20


「パイモン、お前... 」


ミカエルが、俯いたゾイを パイモンの腕から引っ張り出し、脱いだモッズコートを掛けた。

榊が ゾイを連れて、入口から外に出て行く。


「俺は 男だ。ファシエルも分かったようだな」


「... パイモン、頭蓋の中に何かある」と、シェムハザが言い「仕事を」と ハティが促している。


「ミカエル」


ボティスが肩に腕を回したまま、強引にミカエルを入口の階段に引っ張って行き

「失敗した。お前達も行って来てくれ」と 肩を竦めたアコに言われて、オレとルカも外に出た。



「クソッ! 何なんだよ あいつ!」


「ミカエル、お前も言い過ぎだ」


夜の森は暗い。榊が狐火を飛ばしてきた。


まだモッズコートを被っているゾイは、榊に腰を抱かれていて、オレらは近寄る訳にもいかず

キレまくるミカエルを宥めるボティスの近くにも寄れず、ルカと ぼんやり立っている。


「あいつが始めたんだろ?!

なめやがって! 軍ごと 俺にやられたいのか?!」


「そうだな、落ち着け。 珈琲」


振り向いたボティスに言われ、とりあえず森を抜けて、コンビニに コーヒーを買いに行く。


ガードレールを越える頃、ようやくルカが

「... パイモン、ゾイに 何 言ったんだろうな?」と

ため息混じりに聞いてきた。


「ゾイ、戻ってたよな?」


って ことは、だ。

ゾイを女だと意識させて、気持ちを動かした ってことになるよな... ?


「なんだよ もう...

せっかく、うまくいってたのにさぁ」


コンビニで カゴ持ったルカが、肩を落としながら

マシュマロを手に取る。


「けど ミカエルも、だいぶ言ってたからな」


オレは、榊の和菓子と シュークリームを入れる。

ゾイが食いそうなものは 何か分からんが、今は 何も食えんかもしれんよな...


「なんで仲悪いんだろな? あの 二人」

「さぁ... パイモンが天にいた時に、何かあったのかもな」


レジで会計する時に、コーヒーのカップも買ったけど「森まで六個も持てなくね?」となり、アコを喚んで、二個ずつ運んでもらうことにした。

マシュマロとかも持って行ってもらうと、アコの分のコーヒーも買って

「お疲れ」「ありがと」と、カップを渡す。


「なぁ、アコ。

ミカエルとパイモンって、なんで あんな仲悪ぃのー?」


ルカが聞くと

「俺も甘い物買って来るから、バスにいてくれ」と 言われて、バスの後部座席に座って待つ。

すぐに、コンビニのビニール袋を持ったアコが顕れて「お待たせ。お前等も食えよ」と、チョコブラウニーを 袋から出してくれた。


黒髪ハーフアップのアコは、赤のレザージャケットに、聖母プリントの白いシャツ、インディゴの膝下丈ダメージジーンズに、編み上げブーツだ。

聖子や聖母のシャツが 最近のアコブームらしい。

ちょっといいな...


「ミカエルとパイモンだろ?

まだ俺等も天にいた頃からだけど、大したことじゃない。

元々、お互い ムシが好かない ってとこもある。

パイモンは 術にけてるから

同じように、術の奴を尊敬するとこがあるし」


まだ 天で、皇帝たちの反逆事件が起こる前。

天も地上も平和で、天使たちは退屈だったらしかった。

けど、天使達は 向上心の塊だ。堕落はしない。

新しい音楽を生み出し、植物や動物のデザインを父に提案する。それだけでなく

“術や武を競い合い、互いを高め合おう” となる。


武は間違いなく ミカエルが抜きん出てトップだが

術に関しては、全体の天使長だった皇帝かハティか... と いったところだったらしい。


「パイモンは、武は大したことない。

術は結構イケるけど、ボティスやシェムハザには劣る。まあ、二人はトップクラスだったからな。

でもパイモンには 知識がある。術だけじゃない。

父が造ったものの内、微生物に関する法則についてだ。ついでに、物質に関してはハティだ」


ハティ、すげぇ...  今も錬金 出来るしな。


「ボティスは人望、シェムハザは美」


今も まんまか。


「皇帝は、パイモンの知識の深さも気に入ってて

何かとパイモンをかばってたんだ。

勿論、パイモンが麗人だから ってこともある。

パイモンも、父より皇帝を崇拝してた程だ」


「で、なんで ミカエルと仲悪くなるんだよ?」


「ミカエルが術で失敗すると、パイモンが顔だけで笑うから。

明らかに、他の天使達のなごやかな笑い方とは違ったし」


パイモン...


「武の方じゃ、いつも皇帝とミカエルは接戦だった。ミカエルを手こずらせるのは 皇帝くらいだ。

だけど、ミカエルが敗けたことはない。一度も。

パイモンは、皇帝が ミカエルに 剣で敗けるのが悔しかったんだ。

ついでにパイモンは、ミカエルに

“女とは やらないぜ?” って、試合は断られた。

事ある毎に 衝突するようになって、その度に皇帝が出て来る」


「皇帝は、パイモンをかばってたんだな」


「それもある。でも、相手がミカエルだから出て来るんだ。面白がって。

相手が サリエルとかなら出て来ない。

皇帝は、ミカエルも好きで仕方ないからな。

でも ミカエルは、ボティスやシェムハザみたいに、“上手く” 出来ないだろ?」


あぁ...  皇帝は、ミカエルにトーガが付くと

はあはあ言い出すもんな...

ミカエルは “寄るなよ ルシフェル” だしな。


「パイモンは、それも知ってたんだ。

皇帝に可愛がられているけど、ミカエル程 想われてないことも」


「ふうん... それが未だに続いてるってことかぁ」


話 聞いてたら、小競り合いみたいなやつだ。

それで ハティたちは、放っておいてるんだろうな。面倒くさいから。

普段なら、天と地界に分かれてるから、パイモンとミカエルは そう会うことはないだろうしさ。


「アコは どんな天使だったんだよ?」


ブラウニー 食い終わって、コーヒーを飲みながら ルカが聞く。コーヒーは まだ熱い。

夜も もうそんなに肌寒くねぇし、コーヒーも ホットかアイスか迷う時期になってきた。


「俺? 俺は このまま」


アコは、カップを持ってない方の手を広げた。


「天では 順にいってないけど、天でも ボティスの補佐をしてた。守護天使統率の方。

でも、賭場にも よく 一緒に降りた。

時々 人間に、小さいツキを与える。気まぐれに。

そういう能力」


「気まぐれ天使かぁ」「なんかいいな」


オレらが言うと、アコは ちょっと笑って

「俺は洞窟教会に戻るけど、ミカエルを頼む。

パイモンとは、シェムハザと 一緒に話してみる。

なんかあったら呼びに来る」と、コーヒーカップを持って消えた。


「オレらも、森に戻るかぁ」


ルカが コーヒーを飲み干して言って、オレも

「おう」って返事しながら、残りのコーヒー 飲むけど、“森に戻る” って 普通 出ねぇ気がする。


バスを降りると、コンビニの中にあるゴミ入れに

ゴミを捨てながら

「でさぁ、パイモンは ゾイに何言ったんだろな?

オレ、ずっと気になってるんだけどー」と、ルカが最初の疑問を持ってきた。


「それ。ゾイ、元に戻っちまったもんな... 」


コンビニを出ると、出入口近くに停まってた車の隣に 別の車が停まってて、一台から降りたドライバーと 別の車のヤツが、何か言い合いを始めた。


別の車のヤツも降りて来て、もう一人に向かう時に、肘が強くルカに当たる。


って!」


車と車の間を通ろうとした オレらもオレらだが、ぶつかってきた そいつもカッカしているらしく 会釈とかもない。ルカもイラっとしたようだ。


「おい、ちょっとー。

“ごめん” くらい言えよなぁ」


「ああ?!」「なんだ お前?!」


ケンカ腰だ。歳はオレらより ちょい下くらい。

元気良さそうなツラしてるもんな。


「うわっ、ムカつくぅ!

“なんだ” って、何だよ?! えい!」


ルカは、ぶつかってきた方に 二本貫手突きをした。目つぶし突きだ。ひでぇ。

危ねぇから、空手では禁止技のはずだ。


「ああっ!」と、両目押さえて そいつが沈むと

もう 一人が顔を向けた時に「とりゃー」と棒読みしながら横蹴りで車に蹴り倒したが、自分の足も ちょっと車に当ててしまい「てー」と 言っている。

けど、構えも蹴り方も綺麗だったし、オレは満足した。


「コンビニ前で殺伐としやがってさぁ。

ぶつかったら謝れよなぁ。行こうぜ」


道を渡り、ガードレールを越える。


「何のケンカだったんだろうな?

他人同士に見えたけどさ」


「さぁ。運転がどうとか、ライトが眩しいとかじゃね? くだらねーし。

もう それよりさぁ、ゾイだよ、ゾイ!」


ルカは やっつけたから、さっきのヤツらは どうでもいいらしかった。


で、「姿が戻っちまった ってさぁ、パイモンを “男” って意識した... って ことなのかよ?」と

自分が妬いたようなツラで言うが、オレも 気持ちは分かる。

考えると、胸が チリっとするしさ。

だって、ミカエルだけじゃねぇのかよ?


「イヤじゃね?」「おう... 」


森の中 歩きながら、二人して口ごもっている内に

狐火が見えてきた。


ミカエルとボティスは、一本の木の根元に座って

マシュマロを食いながら話しをしてて

男に戻ったゾイは、少し離れたところに榊と居る。

どっちも落ち着いたみたいだが、さっきと あんまり状態は変わってない。


オレらは、とりあえずボティスたちの方に寄った。


「よう」「怒ってんの? ミカエル」


カップを開けたコーヒーに、マシュマロ入れてたミカエルは、ブロンドの睫毛を上げて、オレとルカを順番に見た。拗ねたツラで無言だ。


「パイモンにな」と、ボティスが代わりに答える。

「だがパイモンは、ゾイに興味はない。

ミカエルに当て付けただけだ」


「お前が、パイモンに “女” と言うからだろ?」と、ミカエルを諭している。


「けど、ゾイはさ... 」


オレが小声で言うと、ミカエルがムッとして

ずっ とマシュマロ食った。

「コーヒーぬるい」って 顔もしかめたし。


「... 別に、俺の妻じゃないし」


いや、妬いてんなぁ...

もう、一足飛びに 妻 って言ってるしさ。

ルカの口元が笑って、誤魔化そうとマシュマロを食っている。


「だから、あいつが 誰を気に入ろうと... 」


うおお... 一気に暗くなったぜ。

こいつ、ミカエルなのか?

すげぇ しょんぼりしてやがる。

「ずっとこれだ」と、ボティスがケラケラ笑うけど、オレは笑えないぜ。


「パイモンさぁ、ゾイに何て言ったと思う?」


ルカが聞くと「知るかよ!」と、ミカエルは袋の方からマシュマロを 二個いっぺんに食って

「さぁな。聞いてみろ」と、ボティスが言う。


「えっ?」「ゾイに?」


「そうだ。気になるんだろ?」


「いやいや... 」「お前が聞けよ!」


「俺は、そう気にならん。

さて。そろそろ榊を連れて、下に戻るか... 」


ミカエルがまた、マシュマロ 二個 食うし

「待てって、ボティス!」「聞いてみる!」と

榊とゾイの方に行ってみることにした。


二人は、ミカエルたちがいる場所から洞窟教会の入口を挟んで、やっぱり木の根元に座っていた。蝶馬が 榊の頭の上で眠っている。


モッズコートを被りっぱなしのゾイの隣に

「よう、ゾイ」と、ルカが しゃがむ。

オレが 榊の隣にしゃがむと、横に長く 二人を挟む形になった。


「大丈夫なのかよー? 心配なんだぜー?」


ルカが、うるさく聞いてる間に

「... なんか聞いたのか?」と、榊に小声で聞く。


「ふむ... パイモンに、口説かれたりなどはしておらぬようだがのう... 」と、榊も こそっと返してくる。


「おまえさぁ、パイモンに 何 言われたんだよ?

“やらせろ” とかかよ?」


「まさか、そんなこと... 」


「じゃあ おまえ、なんで照れたんだよ?

戻りやがって コラ」


ダイレクトだな ルカ。けど オレも勢いで

「ゾイって、オレが相手でも照れんのか?

デートしてくれ」って 言ってみると

「ううん、大丈夫」と、ため息をつかれた。

そうか。


「じゃあ何だよ?」

「このままだと、またミカエルが悩むぜ?

マシュマロ やけ食いしてるしさ」


「ミカエルに、関すること であろうか?」


もしや と、閃いたような顔で 榊が聞くと

ゾイは、狐火の下で 頬を赤くした。

そうなのか?!


「何を... ?」と、榊が聞くと

ゾイは ますます顔を赤くして、首を横に振る。


「“ミカエルは、お前と寝たいようだな” だ」


「おおう?」「朋樹」


洞窟教会から上がって来た朋樹が

「ちょうど視えた」と 言った。


「パイモンが、“わかったことを説明する” ってよ。おまえらも降りろよ」と、オレらに言い

「ゾイ。おまえ、ミカエルが男だって分かってんのか? 別に 普通に思うことだろ?」と

さらっと言って

「ミカエルとボティスにも戻るように言ってくれ」と、そのまま下に戻って行った。


「のっ!」


ゾイの髪がブロンドに染まっていく。

オレとルカは「ミカエル!」と呼びながら

ミカエルたちの方に戻り、ボティスに耳打ちした。


ムスっとしているミカエルに

「ふん」と 鼻を鳴らした ボティスが話すと

「俺、あいつに言ったぜ? 沙耶夏の店で。

そういう種類の好きだってこと」と、残りのコーヒーを飲んだが、ゾイが パイモンのことじゃなく、自分のことで 姿が戻ったことに気付くと、突然 明るい笑顔になった。


「朋樹が、下に戻れ って言いに来たんだけど

ゾイが また戻っちまってさぁ」


ルカが言うと、ミカエルが立って ゾイの方に行き

「大丈夫か?」と、明るい声で聞いている。

榊は “見ておらぬ” って風に、ゾイに背中を向けていた。


モッズコート被ったまま、こっちに背中を向けたゾイが「はい」と、女の子の声で答えると

「馬連れて、沙耶夏のとこに戻っておけよ。

また喚ぶし 会いに行く。いいか?」と聞いた ミカエルは、ゾイの額にキスをしている。

オレらは鼻の下を伸ばしながら、眼を背けた。


モッズコートと蝶馬ごと ゾイが消えると、笑顔のミカエルは「じゃあ、戻ろうぜ」と、洞窟教会に入って行った。















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