドに任せ、渡しに行ったが
『憎い』という声を聞いて、何か嫌な予感がした。ミカエルに手渡すのを 躊躇する。
「いや、ここに置く。このまま燃やせばいい」
ミカエルが伸ばす手を、左手で制して
右手に掴んだままの凶神の首を 地面に着ける。
「何だ? 何かあるのか?」
「分からねぇけど、触れない方が いい気がする。
どうしてもって言うなら、獣を喚ぶ」
ミカエルは、オレの眼を見ると
「わかった」と 頷いて
オレの右手を、凶神の首から離させた。
そのまま首に眼をやり、聖火で燃やす。
剣を抜いた胸部や右腕にも 聖火が点いた。
「... 小僧、獣とやらは 喚ぶな」
スサさんは、まだ鎖に巻かれたまま
地面に座り込んでいた。肩で息をしている。
立ち上がれないのか... ?
「凶神は、神気を吸うようだ」
「スサさん!」「大丈夫ですか?!」
水から上がった朋樹と ジェイドが駆け寄る。
ミカエルが鎖を外そうとした時
聖火や式鬼火に焼かれる 凶神の首や身体の下に
墨色の靄が立ち昇ってきた。
炎の中で、凶神の皮膚が破れ 肉が蕩け
中の骨に 闇が染み入る。
『憎い』
黒い骨に 赤い文字を鈍く光らせた凶神は
ずぶずぶと 地面に溶け入って消えた。
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