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「ちょっ... 」「ミカエル、ゾイ!」


泰河が呼ぶと、ミカエルはもう男の前に立って

手のひらを男の胸に当てた。

そのままの形で男が停止する。


「シェムハザ、アコ」


ゾイが男の背に手を伸ばすと、うごめいているいなご

ざわざわとゾイの指から逃れようと動きだし

大部分が 一斉に飛び立って、幾らかがアスファルトに落ちる。

オレと泰河が焦って拾っていると、シェムハザとアコが立った。


「これは?」「グレーばっかりだ」


「この人の背中に ビッシリ付いてた」

「普通にコンビニから出て来てさ」


アコが差し出す虫カゴに、拾った蝗を入れながら

「ほとんどが飛んで行っちまったけどな」と説明していると、停止した男を観察していたシェムハザが

「やけに血色が悪いな」と、指で下瞼をめくった。


そう言われてみると、シェムハザやミカエルの白い肌に比べて、男の肌は青白く見えた。

スマホのライトを向けて見ると、捲られた下瞼の内側は 白っぽく見える。


「貧血... ?」

「寒いから、ってのも あるんじゃねーの?」


「蝗が囁いていた言葉は?」


シェムハザに聞かれて、ミカエルやゾイとも

眼を合わせたけど、誰も蝗の声は聞いていなかった。

虫カゴの蝗を観察しているアコにも

何も聞こえないようだ。


「パイモンに渡して、この辺りの蝗は 軍の奴等に探させる」と、アコが消える。


「読めるか?」と、シェムハザがミカエルに聞くけど

「俺は、神父しか読めない って知ってるだろ?」って、ムッとして答えた。


オレも男の胸に手を当ててみたけど、特に気になることは何もなかった。

“暇” とか、ゲームか何かのこと考えてるくらいの思念しかねーし。


「とにかく、お前達もホテルに戻れ」と

シェムハザが 停止した男を、左肩に抱え上げた。

軽々と すげー。


「その人、どーすんの?」って聞いたら

「一通り調べ、朋樹に半式鬼を付けさせて

またここで解放する」って言う。

一時的に拐うらしい。


背に黒い翼を広げたシェムハザが飛び立つと

オレらも またバスに乗った。




********




ホテルの部屋に戻って、ダウン脱ぐと

やっと人心地がつく。


「おう」「戻ったのう」


部屋には、ジェイドとシェムハザ、人化けした姿の榊がいた。

ボティスとハティ、朋樹は、別に部屋を取って パイモンとアコを喚んで、男を調べているらしい。


「またパイモンかよ」


ミカエルは、へっ てツラになった。

どうも、パイモンとは仲悪ぃんだよなー。


「珈琲!」って ミカエルが言うし、シェムハザに取り寄せてもらうと

まず ゾイが、“シュガール” のことを話す。

リラが繋がれてた海で、悪魔ゾイが見かけた

蛇のような何かのこと。


「そいつが契約主かもしれん ってことか... 」

「松の方の海は どうだった?」


こっちの話は、主にミカエルがした。

リラがフランスで生まれ育ったことは 皮紙に情報が浮き出てきたようで、ジェイドたちも知ってた。


オレから皮紙を隠した時は、リラの叔母さんも 海で亡くなっている... ということを隠したらしかった。


さっきはまだ、リラの元の髪や眼の色を知ったばかりだった。

同じ髪や眼の色だった叔母さんが、亡くなった場所も同じだった ってことを、あの時にオレが知るのは 良くない気がしたようだ。

やっぱりこうやって、気は使わせるんだよな。


「... “迷信”?」


ジェイドが口に運び掛けたコーヒーを テーブルに戻した。その言葉が引っ掛かったらしく、眉間に軽くシワが寄る。


「そうだ。少なくとも リラの叔母は、何かの為に自死を選んだ と考えられる」


何かの為に...


記憶の夢の中で、リラの父さんは

リラを見て それを言った。“何も変わらない” と。


何か、リラの為に... ってこと?


部屋のドアが開いて、ボティスと朋樹が戻って来た。


「蝗が付いていた男は、貧血状態ではあったが

それ以外は 特に問題ない。

採取した血液と蝗は、これからパイモンが詳しく調べる」らしく

ハティとパイモンは地界へ戻った ってことだ。


ソファーの場所を空けるため、当然オレと泰河が立とうとすると

「良い」と、榊がゾイを引っ張って ベッドの方に連れて行き、二人で座る。

「何か、女子おなごと話したくある」って。

人魚として会ったリラの話かもな... と

なんとなく思った。


「蝗が付いてたって人、霊視したけど 何も囁かれてねぇぜ。

ただ 下手すると、コンビニに入る直前に蝗が付いた恐れはある。

家を出る前に 玄関先の鏡 見てた時は、蝗は付いてなかったし、コンビニに向かって歩いてる時に 背中がむず痒くなるような感覚があった」


ソファーに座って、シェムハザからコーヒーのカップを受け取りながら 朋樹が言う。

男には 半式鬼を付けて、アコが元の場所に連れて行き、“人が倒れている” と、コンビニの店員に通報させるらしい。


「なんで?」って聞くと

「貧血気味だったから」って答えだし、ついでに治療させるみたいだった。

面倒見いいよなぁ...

飛び立った灰色蝗は、ボティスの軍が探してるし

あとは パイモンとハティの検査結果の報告待ち。


朋樹とボティスに、シェムハザが同じ話... シュガールやリラの話をしている間に、オレと泰河、ミカエルは、ジェイドから、皮紙に浮き出して新しくわかったことと、今のところの推測のまとめを聞いた。


「まず、家系についてなんだけど

リラちゃんの父親の方、真島家については

祖母のジャンヌさん以前を、さかのぼれるところまで遡っても、これといって気になるところは出てこないみたいなんだ」


真島家は、江戸から明治の始めくらいまで、酒造りをしてたらしい。それ以前の記録はない。

その後は、大戦を経て、酒造りは辞め

会社に勤めたり、飲食店経営などをしているようだった。


リラのじいちゃんが、フランスに旅行に行って

ジャンヌばあちゃんと出会って コイに落ち

何年か手紙のやり取りして、じいちゃんが迎えに行って結婚。日本に連れて帰った。


二人の間には、四人の子供が出来て

二番目が叔母さん、三番目がリラの父さん。


じいちゃんとジャンヌばあちゃんは

リラが生まれる前に、交通事故で亡くなってた。


その後、結婚していたリラの父さんは

奥さんを連れて、ジャンヌばあちゃんの実家

... その時は ご存命だった ジャンヌばあちゃんの父さんと、今もご存命の兄ちゃんが 一緒に経営していたパン屋で修行した。


フランスで生まれたリラと その弟たちを連れて、日本に帰国。

すぐに、叔母さんが亡くなる。


現在、父さんは パン屋をやっていて、弟二人は会社勤め。

リラは 生前、しっかり日本語をマスターして

本屋で働いていたらしかった。


... ショーパブより 似合うよなぁ。

でも、あれだけ辿々しく とろとろ喋ってたのに

客に 本のこと聞かれて、答えられたのかよ?

想像したら、ちょっとおかしくなったけど

小さく 胸が軋む。


ついでに、リラの父さん兄弟の長男や弟さんも、それぞれ家庭があって、子供たちも皆成人して、長男の子供が 飲食店を経営してるらしいけど、会社勤めが ほとんど。


亡くなった叔母さんは、結婚はしていたけど

子供はいないようで

旦那さんだった人は、現在 再婚してるみたいだ。


「それから、ジャンヌさんの方だけど... 」


ジャンヌばあちゃんは、五人兄弟だったらしい。

男二人、女三人。ジャンヌばあちゃんは 四番目。


それぞれに家庭があるけど、ジャンヌばあちゃんの ご両親と、上の兄弟の内 二人は亡くなっている。


「これが、まだ若いジャンヌさんと ご両親、

兄弟たちの写真の写しだ」


ジェイドが、二つ折りのボードを開いて

オレらに見せた。

つまり、まだリラのじいちゃんと結婚する前の

ジャンヌばあちゃん 一家の写真、ってことだろうけど...


「これが ジャンヌ?」と、ミカエルが 写真の一人を指差す。

セピアの写真に写る家族たちは、一つの長いソファーに並んで座っていた。

父親が中央、母親と子供たちが左右に並ぶ。


「そう。その人」


ジェイドが ミカエルに頷く。


写真のジャンヌばあちゃんは、まだ中学生か高校生くらいの歳に見える。

家族で 一人だけ、ブロンドの髪をしてた。


「これさ、どういう... ?」


泰河が聞くけど、オレは まだ口が開けなかった。


セピア 一色の写真でも、一人だけブロンドだと分かるのは、他の全員の髪の色が、恐らく黒だと思われるからだ。

オレは勝手に、ジャンヌばあちゃんの家系の方は

ほとんどがブロンドやブラウンの髪なんだろうと思ってた。


ジェイドは、“わからない” という風に 首を軽く横に振って

「これ以前の家系の写真は見つからないみたいなんだけど、家系図は残ってたみたいだ」と

別に四枚の紙を、縦横 二枚ずつに並べて出した。


家系図は、どう見たらいいのか分からない程

細かく複雑に枝分かれしてた。

普通なら、家督を継いだ人を辿って書いて行くんじゃないかと思う。

でも そうじゃなく、嫁いだ人たちの名前も

その旦那や子供の名前も記載されてる。


「これが ジャンヌさん」と、ジェイドが指を差す。名前の上に赤い丸が付けてあった。


いや... それでも、枝分かれした先にも “ジャンヌ” はいるし、同じ名前が すげぇ多いし。


もう、さっぱり分かんねーけど

名前の文字は追わずに、絵として全体を見ると

名前の上に、赤い丸が付いている人は

あちこちに散らばっていることに気付いた。


「これさぁ、ジャンヌばあちゃんより

上の代の人って、ほとんど亡くなられてるよな?」と 聞くと

「まあ、そりゃあ年齢的に ほとんどの方はね」と

ジェイドが頷く。


なら、この赤い丸は... ?


「ブロンドで、黒い眼じゃない ってことか?」


ミカエルが聞くと、ジェイドは また頷いて

「役所の記録や、手記で わかる分になるけど

どの人も、自死で亡くなってるようなんだ」と

答えた。


急に 身体の力が抜けて、乗り出していた背が

ソファーの背凭れに着く。


「なんで... ?」と、泰河が聞いて

「いや、ジャンヌさんは “交通事故” だったよな?

じいちゃんも 一緒だった、って... 」と

なにかを否定するように、必死に言う。


「運転していたのは、旦那さんの方らしいけど

猛スピードで、崖から海に突っ込んだようだよ。

“ブレーキを踏んだ形跡は なかった” って」


遺書などが見つからなかったから、事故として

処理されたらしい。


ジェイドが、家系図に眼を落としたまま

「理由は分からないけど、もしかすると

“予定された死” なのかもしれない」と 言った。

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