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ミカエルは

「泰河は 俺が守護するからな。離れずにいろよ? あまり男の方を見るな。

まだ 何も起こってない。焦るな」と ルカのジーパンから スマホを取って、カメラアプリを起動し、内カメラにした。


後ろから ルカに自分の片腕を回し、二人で自撮りする要領で、背後にいる男がスマホの画面に 写るようにしている。


「おお? ミカエル」「現代的じゃねぇか」と 多少 緊張が取れた オレらが言うと

「これの機能は覚えた」と 答える。


「お前等が寝てる間に、触ってみたんだ。

人間は、外でも皆 これを持ってるだろ?」


マジか。けどオレらは すでに、オレらには私物というものが存在しないということが 分かりかけていたので、大した驚きはない。


「こうやって、自分を写真に撮ってる奴等って

最近、世界中にいるだろ?

だいたい いつも同じ表情で撮ってるよな。

それに地上のマシュマロをケンサクしてみたら、同じマシュマロ写真が いっぱい出てきた。どこかの店の。

食べ物を撮ってるのは何なんだ?

なんで 食べたことを世界に公開したいんだ?」


「放っておいてやれよ。流行りの食い物リサーチに 貢献してるんじゃねぇか?」


「こうやって、選択思考も個人のものじゃなく 共有する思考になってくんじゃね?

同じもん選んで食って、同じことして。

そのうち 個性とかも、そういう意味で無くなるんだろ。

一人が変わったことやると みんなやるしよ。

個であって 個じゃねーの」


「あっ、やめろよ ルカ!

オレさ、それは そういう意味じゃないって... 」


「もう 泰河うるせーしぃ。椎茸のことでも 考えとけって。

で、この ギリシャ鼻の人ってさぁ、今 入って来たばっかり?」


最近、椎茸に 親近感をいだいた覚えがあるオレは、黙って ミカエルの手のスマホを見た。

画面の中で ギリシャ鼻の人は、周りを見回して

女の子を 物色しているように見える。


「尾長蝗を移すための人選?」

「そうかもな。

吸血の相手なら、蝗が誘導するんだろうし」


「けど この人の身体は、海の人の首が付いてて

まだ地界に居るかもなんだよな?」


「そう。こいつの身体も、別の奴のだしな。

その首も探すことになるけど

こいつらは、身体を得ても吸血と産卵を続ける。

体内で孵って成長した成虫も 外に撒くしな。

どっちかに吸血されて、首になった奴の身体が余ってて、産卵器として近くにあるんだろ」


ギリシャ鼻の人に 身体が付いてるんだし、もう 一つ首があることは 分かってたけど、産卵器の身体も また別にあるのだとしたら、それの首もある。

本当に どれだけ拡がってるんだ?


アコが、頼んでいたドリンクを取りに来て

「ボティスと榊は まだ匂いを辿ってるけど、朋樹とジェイドが入口のドアの近くに待機してるからな」と 伝えに来た。


「ゾイと、沙耶夏たちを みておく。

手が足りないようだったら呼んでくれ」と 自分のビールだけ持って、カクテル 三つは カウンターの店員に運ばせるようだ。


「おう」「りょーかい」と アコに返事して、オレらも ギリシャ鼻の男の観察を続ける。

男は まだ周囲を見渡しながら、休憩テーブルの方へ 歩いて行く。


黒いコートに黒いシャツ。インディゴのジーパンに 黒のショートブーツ。

首の継ぎ目は見えねぇけど、歩き方も しっかりしていて、見掛けは 普通の人に見える。


「なぁ、でもさぁ、他人の身体で 尾長蝗が生まれるのかよ?

近親交配で 潜性遺伝を出すんだろ?」


ルカが聞くと、ミカエルは きょとんとした碧眼を

真隣に顔がある ルカに向けた。

バーカウンターの兄ちゃんが、“あらっ” て ツラになって、二人から眼を逸らす。近すぎるもんな。

オレは ビールにライム突っ込みながら

兄ちゃんに “すんません” って 会釈しといた。


「別に、自分の血を煮詰まらせなくてもいいだろ?」と、ミカエルは そのままの距離で ルカを見ながら説明を続け

「うわっ、近くね?!」と、ルカをビビらせた。


「うん、近い。

例えばだけど、俺が抜け首とするだろ?

で、ルカを吸血して産卵。首が抜けて行ったら

俺の首が ルカの身体に着く」


ミカエルは 気にしちゃいねぇな。

ルカも いまいち、他人との距離が分からんとこがあるが、それどころじゃねぇ 囁き距離だしさ。

「んん? おう... 」と、ルカは返事しながら

スマホ画面に 眼を向け直すことにしたようだ。


「それで、ルカの身体付きになった俺は、脳にある卵を ルカの胸骨に降ろして 孵化。

俺とルカの遺伝子を持った蝗が、体内で成虫になる」


「だからさ、このギリシャ鼻の人は、今そういう状況 ってことだろ?」


オレが口を挟むと「続き聞けよ」と ムッとしたのて

「おう、悪ぃ」って 黙った。


「次に俺は、泰河に吸血と産卵をして、今度は 泰河の首が抜ける。

これで俺は、泰河の血液と赤色髄も得ただろ?

身体の中で育った成虫が、また卵を産む。

今度は 泰河の遺伝子も含んだやつだ。

その卵を、泰河の首無しの身体の 胸骨に産み付ける」


「あっ、そうか... 」


吸血した相手の身体でも、近親交配が出来るってことだ。この場合だと、ミカエルも泰河オレ

泰河オレの身体に 成虫の卵を産卵すれば

尾長蝗が生まれる可能性が高い。


「灰色蝗が次の被害者を選んで 抜け首を誘導するだろ?

たぶんだけど、遺伝子情報が近い奴を選んで誘導してるんだと思うぜ?」


「じゃあさぁ、置いてある首無しの身体に産卵すれば、もう潜性遺伝が出やすい ってこと?」

「そのために、遺伝子情報が近いヤツを選んでるってことか?」


「それも理由の 一つだろうな。

自分達に有利にしながら、被害拡大させていく。

どの首無しに 産み付けても、尾長蝗が生まれたら、魂を取りやすくなる。

でも、灰色蝗が生まれてもいい。これも撒く。

別に考えられる選別の理由なら、赤色髄を集めさせてる 吸血鬼の都合と思うぜ?」


話しながらも ミカエルは、スマホの角度調整をして、ギリシャ鼻の男が 画面に映り込むようにしている。


「吸血鬼の都合って、何だよ?」

「例えば?」


「赤色髄... 造血幹細胞を集めているとしたら

血球を造るため だと、考えられるだろ?

人間は “HLA”... “ヒト白血球抗原” っていう たんぱく質を細胞の表面に持ってる。

これは、人それぞれで タイプが違うんだけど、

“移植の合併症” って、聞いたことないか?

“GVHD”... “移植片対宿主病いしょくへんたいしゅくしゅびょう”っていうやつ。

移植片ドナーの幹細胞のHLA抗原が、移植を受ける側の身体ホストのHLA抗原と適合する抗原が多ければ、合併症は起こりづらくなる。

移植片ドナーからの白血球が 移植を受けた身体ホストの細胞を異物と見なして攻撃すると、合併症が起こるからな」


この合併症が起こると、皮膚や肝臓、腸などが損傷を受けやすいようだ。


自分の幹細胞投与を受けることを “自家移植”、または “自己移植”。

一卵性双生児から受けることは “同系移植”。

自分の幹細胞を自分に... とかは もちろん、一卵性双生児なら同じ遺伝子を持っていて 同じHLA抗原も持っているので、そう心配はない。


自分の親や兄弟姉妹、または血の繋がりのない他人から投与を受けることは、“同種移植” と いうようだが、近親... 特に兄弟姉妹なら HLA抗原が適合する可能性があるらしい。

同じ両親から生まれてるしな。


「それでも、HLAが適合している兄弟姉妹は 25%から 35%程しかいない。

他人の移植片なら 50%で、少しだけ適合する確率が高くなる。

また、移植片と投与を受ける者が同民族だったり 同じ人種的背景なら、HLA適合性は遥かに高くなる」


近く狭い中から探すより、広く大きく探した方が

確率は高くなる... ってのも あるんだろう。

兄弟姉妹、他人からの同種移植でも、合併症や副作用等の 可能性を低くするために、なるべく適合する可能性が高い幹細胞を選ぶ。


投与された幹細胞は、血流に入った後に 骨髄に運ばれ、移植後 約二週間から四週間以内に起こる “生着” という過程で、新しい血球... 白血球や赤血球、血小板を造り始めるが、免疫機能の回復には長い期間がかかるらしい。

自家移植の場合でも数ヵ月、同系や同種移植であれば 約 一年から 二年程。


「移植後は 感染や出血を起こしやすくなるから 感染の予防と治療のために 抗生物質を処方して、

貧血には赤血球、出血防止に血小板を輸血することもある」


「えっ? ならさ、吸血鬼の都合って... 」


「“甦った死人” なんだろ? いのちが必要だ。

だけど、赤色髄なら 何でもいい って訳じゃない。

そいつに HLAが適合する可能性が高い者の赤色髄を集めてる。

困ってるんだろ。身体を回復中ってことだ。

たぶん だけどな」


「奈落から出た悪魔が?」


「だから、吸血鬼は 元は人間だったんだろ?

でも、隠府ハデスや他界の冥府じゃなく、 “奈落” に居たんだぜ?

アバドンが 引っ張り込めたってことだ。

人間なら、死後は月を経て いずれかに向かう。

人間だった奴が悪魔になっても、地界まで堕ちないこともある。

一応 天使のアバドンと魔女契約も締結した。

半端な奴 ってことだ」


魔人まびと?」


「... と、俺は思うぜ?

そいつと他人の幹細胞の場合に、HLA適合性の確率が高くなる条件は?」


「同民族とか、同じ人種的背景... ?」

「この国の ってことか?」


「そう思うけどな。派手じゃないやり方も この国っぽいし。

魔人... 人間じゃないから、悪魔。

これは、“おれらから見れば” ってことだぜ?

父でなければ、他神も 異教の悪魔だからな。

神人かみびと” の恐れもある」


「かみびと?」


「そのまま。

神になった人間とか、それに 類する奴」


「えっ、ミカエル すごくね?

そんな推測 立てれるんだ!... うお まだちけぇし」


「まぁな。裏付けは ないけど」と、スマホをルカに渡し「動いた」と、ジンに 林檎と杏の二種のブランデーを混ぜたカクテルを口に運んでいる。


ギリシャ鼻の男は、壁際で 誰かを待っている風の長い髪の女の子に近づき、声を掛けた。

「店 出たら、朋樹たちに連絡して 追うぜ?」と

ミカエルはグラスを半分くらいを空けた。


「ハティとかパイモンに、今の話 しねーの?」


ルカが 男をスマホ画面で見ながら、ビール飲んで言うと

「あいつらも 似たような推測は立ててると思うぜ?

ハティはまだ 全くの推測上の話でも出来るけど、パイモンは すぐに確かめられること以外だと、ある程度の 科学的根拠を示さないとダメだな。

地上に類することは特に。

相手が赤色髄を集めてるって時点で、それぞれのHLAのタイプのデータは取ってるだろうけど」とグラスを空にした。天使も酔わねぇよな。

結構 強いカクテルなのにさ。


「けどパイモンさぁ、“まだ仮説” って言って 話したりするじゃん」


「自分は いいんだろ。検査するのも あいつだし。

いるだろ? そういう奴。面倒くさい。

それに、特に俺は言わない方がいい。

俺の推測が いい線いってても 認めたがらないから。

朋樹かジェイドに連絡。“まだ接触するな” って」


ギリシャ鼻の男は、長い髪の女の子を連れて、店のドア方へ 歩き出した。


二人がドアから出ると、オレらも出て、地下から地上へ 階段を昇る。


一方通行の道路の向かい、ビルの壁には 朋樹とジェイドが しゃがんでもたれていて、“飲んだ後に ちょっと話してる感” を出していた。


オレらを見ると 道を左に指差し、凭れていた壁から 背を離して立ち上がっている。


ギリシャ鼻の男と 長い髪の女の子は、クラブが入ったビルの 一つ先の角を折れた。


朋樹は式鬼札を出すと 半分に破り、半式鬼の片羽の蝶を男に飛ばして、ジェイドと 二人で こっち側に渡って来る。


「どうする? 追うけどさ」

「すぐに追う訳にもな... 」


男が向かった先は またすぐに十字路にぶつかるが、ショットバー やカフェなどの飲食店が多く、

店の裏の入り組んだ場所だとしても、首無しの身体を置いておくのは 難しい気がする。


「見失っても 半式鬼で追えるけどな」

「角までは行ってみるか」


ミカエルが オレの隣を歩く。

オレらが角まで行った時に、女の子を連れた男は 十字路を折れたが、オレらが 十字路に出ると

もう 姿は見えなかった。

朋樹が 半式鬼の蝶の片割かたわれを飛ばす。


街灯の下を 白い片羽の蝶が ぎこちなく羽ばたきながら、向かいの道路を渡り、ビルとビルの隙間に入って行った。

隙間の幅は 1メートルないくらいだが、ビル 一階の飲食店の裏口や隣のビルの通用口、奥のビルの螺旋の非常階段が見える。


「半式鬼はあのドアだ」と、朋樹が 片羽の白い蝶が止まったドアを示した。


「はっ? 店ん中... ?」

「鍵を持ってるってことか?」


「“身体” の方が 持っていたのかもね」と ジェイドが言い、そうか... とは 思ったが、でもこのドアは飲食店の裏口だ。

ここに 首無しの身体を置いているのか?


「表側に回っておくよ」と言う ジェイドに、地の精で拘束が出来るルカも ついて行く。


ミカエルが ドアノブを下げると、ドアは 難無く開いた。中から明かりが洩れる。


「中に入っても動くなよ」と ミカエルに注意を受け、店の中へ入った。














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