44 ルカ


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「... え? 地中にぃ?」


また ジェイドから電話だし。


“天空霊の範囲 狭めろ”、とか

今度は、“地中に降ろせ” とか。


「ルカ」って ボティスに、スマホ 指差されて

スピーカーにすると


凶神マガツビが地中に... 』とか

『スサさんが、神気を吸われた』とか

かなり緊迫してる。

ついさっき、普通に話してたのに。


バルコニーに立った シェムハザが

森を区切る天空霊たちに命じて、地中へ降ろすと

外が 突然、暗くなった。


「須佐之男が “神気を” だと?」


『そう。月夜見キミは天界に上がってる。

スサは 一度、そっちに送るぜ?』


スサさんは、立ち上がれないらしい。

「迎えに行く」と、アコとシェムハザが消える。

短い時間で スサさんをそういう状況にする って

凶神って、何なんだよ... ?


『天逆毎を封じた鏡も 池に落ちた。

今、朋樹が式鬼で 探している』


「ミカエル、泰河等を連れて戻れ。

鏡なら、軍の者でも探せる」


『わかってる。

でも、マガツビが 山から出たら困るだろ?

スサ達が戻ったら、防護円を敷かせろよ?

炙り出すからな』


月夜見命つきよみのみこと須佐之男命すさのをのみことは、移動は... ?」と

小声で 四郎が聞くと、榊が

「御使いや魔の者等のように、消えて顕れる... ということは 出来ぬ」と 答えた。


「御自身の御社などには 自由に降りられるが

御二方共、高天原の方ではない故

地に降りられるに、制約が 御有りになる。

現世うつしよを移動される際は、界の扉を使われるか

くうを跳ばれるのじゃ。

普段ならば、祝詞などに呼応し 降ろされるのも

神力である故。

このように 御自身が現世に在られることは

そうそう無いことであるからのう」


うん。幽世とか 根の国 っていう

現世とは 別界の神だもんなぁ。

御守とかにも 神力が込められてるみたいだし。

あるじなのに、留守にして降りる... って

結構 異常事態だよな。


「しかし、別界より 現世に移動される故

あのように、天空霊などが敷かれておっても

中へ入ることが出来るのよ」


「あっ、そうじゃん!」


「待て」と ボティスが、隣にいる榊に向く。


「それなら、マガツビや 魔像に入った天狗は

どうなる?」


「天狗は、界移動など出来まい。

“魔像” という、現世の物質に囚われておる故」


柘榴が答えるけど、浅黄と

「しかし、凶神は... 」と 顔を見合わせる。


「魔道などの界ならば... 」

「闇が染みたのであれば、常夜とこよるに... 」


「つまり、移動は可能だということか?」


「恐らく」


「では、“地中に潜った” という

一つ眼の青毛猿等も?」と、四郎が聞くと

「闇が染みておれば、それも恐らく... 」って

ため息出る 返事なんだぜ。


「ミカエル」と、ボティスが呼び掛けると

『聞いてるぜ?』って 返事して

『それでも確認はする。スサ達は?』と

聞いてきた。


「うむ。もう 戻られる」


まだ居て、ワイン飲んでるトビトが

バルコニーの先を 赤毛に覆われた指で差した。


背に 黒い翼を広げたシェムハザの 肩に掴まった

スサさんと、すぐ傍に 皮膜の翼を広げたアコが居て、こっちに向かって来るところだった。


「柘榴ってさぁ、水竜巻で移動出来るけど

どうなってんの?」


ちょっと気になって聞いてみたら

「現世の水神でもある故。

水と化し、くうに解け、再び 水となっておる」って

なんとなくしか解らねー 答え。


「儂等も、修行の次第では

くうを駆けられるのであるが... 」

「まだ 至らぬのう... 」


榊や浅黄は、狐 最高位の “空狐” ってやつだし

頑張れば 空を走れるようになるらしい。

「地においても、大神様は神速であるが... 」って

浅黄は 少し悔しそうだし。史月、狼だもんなぁ。


「須佐様に、霊水を取って参るか。

人神様に如何程 効くかは分からぬが... 」


柘榴がソファーを立つと、スマホから泰河の声が

『あのさ、オレの車の中に

白い徳利が あるんだけどさ... 』って 言う。

師匠の迦楼羅に貰った物で、水や酒が湧く物みたいだ。


「神器ではないか」

「何故そのような ぞんざいな扱いを」


シェムハザ達が バルコニーに着く前に

止める間もなく「取って参ります」って

四郎が消える。


「あっ」「むう。ならぬのう」

「戻ったら説教だな」


バルコニーに立った シェムハザとアコが

スサさんをソファーに座らせた。


榊たちは、ソファーの下に膝を着いたけど

「構わぬ。着け」って 言われて

落ち着かない様子で 遠慮がちにソファーに座り直してる。


「須佐様」

「大丈夫なのか?」


「うむ」って 答えてるけど、背凭れに 背を着いた。不機嫌な顔してるし。


『シェムハザ、円は敷いたのかよ?』


「今 やっている」


小瓶から青白い粉を吹いて、防護円を敷くと

それを 二階のリビング中に拡げた。


「只今 戻りました」って

オレの隣に立った四郎は、手に 白い徳利と

自分の 黒い天鵞絨ビロードのマントを持ってるけど

「シロウ」「勝手に動いては ならん」って

シェムハザやボティスに注意されて

ちょっと しょげちまった。


「ごめんなさい。気がいてしまいました」って

すぐ謝るし

「いや、怒ったんじゃないぜ?」

「皆、心配であるのじゃ。仲間である故」って

オレも榊も フォローしてたら

「はい。気をつけます」って 素直だしさぁ。


「うん、えらい」


アコが 四郎の頭を撫でて

「これが徳利?」と、白い徳利を受け取る。

「シロウ」って 呼ばれた四郎は

シェムハザとボティスの間に座りに行った。


「良し」「マントを持ってきたのか?」って

取り寄せた肩当てで マント着けてやってるし、

やっぱり 四郎には甘いよなぁ。


「泰河、徳利 どうしたら使えんの?」って 聞くと『... アムリタ?』って 一言だしさぁ。

実は 知らねーな、あいつ。


「むっ、甘露ではないかな?」


バルコニーから トビトが戻って来る。

ワインの瓶、空になってるもんな。


「ミカエル、防護は敷いた」


トビトに、新しいワインの瓶を渡しながら

シェムハザが言うと

『一応、天使避け。朋樹もシキは引けよ』って

ミカエルの声がした。


「徳利を手に取られて、酒を喚ばれるが良い」


アコに 徳利を渡されたスサさんが

阿密哩多アムリタ」って 言ってみると

徳利から 甘い匂いがしてきた。


「おお!」「白き酒が... 」


マジで酒が湧いたらしい。すげーじゃん。


一口飲んでみたスサさんは

「甘い」って 真顔で言ったけど「うん?」って

ソファーを立った。


また すぐ座っちまったけど

ボティスも シェムハザも「おっ」って

回復の早さにビビる。


「すぐに 元に戻られそうですね」

「うん。元々の体力が違う... っていうか

猛気ってやつで 子が生まれちまうくらいだし」


「天草の。礼を言う」って スサに言われて

「はい」って、四郎は 照れてるんだぜ。

徳利は泰河のだけど、どうでもいいよなぁ。


天使避けもして、リビングの周囲には

防護円と天使避けから 文字が立ち上がって浮く。

「ミカエル」と シェムハザが呼ぶと

『いくぜ?』って、スマホから ミカエルの声。


「うわっ!」


洋館を中心に、森が 真っ白に光った。

ミカエルの翼のような 真珠色の光で

「これも 美しいが、恐ろしくもあるのう。

我等であれば、焼かれようよ」と

柘榴が眼を細めた。

光は 徐々に、地に 円形に沈んでいく。


『池に反応がある』


「反応って?」って 聞いたら

スマホの向こうでも『鏡じゃないのか?』って

ジェイドの声がする。

見えねーのって、もどかしいよな。

ビデオ通話とかにしてる場合じゃねーんだろうけどさぁ。


『鏡だ』って 朋樹の声。呪の蔓で拾ったっぽい。


「割れたか?」と 徳利持った スサさんが聞くと

『いえ。大丈夫です』と、朋樹の声が答えた。


『まだある』って言う ミカエルの声に

『像だ!』って 泰河の声が重なる。


「何?」「魔像か?」


ソファーを立ち上がったシェムハザを

「止せ」と ボティスが止める。

魔像なら、取り込まれる恐れがある。


『ミカエル!』

ジェイドの声の後に、ザバッ という水の音がした。

大いなる鎖で、池から像を引き揚げたらしい。


『... 違う。魔像じゃない』


「なんで分かるんだよ?」


『ドワーフ像だ』と、ジェイドの声が答える。


「ドワーフ?」「なんで... ?」


ここの庭に 置いてあったやつじゃねーのかよ?


スマホから、ボゴ っていうような

鈍い破壊音が聞こえた。

鎖でドワーフ像を 締め潰したようだ。


ギャア という、甲高い声。


『なんだ、こいつ?』

『一つ眼。青猿だ』って言う声に

さっきより高い ギャッ という声が重なった。

ドワーフ像には、青猿が入っていたらしい。


「なんで 青猿が?」


「猿等は、地中に潜っておった。

あの洋館から この近くに掛けて、霊道が通っておる。庭に 侵入しておったのだろう」と

スサさんが 羽々斬を握る。


『シェムハザ! 天空霊を解け!』


ミカエルが怒鳴ると、シェムハザが 防護円を出て

バルコニーで 天空霊を解放の命を出した。

青白い人型の天空霊たちが、地中から天に昇っていく。


『円はあるな?』


ミカエルに確認されて、円内に戻ったシェムハザが「敷いている」と 答えると

洋館の地中に沈んだ光が、ザアッと放射状に拡がってきた。


ギャアッ と、庭から幾つかの声がする。

地中や、ドワーフ像に入った青猿が

ミカエルの光に 炙り出されたようだ。

バルコニーの手すりに、青毛の指の手が掛かる。


ミカエルの白い光を背に 顔を覗かせた青毛猿は

額の部分に、人の眼の形をした 一つ眼が開いていた。


座った鼻。半球のように 前に出た口の両端から

黄ばんだ牙が見える。

耳介はなく、頭部の左右に穴が開いている。

首から肩、両腕に繋がる 青毛に覆われた身体には、胸から下が無い。


青毛猿は、バルコニーの手すりから 両腕で跳ぶと

円の端に立った 浅黄に飛び掛かろうとし、

薙刀でカウンターを食らって 庭に弾け飛んだ。


円を出て、バルコニーから 下の庭を見ると

白く光る地中から ボコボコと湧き出る青毛猿たちが、両腕で走って この家に向かって来る。


炙り出されたんだろうけど「急に... 」って

つい 引きながら、地で拘束すると

隣に来た ボティスが

「光に焼かれんよう 必死だ。円に逃げに来てるんだろ」と、バルコニーの端に 助力円を敷こうと

しゃがんで 片手を着ける。


「天使避けが邪魔だな」


けど 天使避けを消すと、ミカエルの光が

防護円内に入る恐れが あるらしい。

そうなると、シェムハザやアコだけでなく

スサさんや榊たちも 危険だ。


青毛猿たちは、光の中で 煙を上げ始めた。

ギャッ とか ギーッ と、苦しそうな声を出す。


「このままでも 焼かれんじゃね?

じりじりやるのは なんだけどさぁ」


「だが、見ろ」


ボティスが差したのは、ドワーフ像だった。

地面を擦るように 近付いて来る。


「オレ、地に 拘束させてるぜ?」


「中身の猿共には 拘束が効くが、像には効かんようだな。物質だからだろ。

猿共が、中から意思で 像を動かしている」


「じゃあ、あれは どうするんだよ?」


「粉砕するしかないだろ? シェムハザ」


円の端、浅黄の隣に立ったシェムハザに

「一時的に拘束を解け」と 言われて

地の拘束を解くと、動けるようになった青猿たちが、両腕で 猛然と走って来る。


シェムハザが 指を鳴らすと、ドワーフ像たちが 破裂した。森や周囲にある小石を 像に高速で撃ち、中で弾けさせたらしい。散弾銃並みじゃね?


「拘束」って、ボティスに言われて

地を喚ぼうとした時に、バルコニーの手すりから

青毛猿が二体 飛び出して来た。


一瞬、風で巻こうか と迷ったけど

多数の拘束を選んで、「地!」と 叫びながら

青毛猿に しがみつかれないように

両腕で、顔や胸を庇うと

何故か 青毛猿たちが 吹き飛ばされた。


オレと ボティスの間から、腕が伸びていて

手のひらを 前に向けている。四郎だ。


「マントは、過去より 持ち出された物です。

私の骨に、術は呼応 致します」


エマが使った、過去の空気を使ったみたいだ。

そうだ、四郎は “妖術使い” なんだよな。


「敵方であろうと、苦しみを与えるべきでは ありません。ボティス。御頼み申し上げます」


四郎の頭を くしゃっと 掴んで笑ったボティスは

バルコニーから 庭に飛び降り、地面に手を着けて

天使の助力円を敷く。


ボティスが 円から、二歩 後ろに下がると

地の拘束を解いた。


「助力、ミカエル」


煙を上げて走る 一つ眼の青毛猿の 一体が

円を踏むと

ボティスが円に「神の光」と命を出す。


円から 庭中に伸びた 幾本のラインから

薄い光のカーテンの様なものが立ち上がり

斬首された青毛猿たちは、地面に落ちる前に

灰も残さずに消えた。



































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