18


「地界の鎖だぞ?!」


「そうだ。なら こいつは、力だけであれば 下級悪魔などは凌ぐ ということだ。

鎖で駄目なら、おりも破るだろうな」


鎖の下で、左の腕は ぶら下がっている。

肩が やけに下がっているところを見ると、左の鎖骨を折って肩の幅を縮め、それで出来た余裕で右の腕を鎖から出した ということだろう。


アコが手を握って鎖を絞めると、男の身体に鎖が食い込むが、男は構わず また 一歩 踏み出して来た。

一度しまった舌を またビュウっと出す。


「ちょっと... 」と、ルカが地で拘束するが ぎりぎりと後ろに押され、朋樹が 呪の赤蔓を男の舌に巻くと 長く伸びた舌の先をナイフのような形にして蔓を切った。


「榊を連れて下がれ」


ボティスに言われて、ジェイドが榊の肩を抱き

洞窟教会の入口の方に下がる。


「お前等もだ」と 言うボティスの方に、男が ぐるっと反転して向き 舌を伸ばしたが、ボティスが足で蹴り倒した。


「得意技だよな」「シンプルな」


男が腰を着いた時に、またゴキっと音が響いた。

鎖に拘束された右足の爪先が、不自然な方向に向いている。


「力はあるようだが、身体はヤワだ。

あまりやると死ぬ」


シェムハザが言っている間に、男は左足だけで

起き上がった。

また舌を出すと、シェムハザが指を鳴らし、小石で舌を打ち払う。


「さて、どうするか。錬金しても死ぬ」


ハティが居ると、こういう時も焦らないでいれるよな...


「あまり暴れられると、やむを得んが」


男は「ウウウ... 」と 唸り出していて、充血し出した眼をキョロキョロと回して、何度も長い舌を出す。もう人には見えなかった。


「血を与えれば、落ち着くのか?」


朋樹が聞く。


「さぁな。だが、与える訳にもいかん。

こいつも被害者だからといって、他を犠牲には出来んしな。“倫理的” な 問題にも関わる」


首が すげ替わってるし、すでに倫理的ではないけどさ...

男は「グウウ... 」と、身体に力を込め出した。

身体に食い込む鎖を切ろうとしているようだが、力を入れる右腕や、それによって余計に鎖が食い込む 左腕の手の先が白くなっていく。


「これ以上 絞めたら死ぬ」と、アコが手を握るのを躊躇する。


「人造血液とかは?」


ルカが言ってみている。

モレク儀式の前、狐女こめ様儀式をしたヤツらに

シェムハザが浴びせたやつだ。


「あれはまだ 試験段階のものだ。

どの血液の型にも変容するよう開発しているが、今のところ 人体に適応するかどうかは... 」


「けど このままだと、この人... 」


拘束 出来なきゃ、殺らねぇとならなくなる。


「パイモン」と ハティが喚ぶ。

パイモンが立つと、また ベキベキと音が鳴り、男が鎖を落とした。


「これは?」と聞くパイモンを

「血液を欲している」と、ハティが引く。


男は 白目を剥いて 舌を伸ばしながら片足で跳び、右手でアコの左肩を掴んだ。


「アコ!」


シェムハザが指を鳴らして 男の舌を打ち、ボティスが右腕を蹴り上げた。

ハティが、錬金の息を吹こうとした時に男の首が落ちた。


「あ?」「何... ?」


男の身体は そのまま直立に停止し、首があった位置から煙が上がる。


男の身体の背後には、白い男がいた。

髷を結い、着物に袴。刀を握っている。


あの時 見た霊だ。ここで、矢上の首を落とした。

男は、死んじまったのか... ?


「田口... 」と、ルカが呼んだ時に

白い男は薄れて消えた。


男の首の位置から上がる煙は、空中でばらばらと纏まり出し、灰色の蝗になって落ちる。

蝗は、どれも死んでいた。


落ちた首からも 身体からも、血は流れていない。


「どうなっている? あのゴーストは何だ?」


振り返って、ルカに聞くアコに

「俺は見たことがある」と シェムハザが言い

ボティスも頷く。


榊の肩を抱いて、近くに連れて来ながら

「以前、悪魔として僕が祓った」と 説明を始めた。


長いプラチナブロンドの髪に、深いブラウンの眼。白シャツに黒スーツの下を穿いた美女に見える男のパイモンが 男の身体を調べ、ハティが落ちた首を拾い、断面を観察しながら ジェイドの話を聞く。


「名前は、田口 恵志郎だ。

キリシタン弾圧が行われていた時代に、信徒か そうでないかを確認する役人だったが、彼自身も信徒だった。

信徒を見逃し、生命いのちを救っていた人だ」


田口という役人は、信仰に背いた罪悪感から 自分を枷に繋いでしまったようだ。


ボティスに榊を預け、ジェイドがいる教会の話や

前神父などの話をしていると、ミカエルとゾイが戻って来た。

ゾイは男に戻っていて、蝶馬を肩に乗せている。


パイモンがいることで、ミカエルもパイモンも 一度 動きを止めたが、どちらも何も言わず、少しホッとする。

パイモンは たぶん無視だろうけど、ミカエルは ゾイがいるからかもしれん。


「何があった?」と聞くミカエルに、ボティスが説明する。榊がゾイの手を握った。


「その タグチという霊は、魔人の悪魔の血も取り出したのか?」


パイモンが確認し、手に出した瓶をアコが受け取り、灰色蝗を拾って入れる。

「おう、アコ」「オレら やるし」と オレとルカが代わっても

「一緒にやれば早いな」と、アコもやる。


「あの時の状況からすると、そういうことだろう。俺等が ここに入った時は、刀傷のある魔人達が倒れていて、起こすと人間になっていた」


シェムハザの答えを聞いて、パイモンは 身体の首の断面を見ながら何か考えているようだったが

「その人、生きてるのか?」と、朋樹に聞かれ

「やはり生命反応はない」と 首を傾げる。


「さっき落ちた灰色蝗は、身体に憑いていたということだろう。それを、タグチが始末した。

だが 研究室にある身体には、蝗が憑いているとは... 」


パイモンの研究室にあるのは、この ミリタリージャケットの身体の人の頭部と、ハティが調べている落ちた頭の方... 濃紺スーツの人の身体だ。

首が すげ替わったから、互い違いにある。


「研究室にある頭部は?」

「今も、身体と同じように 停止している状態だ」


「ルカ」と ハティに呼ばれて、ルカが近くに行く。

アコが拾い終わった蝗が入った瓶を パイモンに渡した。

蝗は 小さいやつだったが、30匹くらいいた。


「何かあるか?」


ハティの赤い手が持った 濃紺スーツの人の首に筆でなぞるものがあるかどうかを、ルカが探す。

頭部の瞼は閉じられていて 身体もないのに、死体に見えない。


「額とかには 何もないぜ」


「首や断面には?」


「嘘だろ?」


けど、ハティは真顔だ。

そりゃ ルカは、見ねぇ訳にもいかねぇよな。


「くっ... 」


ハティは首を倒して、断面から見せた。

ルカには悪いが、つい眼を背ける。

血みどろじゃないだけマシでも、これ、模型じゃねぇしさ。


「ない!マジで! もう勘弁しろよ」


「後頭部は?」


「... あった」


あるのか...


「頭と うなじにあるし」


シェムハザにもらった 仕事道具入れから筆を出して、ルカは 後頭部の髪の上に丸 “○” と、うなじにアルファベットの “I” というか、首の断面に届く縦線を書いた。色は灰色だ。


「何かは、全然 分からんないんだけどー。

後は、泰河じゃね?」


「えぇ... 首んとこも、やっぱ触んの?」


「ルカ、こっちは?」と、ルカがパイモンに呼ばれる。


オレが、ハティが持つ頭部に 右手で触れようとすると「まだ待て」と、ハティに止められた。

先にパイモンに、印の箇所を見せてみるらしい。


ハティが頭部をパイモンに見せている間に、朋樹やアコと 一緒に 身体の方を見ているルカの方に行ってみた。

折れた右足首は パイモンが補強したようで、シリコンのような素材の 透明な何かに包まれている。


「どうなんだ?」

「服着てるし、わかんねーじゃん。

断面には何も無いし」


「脱がせた方がいいな」と、アコが シェムハザを呼ぶと、ハティやパイモンと話しているシェムハザは指を鳴らし、身体が着ているミリタリージャケットや黒シャツに黒いジーンズ、左のスエードのブーツも身体から外れて、男の前に重なり落ちた。

折れて ぶら下がる左の腕と、鎖が食い込んだ跡が痛々しい。


「背中だ」と、ルカが筆を動かす。


肩甲骨同士を繋ぐと、首のない背骨を腰まで筆でなぞった。十字だ。色は白。


「腕と脚には、何も無いぜ」


「前は?」と、朋樹が聞く。


前に回ったルカが「胸とか腹には何も... 」と答え

アコに「脚は?」と、聞かれて しゃがみ

ルカは「オレさぁ、今なんか 位置やばくね?」と

渋いツラで言った。


「ヤバいな」

「でも何か 似合うぜ、ルカ」


「うるせー、朋樹 コラ!」と

立ち上がったルカが 朋樹にヘッドロックかましていると

「何も無かったのか?」と、アコに確認されて「なーい!」と答えるが

「下着の中は?」と、真面目に聞かれている。


「ねーだろ」

「見なきゃ分からないだろ?」


えぇ...  もしあったらさ

オレ、触るのか... ?


「お前等は、なんでそう 裸に反応するんだ?

検査の時なんか、腕でも股でも同じだろ?」


「いや、そうなんだけどさぁ」

「オレら、ぞくだからさ」


この身体の人が、ヤロウなだけマシだとは思う。

もし この人が後でこのことを知ったら、オレらで残念だろうけどさ。


「よし、見ろ」


アコが男の下着の腰部分に触れると、下着が重なった服の上に落ちた。


「あっ、アコ 何それ!」

「術か?」


「そう。シェムハザやボティスは着替えさせれるけど、俺はまだ、下着を脱がせるしか出来ない。

でも 便利だろ?」


すげぇ 限定的な術だよな...

下着を取る術を習得したアコに、俗な部分を指摘されるオレらも どうなんだろうな?


「ふう... 」と 意を決したルカが もう一度しゃがむと

「今後も こういうこともあるだろうから慣れろよ」と、アコに言われ

「うーい」と返事しながら印を探している。

“無い” であってくれ...  頼む...


「ねーし。サイドにも ねーよな... 」


両サイドを見て後ろにも回ったが、特には何も見当たらなかったようだ。よし、ホッとしたぜ。

またシェムハザに頼むと、指を鳴らして 身体に上の服以外を着せてくれた。


濃紺スーツの人の頭部を持ったパイモンたちが来て、背中の十字を観察している。


「十字の上部の先は、首の うなじと繋がりそうだが、ルカが筆でなぞって 出た色が違うな。

身体の頭部と、頭部の身体を配下に運ばせてみるか... 」


「研究室でやらねぇの?」と 聞くと

「印に泰河が触れないだろう?」ということだ。

そうだよな。


「ニルマ、頭部と身体を」


パイモンが言うと、褐色の肌に長いウェーブの黒髪の男が、肩に身体を担ぎ、片手に頭部を持って立った。

ニルマは パイモンの研究室の主任らしいが、背丈は2メートル強、肩幅も広くガタイがいい。


「パイモン、あれはミカエルか?」


黒く太い眉の下の、明るいブラウンの眼をしかめている。顎がしっかりした男前だ。

「ターザンちっく」と言うルカに、オレも朋樹も頷く。南国の匂いがする爽やか悪魔だ。


「ああ、気にするな。デート中らしい」


ボティスやジェイドといるミカエルが こっちに顔を向けたが、オレらは 気付いていないことにした。


「レスタが血液を調べていたのに

もう、首と胴体を分けてしまったのか?」


「分けられてしまったんだ。

シェムハザ、作業台を取り寄せられるか?」


パイモンが聞くと、シェムハザは

「ディル、解剖台 二台」と、物騒なステンレスの台を 二台 取り寄せた。

これが城に あるのも怖いぜ。


ミリタリージャケットを着ていた、左の鎖骨が折れた人の身体を、一台のステンレス台に オレとルカが寝せる。

首の中 見ちまって、おお... と 目眩がした。


もう 一台に、ニルマが 濃紺スーツの人の身体を寝せると、シェムハザが 指を鳴らして服を脱がせている。


前面から印を探していたルカが「何も」と 首を横に振ると、ニルマが ステンレス台の身体を反転させ、背面に向けた。


「やっぱり十字だ」と 肩甲骨同士を繋ぎ、首の付け根から腰までをなぞったが、十字の色は 白ではなく灰色だった。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る