25


琉地が神父の腹から降り、神父を支え起こすと

ミカエルが 額にキスをして出血を癒す。

朋樹が 青い蝶の気枯れ式鬼を打ち、神父の胸に溶かした。


神父は 目を覚ますと、導かれるようにミカエルに眼を止め、みるみると眼を潤ませて 涙を流した。

ダビが前に出ている間も、夢を見るように

ぼんやりと状況が分かっていたらしい。


「大丈夫ですか?」と、ジェイドが聞くと

「ああ、はい...  すみません... 」と、まだ上手く話せないようだ。

ミカエルが神父の背に手を添えた。


長椅子に座ってもらう間に、琉地を撫でて オレも床から立つと、ニカッと笑った琉地が タッタと軽い足取りで後ろの方の長椅子に向かって行った。

榊か...


狐姿で離れて見守っていた榊は、琉地が近付いて行くと、クリームの毛色の長い鼻の顔を ふいっと壁側に向けた。

一度そっちに眼を向けたボティスは、普通のツラして こっちに向き直ったし、まあ、オレも ちょっと様子 見よかな...


「先程は、手荒な真似をして すみませんでした。

こちらの教会の西原司祭ですね?」


ジェイドは、通路に片膝を付き、ミカエルの隣に座る神父に

「ジェイド・ヴィタリーニと申します。

あなたと同じ、カトリック教会の司祭です」と

握手の手を差し出して、挨拶をした。


「突然 押し掛けて申し訳ありません。

真島さんの ご家系について、お話を伺いたいのですが」


神父たちと通路を挟んで、朋樹とボティスが座り

オレと泰河は、話が聞こえる程度に 少し離れて座る。


教会の入口近くに 忽然と顕れたシェムハザが

榊の隣に座ると

琉地が シェムハザの隣に転がって 腹を見せて

“撫でろ” と要求し出した。

あいつ、よくシェムハザの城に行ってるからなー。シェムハザも 腕 伸ばして 撫でてるし。


「... 真島さんの ご家系の方とお会いしたのは

まだ助祭となったばかりの頃でした。

私は、現在いまはこちらに併合された 海の近くに建つ教会に居りまして、信徒の方々の様々な

ご相談に乗っていたのですが

真島さんは、“最近 フランスから帰国した” と

奥様やお子様たちを連れて 祈りにいらっしゃったのです。

娘さんのリラさんだけが、髪の毛や眼の色が明るい色をされておいでだったので、印象に残りました」


神父が初めに会ったのは、リラの 一家だったようだ。


「奥様や お子様達は、時々ミサに出席される程度でしたが、真島さんは よく、リラさんを連れて

祈りにいらっしゃっていました。

そのうちに、私は 真島さんと世間話をする程度の知り合いになっていました」


ある晩、リラの父さんは 一人だけで祈りに来たらしい。

“父と母が、共に眠りについた日” だと。


死者のための祈りに、聖書を朗読し

リラの父さんが祈りを終えると

長椅子に座って、リラの父さんが

ぽつぽつと話すことを聞いたらしかった。


“フランスで、聞いた話です。

聞いた、と いっても、直接に聞いた訳ではありません。

母の家族が話していることを、聞いてしまったのです... ”


リラの父さんが話すには、その日のパン屋の仕事を終え、帰宅する時に 忘れ物に気付き

また店の裏口に戻ると、開けたドアの向こうで

“リラは... ” と話をする声が聞こえたようだ。


話をしているのは、リラの父さんの母... ジャンヌさんの 兄と父で

“犠牲は払われたのに、何故また あの髪の色に?”

と いう話を聞いてしまったらしい。


“先祖に罪” のため、犠牲を払わされること。

犠牲となる子は、髪がブロンドになる。

一世代に 一人、必ず女。

ブロンドの髪が元の色に戻れば、罪が贖われた証だということ。


“贖いは終わらない。罪は払われることはない”

“迷信に振り回されて、誰も死ぬことなどない”


二人は、そう話していたけど

“けれど、ジャンヌは... ” と 母親の話をしだした。


ジャンヌさんは、贖罪の話は知らなかったようだ。誰も話さなかったから。


日本とおくに嫁げば大丈夫だと 安心していたのに”


ジャンヌさんと旦那さんが事故で亡くなった時

フランスには、遺書が届いていて

“自分達の選択を許して欲しい” とあったようだ。


“自分の娘... リラの叔母 を救いたい。

今までの贖罪では足りなかった。

主人と 二人で逝くから、きっと赦される。

成人した子供たちを支えて欲しい”、と。


その時は、一族で ひどく揉めたらしかった。

“誰が話した?!” と、疑い合い ののしりあって。


リラの叔母は もちろん、もう生まれていたから

ブロンドで眼の色も黒くないと分かっている。

だけど 贖罪の後も、叔母の髪色は戻らず

リラの髪まで ブロンドに染まった。


“リラたちは、このままフランスで暮らした方が

安全なんじゃないか? 離れて暮らせば... ”


“だが 三代程前の世代も、そういった措置を取ったようだが 無駄だったんだ。

何故か知って、犠牲を選んでしまう”


“とにかく、話を耳に入れるな”


リラの父さんは、二人に声を掛けられないまま

帰宅した。


ジャンヌさんと父親が自死だった と聞いて

リラの父さんは悩んだ。

けれど奥さんにも話さず、一人で悩んでいたようだ。


フランスにいる間に、“家系のことを知りたい” と

会う親類みんなに聞いてみたけど

“家系図なんてあるような大層な家柄じゃないわ”

“じいさんまでしか名前も分からないね” と

いった風で、誰も話そうとしない。


何年かの修行で、一人前のパン職人になると

“そろそろ 自分の店を持ってはどうか?” という

話になった。


“フランスで... ” と言われていたけど

奥さんは、日本へ戻りたいようだった。

“私と妹の 二人姉妹だから、両親が心配で... ”

それで、一家で日本に戻ってきたらしい。


“そんなことを、信じている訳じゃありません”


リラの父さんは、神父に そう話した。


“ですが、父と母は ちゃんと

神の御元で 眠れているのでしょうか?”


“勿論です。罪は等しく赦されます。

天使様に導かれ、主の御元へと旅立つのです”


神父が答えると、リラの父は目頭を押さえ

また祈り、教会を後にした。


「私には、“贖罪” という言葉が 引っ掛かっていました。

犠牲を求め続ける者など... と、怒りのようなものも沸きました」


迷信だとは思っても、何かが引っ掛かる。

それに 万が一、いつか リラまでが...


「協会へ行き、追悼ミサの記録を調べました。

すると、私がいた 海の教会ではなく

この教会の記録に、真島さんとジャンヌさんの

名前を見つけたのです」


“事故” と記載されているけど

本当に 二人で亡くなられている。


次に、信徒の名簿を調べてみると

リラの父の 兄と弟は、信徒として名があるけど

嫁いだという姉の名はないようだった。


その姉が、明るい髪色だと聞いている。

主の加護が必要なのではないか?

けれど、他宗教の方に それを勧めるのも差し出がましい気もする。


「私は、所謂いわゆる 霊感のようなものがあり

幼い頃から 妙なものを見たり、声を聞いたりということがありました。

そういったことも、この道を志した 一因だったのです」


神父は、どうしても胸騒ぎがし

ジャンヌさんが亡くなった時のことを知る司祭に

話を聞いてみることにしたようだ。


「追悼記録に記載されていた、追悼ミサを執り行った司祭は、まだ同じ協会に属していました」


司祭に “協会で話せないか?” と 相談すると

翌日すぐに会って話せることになった。


協会の建物に入り、指定されていた会議室に入ると、司祭はテーブルの向こうの 折り畳み椅子に座っていた。


挨拶と握手をし、向かいに座る。


“真島さん御夫妻のことですね?” と 言った 司祭に頷くと

“犠牲は払われるべきなのです” と 藍色の強膜の眼で、司祭は笑った。


神父は それから、一時的に記憶を喪失することがあったようだが、何故か気に掛けなかった。

司祭に憑いていたダビが 神父に移り

時々 前に出てきた時に、記憶を失ったのだろうと思われる。


「私は 気付くと、海の教会にいて

目の前には、真島さんのお姉さんと旦那様がおられました。

いやに ぼんやりとしていました。

夢をみているかのように。

目の前にいた お二人も、同じように どこか虚ろな表情をされていたように思います。

教会の窓は開いていなかったのに、話をする間中

潮の香が漂い、波の音が聞こえていました」


自分の口が動いて話す言葉を、自分も遠くで聞いているような感覚だったそうだ。


話した内容は、ジャンヌさんの家系には

先祖が犯した罪があり、髪の色は その表れであること。

ジャンヌさんは、そのために犠牲になったけど

罪はまだ払われていないことと

次は、姪のリラにるいが及ぶということ。


“定められた ひとりが犠牲になれば

次の者は救われるのです。導きに従うことです... ”


急に意識がハッキリとして、愕然とした。

自分が話したことに。

話にショックを受けている 二人に

“ですが、天使様が必ず救ってくださいます” と

添えた。“天使様が 救いの印を下さる” と。


「何故、天使が?」と、ジェイドが聞くと

神父は 話すのを迷ったようだけど

「... 幼い頃に、見たことがあるからです」と 答えた。


通っていたカトリック系の幼稚園で、ブランコから落ちてしまった友達がいた。

揺れて戻るブランコが、その子に当たりそうになった時に、白い翼のある人が それを停止させたらしい。


ブランコが揺れないように戻すと、泣いている友達の頭を撫でて、白い翼の人は消えたけど

“てんしさまだ”... と、直感的に感じたようだ。

こういう話を聞くと、天使に傾倒しても仕方がない気がする。


「私は、話してしまったという罪を告白しようと

海の教会の司祭に向き合いました。

ですが、その時になると また夢を見ているような感覚となり

“罪ではなく、人を救ったのだ” と、頭に声が響くのです。

結局、司祭に話すことは出来ませんでしたが

私と向き合う司祭も、虚ろな顔をしており

後になると そのことは覚えていなかったのです」


協会や別の教会でも、罪の告白を試みる。

リラの父さんにも 話さなければならない。

なのに いつも、頭に靄が掛かり

“罪ではない” と 声を聞いて終わる。


リラの叔母... 自分が話した、真島さんの姉が海で亡くなった と聞いた時は、その直後から数ヵ月の記憶が曖昧になったようだった。


“自分のせいだ” と考える度に

“正しいことをした” “彼女は病死だった” と 誰かが囁く。

それでも、自分が憑かれているとは露程も考えなかった。


ダビは、神父の魂を取ったり からかったりするのが 憑いた目的じゃない。

神父を騙しながら、上手く操作してたみたいだ。


「そして、海の教会が

この教会に併合される前のことでした」


助祭から司祭となった神父は、移動となり

しばらく別の教会にいたが、また戻ることになった。この教会に。


海の教会が 近くに併合され、無くなる と聞いた。

懐かしさもあり、訪ねてみることにした。


扉を開けてみると、明るい髪色の若い女性が

長椅子に座って、祈っていた。リラだ。


“今日は、叔母が眠りについた日なんです”


「私は また、話し終えた後に気付き

“天使様が導いてくださる” と... 」


神父は声を震わせ、片手で口元を覆うと

すすり上げ、肩まで震わせた。

  

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