天狗

1 ルカ


客が 朋樹に付き添われて 召喚部屋を出て行くと

今日も シェムハザが、いつもみたいに

コーヒーとマドレーヌ、メレンゲクッキーとかを 取り寄せてくれる。


久々な気がする 召喚依頼だった。

客は、モレクの時の儀式参加したヤツで

喚んだ悪魔は パイモン。


で、部屋にはパイモンも まだ居て、あとは

ボティス、シェムハザ、ジェイド、朋樹、オレ。


「泰河の血液についてだ」


泰河は 朋樹に、“休む” とか 言った。

アコが様子を見に行ったところ

朱里アカリと居た” って言うし、少し放っておこうってことになってる。


「検査の結果、“O型の日本人男性”。

人間のものしか出なかった」


「変質してないってことか?」

「獣の血は?」


「何も見当たらない。

各数値に異常もなく、健康だ」


「だが 泰河の血で、すげ替わりの者達の体内から

蝗は出た」

「泰河に 見ても触れても、何らかがざっていることは分かるだろう?」


ボティスやシェムハザの向かいで

パイモンは、コーヒーを口に運びながら

軽く片手を開いた。


「それは分かるが、結果としては出ない ということだ。獣自体 未知のものだからなのかもな。

試薬に反応しない」


泰河の血には、獣の血が混ざっているけど

それだけ取り出したり 調べたりも出来ねー って話らしい。


「まあ、考えられることでは あるだろう。

獣は、万物を創造した父の枠の 外にいる。

更にだ。首と身体が すげ替わった者等の体内にいた 灰色蝗に作用したのは、獣の血液ではなく

泰河の血液 だという恐れもある」


「どういうことだ?」


「泰河の血液が 獣の血を取り込んだように

奈落の蝗を取り込んだ... という 推測を立てている。

つまり 獣の有無は関係なく、泰河自身の血に

それだけの力がある ということだ。

今のところ、染色体の異常などは見つかっていないが... 」


ふうん...  何なんだろ あいつ。

変わってるよなー。


けど、すげ替わりの人には

泰河の血の影響は なかったよな?

血は、体内の蝗だけを攻撃した。


それを言ってみたら

「そう。“対象を選んで作用する” ということになる」と、びじん顔で 楽しそうに言うし。


「獣の血が?」


朋樹が聞くと、パイモンは

「いや、泰河の意志による選択に

獣の血が沿っているということだろう」と

メレンゲクッキーを口に入れた。


... って ことは、泰河は 獣の血を

自分の意志で利用出来てる ってことになる。


模様が浮き出る右手での 呪詛解きとか

憑依解きとかにしても、

左手で触れて、記憶を引き出すことにしても

泰河が獣の血を使えてる ってことになるけど、

泰河から離れた... 取り出した血液であっても

それは有効 ってこと。


「でも、泰河自身は無意識なのに

獣の血の方が 何かすることも あるだろう?」


話の間、何か別の事を考えてたよーなツラしてた

ジェイドが、ふと 口を挟んだ。


過去に、六十六部の僧を 浄化しちまったり

モレクの肋骨を開いて、心臓を取り出したことを言ってるんだと思う。


すげ替わりの人から 体内の蝗出しをしている時、洞窟教会の霊の “田口 恵志郎” を喚べたら... って

考えてたんだけど、その時に 泰河が

オレの肩に手を置いた。

そしたらマジで、田口さんが出たし。

オレの精霊で。


けど、これについても 泰河は

“自分が意識してやったことじゃない” って言ってた。獣の方に 動かされた... って 感じらしい。


「それにしてもだ、泰河や こちら側の意思に

反するようなことじゃあない」


冷めてきたコーヒー 飲み干して

ボティスが言うけど、そうだよなー。

泰河が無意識だとしても、オレら側が困るような動きをしてる訳じゃねーんだし。


意識外でも、泰河の方が 獣の血を使えてるのか、

泰河の意思に感応した獣の血が、出来ることをしてくれる... って ことだよな。


「とにかく俺は、地界に戻るが

泰河が戻ったら また喚んでくれ。

もう少し血を調べたい」


パイモンは ソファーを立つと「ジェイド」って

隣に座るジェイドに、笑顔で声を掛けた。


「あ、そうか」って、ジェイドが

荷物部屋 兼 寝室へ入って行って

アンバーの七色糸を ニメートルくらい

くるくる纏めて渡す。


パイモンは、アンバーを調べたい って

洞窟教会にいた時に、ジェイド立ち会いのもと

微量の血液と、後頭部の目立たねー部分から

たてがみの 一部を貰ってて

その お礼に、“星鳥の巣だ” と

マシュマロで作ってあるような、ふわふわの円形ベッドを渡してた。


アンバーが座ってみると、アンバーにフィットして ベッド中心が沈む。

星鳥が何かは知らねーけど、ベッドは気持ち良さそうだし、アンバーは 里とかに遊びに行く時も

そのベッドを持参して行くらしいんだぜ。


ジェイドから 七色糸を受け取ったパイモンは

「インプは 普段、そう見掛けないが

実験室にサンプルはある。

アンバーのものと比較してみようと思うんだ」と

明るい笑顔で、地界へ戻って行った。


「ミカエル、戻って来ねーよなー」


「まだ幾らも経ってないだろ?」


「そうだけどさぁ... 」


ミカエルは、四郎... あの “天草四郎” を連れて

エデンから天に戻った。


現世に蘇った 天草四郎は、身体が あるにも関わらず、すんなりとエデンに入れたし

天には、普通の人間とは見做されてない ってことになる。


けど、ジェイドが悪魔祓いしても

祓われなかった。悪魔とも見做されてない。


「四郎、大丈夫だったんかな?」


皿から マドレーヌ取りながら言ってみたら

ボティスとシェムハザが 眼を合わせて

朋樹やジェイドも「ん?」「どうなんだ?」って

二人に聞く。


シェムハザが言いづらそうに

「通常であれば、第三天シェハキム 北の領地から

隠府ハデスの罪人の界で 浄化を受けるか、

第五天マティか 奈落に幽閉だ」とか 言うしさぁ...


「だが、ミカエルが連れて

おそらく、第七天アラボトへ上がっている。

父か聖子に 直接許可を取り

聖人等が暮らす 第三天 南か、楽園に置くつもりだろう」


ボティスが補足したけど、自信は無さそうだし

気になるんだよな...


四郎は、過去には “天人” として据えられたけど、

よく 聖書にあるように

“異教徒と戦って 勝利” してねーし。

聖父が 共に歩むと選んだ 預言者じゃないから。


現在は、人の血によって身体を造って

人間の魂を集めるために 蘇らせられた。


四郎本人が やったんじゃねーし

別に本人は、天に対して悪いこともしてねーけど

良いことも してない。

ミカエルが ゴリ押ししても、天に置かれるのは

難しいって気がする。


「けど、ミカエルが戻ってないってことは

天で その話し合いをしてるってことだしな」


朋樹が、ソファーの背もたれに 畳んで置いていた “天草四郎陣中旗” を 広げる。


“いとも尊き 聖体の秘蹟 ほめ尊まれ給え” って意味らしい ポルトガル語の文字と、

聖杯、十字架が描かれたホスチア。

十字架には、イエスを表す “ I N R I ” の文字。

白い翼と衣になった、二人の合掌する天使。


これって、“マリア十五玄義図” ってやつに

似てる気ぃする。


オレ、美術学校 出てるんだけど、

授業で、日本のキリシタンたちが ポルトガル人に

南蛮画を習った... みたいな話が出て

プリントで、マリア十五玄義図 ってやつの絵が

配られたの覚えてる。


この絵は、中央の絵が 半分から上下に分かれてて

上半分には、聖子を抱く聖母。


上下の絵を分ける部分には

“いとも貴き秘蹟 讃仰せられよ” って意味らしい

ポルトガル語。


下半分には、日本に宣教した フランシスコ・ザビエルと イエズス会の創始者会の創始者 イグナチウス・ロヨラ、殉教者らしい 聖ルチアと 聖マチアスが、聖杯を囲んでる。

だから、聖体の秘跡を表すもの ってことだと思う。


上下の絵の周りには、受胎告知の喜びの五場面と

聖子の受難の五つの場面。

で、聖子の復活と聖母の昇天までの 栄光の五つの場面が、順に描かれてて、

キリシタンたちは、ロザリオを繰りながら

十五の各場面に対応する 十五の聖句オラシオを それぞれを十回ずつ唱えて、ロザリオの祈りを捧げてた って聞いた。


これが描かれたのは、たぶん17世紀らしく

天草四郎が生きた時代と 同時代。

ポルトガル人に南蛮画を習った日本人が描いたものらしい。


天草四郎陣中旗を描いた 山田 右衛門作も

南蛮画家だったし

陣中旗は、この マリア十五玄義図 の影響があるんじゃないかって気がする。


「この陣中旗、教会の十字架の隣に

置こうと思ってるんだけど」


ジェイドが言うことに、朋樹もオレも頷く。

それが 一番いい って思うし。


「けど本当、まさか会えるとはな... 」

「な! 思ったより 子供って感じだったよな!」


オレと朋樹は、あれから しょっちゅう

この話ばっかりになっちまってる。

だって、天草四郎だぜ?


高い位置に 一つに括った長い黒髪。

涼やかな二重瞼の眼。襞襟ひだえり天鵞絨ビロードの黒いマント。

利発で しっかりしてる って風だったけど

やっぱりまだ “少年” って感じだった。


「お前達の目の前に、グリゴリの “シェムハザ” と

ソロモン72神の “ボティス” が いるというのに」


コーヒーのおかわりを取り寄せてくれたシェムハザが、ふざけて言うけど

「いや、それも すげぇのは分かってるけど... 」

「天草四郎は、教科書で習ったんだぜ?

日本人なら 誰でも知ってるしさぁ」って

また朋樹と、四郎の話で盛り上がる。


「オレらのこと、“来世の友” って言ったよな?」

「うん、言ってた!

もうオレ、すげぇ嬉しかったんだけどー... 」


「急に “憧れの人” みたいになってるじゃないか」って、ジェイドが言うから

「おまえも、ジャンヌ・ダルクとかに会ったら分かるって」って 返しといた。


ジャンヌ・ダルクは フランス人だけど

イングランドとの百年戦争で劣勢だったフランスを、自ら参戦して勝利に導いた少女。


「ジャンヌ・ダルクに 参戦するよう啓示を与えて

戦い方を教えたのは、ミカエルだ って話があるね」


あっ、なんか聞いたことある。けど

「ミカエルが戻って来たら、聞いてみたらいいんじゃね?」って 言って

「天草四郎って、あんなに小さかったんだな」

「榊くらいだったな」って、話に戻る。


「確かに、シロウには カリスマ性がある」

「そうだな。天賦の才だろう。

自分に注目させ、話に耳を傾けさせる」


ボティスとシェムハザも認めるんだし

相当だよなぁ。


「うん、それは分かる」って 頷きながら

ジェイドは「ワインか何かある?」と

シェムハザに聞いて、取り寄せてもらってる。

バーカウンターの棚に酒はあっても

客用だからだろうけど。なんか、なんとなく

ジェイドが、落ち着いてなさそうに見えた。


「おまえさぁ、なんか考えたりしてる?」って

聞いてみたら、泰河が心配なようだ。


ジェイドは、あの時

エマ... 吸血鬼本体だった女、山田右衛門作の妻だった人が、十字架と一緒に燃え尽きてから

泰河を ボコボコに蹴り散らかした。


エマに首を締めさせて、抵抗しなかったことに

すげぇ 腹立てて。泰河は、殺られようとしてた。

他人の力を使った自殺みたいなもの。


泰河は、リョウジくんが吸血首にされて

首無しの身体を見た時に カッとして。

もうそうなると、やっぱり何も見えなくなっちまう。

ギリシャ鼻の人と、その首が すげ替わって据わった身体の持ち主の人に、致命傷を負わせちまって

最終的には、死神が二人を殺ったけど

後頭部の印を消していれば、首と身体は別々に出来て、後で どっちも助かったかもしれなかった。


リョウジくんのことや、この事が

仕事に支障をきたしてしまうことが予想出来たし

何より、ショックも でか過ぎる。


この仕事が済むまでは、泰河の記憶を隠して

はぐらかしておこう ってことになったけど、

シェムハザやボティス、パイモンが術を掛けても

泰河は思い出しそうになってた。


それで、ハティが 記憶を削除したのに

結局 泰河は、削除した記憶を取り戻した。

黒い十字架に磔になって、首を落としたリョウジくんを見て。


リョウジくんは、助かった。

それでまた、落ち着いて話せる時までは... と

ギリシャ鼻の人と 身体の持ち主の記憶を、

泰河から隠したのに

泰河は また思い出して、不安定なまま ひとりで

その場を出た。


絶対に危ない。そう思ったオレらは

ボティスの配下に 見張りに付いてもらって

泰河が車ごと 崖から飛び出すつもりだったことを聞いた。


泰河には、崖から車ごと飛んだ感覚があっただろうと思うけど

実際は、泰河の思惑を察知した見張りの悪魔が

麓にいる時点で術を掛け、幻覚を見せたらしい。


“車ごと 崖を越えた” っていう幻覚を見せた瞬間に

泰河の額にある ハティの印章を刺激して、

うなじにある ミカエルの加護のクロスに

ハティから泰河を守護させようと 反応させた。

泰河は、その作用のショックで 気を失った。


一度 勢いでやったとしても、失敗すれば

同じことは もう出来ないだろう。

人間に備わった生存本能が それを止める... と

見張りの悪魔は考えていたようだけど

泰河は、また車で峠を登り出した。

今度は シートベルトを外して。


誤魔化しでは駄目だ と判断した悪魔は

一度ボティスの元に顕れて、一緒にいたオレらに

“借りる” と断って、天草四郎陣中旗を持って消えた。そうしなければならない気がしたみたいだ。


悪魔は、陣中旗を持ったまま

走っている泰河の車のルーフに 立つと

“生きるのです” という、少年の声が聞こえた っていう。

すると 車は減速し始めて、

車道脇の小さい駐車場へ入って 停車した。


泰河は、空になるまで泣いたようだった。







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