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「バスクに行って来たぜ?」


「おう、おかえり ミカエル」

「マジで? どうだった?」


教会を出て、バス停めた駐車場に戻っても

ミカエルは戻って来ず、オレらは とりあえず帰って来た。


ボティスは里に向かったけど、オレらは帰りに

沙耶さんの店に顔を出した。

ゾイ、気になったしさぁ。


ゾイは『おかえり』って、普通に店のことしてて

飯出してもらいながら、沙耶さんに今回の報告をする。

ま、ゾイにも聞いてただろうから、軽めにしたけど。


話の途中で、ゾイのパーカーの後ろから出て来た寝ぼけ顔のアンバーが、ジェイドの胸に収まって

でかい琥珀の眼に 瞼が開き切れず、いつもの半分の眼だったけど、ジェイドが『ただいま』って いとおしそうに額にキスしてた。


教会での話をすると、沙耶さんは

『リラさん、目覚めたのね!』と 喜んでくれて

『リラは、本当に天使になったんだね。

人を導き続ける使命を与えて、神父の心を救ったんだ』と、ゾイが 天使を思わせる表情かおで笑った。


飯 食いながら、胸ん中が 甘いような 痛いような感じになる。

嬉しかった。

リラが 無事に目覚めたことも、明るい楽園で過ごせる ってことも。


『あいつも、第二天ラキアで パン食ったりすんのかな?』


『もちろん食べるよ!

きっとミカエルが 楽園深部の配属にすると思うから、花や果樹の手入れか 動物たちのお世話の仕事かも。

安全で 安心して過ごせるよ』


コーヒーを出してくれながら、ゾイが教えてくれるけど、普通に見えるのが 余計 気になるんだよなー。


つい じっと見ちまってたら、沙耶さんが

『デザートを持ってくるわね。

今日は、いちごのタルトよ』って、キッチンに入って行った。


オレと眼が合ったゾイは、ふう って息ついて

『謝った方がいいよね』って 悩んでる顔で言う。

沙耶さんに話してなかったらしく、何とか普通を装ってたけど、実は

“ミカエルを怒らせてしまった” って、ずっと気にしてたっぽい。

沙耶さんは “何かある” って気付いてるみたいだけどさぁ。


朋樹が『いや、また謝るのはなぁ... 』って 言って

ジェイドが どう答えようか迷ってたら、泰河が

『ゾイってさ、ミカエルのこと、男として見てねぇの?』って 謎の質問をした。


いや思ってるだろ。

むしろ、ミカエルしか男じゃねーしさぁ。


『おまえ... 』って言ったら

『いや、だって そうじゃねぇか。

女の子と話しててさ、“私の友達に会って” って 言われたら、その子、オレのことは 男として見てねぇってことだろ?』って、眉間に軽いシワ寄せて コーヒー 飲んだし。


これは...  今さら

ゾイの気持ちには気付いてないぜ 作戦かよ?

自分に当て嵌めて、ゾイに 冷静に気付かせる...


『えっ... そんなこと... 』


ゾイは、考えもつかなったようで

『だって、ミカエルだよ?

下級天使のことを、そんな風に見ないよ』って

いちいち女性視しないだろう 発言をした。

うーん、まあ 天ではそうかもだよな...

恋知らずだったしさぁ。


けど


『いや、ゾイ。あいつだってさぁ、“ミカエル” って前に “男” なん』だぜ って言い掛けたら

『うるせぇよ ルカ』『腹立つ なんか』

『おまえは黙ってていいよ』って、ひなん浴びまくったんだぜ。

“ココ” って時の定番 出したかったのによー。


『つまり、おまえはミカエルの自尊心プライド

へし折った訳だ』


朋樹が言うと、ゾイはショック受けた顔になったのに、更に

『おまえが “下級天使” として見られてるんなら

尚更なんじゃねぇのか?

“ミカエル” なのに、下級天使ごときに 男としては見られないんだしな』とか言いやがった。


でも

『ミカエルに憧れてんだろ?

なら 素直に、“憧れてます!” で いいんじゃねぇのか? 変に遠慮するから、逆に 相手を傷付けることになるんだよ。

ミカエルは、どの天使からでも憧れられてるから

おまえが そう言っても、何も気にしねぇぜ』って

遠回しに 素直に接しろ って言ってるし。


『うん、オレがミカエルの立場なら、その方が嬉しいと思うぜ。

地上で守護してるんだし、知らない子じゃねぇしさ。

“憧れてくれてるんだ、ありがとう” って感じじゃねぇかな?』


泰河も言うと、ゾイは『うん... 』って 頷いたけど

“いいのかな?” って迷ってる風に見える。


『後で、教会で話さないか?』と

ジェイドが言うと、少し ホッとした顔で頷いた。



で、デザートの春っぽいタルトもらって、ジェイドの家に戻って だらだらしてたら

エデンのゲート 開いたらしいミカエルが 玄関から普通に 翼 背負って入って来たとこ。


手に持ってたビニール袋を テーブルに置いて

「珈琲!」って 言うし、泰河が淹れに行く。

ビニール袋の中身は プラモデルの箱だった。


「バラキエルは?」

「里」


ふうん って顔したミカエルは、メカ系ドラゴンのプラモデルの箱を開け出して、部品パーツを むしり取り出した。


「何やってんだよ ミカエル!」


朋樹が眼を剥く。

こういう眼ぇすんの めずらしいよなぁ。

ジェイドも “へぇ... ” ってツラで見てやがる。


「何 って、これから外して 組み立てるんだろ?」


「ニッパーで切り取るんだよ!

外してから部品から出てるとこを、またナイフで きれいに削って、ヤスリかけるんだぜ」


オレ、プラモデルって作ったことねーんだよなぁ。

模型とかって、もし欲しかったら 最初から完成してるやつ買うしさぁ。


朋樹ん家は、完成品は買わない方針らしかった。

プラモデルを自分で組み立てるならいい らしい。

ゲームも禁止家庭だったから、泰河ん家でやってたようだ。


「だって、道具が何も無いだろ?」


「シェムハザ」って 喚ぶと

「何だ? さっき帰ったばかりだろう?」と シェムハザが立つけど、テーブルの上を見て

ニッパーとかヤスリとか取り寄せてくれた。


オレが ソファーを立つと、シェムハザが座って

「大胆に捻り切ったな... 」と、ナイフで部品を きれいに しはじめてる。

朋樹が ニッパーで部品を外し出して、シェムハザに渡し、ジェイドがヤスリ掛け。


コーヒーを淹れてきた泰河が、カップを ミカエルの前に置いて、床に座り

「シュガールに会って来たのか?」って聞くと

「うん、会って来た」と 話し始めた。


「シュガールとマリは、バスクも嵐にした後、

マリは アンボト山の洞窟に戻った。

海に突き出た岩の所に、シュガールが居たから

腕 落としたことを謝って来た」


シュガールは、海に碧い蛇の身体を浸けたまま

岩に半身を上げて、頬杖を付いて

マリがいるアンボト山を ニコニコして見ていた っていう。


ミカエルが謝ると

“くっつけてもらったから” と、笑ったらしく

バスクの海域とアンボト山にミカエルが加護を与え、仲良くなって帰って来た。


「良かったじゃん」って言うと

「うん。たまに様子を見に行く」って

コーヒー飲んで、ジェイドがヤスリで仕上げた部品を 指で摘まんでみてる。


「ミカエル、無くすなよ。

泰河、小さい部品の仮組み立て」


朋樹に言われて ムッとしたミカエルが、ソファーを降りて、床に座るオレの隣に来た。

翼分が嵩張るよなぁ。先の方が床に着いてるし。


「リラのことだけど、目覚めたばっかりだから

もうしばらくラファエルのとこにいるぜ?」


「ん、そうなんだ」


リラは、ラファエルの診療所で目覚めた時

“モン クール” って呟いたらしかった。

海でも、オレを見て言った言葉だ。


「mon cœur... “私の心” だ」


ナイフで部品の処理をしているシェムハザが

「“心臓” の意味もある。

英語ならば、my heart だ」と 教えてくれた。


はじめて、駐車場で エデンのゲートを見た時に

門のアーチの中に立ったリラが、オレを見て

くちびるを動かした。

あの時も、そう言ったのか...


なんか 胸が じわっと 熱くなってばかりいる。

泰河が ニヤっとしてやがるけどさぁ

今度、榊に 話してみよかな...


「リラが目覚めたのは、ちょうど俺が 海から天に戻った時だったから、すぐに診療所へ行った。

リラは、エデンや 海にいた俺を覚えてた。

海での話を聞かせて、親類の子供の髪の色も変わったことや、悪魔ダビに憑かれていた神父の話もした。

“神父には加護を与える” って言ったら

“私も話がしたい” って言ったから 連れて降りたんだ。少し無理をさせたけど」


リラは、生前の頃の記憶や 海の中の記憶、預言者の時の記憶も 全部 思い出した。

ラファエルの診療所を出たら、第四天マコノムの楽園深部配属になるようだ。


「鳥と花をみる仕事に就く。

指導は、アリエルとザドキエルに任せることになるけど。

術は、ラミーが教える。マルコシアスだな。

エデンでも身体の象を保てるようになったら、エデンのゲートまで連れて来てやるよ」


「えっ、会えるのか?!」


オレじゃなくて、泰河が聞く。

なんか、胸いっぱいで 何も言えねーし。


「うん。アーチの内側まで ならな。

下級天使は、召喚すると光の象になるだろ?」


「じゃあ、榊も また会えるな」

「よかったな、ルカ!」

「琉地は、エデンでリラと遊べるじゃないか」


「おう」って 返事しか出来なかったけど

マジで嬉しいし。

瞼 熱くなってきたから、気を紛らわすために

キッチンの棚にあるビスコッティを取りに行くと

シェムハザが コーヒーを取り寄せてくれた。


処理が済んだプラモデルの部品を仮組み立てしてる 泰河が

「あのさ、シュリも リラに会えるかな?」って、何気ない感じで聞いてる。

シュリって、朱里アカリちゃんのことだ。

泰河は今も 出会った時の店の名前での呼ぶ。


「うん、いいぜ。リラの友なんだろ?」


ミカエルは、ちょっと言葉を止めた。

ゾイが、友達のマリエルっていう天使の話をしたことが よぎったのかもだよな...


「リラが、エデンに降りれるようになったら教えてやるよ。

楽園に入って、多少 術も覚えたら、召喚した時に 光の象でも 少し 会話が出来るようになるぜ?」


「マジか!」「天での話も聞けるね」


オレらだけじゃなくて、榊や朱里ちゃんも リラと話せる と思うと、じわじわまた嬉しくなってきたりする。

別に、気分が 暗く落ちてた訳でもないんだけど

こうやって明るい気分になったのは、結構 久々な気がした。


「ミカエル、“ミソスープ” って言わねーのな」


あんまり さりげなくないけど、明るい雰囲気だし

さらっと流されてもいい って感じで言ってみたら

「うん、また そのうち行くぜ?」って 答えた。

普通に見えるし。


誰も何も言わなかったら「何だよ?」って ブロンドの眉しかめて、泰河 退かすと、またソファーに座って、ビスコッティをコーヒーカップに突っ込んだ。


「ちゃんと守護もするから、心配するなよ」って

ビスコッティ食ってて、なんとなく こっちが何も言えなかった。

これは ふわー って、空中分解しちまったのか?


「出来てきたな」


泰河の手から、仮組み立てのメカっぽいドラゴン取って

「今から接着剤つけて、組み立てだからな」と

朋樹から、まだ触るな指令 出されてやがる。

シェムハザが ミカエルの横顔を見てた。


「シェムハザ、お前等。

あっ、ミカエルもいたのか」


アコ出現。

赤レザージャケットに 黒のダメージジーンズ。

中の白いTシャツには、イエスらしき男がプリントされてるし。いいのかよ?


ミカエルは、アコのシャツ見て

「俺のシャツは無いのかよ?」って言った。

そういう問題らしいんだぜ。


「ミカエルのシャツもいいな。探しとく」


「アコ、何かあったのか?」


テーブルのビスコッティに手を伸ばした アコに

シェムハザが聞くと

「うん。ボティスにも言ったから、もう帰って来るけど、グレー蝗が うじゃうじゃ貼り付いてた男がいただろ?」と、ジェイドのコーヒーに ビスコッティを浸し

「軍の見張りを倒して逃げた」とか言うし。


「どういうことだ?」


「見張りは、もちろん姿は見えなくしてた。

男は、独り用のマンションで暮らしてて

見張りの悪魔は バルコニーにいたんだ。

男はバルコニーに出て来て、見張りに飛び掛かって、吸血して逃げた」


吸血... ?


「えっ? 血を吸ったのか?」


「そう。揉み合いになって “手首 噛まれた” って」


なんだよ それ...

それに なんで、姿を消した悪魔が見えたんだろ?


「噛まれた見張りは今、パイモンに診てもらってる。男は 二階から跳んで、走って逃げたらしい。

今、軍の奴等が捜してる」


二階からかぁ... まあ、跳べなくはないけど

グレー蝗が付いてた男は、そういうことしなさそうだったんだよなぁ。

背は 170くらいで、細身。大人しそうに見えた。

グレー蝗自体、吸血するやつで、男の血を吸血してたんだったよな...

なんかイヤな予感するぜー。


玄関が開く音がして、ボティスが入って来た。


「おう、ボティス」「おかーり」

「バラキエル。隣に座れよ。

シェムハザ お前、向かいに移動しろよ」


アコとボティスが座る場所を空けるため、朋樹とジェイドがソファーを降りる。

「面倒臭いな」「全くな」って言いながら

シェムハザが向かいに移動すると、ボティスが

ミカエルの隣に座って、まだ触るな って言われた

仮組み立てメカドラゴンを受け取ってる。

ついに、オレら全員 床だし。


「狭いな」「ギリギリ座れるけど」

「召喚部屋の方が良くねぇか?」

「ハティとかパイモンが来たら、もう無理だよなー」


「ボティス、アコ。シェム...  ミカエル?!」


またなんか来た。

黒スーツで、ツーブロックでアップバングの黒髪。

耳軟骨にボディピアス。オレンジブラウンの眼。

たぶん、ボティスの軍のヤツだ。

耳の下からトライバルのタトゥが、シャツの中に続いてる。キャンプ場で見た気する。


「何だよ、居ちゃ悪いのかよ?」


「ミカエル、黙っとけ。イゲル、何だ?」


「... 男が遺体で見つかった」


「えっ、マジで?!」「なんで?!」


ボティスが、“うるせぇ” って 眼で振り向くし

うん って頷いとく。


「マンションから そんなに離れてない路地に

正座した形で、座って死んでた。

遺体は回収して、パイモンの所に運んで

今、ハーゲンティと 二人で調べてる」


正座って...


話を聞いて、ミカエルが イゲルってヤツに眼を向けると、イゲルは テーブルに眼を逸らした。

そりゃ 怖ぇよなぁ。


「わかった。また何か分かったら報告。

アコ、六山にグレー蝗の注意喚起をしとけ」


ボティスが命じると「わかった」と

ソファーを立ったアコが 先に消える。


「イゲル、どうした?」


イゲルは「もう 一つある」と

ミカエルを見ないように、ボティスに向いて

「男の遺体には、首が無かった」と 言った。






********       「人魚」 了

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