18


「オレさぁ、リラのことを 推測 立てるのに邪魔だから、出とくよーに言われたしさぁ」

「そう。オレら適当に戻るからさ」って 言っても

「いや、あんまりバラけるな」って、ミカエルに テントから出された。

ゾイと 二人にしたかったのによー。


テントの外は、本格的に雪が降って来てた。

海風 強ぇし、たださみぃ。


ぶるぶる震えながら

「オレら、コンビニ行って来い って言われてるから... 」って言ったら

「じゃあ、行こうぜ」って 返ってくるしさぁ。


コンビニは、ホテルのすぐ近くにある。


中 入って、ふー... って ぬくさに脱力しながら

榊に頼まれた和菓子とか、コーヒーゼリーあるだけとか、他にも適当にカゴに入れてたら

ミカエルは別のカゴ持って、アイスとか選びやがった。見てるだけで寒ぃし。


「お前、何 食う?」って ゾイに聞きながら

マシュマロとシュークリームも入れてて

なんかいい雰囲気を察したオレらは、さりげなく雑誌のとこに移動した。

なのに「もう出るぜ?」って呼ばれるしよー。


けど「袋 分けろよ」って、カゴ渡してきたから

あっ!これは 今から 二人で... ?って ときめいたのに、ミカエルは コンビニを出ると 何故かシェムハザを呼んだ。


「海底に呪箱 置く時に、悪魔ゾイ

“シュガールがいる” って言ったらしいぜ?」と

簡単な説明をすると、シェムハザは「蛇か?」と

非の打ち所のない美眉を 軽くしかめた。

「それも話してみるが... 」と、何か考えてる。


で、ミカエルは、泰河が持ってる和菓子とか入った袋を シェムハザに渡させて

「松のビーチ見て来る」って言うし。


松の砂浜って、夏に このビーチに来る前に寄ったとこだよな? リラの実家が近いってとこだ。


「そうか。何かあったら... まあ、心配はないか」


一度 消えたシェムハザは、バスの鍵 持って顕れて

泰河に渡しながら

「ハティも喚んで、まだ話し合い中だ。

ゾイ、帰る前に部屋に寄れ」と 言うと

オレらには、軽く片手を上げて消えた。


ミカエルが「行くぜ?」って

駐車場のバスに向かう。


「部屋に戻るんじゃなかったのかよ?」


「松の方は、コンビニで思い付いたんだぜ?

お前がいると、推測立てる邪魔になるんだろ?」


泰河が「じゃあさ、オレらロビーにいるから

二人で行って来たら?」って言ってみると

「ルカがいなくてどうすんだよ?」って返されて

「うん」「だよな」って、行くことになった。


ミカエルに文句 言われながら、またコンビニに戻って、カップのコーヒー買ってバスに乗る。

冬の車って、最初 ジゴクだよなぁ。

もう嫌がらせのよーに冷えてやがるし。


運転 泰河。助手席オレ。

後ろにミカエルとゾイだけど、L字ソファーの 一辺に 一人ずつ座ってる。まぁ、そうなるかぁ...


まだ全然 寒い車内で、アイス開けて食い出して

「食う?」って ゾイに聞く。

うーん、惜しい。暖かいものなら まだしも...


「あっ、いえ あの... 」


車内ミラーで見ると、ゾイは女の子らしく照れる男子だし。


「ヒトクチ もらえばいいじゃーん」って言ったら

「ん? お前 食う?」って、アイスの腕 伸ばしてくる。なんでだよ...

「寒いから要らねー」って言ったら

「榊しか食わないんだよなぁ」と 首を傾げた。

そういや最近、なんか知らんけど

よく誰かに『食う?』って言ってみてるもんな。


アイス食ったミカエルが、マシュマロの袋 開けて

「食えよ」って 配りながら食ってる内に

松が植えてあるビーチに着いた。


駐車場には、一応 ロープが渡してあったけど

意味はないくらい 中心が弛んでる。

バスで そのまま乗り入れられたし。


この辺りに、リラの実家があるんだよな...

ここにも来たことあるのかもな。


バス降りて、寂れた砂浜を歩く。

松が植えてあるせいか、雪が風流に見えた。

でもここ、夏も閑散としてたよな。

着いたのが 夜だったからかもしれんけど。


向こうのビーチと違って、歩いて行けるホテルとかないし、砂浜があるから海水浴場になってるって感じする。海の家とかもないしさぁ。


「この辺に住んでるのなら、こっちの海に来るのかもな。混まねぇだろうしさ」


泰河が言うの聞いて、あ そっかぁ... って思った。

オレらみたいに、遠くから泊まりで来るから

向こうを選ぶんだよな。


「何か気になることあるか?」って ミカエルに聞かれて、首を横に振る。

波打ち際に沿って歩いてみたけど、リラの思念が残ってるってこともなかった。


リラの記憶の夢では、海を向いて座って夜空を見てるから、松があるのかどうかも分かんねーんだよな。

自死に臨んだのは、ここじゃないのかもしれない。


「向こうより、風はマシだよな」


隣で腕組みして、耐えて歩く泰河に

「松に 雪 積もってきてるけどー」って 顎で示すと

「道路 凍らねぇかな?」と 帰りを心配してたけど

「溶かすから大丈夫だぜ?」ってミカエルが答えてる。


「けど、何もないしさぁ。昼間、ツナギで来た方が... 」って 言った時に、胸の骨が熱を帯びて

鼓動が止まるような感覚があった。


一瞬、リラが眠った時か?... と 思ったけど

何か違う。ショックを受けてる感じだ。


驚いたとか 恐怖を感じてる って感覚は薄いから

誰かに捕まった とか、そういう何かをされた訳じゃない。

何かを見て ショックを受けたんだろうと思う。


何を...


「ルカ?」


名前を呼ぶ泰河の方に 顔を向けると

ミカエルが「ファシエル」と、ゾイを呼んだ。


背中に そっと手が添えられて

意識が途切れた。




********




車を降りると、古くてほつれてる駐車場のロープを横目に、海に向かう。


このロープは、何か意味があるのかな?

入っちゃいけない って、目印にはなってるけど。


私たちは、春に引っ越して来たばかりで慣れないことが多いし、パパやママンに たくさん習ったのに、日本語も まだ下手くそ。


パパが、パパのママンの実家の Boulangerie... パン屋さんで修行をして、イチニンマエになったから、日本でパン屋さんをするために戻った。

“戻った” とはいっても、それは パパとママンの感覚で、私や弟たちはフランスで生まれたんだけど。


日本は、パパやママン、弟たちみたいに 黒い髪と眼の人が殆ど。

私だけ、パパのママンに似て 違う色。


でも パパのお姉さんも、私と同じ髪や眼の色だった。なんとなく、よかった って思う。


夕食を食べて、私とパパは月の観測に出た。

夏のお休みの自由研究に。

研究テーマは、自分で決めていいのだけれど

私は、毎日 同じ時間に、月の位置と形を調べることにした。

それで毎晩、近くの海から月を見る。


今日は、駐車場に車を入れたパパが、海の方を見て

“少し待っていなさい” って 車を降りてロックすると、一人で歩き出した。


しばらく待ってたけど、パパは戻って来ないし

暗くて怖い。

少し暑くなってきちゃったし。

『パパ』って 呼びながら 砂浜に出たら、波打ち際に しゃがんでいるパパの背中が見えた。


『パパ』


ゆっくり 背中に近付いてみると

パパは、一人じゃなく見える。


誰かが、倒れてる。半分 水の中に...

パパは、その人を 抱き起こしているみたい。


女の人だ。波の向こうにあるスカートが

波に合わせて ざぶりひらりと揺らめいてる。


『パパ... ?』


声が掠れる。


『姉さん... 』と 泣くパパに上半身を支えられて

だらりと身体を預けてる その人は

私と同じ髪の色の 叔母さんだった。

何も映していない眼が、夜空の月を写す。


パパは 私を見上げると

『見ろ、何も変わらないじゃないか!迷信なんだよ!』と、また泣いた。




********




気がつくと、バスの後部座席なんだぜ。


「大丈夫?」って、ゾイがグレーの眼で覗く。

ゾイの虹彩は、瞳孔の近くはシルバーで

光の放射する線の模様みたいになってた。

瞳孔が、シルバーの光を放つ 黒い太陽に見える。


「眼、カッコいいよなぁ」って 言ったら

「大丈夫そうだね」って、照れもせず言った。

ま、オレだしなー。


「ブーランジュリ って言ってたけど

何か覚えてる?」


「んん? 何それ?」


「フランス語で、手作りパン屋さん」


パン屋? パンなんか見たっけ?

なんか、おっさんが泣いてた気はしたけど...


「あれっ? 泰河たちは?」って聞きながら

外をよく見たら、やたら明るい。コンビニ前だ。


「移動したんだ。

まだ、さっきの松の海の近くだけど。

二人は 珈琲 買いに出たよ」


ゾイが説明してる内に、泰河とミカエルが戻ってきて、ゾイがドアを開けた。

「おっ、起きたか」「珈琲 飲めよ」って、二人とも後ろに乗って来た。ミカエルが隣に座る。


「ファシエルに、お前が感得した リラの思念の夢を見るようにしてもらったんだ」


「えっ、そんなことも出来んのかよ?!」


ゾイは、沙耶さんの店で、新ビジネスの “夢屋” をやってる。

催眠で うたた寝させて、望む夢を見せる。

夢魔の術らしいから、身体の悪魔ゾイがインクブスだったのかもしれない ってことだ。


「ルカが見れたんだったら 出来たのかも」


試しかよ。


「いつもの夢の催眠に、記憶を呼び起こす催眠を混ぜてみたんだ」と、オレの胸を指差した。

リラの骨の記憶 ってことか...


「リラの思念を拾えたみたいだったから

その記憶を呼び起こすスイッチになると思って」


「うん。ブーランなんとかって言葉 初めて聞いたし、見た気はする。けど 覚えてねーんだよなぁ」


そう答えたら、ゾイは妙な顔をした。


「夢屋さんの時、見たい夢だと

起きても みんな覚えてるんだけど...

覚えてないなら、記憶の夢は何か違うのかもね」


ふうん... って思いながら、コーヒー飲んだら

泰河が左手を出してきた。

左手で握って、泰河の眼を見る。


手を離して、またコーヒーを口に運んだら

急に、さっきの海の駐車場のロープが浮かんできた。今のロープより古い ほつれたやつ。


「リラ、フランスで生まれ育ったみたいなんだよな。たぶん小学校の途中くらいまで」って

また忘れない内に話しをする。


話し終えると

「... 叔母さんて、リラ父の姉ちゃん?」と

泰河が確認する。


「だと思うぜ。肩くらいまでのブロンドの髪に

眼は よく見えなかったけど、黒じゃなかった。

リラが “叔母さん” って認識してるしな」


「なんで、海で... 」


「まあ でも、事実確認しねーと分かんねぇじゃん。叔母さんの死因は、病死だったと思うし。

リラの “記憶の夢” なんだったら、改変しちまったとことか あるかもだしさぁ」


夢の中で見た印象じゃ、病死に見えなかったんだよな。リラと同じ、自死を選んだように見えた。


「いや、天使や悪魔の術によるものなら

改変された記憶の方が、補正されるんだぜ」と

ミカエルが言う。

叔母さんの死因記録が間違い ってことか?

それか、病死と見なされたか...


「俺が気になるのは、最後の父親の言葉

“何も変わらない、迷信なんだ” ってところだ」と

オレの顔を見た。


「その言葉を元に推測するなら、何かが いい方向へ変わる... と考えて 自死したことになる。

でもそうじゃなかったから、“迷信” って言葉が出た。何かいわれのようなものがあるってことだ。

それを探す」


その謂れって、この辺りの ってことだろうか?

それとも、リラの家系だけの限定的な何か?


「ルカ」と 呼ぶ泰河に眼を向けると

気遣うような顔をしてた。


「大丈夫だぜ」


リラの記憶ではあるけど、リラ自身の その時じゃなかったし、落ち着いて話せたと思う。


けど、ミカエルの手が肩に乗ると

知らずに身体にあった 緊張がけた。


「よし。そろそろ ホテルに戻ろうぜ。

あいつらに、今の話もした方がいいしさ」


バスのドア開けると、冷たい風が吹き込んでくる。泰河と降りて、前に乗ろうとしてた時

運転席側に回った泰河が、コンビニの方に眼を向ける。


「おいおい... 」


眼を止めているのは、コンビニから出て来た客だ。家から ちょっと出て来たって感じで

部屋着にコート羽織ったような 男の背中には

灰色のいなごが 一面びっしりとうごめいていた。

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