17


「ああっ!寒ぃー!!」

「耳、千切れるな」


冬の海っていうから ダウン着て来たけど、夜とか無理っ!クソ寒ぃ!!

マジで、雪 散らついてんだぜ?

風あるしさぁ、風流 とか言ってらんねーよ!


マスクを忘れたオレらは、鼻 赤くして、自分の白い息 被って また冷える。

手袋も忘れたから、ダウンから手ぇ出せねーし。


仕方なく 砂浜に出ると、また海は割れてた。

ミカエルがゾイを案内中 なんだろうと思う。


「すげ ぇ よなぁ... 」


震えながら 泰河が言うけど、さっき見たし

「すげぇけど寒い!」って、オレらはテントに行くことにした。


神隠し中のテントは、狐の里と同じく、榊がオレらには立ち入り許可を出してる。

だから 見えるし入れるんだけど、今テントに入るオレらを見た人には、オレらが忽然と消えたように見えるんだろーな。


「おっ?」「ぬくい!」


薪ストーブは消火されてるけど

榊の狐火は幾つか浮いてるし、テントの中は暖かかった。ぼんやりした明るさ。


「全然 寝れる温度じゃね?」

「寝袋で余裕っぽいよな。ホテルで寝るけどさ」


けど、気ぃ緩んでアクビ出た。


「あっ、今 寝るなよ ルカ!」


「なんでだよ?

どうせ、“しばらく部屋 出とけ” って感じだったじゃねーか」


皮紙に 何が浮き出たか知らねーけどさぁ。

気にはなるのによー。

まぁ、オレの目の前で “自殺” とかサクサク言いづらいだろうし、シェムハザが言ってることも分かるんだけどー。


「今おまえが寝て、夢 見ちまったら どうするんだよ? 朋樹いねぇと 霊視 出来ねぇだろ!」


「泰河の左手で、また夢 思い出して

それを霊視したらいーじゃん」


またアクビ出るし。


「いや なんかさ、夢 見てる時に おまえ寝言 言うからさ... オレ、すぐ胸 痛くなるし」


寝言って、“天使さま” とか、リラが思ったことか...


「なあ、普通さぁ、信徒が “天使さま” って言うかな?」


なんか引っ掛かるんだよな。天使崇拝でも

“天使ミカエル” とか、“天使ガブリエル” とか

名前が付いたりすりゃ、まだ自然な気はするけど

普通、“しゅ” に 導かれるって考えねー?


オレも 一応、洗礼してるし、こんなで 信徒ではあるんだけど、死ぬ時は神父に祈ってもらったとしても、自分で祈るかどうかは分かんねー。

“死にたくねー” かもだし、意識ねーかもしれねぇし、“もうさっさと永眠てぇよー” かもだしさぁ。


ただ、もし リラの立場で祈るとしたら

“主” に祈る気がする。


「分かんねぇよ。オレ、聖書は読まされても

キリスト教の信徒じゃねぇしさ。

仏教なら、“天部の神さま” が近いってことか?」


「そう! そんな感じ!

“お釈迦様”とか“阿弥陀如来様” とかじゃなくて

ま、天部じゃなくなるけど、例えたら

“菩薩様” とかって 言ってる感じなんだよなー。

どの天使かも定かじゃねーしさぁ」


「けど、リラちゃんの ばあちゃんが

そう話して聞かせてたかもしれねぇしさ」


ばあちゃんが “天使さまが見守って下さってる”

... みたいに、リラに話してたかも ってことか。


なんか、日本的な感じするよな。

でも、フランス人のばあちゃん... ジャンヌが そう話してたとは限らねーか。


リラの父ちゃん、次男だったし

ジャンヌばあちゃんも じいちゃんも早くに亡くなってるんだから、そんなに話したことはなかったかもだしな。


父方のフランス人の ばあちゃんじゃなくて

母方のばあちゃんや親戚なら、信徒じゃない恐れもあるから、そういう言い方するかもだけど。


「どうしても考えちまうだろうけどさ

気にとめるのは、ちゃんとハッキリしたことだけで いいんじゃねぇの?」


“~かも” って考えても、仕方ないってことか。

シェムハザの言う 推測だな。

やばい。つい考えちまうし。

話し合いの場にいたら、余計だったんだろうな。


「オレら、頭使う班じゃねぇしさ」


オレに “寝るな” っつって、泰河がアクビしながら言う。


「おまえが寝たら オレも寝るし」って 言ったら

「寝ねぇし!」って、野外用チェアから立った。


で、ハッキリしたことって、預言者にするために

ザドキエルが信徒の魂を探して、リラの魂を見つけてるから 、“信徒だった” ってこと。


ジャンヌばあちゃんも判明してるから、フランスとの クォーターで、同じ家系では リラと叔母さんだけが “ブロンドで緑眼” だった。


海で自死してること。

“いかなくちゃ” って 使命感を感じてた。


“海に繋がれてた” も ある。


海の中から、オレを見掛ける。

榊が 人魚として話していたのもリラ。

泡になった後も、また繋がれてる。

榊が渡したサマードレスを着てたから。


その後、ザドキエルが枷を切って預言者になる。

地上に降りて、使命を果たすと

天使の身体を付与されて エデンへ。

サリエルに その身体を取られて、再び身体を付与。ラファエルの診療所で眠り続ける。


うーん...  こうして並べてみても

やっぱり 自死に至った理由と

海に繋いだ契約主を知ることだよな...


「おっ?」


テントの外で、でかい波の音がした。

ミカエルが 十字に割った海を戻したらしい。


「海デートは終わったのか?」


「かもなぁ。真面目に “ここに繋がれてたんだ”

って話ししか、してなさそーだよなぁ」


「そりゃ、真面目な話だからよ」


泰河が眉間にシワ寄せた。

うん、わかってるんだけどさぁ

普段の仕事とかキュベレ絡みでもないし

やっぱり なんか、気ぃ使っちまうんだよなー。


テントの入口が開いて、ミカエルが顔を覗かせた。


「声がすると思ったら、お前等かよ」って 中に入ってくる。

ゾイも続いて入って来たけど、ゾイのままだった。

うーん... 真面目な感じだったみてー。


「おう、ミカエル」

「ゾイ、寒くなかったー?」


「うん、大丈夫。

寒さも暑さも、そんなに大きくは感じないから」


ゾイは、ミカエルが野外チェアに座ってから

自分も 空いてるとこに座った。


「“奇跡” 見た?」「ミカエル、すげーよなぁ」


オレらが言うと、ゾイは

「うん、本当に!」と イキオイ良く同意したけど

ミカエルが眼をやると「すごいです... 」って

赤くなった頬で答えた。


「ファシエルが、悪魔ゾイに入ってた時に

海底に呪箱を置きに、あの辺りに潜ったらしい」


あっ、そうか!

呪箱は、悪魔ゾイが作って 海底に置いたんだもんな。


「その時は、海の中には たくさんの霊がいて

呪箱を置くと、霊たちは呪箱に寄って来たんだけど、リラには気付かなかった。

だけど、アヴェ マリアは聞こえたよ。

フランス語の。

“この霊たちの誰がが祈ってる” と思った。

それが、リラだったとは... 」


「それは、分からなくて当然だしさ」

「そう。しかもまだ、オレらも そこまで

ボートで行ってなかったし」


「うん... 」と、グレーの眼の瞼を臥せるゾイは

それでも残念そうだった。


頭上近くに浮く狐火を、息で ゆるゆる吹き上げて

遊んでたミカエルが

「部屋に戻ったら、また話す って言ってるけど

悪魔ゾイの方が、何かの気配を感じてはいたみたいだぜ?」と、ゾイの方を見る。


ミカエルの眼を見ても、めずらしく照れなかったゾイは「そう」と、オレに視線を戻して

悪魔ゾイは、“シュガール” がいるって」と言った。


「“シュガール”?」


「うん。だけど、霊たちが寄って来たから

すぐに浮上して、私には それが見えなかった」


「シュガールって、確か バスクの海蛇だろ?」


ミカエルが言うのに、ゾイが「雷神ですよね?」って聞くけど、オレも泰河もサッパリなんだぜ。


バスク、っていうのは、たぶん バスク地方のことだ。

スペインとフランスに股がる地域で、バスク語っていう言語を話す人たちがいる。


けど 国で言えば、スペインとフランスな訳だし

この地域に住んでて、バスク語を話せて

“私はスペイン人だ”、“フランス人だ” って言って

バスク人であることを否定しない人たちが バスク人 って定義みたいだ。


ミカエルが言った バスクの蛇 っていうのは

バスク地方の神話に出てくる、シュガールという

雄の海蛇の神らしい。嵐と雷の神。


陸には “マリ” って大地の女神がいて、春にシュガールが上がってきて交わる。

どっちも自然神っぽい。

で、この女神が いつの間にか魔女と同一視されると、シュガールも悪魔視されて

雷の形になって バスクの山地を駆け巡り、人々を恐怖に陥れた... って話のようだ。


「けどさ、ここに そのシュガールがいる っていうのは、おかしいんじゃねぇか?

だって、ヤマタノオロチがスペインにいる ってのと同じだろ?」


「そう。バスク地方の奴だからな。

バスク地方には、他に “エレンスゲ” って奴の伝承もある。こいつは 七つの頭を持った竜だ。

もし お前等がバスクに行って、こいつを見たとしたら、“何みたいだ” って連想する?」


「ヤマタノオロチ」


答えてから、泰河は「あっ!」って言った。


ヤマタノオロチは 八つの頭に八つの尾らしいけど、同じような形態のヤツみたら、こんな風に

自分が知ってるヤツの中から、そいつに近いヤツを思い浮かべる。


「じゃあ、悪魔ゾイが “シュガール” って言ったのは

“蛇みたいなヤツがいた” って意味?」


オレが聞くと

「そう考えられるだろ?

悪魔ゾイって奴は、スペインにいたらしいし

この国には、使命で初めて来たらしいからな」と

ミカエルが確認するように、ゾイに顔を向けてる。


「そうです」と、きちっと肯定したゾイは

「蛇のような形で、神や悪魔に分類される何かを見た... ってことだと思う」と、オレらに言った。


ゾイが ミカエルと こういう話する時。

ミカエルが、“上官” って感じの接し方になってきてるよなー...  これ、いいのかよ?


ミカエルが近くにいることに、ゾイが多少 慣れてきた ってこと?

それか、仕事の話だから?


ぼんやり ゾイの顔 見てたら

「ルカ? どうかした?」って、オレの方が気にされちまった。


「ううんー、何もぉ」


ちらっと泰河 見てみたけど、泰河も優しい顔になってなかった。真面目なツラしてやがる。

うーむ...


「繋がれて場所もテントも見たし、戻るか」って

ミカエルが言うと

「はい。ありがとうございました」って

ゾイが きちっと答えて、チェアから立つ。


ミカエルが ちょっと笑って

「お前は俺の配下じゃないだろ?」って言うと

「でも、あの、尊敬してますし

私が海底を見るために、海を割って下さって... 」って、困っても見える風に言った。


「お前も、“地上勢力” の仲間だろ?

こいつらと同じ。ここじゃ俺もその 一人だぜ?」


“お?” と、泰河と眼を合わせる。

ミカエル、ゾイに気ぃ使ってんのか?


「はい! あの、嬉しいです...

だから、なかなか役には立てなくても

足手まといには ならないように したくて... 」


「いや、そんな訳ねぇしさ」

「ゾイで足手まといなら、オレとか どーなるんだよ?!」


オレらが 口 挟んだら

「助かってるぜ」って ミカエルが言う。

胸に片手を置いて。


ゾイは 何も答えられねーけど、オレらも黙っちまったし。ミカエル、わかってやってんのかよ?


「ファシエルは、自分に出来ることと出来ないことは、自分で良く分かってる。それで上等だ。

余計なことは考えなくていい」


あれっ? また上官っぽくなった。

泰河の顎ヒゲからも 指が離れる。

けど、それが分かってりゃ サポートは出来るし

足手まといにはならねーもんな。


「はい」って ゾイが頷く。


「それに 海は、今こういう時じゃなくても

いつか割って歩こうと思ってたんだ。お前と」


「だから気にするなよ」って、ミカエルが笑って立つけど、ぼんやりした狐火の明かりでも

ゾイは真っ赤だった。


“おお... ” と、ニヤ付きが止まらねー オレらは

それぞれ狐火を眼で追うことにする。


「じゃあ、戻ろうぜ」と、テントを出たミカエルに「はい」って ゾイが着いて出た。


「... なあ、今のってさぁ」「何も言うな!」って

言ってたら、またテントが開いて

「早くしろよ」って ミカエルが顔を出した。


ええー...

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