27 泰河


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『今日は、あたしの部屋に帰るね』と 言った

朱里シュリを送って、また 里に戻ると

朋樹とジェイドは 玄翁の屋敷へ行ったらしく

広場では、花札大会が始まっていた。


人里は明け方近くだったけど、里は もう暗いので

たくさんの狐火が浮いている。


「泰河」


ミカエルに喚ばれたであろう ゾイは

「ちょっと待ってね」と

相手の四郎の頭に 蝶馬のエステルを載せて

オレのところに駆け寄って来た。


「おかえり」って 笑う顔は、ゾイなんだけど

より 表情が、女の子になった気がする。


「おう。ゾイにも 心配かけちまって... 」

「ううん、そんなこと! また お店でも待ってる」


「泰河」


エステル載せた 四郎も来た。っていうか

あの 天草四郎なんだよな... 今さら すげぇ...

ジップアップパーカーに ミカエルプリントシャツ

ジーパンにスニーカーだし

さっきは スマホまで持ってたけどさ。


「奥方は、ひとり帰して 良かったのですか?」


「おっ? まだ... ていうか、 “奥方” じゃ... 」


かなり 照れさせられたが

四郎は、涼やかな眼なのに 優しげな顔を傾げ

「どのように お呼びするのでしょう?」と 聞いた。「現代の言葉を 勉強中なのです」


そうか、江戸時代から蘇ったんだもんな...


「うーん... “女” とか “カノジョ” か... ?」


困って ゾイに眼を向けると

「男性女性、どちらでも使えるのは

“恋人” じゃないかな?」って

やっぱり 照れくさそうに言った。

ミカエル意識してんな。かわいいじゃねぇか。


「では、“こいびと” ですね?」


「けど、四郎が 友達と話す時は

“カノジョ” “カレシ” が いいかもな」


「“私” を、“ぼく” や “おれ” と言う風に?」


「そうそう! リョウジに聞くのがいいかもな」


「涼二は、“きゃらめる らて” を

泰河や朱里と共に飲んだ と、言っておりました。

珈琲は、少しだけ 苦く感じるのですが

それは 甘いのでしょうか?」


ちょっと羨ましそうな顔をするけど

多分、オレが リョウジを誘いやすいように

気を使ってるんだろうと思う。いい子だよな...


「うん、四郎も連れて行くよ。

リョウジと 一緒にさ」


顎ヒゲに 指やって答えると

「はい!」って 笑顔になった。

これは モテるだろうな。確実に。


「良かったね、四郎」と 笑顔で言ったゾイは

「だけど 本当に、普段 朱里が ひとりなのは

心配だし、寂しいかもしれないね。

もちろん 守護は着くし、私も様子は見に行くけど」と 言う。


「まぁ... けど、仕方ねぇよな」


朱里と、そういう話もしたけどさ

仕事で待たせる間は、やっぱり気になる。

“気にしないで” って 笑うから余計に。

オレに ワガママ言ったり 甘えたりすると

“負担になるかも” って 気にするタイプなんだよな。


「ふむ。女子おなごで あるしのう。

儂も 泊まりなどには行くが、ひとり住まいとなると... 」

「朱里が休日の際など、泰河が仕事であれば

何か 寂しくあろうしな」


今まで居たかのように、榊と桃太も入ってきた。

二人で花札してたようだが、

どっちも 木の葉を持っているところを見ると

イカサマ大会だったんだろう。


「けど、暮らすのは ひとりが気楽だと思うぜ。

もし オレと暮らしたりしたら、仕事の時

余計 “待つ” って気分になりそうじゃねぇか?」


「ふむ... しかし、里のようであれば

心配は要らぬのだが」

「だが、山に暮らすのも 大変だろう?

相談所の近くに 越して貰ろうては?

六の山の麓であるが、葉桜なども常駐しており

話し相手には なれようよ。大抵、ぬらりもおる」


「しかし、しょっちゅう 二山より客人がのう」


榊が ぼそりと言うと、桃太が

「うむ。ならん」と コロっと意見を変えた。

二山って、柘榴や蛇たちだけじゃなく

鬼も居る って 聞いたことあるんだよな...


「あの、沙耶夏のマンションに

空き部屋が あったかもしれないよ」


さり気ない風に言ったゾイを、つい じっと見ると

「うん... 実は、そう考えてて」と 恥ずかしそうにする。


「昼間、私達は お店だから居ないけど

夜、朱里が帰る頃には居るし

行き来 出来たら、楽しいかな... って」


「おお、それが良かろう!」

「引っ越しなどは しておく故」


榊と桃太、えらいスムーズに ゾイに乗ったな...

“引っ越ししとく” って 何だよ?


「うん、どうかな?

部屋は、ジャズバーと教会の間くらいにあるし

私、運転免許取ったから... 」と、ゾイが言った。


「えっ、マジで?」


「うん。お店までは、別に歩けるんだけど

沙耶夏と “出掛けたいね” って話してたし

沙耶夏も 持ってる って言うから。

朱里も 迎えに行けるし。車も もうすぐ納車だよ」


「ふむ、良い!

そのようにすれば、儂も どちらにも泊まれる故。

泰河の住まいも 手狭であるしの」

「朱里にも、すぐに話してみては?」


「えっ? すぐに って... 」


これは、榊や桃太とも

話を示し合わせてたみてぇだな。


「すまほ などで、めっせーじ を送るのは

いかがでしょう?」


四郎まで言うが「うん... 」と 迷ってると

ゾイが「実は、もう契約しちゃって... 」と

オレに 眼を剥かせた。


「いや、どういう... ?」


「うん、ほら... 沙耶夏の弟が戻って来た時に

私も、居る場所が 要るから... 」


ゾイって、嘘 下手だよな...

普段から、オレの部屋とか 朋樹の部屋とか

ルカの家も余ってるんだしさ。


「契約って、金は?」

「それは、ハティが... 」


「はあ? 何でハティが... 」


「良いではないですか。

有事の際なども、私達も安心出来ます。

泰河は、カノジョの朱里さんに

“越して欲しい” と、頼めば良いのです。

私なら そう致します。

朱里さんは、泰河の愚痴なども

ぞい や、沙耶夏に話せるのですよ?」


あっ、朱里のために ってことか?


「... じゃあ、話してみるけど

かかった金は、オレが払うからさ」


「その必要は無い」


おお? ハティだ。話 聞いてたのか?


「ミャンマーで、ガルダとアスラに会った。

ボティスやミカエルと 話しに来ただけだ」


オレ まだ、何も言ってねぇのに...


「泰河。我に お前から、金銭など受け取れ と?

恥など かかせぬことだ」


いや、何で 怖ぇんだよ?

ハティは 一度、オレの頭を掴むように 赤い手を置くと、花札中のボティスとミカエルの方へ 歩いて行った。


「じゃあ、朱里に話しておいてね。

四郎、また絵合わせをしよう」


ゾイと四郎は、花札を使って

何か 違う遊びをしているようで

「榊。いくさよ」「ふむ。やるかの」と

榊と桃太も、イカサマ合戦を再開するらしい。


「よう、泰河ぁ。戻ったのかよ?」


浅黄と花札してたルカが、でかい声で言う。


「おう」


なんか、まだ照れくさいんだよな。

ジェイドもルカも、オレが思ってる以上に

解ってくれてて、想ってくれてたのを知ってさ。


「うむ。では、やるかの」


花札を纏めながら、浅黄が立ち上がると

「オレ、見学だけ しよかな。

花札の相手いねーし」と、ルカも立ち上がった。


浅黄と、広場の端の方へ行くと

露が 蓋付きの徳利に付いた紐を咥えて着いて来た。

「露子、ムリすんなよ」と

ルカが 徳利を持って、露を抱き上げる。


「浅黄」と、榊が声を掛けてきて

「うむ。頼む」と 浅黄が答えると

広場の 一角が、神隠しされた。


「あれ? 幻惑内で やるんじゃねーの?」


そう。普段なら 幻惑を掛けられて、脳内で仕合する。浅黄を討てれば 修行は成ったと見做されるけど、一緒に神隠しされた ルカが聞くと

「うむ。此度は 実戦じゃ」と

浅黄がオレに、棒術の棒を渡した。


浅黄と向かい合って、一礼し

両手に棒を構える。


浅黄は、普段の修行の時と違って

静かな表情かおをしている。


一瞬後に、突然 高く跳んで

オレの背後に降りると同時に反転したようで

回し蹴りで脛を払われて 転がる。


転がったオレが起きる前に、また跳んで

縦に持った棒を、オレの首の隣を突き立てると

オレの手の棒を蹴り飛ばして、頭上に着地した。


「立つが良い」


突き立てた棒を抜きながら、オレを見下ろして

浅黄が言う。表情には、感情も何も無い。


起き上がると、腹を蹴られて 吹き飛び

また転がる。息が止まるどころじゃない。本気だ。

浅黄の静かな眼を見て、殺られる と 感じた。


近くに落ちていた... さっき 蹴り飛ばされた棒を掴んだけど、ビビって 鼓動が でかくなってくる。


立ち上がると、もう 眼の前に浅黄が居て

「俺は、言葉を知らぬ故」と

片手でオレの棒を掴んで 引き寄せながら

鳩尾みぞおちに膝を入れられた。

堪らず倒れると、腹を踏み付けられ

かはっ と、大して吸い込んでもない息を吐く。

喉から 血の味が上ってきた。


「ルカ。霊水を」


浅黄に言われて、ルカが 徳利の中身を

オレの口に流し入れる。

血と一緒に 何とか飲み込むと

霊水が 食道から胃に染みて、傷が修復されるのが分かった。内臓なかが 多少いってたらしい。


「立つが良い」


浅黄が言うと、不安げな顔で ルカが下がった。

出来れば、立ちたくない。けど...


気持ちを 奮い起こすと

握りしめたままだった棒を使って、地面に立つ。


浅黄が 一歩 踏み出すと、ビクッと 背筋が震えた。


「そうじゃ。おそれよ。己の生命いのちを」


飛び込んで来る浅黄から 身を庇おうと

咄嗟に 両手の棒を、顔の前に出すと

トン と、棒で押し下げられ

横面を蹴り払われた。


耳が熱く ビリビリと痺れる。ぐらりと脳が揺れ

瞼の裏にも散った火花を見ていると、視界と意識が暗転する。


口の中だけ溺れるような感覚に、喉を鳴らして気付くと、徳利を持って 隣に膝を着いたルカが

心配そうに 見下ろしている。

一瞬、何なのか 解らなかったが

「立つが良い」という 別の声を聞いて

心臓が跳ねた。 もう、嫌だ。


「浅黄... 」と、声を掛ける ルカに答えず

オレが立つのを 待っている。


手も脚も、ガタガタ震わせながら 立ち上がり

呼吸も荒くなっているのに気付いて、調息を始めた。


跳んだ と、思った浅黄が 背後に着地して

「俺が 畜生である故、あなどっておるな?」と

背中を蹴り飛ばされる。


そんなこと、ある訳ねぇだろ?

怖くて 芯から震えてんのに。

浅黄は まだ、一度も 棒で打ってない。


けど、ただ なぶって遊んでる訳じゃない。

振り返り見た眼は、何も無く静かだ。

浅黄の声と顔をした 知らない誰かに見える。


丹田から 息を深く吐き出し、鼻から 霊気を取り入れる。全身からも。震えが止まるまで 三度。


... “言い表せば 罪は赦される” と。

でも それじゃあ、オレは納得出来ない。


きっと それは、それでも生きるためなのだろう。

告白し、赦されても、魂に罪は刻まれる。

焼かれるのは 死後だ。


それに、いつか贖うことになっても

死後 焼かれたとしても、納得出来ることはない。

オレも 相手も。

でも 今は生きて、まだ やる事がある。


地面に手のひらを着いて 起き上がる。

これは、裁きだ。浅ましい 復讐を犯したの罪と

オレ自身を、すべてを 見失ったことへの。


このままでは、どこへも進めない。


「誰と 向き合うておる?」


右手に握った棒の先を下ろし、前に立つ男の眼を見る。執着を打ち払い 罪を裁く者。


... 『“殺した” だと? 思い上がるな。

お前などが 魂を穢せなどするものか。

人など。己の魂も穢せまい』


男の背後から 焔摩えんま天の声。


六分僧の行安ぎょうあんが造った 異形を思う。

斜めに付いた耳。女の腕。不揃いのふくはぎ


胸を蹴られ、また地に転がり、起き上がる。


... 『死後 幾つでも 獄炎に焼いてくれようが、

生きよ。己の罪に 内より焼かれながら』


足を払われて 転がると、腹を蹴りつけられる。


蹴り払われる度に、必要のないものが払われ

オレの生命いのちを、他の生命いのちを、等しく畏れ 尊ぶ。


... 『生きよ。それでも 気高くあれ』


起き上がり、飛び込まれる瞬間に

八葉の白い蓮華が開き、月輪に阿が完成する。

上がった右手から、無意識に 棒を投げた。


空中で 咄嗟に棒を蹴り払った浅黄が

正面に着地すると同時に、オレの顎の下に

浅黄の棒の先が当たる。

開いたオレの 右の手のひらは

浅黄の胸の正面にあった。


「... 良い。合格じゃ」


顎から棒が離れると、意識が途切れ

暗闇に落ちた。

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