20


「... なんだよ、それ」


泰河が イラついた口調で、呆れた笑い方をした。


「“予定”? 死ぬために生まれる ってことかよ?

なら、髪や眼の色は、その印 ってことか?」


眉間に深いシワを寄せて、ジェイドに言うと

テーブルの家系図を睨んだ。

シュガールや 松の方の海での話を終えたボティスたちも、こっちの話に参加する。


「そのために生まれる、って訳ではない... と思うぜ。何かに命を取られるんじゃなくて... 」


朋樹が言いめる。“自死” だから... か。


リラも、何かに殺された訳じゃない。

もし何かに唆されて、“いかなくちゃ” と思ったんだとしても、自分から それに臨んでいる。


「同家系や、ひとつの系譜に於て

度々 同じことが起こる場合に考えられることは、

先祖が 何かと契約したか、恨まれ呪われている、

または、罪を犯して あがないを続けている 等だ」


シェムハザが 家系図から視線を上げ

「ここから分かったことは、髪や眼の色が違う者が犠牲となる ということと、それが女性に限られることだ」と 言う。


「ならさ、ブロンドでグリーンの眼の女の人と結婚して、奥さんとして迎えた... って場合、

その人は この対象にならなかったってことか?」と、泰河が聞く。

家系の外から入って来た人の場合... ということを聞いているらしい。


「家系の血が入っていない者は 対象外のようだ。

フランスは、元々ブロンドの髪の者は少ない。

イタリアやスペインのように、黒髪や栗毛の者の方が多い。

また、こういったことが続いているのなら

自然に考えると、ブロンドの髪の者との婚姻は避けようとする と考えられる」


シェムハザの答えを聞いて、泰河は

「えっ、濃い色の方が多いのか?」と

ジェイドの髪に眼をやったが

「僕は、アメリカとのハーフだから。

アメリカ人の母方の祖先は、イギリス系の移民だった」と 説明されて、納得したみたいだ。


「家系図を見る限りでは、長子の とは限らず、

嫁いだ娘の子にも起こるが

同じ家系の血を継いだの者に限定して起こっている。血の問題だ。

そして、親の代、子の代、孫の代と

同世代に一人 という割合で起こるようだ」


今までは ずっとフランスの方で起こっていたけど

今は、ジャンヌばあちゃんと

その娘の リラの叔母さん、そしてリラ ってことか。


ボティスが「リラの目覚めのために来た」と

家系図の下の方を指し

「だが今も それは続いているのか、調べる必要はある」と 言った。


そうだ

これは、リラで終わった訳じゃないと思う。

また誰かが 海に...


「明日は、その辺りも調べるが

今日は もう寝ろ」


シェムハザが指を鳴らすと

ソファーに座ったまま、意識が遠退いた。




********




「起きたな」


目が覚めると、ソファーやテーブルがある場所のベッドの 一つだった。

隣のベッドには、泰河が転がってて

テーブルの山積みのマンガ本の向こうで

ソファーに寝転んでたミカエルが 起き上がった。


「ミカエル、寝てねーの?」


ソファーに向かいながら聞くと

「今日は、眠りはしなかった。お前の見張り」と開いてたマンガ本を テーブルに置いて答えた。


昨夜は、オレだけが眠らされた訳じゃなくて

あの後も また少し話し合いをしたみたいだけど

それが済むと、ジェイドや泰河、朋樹も眠らされたらしい。


ゾイは、オレが リラの夢を見ないように暗示を掛けて帰り、シェムハザも 一度 帰った。


ボティスと榊も寝ると、ミカエルは

シェムハザが取り寄せて置いたマンガ本を読んで

オレが ちゃんとぐっすり眠れるかをみてた って言う。


「最近、ゆっくり寝てなかっただろ?」


「ん? まぁ... 」


ミカエルは笑ってるけど、なんか申し訳ないような気がした。

ミカエルに 寝る見張りさせる ってさぁ...


けど疲れは残ってないし、頭もスッキリしてた。


「バラキエルが寝たのは、少し前だし

泰河たちも まだ起きないだろ?

シェムハザが後で来るけど、珈琲 飲みに行くから

顔 洗って来いよ」


「あ、おう」


顔 洗って戻ると、アコが大量の紙袋を

「今日の着替え」と

ソファーに置いてるところだった。


「アコ、悪ぃ。ありがとーな」って 礼を言うと

「また来る」って笑って、忙しそうに消える。


着替えて、オリーブグレーのモッズコートを羽織ったミカエルと 部屋を出て

レストラン階か、一階のロビーのカフェにしようと思ったけど「外に出る」って言うし。


「嘘だろ? 寒ぃのに、わざわざさぁ... 」


「もう雪も降ってないし、晴れてるぜ?」


まあ、天気いいけどさぁ...


「俺、雪 好きなのに」って言う ミカエルと

ホテルの敷地を出て

10分くらい歩いたとこにあったカフェ... というよりは、喫茶店って感じがする店に入って、窓際の席に着いた。


店を 一人でやってる風の 口ヒゲのおっさんが

水とメニューを渡しに来たんだけど

ミカエルを見て ふわっとした顔になった。

天使だよなぁ。


「メニュー、少ないな」

「まだ 朝メニューだからじゃね?」


時間は、9時を越えたところ。

後でシェムハザが来る って言うし、オレはコーヒーだけにしたけど、ミカエルは オムレツのプレートも取った。


「食う?」って フォークに乗せたオムレツ出して言うから「いいって」って、トマト摘まんだら

「俺、トマトは好きなのに!」って怒るしさぁ。


「でも、楽しいな」って 笑ってやがる。

「露も連れて来れば良かった」と、窓の向こうに

ブロンド睫毛の 明るい色の碧眼を向けた。


交通量の少ない道の向こうは、まばらに

花屋とか銀行、コンビニが並んで

角にパン屋がシャッターを上げてる。


パン屋から ミカエルに眼を移すと

「リラの父親の店だ」と、オレを見た。


もう一度、パン屋を見ると

チョコレートブラウンの看板には、ベージュの文字で “Jeanne” と書いてある。


「皮紙に書いてあった住所も あそこだ。

“ジャンヌ”。自分の母親の名前にしたんだな」


急に落ち着かない気分になって、空のコーヒーカップを指に取って、やっぱり置いたりする。

嬉しいでも イヤでもなく、妙に緊張した。


家族の勤務先とか住所も載ってたもんな...

けど この辺りの地名とか知らねーし

リラん家のパン屋が、こんな近くにあるとは思わなかった。


「パン買って 部屋に戻ろうぜ」


「えっ! マジで言ってんのかよ?!」


「そのために、お前だけ連れて出たんだぜ?

大勢で ガチャガチャ入るのも 店に悪いだろ?

リラの父親は、奥でパンを焼いてるから

おもてには出て来ない」


「いや、けどさぁ... 」


リラに断らずに、勝手に踏み入るのが

悪い気するんだよな。オレの知らねー 部分だし。


「じゃあ、俺が買って来る。店に加護も与えるしな」と ミカエルが椅子を立つ。んん...


「オレも行くし!」って オレも立った。


道 渡って 店に入ると、当たり前だけど

パン焼いてる匂いがした。急に腹が減る。


店には、トレイやトングがなくて

ショーケースの中にパンが並べられてある。

奥の壁際の棚に、バケットやバタールが篭に立てて入れられてる。おフランスな雰囲気。


ショーケースの向こうに立ってるのは

オレらくらいの歳の女の人で、バイトの人っぽい。


「糖蜜がない」


ミカエルは、文句 言いながらも

「それも4つ。あと、それとこれ3つずつ」と

クロワッサンとかデニッシュを大量に選んでやがる。

どれも美味そうなんだけど、オレは ぼんやりと

店内を見回してるだけだった。


ベージュの壁紙にブラウンの床。

入口ドアの壁に沿って置かれてる水色に塗られた

ガーデンベンチに、リラが座ってるところを想像してみたりとかして。


キッチンの方から「原さん、カンパーニュ」と、

バイトの人に声を掛ける おっさんの声がして

どきっとする。

リラの骨の欠片が、じんと 熱を持った気がした。

松の海の時に、夢の中で聞いた あの声が少し渋くなった感じだった。


選んだパンに簡単な包装をして、紙袋に入れてもらってる間に「あとそれも 一つ お願いします」と

真ん中くらいにあるパンを選んだ。


会計を済ませて店を出る。

「どうだったんだよ?」って

オレに持たせた紙袋から、クロワッサン出して

食いながら歩くミカエルに

「何も無かったぜ」って答えると

「そうか... でも美味いから 別にいいよな」って

笑って、自分で自販に小銭 入れて 汁粉 買ってる。

クロワッサンに汁粉かよ。


オレも何か食お って、さっき選んだやつを

紙袋から出した。パン オ ショコラ。

クロワッサン生地に 細いチョコ 二本 挟んで

四角い形に焼いたやつ。


「サクサクしてそうだな」


パン屋のパンって 違うよなー。

シェムハザが取り寄せてくれるクロワッサンも

いつも美味いけど、リラの父さんが焼くパンも本当に美味い。

変な言い方だけど、本格的なパン って感じする。


「俺 チョコ、あんまり好きじゃないけど」って

ミカエルが言いながら、オレの手から取って

チョコ部分 食いやがったんだぜ。


「なら 食うなよなー」って 取り返して、一本 残った チョコんとこ食ったら、急激に懐かしさが込み上げてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る