罪人
泰河
1
「灰色の
冬の海から ジェイドの家に戻ったオレらは
プラモデルを持って、召喚部屋に移動した。
松の海の近くのコンビニ前で会った 背中に大量の
会話も交わしてないけど、つい こないだ会った人だし、亡くなったと聞いても まだ現実感がない。
驚いたし、何かは胸にあるけど
“悲しみ” だとか、そういう名を付けられないようなものだった。
灰色蝗は、付くだけじゃなく 吸血するらしい。
黒蝗のように、囁いて
実害があるタイプだ。
被害者の人が吸血された時は、貧血以外には何も変わったところがなかったから、検査後に解放して、ボティスの地界の軍のヤツが見張りについてた。
その見張りは もちろん悪魔だし、人間には姿が見えないように隠せる。
なのに、被害者の男は 見張りの悪魔に襲い掛かり
手首を噛んで吸血して、二階のバルコニーから
跳んで逃げたらしい。
男は、人通りの少ない路地で見つかったけど
正座した形で、首が無かったようだ。
この被害者の報せを聞いた時、最初にアコが来て
“見張りから逃げた” と聞いた。
次に、そう間を置かずに、ボティスの軍のイゲルってヤツが、“遺体で見つかった” と報せに来た。
男が逃走してから 遺体になってしまうまで、大して時間が経っていないことになる。
逃げて すぐに... って感じだ。
“首が無かった” ってことは、誰かに殺られた恐れが高いんじゃないかと思うけど
“正座で座って” っていうのも気に掛かる。
灰色蝗や遺体は、ハティとパイモンが 地界で調べているから、何か分かったら報せに来てくれるけど、今は、検査結果を報せるためでなく
ボティスとシェムハザや ミカエル、オレらとも
話をするために ハティが来ている。
パイモンやアコ、榊たちも来ることもあるから
ジェイドん家のリビングに 大人数はキツい。
元は、あの教会の前神父さんが 一人で暮らしてた家だしな。
シェムハザが取り寄せてくれた飯 食いながら、話に参加してるけど、もう深夜なんだよな...
仕事だし、仕方ないけどさ。
「蝗から検出されたのは、被害者の血液と
アバドンのウイルスにより変容した遺伝子、及び
クライシやモレクのように、奈落より這い出た者と思われる」
「サンプルがない遺伝子?」
「左様。サンプルがある堕天使系統の悪魔や、キュベレの血縁には該当しない ということだ。
異教神の確率が高い」
だいたいさ、蝗っていえば アバドンだもんな。
アバドンの奈落には、キュベレが眠っているけど
キュベレの目覚めには、人間の魂が大量にいる。
魂集めをするために、アバドンが 奈落の牢に繋がれた異教神を出して使ってる。
これを阻止しなけりゃ、人がたくさん死んで
大母神キュベレが目覚める。
阻止すると、異教の神の排除... サンダルフォンの地上掌握に繋がる。
どっちにしろ、サンダルフォンが目論んでいることには代わりないけど、オレらが選ぶのは
異教神の排除しかないんだよな。
それでも モレクの時は
たくさんの犠牲者が出た。
黒蝗に操られて、自ら火に入った人もいたけど
かろうじて火の中では死ななかったから
生贄にはならなかった というだけで、犠牲にはなっている。
そして サンダルフォンも、人を消滅させ、サリエル配下の天使たちを差し向けた。
“異教徒の殲滅” と、人の魂を取るために。
「... また、被害者の頚椎は 全て失われていた」
「へ... ? 首の骨 七つ全部 ってこと?」
海から帰った疲れのせいか、あくびを噛み殺して聞くルカに、ハティは頷き
「頭部のみが無いのではなく、肩から上が無かった。皮膚や筋肉は、鋭利な刃物を使って切断したのではなく、千切れていた。
だが、無理に引き千切った といったように組織が引き伸ばされた痕跡は無い」と
オレには よくわからんことを言った。
「引っ張らずに千切られてる、ってことか?」
朋樹も聞くと、ハティは「そう見受けられる」と
答え、深紅の指にグラスを取って ワインを口に運ぶ。
「術か?」
「術や呪詛なら、なんらかの痕跡が残るものだが
ハティが痕跡に気付かないのは 妙だろう?」
ボティスやシェムハザも話しているけど
ミカエルは、飯 食いながら 物思いに耽ってる風なツラになってる。
自分が無心に食い続けているのが、チコリだとは気づいてないみてぇだしな。
「被害者の男は、首を千切られた後
正座の形に座らせられたのか?」
クリームチーズのフリットをアンバーに渡しながら、ジェイドが聞くけど
「その辺りは まだはっきりしない」ってことだ。
けどさ、正座させといて 一気に斬首... なら まだ想像つくけど、それでも首を失った後、身体は倒れるんじゃないかと思う。
まぁ、刃物で斬首じゃないらしいしさ。
“千切れて” っていうのが、よく分からんけど
とにかく、正座の形を保ったまま肩から上が無くなることって、ないんじゃねぇかな?
「その、千切られちまった首から上は?」
オレも聞いてみると、ボティスが軍に探させているところで、まだ見つかっていなかった。
普通に考えたら、千切ったヤツが 持って行った ってことになるよな...
「更なる検査結果が出次第、また報じに来るが
注意は怠らぬことだ」と、ハティがソファーを立って「奈落の蝗が見えるという クライシの被害者等にも、灰の蝗は触らぬよう... 」と 言い掛けると
ミカエルが
「教会に呼べば、まとめて加護 与えるぜ?
そうすりゃ憑かれはしないだろ?」と
まだチコリ齧りながら言う。
「あんまり派手にやる訳にもいかんだろ?」
そう言ったボティスに「まぁな」と 答えて
「口ん中 ニガイ」と 顔をしかめて
食い差しのチコリを取り皿にポイっと置いた。
大規模に加護を与える場合は、天の許可がいるらしい。
正当な理由がなければ、見守るという通常の守護の範囲を超えたものになるし、悪魔や他の魔も遠ざけてしまうので、誘惑に打ち克つ... という 魂の成長を阻害することにもなり、自由意思をねじ曲げることにも なりかねない。
他神の加護との兼ね合いもあるようだ。
「でも 蝗が見える奴等も、奈落... 天の被害者だ。
そういう場合なら、加護を与えても咎められることはない。
蝗が見えるんだったら、人に付いてるのを見てしまうと 気になるだろ?
そういう時に、シェムハザやアコを喚ばせて
悪魔との仲を深くさせる訳にもいかない。
蝗を対処させる気もないけど、被害を被る可能性も無くしておいた方がいい」
ミカエル、物思いに耽ってても
話は ちゃんと聞いてんだな。
「それじゃ 明日から、蝗が見える人に連絡して
教会に来てもらうようにするよ」
ジェイドが言うと、ミカエルに頷いたハティが消える。
「なんか甘い物!」って ミカエルが威張ると
シェムハザがマドレーヌとマカロンを取り寄せてくれた。
「マカロンも作ってんの?」と ルカが聞くと
「アリエルと葉月が」と、シェムハザの輝きと
花砂糖の甘く爽やかな匂いが増す。
この原理って どうなってんだろうな?
人は焦ったり恐怖を感じると、脂質混じりの汗をかくらしい。ねっとりタイプのやつだ。
確かにわかる。でかい仕事の後とか、風呂入ってないような髪になってるしな。
なかなか太らねぇけど、よく心臓も縮む。
シェムハザは それの逆で、喜びで甘い匂いが増すんだろうけど、なんで眩しくもなるんだ?
だいたい術だって、なかなか呪文を詠唱しない。
指鳴らすだけ っていうスマートさだ。
ハティも手の動作だけで術掛けするけど、何か違う...
「泰河、食べないのか?」
眉間に薄いシワ寄せたシェムハザに言われて
「いや、食うぜ もちろん!」と
顎ヒゲにあった指で、最後に残った薄いグリーンのマカロンを取る。
「おっ、抹茶味?」
「そうだ。俺が気に入った この国の物を城に取り入れている。
アリエルや子供たちは、この国の出身だからな」
「明日から何するんだ? やっぱり蝗探しか?」
マドレーヌに手を伸ばしながら 朋樹が言うのを聞いて、オレもルカもゲンナリした顔になっちまう。それも仕事だけどさ、地味なんだよな...
「いや。蝗の調査は、六山内を霊獣達と猫達、他の市街地は広範囲に、俺の軍とパイモンの軍がすることになった。
留守にしていた間にも、黒蝗の採集をしていたこともあるが、パイモンが黒蝗を繁殖させて 相当数の者が蝗を食ったからな」
「助かるぜー」と ルカが あくびして、オレにも移った。
外 歩いてて、蝗見かけりゃ取るけどさ、探しに行くのは本当に大変なんだよな。
人間じゃない霊獣達には、蝗は憑かない。
アバドンが この国のものをよく知らない ってこともあるし、人間の魂集めのために異教神や蝗を放ってるってこともあるから、霊獣だけでなく動物たちにも憑かないようだ。
「人化け修行の 一貫として、主に狐と狸、あとは 一の山の猫と街猫が蝗採集をするが、この辺りでは まだ灰色蝗は見つかっていないからな。
灰色蝗は 黒蝗とは憑き方が違うこともある。
霊獣達が もし見つけた場合は、オレかアコを喚ぶように言ってある」
コーヒーのお代わりを取り寄せてくれながら
シェムハザが言うと
「灰色蝗って、一匹だけアンバーが持って来てたよな?」と、朋樹が ジェイドに確認する。
確か そうだった。
モレクの件の時、山ん中で アンバーを呼ぶと
里にいたアンバーは、山に来る途中で灰色蝗の声を聞いて、拾って来た。
マドレーヌ食ってるアンバーの、ひらひら耳の間
白い鬣の額に、ルカが手のひらを乗せて
「蝗 拾った場所って、ここから遠いー?」と聞くと、アンバーは鉤爪の小さい両手に持った マドレーヌから口を離して、でかい琥珀の眼を閉じた。
場所を思い浮かべてみて、ルカに伝えようとしているようだが、隣から霊視した朋樹が
「見たことない大通りの交差点だな」と 簡単に言った。
「キ?」と アンバーも眼を開ける。
ルカは「何だよ朋樹!」って ガッカリしてるけど
意思とか思念じゃなくて、実際に見たりしたことなら、こうやって朋樹が視た方が早いんだよな。
「海の方の調査は、被害者の首探しと共に軍の者にさせている。
明日は、そっちの場所の調査だな」
「そうか。場所はアンバーが分かってるから
一度シェムハザに行ってもらって、道案内してもらえばいいしね」
ジェイドが額を指で撫でながら言うと、アンバーは「キッ」と やる気だ。
「だが、とりあえず今日は もう寝ろ。
海から戻ったばかりだからな」
シェムハザに言われて「ういー」と 荷物置き 兼 寝室に着替えに行く。
「俺も また明日来る」と、シェムハザは城に帰って行った。
合宿みてぇだよな... って 思いながら、歯磨きしたり顔洗ったりの間に、まだ仮組み立てのままの メカドラゴンを持った ミカエルが
「俺も 眠りしようかな」と ぼんやり言うと
「眠りの前に 少し話すか?」と ボティスが言ってみている。ゾイの話だな。
「うん、いいぜ」
ちょっと嬉しそうに答えた ミカエルを見て
「おやすみぃ」「昼まで起こさないでくれ」と
オレらはアンバーを連れて、寝室に入った。
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