2 ルカ


泰河は それから、朱里あかりちゃんに会いに行って

今も、一緒にいる。


死のうとしていたところから、逃げるって方に

意識を向けることが出来たんだし

少し そっとしといても大丈夫だろう とは思う。

狙われる立場だから、見張りは付いてるけど。


今の泰河の気持ちは 想像出来るし、

リョウジくんの首の無い身体を見た時の ショックも分かる。オレらだって ショックだった。

リョウジくんは、泰河に なついてるから

余計にだったろうし。


何度も こういう目に合って、経験が増して

精神鍛錬の修行をしても、どうにもなんねー時もある。


“護れなかった” っていう自己嫌悪とか 痛みとか、

目の前の事実を 受け入れ切れずに混乱したり、

感情に押されて 咄嗟にやっちまったり... とか。


オレは、泰河が 自制するべき それを

なかなか上手くコントロール出来ねー とこが

好きだった。

いや、良くないのは 分かってるんだけど。


けど、あんな風に 泰河に

生きることを手放して欲しくなかった。


馬乗りになったエマに 首を締められながら

泰河は、近づく死に 見惚れてた。


それを 見ていると

胸の中身が さらさらと流れ出て 減っていって

砂を噛むような心地になった。

目の前で 光を発しながら灰になったリラが 重なって。


隣では 朋樹が、愕然としたツラで立ち尽くす。

それで 気付いて、風の精霊で エマの片腕を捻り落とした。泰河は それでも、ぼんやりしてた。


泰河には 獣の血 っていう重圧があるのは分かる。

そのせいで こういうことに巻き込まれちまうし

いろんなヤツに狙われちまう。


けど、被害者なのに、加害者だと思ってる。

たくさん 救ってもいるのに、誰かが犠牲になると

いつも “自分のせいだ” って。

オレのせいじゃねー... とか 考えるヤツよりは

マシかもだけど、もっと 正しく見る ってことは

大切だと思う。


カフェで、あの女の子

... ギリシャ鼻の人の子どもを見て、

泰河が 自分がしちまったことを 思い出した時

オレは、オレらを信用して 頼って欲しかった。


“殺ったのは死神だ” って 言っても

泰河は納得しないと思う。

オレが 泰河の立場でも、納得 出来ねーし。

ショックで混乱した状態でも “殺る” って意志が

しっかりあった。

死神が殺ったのは、結果的に ってことだ。


“殺っちまった、どうしたらいい?” って

頼って欲しかった。


それで、オレが助けになれるかは 分からねーし

余計に悩ませることになる恐れだってある。

それでも、そのくらいの信頼関係はある って

勝手に思ってた。

絶対に いなくならねー って。


泰河は、いなくなろうとした。


思い出したら、カッとして

“おまえが そんなんだからじゃね?” って 言って

また たぶん、誤解させた。


天草四郎の陣中旗を返しにきた 見張りの悪魔が

ボティスに、泰河が 山でしようとしたことを報告してるのを 聞いてる時、ぼろぼろ涙出た。

ちきしょう って 思って。


勝手に理解してる気がしてたけど、してなかった。泰河は、オレが想像するより ずっと

つらいんだってこと。


ジェイドは 祈るような眼で、“フリオ” って

知らないヤツの名前の形に くちびるを動かして

朋樹は、泰河に 普通に電話をした。

“仕事だ” って。


朋樹は、泰河が カフェで

ギリシャ鼻の人の首を噛り取った時も、

ボティスに 死神のピストルを向けた時も、

ずっと冷静だった。


“休めなきゃ辞める ってよ。

しょうがねぇよな、あいつ... ”


朋樹は、泰河が どんな風な時でも

そのまま受け止めてる って感じがした。


“まあ でも、生きてるしな。

心配させやがって”


朋樹は、泰河から いなくならねーし、

何があっても 変わらない。


“朱里ちゃんには 世話かけて悪いけど

しばらく 預けるかな”


それが分かると、オレらも 落ち着いた。

朋樹が 大丈夫だって判断したんなら

泰河は 死に向かわない。そう 信じられる。


「配下からは、まだ何も報告はない」


ボティスが ジェイドに言ったら

「そうだね。大丈夫だとは思うんだけど」って

ワイン飲んで

「心配というか、物足りない気がするだけなんだ。普段、当たり前に居るヤツが 欠けてると」と

グラスをテーブルに置いて

ソファーの背もたれに 身体を預けた。


うん。寂しいんだよな、なんか。

言わねーけど。


「あれだけ、朱里と二人になることを

勧めていたというのに」って

シェムハザが ソファーを立つ。


「シェムハザ、もう帰るのかよ?」って

つい聞いたら

「不安がるな。また明日の夜に」って 笑って

シェムハザが消えて、

ボティスまで「里に行く」って

ソファーを立った。




********




ボティスが里に行ってから

三人で 召喚部屋にいるのもな... って なって

ジェイドん家に移動した。


リビングのソファーに座ってみるけど

いつも床だし、普段は もっと人がいるし

やっぱり落ち着かねー。

最初は こうだったはずなのにな。


「アコ喚んでみる?」って 喚んでみたら

「どうした? 腹でも減ったのか?」って

コーヒーと おにぎりっていう妙な組み合わせで

買って来てくれたけど、もう帰ろうとするしさぁ。


引き止めたら

「奈落の奴等に殺られた配下のことで

ヴァイラやアンジェと話してるとこなんだ」ってことだったから、オレらは反省した。

「落ち着いたら また来る」って、アコは笑ってくれたけど。


「オレん家 移動するー?」って

おにぎり食いながら聞いたら

「それ、何か意味あるか?」って 朋樹に返されて

「僕は朝、教会に出るし」って ジェイドも言うし。


今度は「ゾーイー」って 喚んでみたら

「はい、これ。沙耶夏から」って

ロールケーキ 二本もらった。


「泰河のことは?」って 朋樹が聞くと

「うん、榊に聞いた」って頷く。


「きっと大丈夫だよ」


ゾイは そう言って、オレらの背中に手を当てて

癒やしてくれたりする。


パイモンが話してた 泰河の血のこととか

四郎の話しとかも

ゾイは「うん」って聞いてくれて

「ロールケーキは、明日にしたら?

おにぎりと合わないし、もう深夜だし」って

ロールケーキの包みを 冷蔵庫に しまいに行った。


「うん」「コーヒーには合うけどな」


「でももう、コーヒーも飲んじゃってるし

順番に歯磨きして寝ないと」


ゾイは「おまえ、オレの式鬼のくせに」って言う

朋樹から歯磨きに向かわせて

二階の客間に布団まで敷いてくれて

「じゃあ、並んで横になって。

今日は ひとりひとり、別々の夢にするね」って

オレらは 寝かされた。リラの夢とか 見れて。


で、気付いたら 朝だし。


一度教会に出たジェイドが戻って来て

コーヒーと 一緒に、昨日もらったロールケーキを

もそもそ食う。


「ボティス、戻ってねぇな」

「うん、ミカエルもな」って、静かになる。

こんな時に限って、普段の仕事も入らねーんだよなぁ...


「陣中旗、飾らないのか?」


朋樹が言ったら、ジェイドが

「手伝ってくれ」って 言うから

三人で 教会に移動する。


教会は無人だった。

「本山くんはー?」って 聞くと

無人の時は、告解室の裏にある個室で

くつろいでもらってるらしい。


「向かって右側がいいかもしれない」

「そうだな」


陣中旗を広げた朋樹と、貼る位置を考えて

「この辺は?」って、少し離れて見るジェイドに聞く。


「もう少し、上がいいかも」

「椅子ないと貼れんぜ」


「それか もう、旗竿ポールを用意して

ちゃんと 旗として飾るのは どうだろう?」

「あっ、それが いいんじゃね?」


「なら、旗竿とスタンド買いに行くか」って

一度 陣中旗を下ろすと、昼間なのに

ステンドグラスの向こうが、カッと光った。


「カミナリ?」


すぐ近くに落雷したようで、轟音と揺れが響くと

何故か、教会の磔の十字架の背後が光る。


「えっ?」「何だ?」


なんか おかしい。警戒し始めた時に

空中に 忽然と、横たわる人が浮いて

それが 十字架と朗読台の間に ドサッと落ちた。


高い位置に纏めた黒髪、白い襞襟。

天鵞絨ビロードの黒いマントの中に、赤い羽織。

濃紫の裁着たっつけ袴に 黒い脚絆、足に草履。

翡翠のロザリオ...


「... 四郎?」


天草四郎だ。ミカエルと天に昇ったはずの。


「ちょっと... 」


傍に しゃがむと、朋樹とジェイドも近くに来て

覗き込む。

肩に触れようとしたら、四郎が瞼を開けた。


「あっ」「起きた」


神父パードレ。るか、ともき」


「神父だけど、“ジェイド” だって」


床に起き上がる四郎を 助け起こしていると、

磔の十字架の隣に 白く濃縮した光が弾けて

エデンのゲートが開いた。


薄い階段を降りて来るのは もちろんミカエルで、

翼 背負って天衣だし、ブロンド眉をしかめて

ムスッとしたツラしてる。


四郎に眼を移すと「よし、いるな」と

表情を緩めて、教会の床に降りた。


「ミカエル」「おかーり」


どういうことなんだよ? って見たら

エデンの門から、地上の服を取り寄せて

自分に重ねて着替えながら

「シロウのことは、第七天アラボトで 聖子に報告して

第六天セブルで会議になった」って 説明し出した。


ミカエルは、エデンで 四郎に天衣を着せると

第七天アラボトに連れて上がったようだ。


聖子に 事の顛末を話し

“聖人の領地か楽園に” と 相談する。


けど、四郎が地上の身体を伴っているのが

問題になった。


聖父には

『人間の魔術により、特殊転生させられた信徒』と 聖子が話しを通すと、

聖父は『私は関与しまい』と 答えたようで

第六天セブルで、聖子とミカエル、天の長老たちが

会議することになった。


『天が選んだ預言者ではない』と

難しい顔になった長老たち相手に


『しかし、過去の功績はある。

極東の島国に於いて、信仰のいしずえを築き

白い衣に着替えた 兄弟姉妹も増えた。

現在いまに繋がっている』...

“白い衣に着替える” っていうのは、信徒になった って意味... と、聖子がかばってくれたけど


『だが 霊の存在ではなく、肉の存在だ』

『魔術で造った身体とは?』... と

話し合いは難航した。


長老たちは、四郎を罪とする気はないけど

預言者として 聖父と歩んだ訳でもなければ

聖子の直接の弟子でもなかった四郎を

天に迎い入れるのは、やっぱり難しいことみたいで、『心情ではなく、法と秩序の問題だ』と

頭を悩ませたらしい。


『もし何かあったら、俺が責任を取る』と言う

ミカエルに対し


『許可すれば、肉体のあるシロウを 罪人として

異議を唱え出す者が出る恐れがあるだろう』と

長老の 一人が、長い山羊ヒゲを指で梳く。


たくさんの人間の細胞を 寄り集めて造った身体も

問題だった。


「聖父は、なんで関与しなかったんだ?」と

朋樹が聞くと

「四郎の存在が、天で問題になった場合に

罰したくないから、先に予防線を引いた」って

ことみたいだ。


聖父が関与してないから、最悪の場合

四郎を 天の法で罰したり 幽閉させたりせずに

追放を選べる。


『しかし、信徒を追放とは... 』

『肉体を伴ったままでは、異教の冥府であろうと

受け入れられまい』

『... となれば、地界行きとなる』

『まだ子供だ。断じて 行かせられるものか』


またかなり長く話し合ったようだけど

『今 一度、地上で生を終えては どうか?』... と

長老の 一人が言い出すと、

『おお、肉体を地上に返した後であれば

問題はない』... って

他の長老たちも明るい顔になった。


で、閃いた風の長老たちは

『天草四郎時貞を 天の預言者と任命し、

大天使ミカエルを 守護者と任命する』... と 決議して、聖子が四郎を祝福すると

第七天アラボトへ戻って行った。


「えっ、じゃあ正式な “預言者” なのか?」

「地上で暮らすってこと?」


「そうなる。“表向き” 正式な預言者。

でも、預言が与えられることはない。

地上の生を終えた後、聖人として 天に昇れるようにする措置」


当の四郎に眼を向けてみたら

「世話を お掛け致しますが

どうぞ、宜しく御頼み申し上げます」って

礼儀正しく 頭を下げた。


















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