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... って ことはだ。やっぱり、腕が生えたり

肩甲骨から翼を生やしたりも出来る ってことか?

それだけじゃない。

行きたい場所にワープしたり、タイムトラベルも

可能で、水面を歩くことも...


「そして、HLA についてだが...  泰河?」


「お? おう!」


妄想に火が点きかけてたぜ。

気付くと、ニルマとレスタもテーブルにいて、セロリとワインで休憩していた。


「これまでのところ、被害者同士は適合する抗原が多い。だが、吸血鬼本体の遺伝子と比較すると

そうでもないんだ。

近くない という訳でもないが」


「どういうことだ?

吸血鬼本人に使っている訳じゃないのか?」


「多少 適合すればいい、とか?」


「そもそもだけどさぁ、悪魔になったって、適合するとかしないとか関係あんのかよ?

元は人間だったとしても、甦った身体って 人間の身体とは違うんじゃねーの?」


「だが、被害者同士の適合にはこだわっている。

抗原の組み合わせは数十種類の異なるタイプがあり、さらにそれの組み合わせは数万通りだ。

偶然 選出したとは思えない」


「被害者同士の首と身体を繋ぐためなんじゃないか?」


「それも あり得るかもしれないが、赤色髄を吸引した首は、身体に付いた後、何者かに 頭部の膜に蓄えた赤色髄を抜かれている。

そいつが 集める必要がある ということだ」


わかったことは多いけど、なかなか吸血鬼本体の情報には 近付けねぇよな...


「それから、卵についてだが

卵の卵鞘らんしょうには、産み付ける成虫が残すフェロモンが含まれ、これによって次の犠牲者に付いた成虫の元に誘引されることが解った。

大脳辺縁系に付くのは、本能支配のためだな」と

また パイモンが説明した。


抜け首は フェロモンで導かれ、次の犠牲者に付いた灰色蝗の元へ行って吸血するようだ。


「尾長のことは?」


ニルマが言うと、パイモンは

「うん、まだ話してなかったな」と またオレらに眼を向けたが、こういう研究肌のヤツといる助手 って大変そうだよな。

ニルマは慣れてそうだけどさ。


「尾長蝗は やはり、食道の中からフェロモンを分泌していた。

食道の壁を透過するフェロモンは、末梢神経や中枢神経自体、及び 大脳辺縁系の“扁桃体へんとうたい” や “海馬かいば” という器官に作用する。

辺縁系は、本能的であり 感覚的な思考部分だが、恐怖や喜びや悲しみ、情動的な感情 及び 攻撃や性行動などに関与するんだ。

尾長は自分を移すために フェロモンにより宿主に性的な行動を選択させ、また争わせるために 怒りや恐怖心を刺激する」


へぇ...  寄生虫で、宿主を操作するヤツって結構いるもんな。


「扁桃体は、恐怖に対する行動である “戦うか逃げるか” という判断に 瞬時に影響するが、オキシトシンというホルモンの受容体レセプターが多い。

これは 母子の愛情や、触れ合うことによって互いに分泌されるものだ。

触れ合うことにより 興奮を落ち着かせることも出来る ということだな」


上手く出来てるよな。

シェムハザがコーヒーやメレンゲの お代わりを取り寄せてくれて、一緒にきたクッキーを取っていると

「余談だが」と、パイモンが榊を見て

「体内のオキシトシン量は、女性の方が男より 30パーセントほど多いようだ」と 話し出した。


榊は「むっ... 」と 言っているが、興味ある って顔だ。


「オキシトシンは、間脳の視床下部で合成されるが、女性ホルモンといわれるエストロゲンが その量を増加させる。

そういったこともあり、恋におけるオキシトシン濃度も女性の方が高い」


「ほう... 」と、榊がボティスを見ると

「いや、俺も高い。溢れんばかりだ」と 飄々と言って、榊の頬を赤く染めた。

ボティスが 愛情ホルモンか...


「だが 性欲的な欲求や衝動であれば、男性ホルモンのテストステロンだ。

これは、女性より男の方が 10倍から 20倍ほども高い。

女性より攻撃的であることや、性衝動が急激... 言い換えれば発情しやすいことにも、これが関与している」


榊は また「ほう... 」だったが

「“増えよ” という訳だね」と、ジェイドが言って

「それに、女の子側から誘うのは良くねぇしな。

日本神話でも そうだっただろ?」と、朋樹も言い訳のように言っている。


けど 分かる。なんか座り心地 良くねぇしさ。

“ああ、人間の生理ね” って顔した レスタもいるし

話してるパイモン自体、見た目は女の子にしか見えねぇしさ。


「そして、先に出たオキシトシンだが。

これは 行為中であれば、どちらも多く分泌している。しかし男は 射精直後、急激に濃度が下がる」


「うん。人間の女は 人間の男のことを、“オワルとツメタイ” って、よく思うみたいだ」と

趣味、話集め。順にいく アコが言う。


「えっ、アコ

なに 他人ゴトっぽく言ってんの?」


ルカがマシュマロ食いながら聞くと

「俺は、終わっても優しい。

目的は話だし、人間じゃないから」っつった。

けどこれ、どうしようもねぇんだよな...


「へー、悪魔って違うよなぁ。

正直さぁ、もっとガキの時とかだったら、好きなコだったら まだしも、終わったらもう、見たくもな... 」

「ルカ」「黙れ」


いや、言い訳になるかもしれないが、誰でも ルカほど って訳じゃねぇから。


「おまえは遊ぶな」と アコも言うが、ルカは

「けど、そうじゃねーと困るじゃん。

狩猟時代だったら、いつ何が襲って来るか分からねーんだぜ?

一緒に うっとりしててどうするんだよ?」と

ちっとも 自分の発言に疑問はない。


「お前、もしリラが ここに居ても、同じように言うのか?」


アコは何か 納得いかんようだ。


「言う訳なくね?

オレ、リラには惚れてるから 全っ然 違ったけど

わざわざ ヒドイとか思われるよーなことさぁ... 」


「リラは “目覚めた” んだぜ?」


ミカエルが言うと、調子よく動いていた ルカの口が止まる。


「ラファエルの診療所を出たら、楽園の仕事を覚える前に リハビリも兼ねて、“アリエルと 一緒になら、第一天シャマインに降りて地上の様子を見ていい” って、俺が許可した」


「ゴシュウショウサマか?」と アコに聞かれて

ルカは「おう... 」と 眼を閉じた。よし 黙っとけ。


「だが、行為が終わっても 甘く過ごしたい女性とは違って、男は即 トイレに立って寝たり、眠たくなければ 別のこと... 例えば、ゲームなどを始めたりするようだが、これは急激なホルモンの変化のせいだ。

これを 心とは判断しない方がいい。愛情はある。

気を回すということが 下手なだけだ」と パイモンが説明する。


「ふむ」と 頷く榊は、結構 他人事っぽく見えた。

「人間であれば ということだ」と言うボティスに

シェムハザも「そう」と 頷いているが

ボティスって、マジで 今、何者なんだ?


「ボティスは何も心配なかったな。お前達は 気を付けるように」と、パイモンに言われて

「ういー」「了解」と オレらが素直に返事すると

「そういう時、逆に気を使っちまう相手なら?」と、ミカエルが 謎の質問を投げた。


「別に、冷たくなんかしないぜ?

でも、勝手を許してくれるようなイシャーもいるだろ?」


「不満に思わず、こちら側に気を使わせまい と 男側に合わせてくれる女性、ということか?」


パイモンが聞くと、ミカエルが頷く。

ゾイなら そうなりそうだもんな。

っていうかさ、もうそんな心配してるのか...


「その女に決める」と アコが答え、オレらは

「おお?!」となったが

「それは、お前だからだろ?

気を使わせたくなかったら どうするんだ?」と

ミカエルはムッとする。


「もう、すげー 大切にする」


早々と復活したルカが言って、オレらも それには同意した。

自分の気持ちより、相手を尊重する子だってことだろうし。


「お前が気を使わなければいい」

「正直でいるが、こちらも甘やかす」


シェムハザとボティスが答えると、ミカエルは 成る程 というツラになったが

「どうなんだ?」と、榊やレスタに確認する。


「む...  ふむ...  そのように... 」


日頃 甘やかされる榊は ヘロヘロだが

「だけど実際に、自分が甘えるよりも 相手に甘えられる方が好きな子もいるわ。

あまり考え過ぎないことね」と、レスタが答えた。


「相手が あなたと同じ天使なら、特に。

そうした性質の子が多いでしょう?

男の人は、“少し勝手” が ちょうど良いと思うわ。

気を許されると嬉しいしね」


大人意見だ。考えたら、ミカエルも天使だし

お互い 相手を優先し合っちまうのも大変だよな。


「お前は 多少わがままに振る舞った方がいい。

立場的に その方が、相手が気を使わなくて済む」


パイモンが言うと「何 言ってるんだ?」と ミカエルは また分からなくなってきたようだが、ニルマにも

「“あのミカエル” だから、相手が気を使うのは当然だ。

ミカエルの方が気を使うと、相手は余計に萎縮する。少し甘えた上で 大切にすればいい」と 微笑まれて「ふうん... 」と 頬杖をついた。

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