22 ルカ


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「留守だったな」


オレと朋樹、ジェイドの三人で

泰河の部屋に行ったけど、泰河は居なかった。


けど、部屋には生活の跡はあるし

女もんのシャツとか干してあったから

朱里ちゃんのだろうと思うし

ここか、朱里ちゃんの部屋で過ごしてるっぽい。


オレらは、ホテル出て 飯食って来たとこ。

ニナとシイナは、アコがカフェに連れて行って

シェムハザは、一度 城に戻り

ボティスやミカエルたちは、召喚部屋で待ってる。

泰河と、一緒に居たら 朱里ちゃんも

沙耶さんの店に 連れて行って、

みんなで コーヒーとかしようと思って。


「ボティスに 見張りの悪魔喚んでもらって

いるかどうか聞いてから 来たら良かったよな」


「うん。“どうせ居るだろ” くらいで

来ちまったもんなぁ。どうするぅ?」


「夜になれば、帰って来るんじゃないか?

朱里ちゃんは 仕事かもしれないし」


「出直すか... 」って ことで

バスで召喚部屋に向かうと、

ミカエルと四郎は、すでに沙耶さんの店に行ってて、ボティスと榊が待ってて

ハティを喚んで、藍色蝗の話をしてた。


「この国の魔の者に憑かせ、使役するという訳か?」

「そのようだ。魂集めだな」


「パイモンから、藍蝗の報は受けていたが... 」


テーブルにワイン出てるし

オレらもグラス持って ソファーに座ると

ハティが開いた手に 小瓶を出して

それをテーブルに置いた。


「え?」「何だよ これ?」


中に入ってるのは、赤に黒マダラの虫だ。

... っていうか、蝗じゃねーかよ。


「どういうことだ?」と

ボティスが つり上がった眉をしかめると

「ミャンマーで 見付かったようだ」と

ハティが ため息をついた。


「ミャンマー?」


「配下に、遺伝子組換生物に必要な素材の

取り引きに行かせた」


ハティ、いろいろやってるよなぁ。


詳しく話を聞いてみると、ハティが必要だったのは、天の素材だったらしく

ラミエルとして天にいる マルコシアスに呼び掛けて、下級天使に 素材を持って来させたようだ。


その取り引き場所が、地上のミャンマー。

キリスト教国じゃないから、天の目が届きにくい。仏教徒が多いんだよな。


榊が、グラスを持ったまま

「つまり... 」と 確認すると、ハティが頷いた。


アバドンは、日本で蝗をバラ撒いているように

海外でも バラ撒いてるらしかった。


「現在、地上中に

ベルゼとパイモンの軍が散り、調査をしている」


うわー...


「そんな派手なことするのか?」


ハティとボティスのグラスに、ワイン注ぎながら

朋樹が聞くと

「異教国を狙うだろうからな」と

小瓶を持って、蝗を観察する ボティスが言う。


「それだけ、天の目が甘い。

異教神信仰の国だと、守護天使等も入りにくいんだよ。望まれてないからな」


けど、そうだよなぁ。アバドン側からしてみたら

日本ここだけで魂集めしたって、キュベレの目覚めに追いつかねーだろうしさぁ。


それに日本ここには、ミカエルやハティたちが居て

皇帝やベルゼの眼も向いてる。泰河がいるから。

アバドンは、それも知ってるしな...


ユダヤ教やイスラム教なら、天の目は届くし

守護天使たちも 望まれて見守れる。

アバドンに 狙われる恐れが高いのは

仏教やヒンドゥー教、道教や儒教などで

アジアの南の方や 東側が多い。

日本も ほぼ、神道と仏教だし。


「そういった国の者からは

我等も 契約に喚ばれることはない」


だって、知られてねーもんな...


「喚ばれるとしても、皇帝やベリアル、

アザゼル、アスタロト辺りだ。

まぁそれも、ごく最近のことだが」


うん、有名ドコロな。

ネットの普及で、情報が手に入りやすくなったってことも あるんだろうけど。本より手軽だし。


「それで、このマダラ蝗は

誰に何をさせるのかは、分かったのか?」


ボティスから回ってきた小瓶の蝗を見ながら

ジェイドが聞いたら

「人間の呪術師に憑き、呪薬を撒かせ

内臓を吐き出させる」と 答えた。

うわ...  凶悪じゃね... ?


「対処は?」


「軍の者等だ。呪術師を探して監禁し

蝗を取り出せるよう、パイモンが調べている。

また 呪薬を飲んだ者は、虹彩が赤くなるという

特徴が出る。こちらの解毒薬も開発中だ」


ニルマとかレスタも 大忙しなんだろうな。

ハティも 疲れて見えるしさぁ。


「ミカエルには?」

「報告を頼む。

ザドキエルやアリエルに、応援を要請したい」


「守護天使も回すか... 」と

ボティスが 短く天の言葉を言って、指笛を吹いた。


部屋の中の風が 揺れた気がすると

ボティスが「他教国から 蝗を探せ」と 命を出す。

また風が揺れて、気配が消えた。


「泰河は?」と、ハティに聞かれて

部屋に居なかったことを話すと

ボティスが今度は、見張りの悪魔を喚ぶ。


一度、陣中旗を借りに来た時にも

ちらっと見たんだけど

黒スーツで、長い黒髪を 後ろで括ってて

左側の 額から頬まで、瞼にも通る 長い傷がある

悪魔が顕れた。

ガタイいいし、すげー 強そうなんだよな。


「ノジェラが?」


ハティが、ボティスに聞いてる。

オレが ボティスの隣から動いて、座ってもらい

朋樹がグラスを持って来て、ジェイドがワインを注いだ。


ノジェラ っていう見張りの悪魔は

オレらに、礼を込めたように 微笑むと、

「ハーゲンティ」って、ハティと握手してる。

普段なら、見張りとかに着くような悪魔じゃないっぽい。


「アコの補佐だ。普段は地界にいる」


副官補佐なのか... けど、この悪魔が配下 って

アコも実は すげーよなぁ。


「泰河の見張りだ。何があるか分からんからな」


うん、確かに。


「どうだ?」と ボティスが聞くと

「女と山へ向かった」と、ノジェラは

テーブルから ワイングラスを取った。


「山?」「どこの?」


つい、オレと朋樹が 口を挟んじまったけど

「“修行” の 話をしていた」と

普通に答えてくれる。


「ああ、あいつ 大学の時に

“どっかの山寺で修行した” って 言ってたな」


朋樹が懐かしそうに言う。

泰河とは別の大学で、その頃 朋樹も修行中だったらしく、よくは聞いてないみたいだけど

「ひと夏で、般若心経も陀羅尼も言えるように

なってたんだよな」って 言うから

真面目にやったっぽい。


「山にいるのは、異教神の類だ。

結界とやらがほどこしてあって、俺は入れなかった」


「えっ? そこに泰河は 入ったってこと?」


「そりゃあ、泰河が そいつの弟子なら

泰河には許可を出してあるだろ?」


ボティスに普通に返されたけど、朋樹が

「マジか、あいつ... 」って、今さら ビビってる。


「師のことは、何も聞かなかったのか?」って

ジェイドが聞いたら

「“オカッパ” って 言ってたぜ」らしいし

オレも あんまり聞かねーだろーな って思った。


「山にいる間は、心配ないだろうけどな」


ノジェラは「結界を出たら 報せに来る」と

ワインを ぐーっと 一気飲みすると

グラスを軽く上げて、オレらに礼を示して

ハティにも会釈して消えた。


「さて。こちらでは、藍の蝗使いの調査だが... 」


黒い睫毛を臥せたハティも、ジェイドから小瓶を受け取ると

「解毒薬は 急を要する。何かあれば、また喚べ」って、ため息混じりに消える。

疲れてるけど、海外蝗のこと聞いちまって

オレらも ゲンナリなんだぜ。


とりあえず、オレらだけで

沙耶さんの店に行くことになって

グラスを洗って、また移動する。


「泰河の師って、誰なんだろうな?」

「しかし、知っておれば

師の名を申すのではなかろうかのう?」とか

話しながら。


沙耶さんの店に着くと、午後の占いの時間で

ミカエルと四郎が カウンターに並んで

シュークリームを貰ってた。


「こんにちは」って カウンター内から挨拶する

ゾイが、コーヒーの支度をしながら

キッチンにシュークリームを取りに行く。


「あいすも いただいたのです」って

報告する四郎は、頭に 蝶馬のエステルを乗せて

メロンソーダもらってた。


「ふむ。冷たく溶けたであろう?」

「榊は あいすを知っているのですね?

さんみげる も知っていました」


ちょっと残念そうなんだぜ。かわいー。


「俺も アイス知ったのは、最近だぜ?」


「むっ。しかし、その色の飲料は 初見よ。

なんとまぁ、毒々しくもあるが... 」とか 言って

榊は、メロンソーダ飲んでみてるし。


「ふむ、甘いのう」「でも 美味しいですよ」

「俺、あんまり好きくない。

シロウは、まだコドモだからな」


小さく盛り上がってるよなぁ。


「ミカエル。他国でも 蝗が出た」


テーブルからボティスが言うと

「他国?」と、ブロンドの眉毛をしかめて

ミカエルが振り向く。


「ミャンマーだ」


ボティスの話を聞くために、ミカエルは

テーブル席から オレを立たせて移動した。


ゾイから シュークリームを受け取っていると

外から、浅黄と桃太も入って来て

朋樹とジェイドも カウンターに移動させられる。


「海外でもなんだね」


シュークリームを出してくれながら ゾイが言うし

オレらは、ゾイと四郎に 簡単に説明しといた。


コーヒーも もらった時に

沙耶さんが占い客を ドアまで送って

話に参加する。


「なんだか怖いわね。

他の国にまで 拡がってるなんて」


「日本でだって、この辺りだけだと考えない方が

いいかもしれないね」


沙耶さんやゾイが言うと

「ベルゼやパイモンの軍が、国内外の調査はしているが」と、ボティスが ピアスをはじく。


「俺等は 今まで通りだ。分散しない」


ミカエルも「より強固に固まる必要がある。

バラけりゃ すぐ崩れるからな」と 頷き

ジェイドに「天使召喚円、二つ」と 白い粉が入った小瓶を渡す。


「ミカエル、道具なんか持ってるんだ」


似合わない気がして聞いたら

「パイモンに貰った。“白いルーシー”」らしい。


「白って、何用?」って 聞くと

「天使召喚と天魔術用。円の役割を終えると

ルーシーは、自分で小瓶に戻る」って 答えて

ボティスと四郎にも 白い小瓶を渡す。

パイモンは、天魔術用に わざわざルーシーを

開発してくれたようだった。


ジェイドが出した スマホ画像の天使召喚円を

オレが風の精で、店の床に 二つ描かせると

「ザドキエル、アリエル」と、ミカエルが喚ぶ。

召喚円の上に 二人が立った。


『ミカエル』『召喚ね。賢明だわ』


天使召喚は、天の目が甘いんだよな。

『久しぶりね』と、天使アリエルが微笑む。

ラピスラズリのような深い藍色の眼。

「おお... 」「神々しくあるのう」って

浅黄と桃太が眼を細める。


「他の国でも 蝗が見つかってる。

ラファエル、レミエルと連携して対処。

ラミーが 地上や地界との通信役。 

軍が必要な時は 楽園深部の者を。

指揮は アシュエルに。ザドキエルが補佐。

ウリエルとサンダルフォンを 変わらず注視」


『了解』『解ったわ』


「ウリエルとサンダルフォンは?」

『まだ 第六天ぜブルだ』


「うん。じゃあ、動きがあったら報告」って

ミカエルが召喚終了しようとすると

『待ってちょうだい』と、アリエルが止めて

“ああ... ” って感じで、オレに眼を向けた ザドキエルが『先に戻っておく』と 消える。


『リラ』


アリエルが喚ぶと、ザドキエルが立っていた召喚円に、光の球が浮いた。胸の中で 心臓が跳ねる。


「ルカ、近くに」


カウンターの椅子を立って、召喚円に近付く。


『ルカくん』


リラだ。光のかたちでも分かる。

エデンや海で抱き締めた時のように

リラ そのものだ。


「よう、リラ」


召喚円内に手を伸ばすと

リラの光が寄り添った。胸 熱い。


「エデンに降りれるまで、もう少しだぜ?」

『リラは毎日、天で術の学習を頑張ってるわ。

楽園の鳥たちとも仲良くなって、花と話してる』


うん


『まだ あまり、地上には居られないけれど』と

アリエルが リラに、優しく眼を向ける。


「mon cœur」と 言うと

リラは ふわふわと、手のひらで跳ねた。

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