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『ミカエル。地上にいたのか』


前髪の毛先が眼にかかるブロンドのショートヘアに、紅茶のようなブラウンの眼をした 天使ザドキエルは、以前、エデンのゲートからミカエルに蹴り出された時のように神妙な顔をしてた。

長い丈の天衣だ。武の天使じゃないっぽいもんなぁ。


『今、楽園へ行こうとしてたんだ。

“楽園深部であれば、地上の落葉樹を植えても良い” って、聖母に許可を得たから。

聖母が、父に掛け合ってくれた』


「そうか。聖母のとこには そのうち礼を言いに行くけど、今は お前から伝えておいてくれ。

“楽園のミカエル” に伝えたってな。

俺は今、“楽園の ぶどう園を見て回ってる” からな」


地上に降りてることは黙っておけ ってことっぽい。

ザドキエルは『わかった』って微笑んだ。

面倒になるようなことには口をつぐむタイプらしい。

まぁ、ザドキエルが サンダルフォンにも天にも隠れて、勝手に預言者を仕立てたり、下級天使に転生させたことを ミカエルは知ってるし、ミカエルのことは言えねーよなー。


「落葉樹のことだけ言いに、聖母のところへ行ったのかよ?」


『いや。サンダルフォンが なかなか第七天アラボトから

出てこないから、様子を見に行った。

父や長老達と ワインを飲んで

まだ、曲のことについて話していた。

聖母にも聞いてみたが

“気になるような変わった話はしていない” と答えられた。

“父の機嫌を取っているようには見える” ようだが』


ザドキエルは、サンダルフォンが預言者を降ろしてることを、聖母には相談してるんだよな。

天は、疑わしきは罰さず って感じだから

今は要注意 ってくらいで、注視してるだけみたいだけど。


「サンダルフォンが出て来て、何か動きがあったら、俺か アリエルに報告しろよ」


『勿論するよ』と、頷いているザドキエルに

「お前は いつから、第五天マティ配属になった?」と

ボティスが聞くと

『いや、配属という訳ではないんだ。

今も生命の木の守護者ではあるけど、エデン自体すっかり、人間たちから離れているからね。

退屈だから、いろんなとこで補佐に就いてる。

第一天シャマイン第三天シェハキム隠府ハデスで、人間の魂の記憶をみることが多いけど、第五天マティでも罪人の記憶をみる。

配属は、一応まだ第四天マコノムのままなんだ』ってことのようだ。


「本当かよ?!」


第四天マコノム支配者のミカエルが言うと

『名簿に名があるよ。

配属のところじゃなくて、生命の木の下の欄に 守護者として。

楽園には、人間がデーツを食べてしまった時しか

行ってないけど。平和だから』と、ザドキエルは

ため息をついた。ミカエル、把握しとけよなー。


『ルカ』


ザドキエルは、オレに眼を向けた。

なんか哀しそうな眼だ。


『君たちも』と ジェイドたちにも眼を向け

『本当に すまない』って謝った。


「いいよ、もう。わかったからさぁ。

っていうか、オレの名前 知ってたんだ」


『ミカエルに君たちの名を聞いたんだ。

教えてくれなかったから、アリエルに聞いた』


「お前に怒ってたのに、名前なんか教えてやるもんかよ!」と、ミカエルが指差すと

『勿論そうだ... 本当にすまない』って、また心苦しそうに謝った。


「ふむ。リラのことは大変なショックにあったが... 」


宥めるつもりのように 口を挟んだ榊に

ザドキエルは、パッとブラウンの眼を向けた。


「ぬ?!」


『君は、リラと手を繋いで歩いていたね』


「む? ふむ... 」


『君にも すまない。あんな風に皆と親しくなるのは、想定外のことだったんだ』


つらそうだぜ、ザドキエル。


「む... いや... “済んだことである” と... 」


もごもごと返す榊に

「ザドキエルはナイーブで気に病むタチだ」と

ボティスが説明し

「暗いんだよ、こいつ!」って言うミカエルに

泰河が「ぽいよな」って 頷いた。


「榊とリラちゃんが、手を繋いでたこと

見てたのか... 」


ジェイドが 何気なく言った。

まだボティスが天から戻ってなくて

公園に行く前に、カフェに行った時だな。


『時々 様子を見ていたんだ。

リラはすぐに エデンに上げたんじゃないから。

あっ... いや、君とリラのことは見ていない!』


ザドキエルが オレに向いて言う。ちきしょう。

焦ってやがるし、多少 見やがったな...

泰河がオレの肩を ぽん って叩いた。

優しいツラだしよー。


『バラキエル、君の堕天が済むまでは

サンダルフォンに対する警鐘を鳴らせなかったからだ』


リラには、“バラキエル” という

ボティスの天使名以外に、天使や悪魔の知識を与えて降ろしたらしい。

リラ、やけに詳しかったもんなー。

“バラキエル” と、記録や記憶から失われた名だけを 知っていたら、不自然だと思ったようだ。


『バラキエルの名を、君たちに伝えるところは 上手くいった。

ハーゲンティやシェムハザなどが君たちの近くにいることは知っていた。

サンダルフォンに命ぜられて、レナも預言者として降ろしていたのは私だからね。

リラは、シェムハザに バラキエルの天使名を打ち明けるだろう と推測してたんだ。

シェムハザは目立つから。

今だって、つい眼がいく程だ』


シェムハザには 人間の妻がいるし、もしリラが惹かれてしまっても傷つけずに上手く断れるだろう と思ったようだ。

そりゃ あの並びなら、間違いないなくシェムハザだよなー。


『ところが彼女は、真っ直ぐに君に惹かれた』


「うわっ、“ところが” って言うなよなー!」


「仕方ねぇだろ?」

「シェムハザだぜ?」


シェムハザにしたら、いつもの会話だし

「それで?」と、狐火を術で ゆるゆると上げ下げしながら、ザドキエルに先を促した。


『私は困惑した。その場でリラをエデンに上げ

新たに また、サンダルフォンについて

“看破せよ” と警鐘を鳴らす預言者を降ろすことも考えたが、この国の信徒に 他に自殺者の魂は見当たらなかった。

それで結局、リラにその役目も担ってもらうことになってしまった』


ザドキエルは、またオレに『すまない』って言うけど、もう頷くだけにしとく。


「リラの魂を、海で見つけた時のことについて

聞きたい」と ボティスが聞くと

ザドキエルは ボティスに視線を移して

『見つけたのは、この海だ』と 答えた。


オレらは、顔を見合わせて

「ここ?」と、朋樹が聞き直す。


『そう。私は、“バラキエルの名を伏せろ” と

サンダルフォンに命じられた。

地上だけではない。

天や地界まで、あらゆる書物や記憶からだ。

その後すぐに、バラキエル、君が天に上がり 恩寵を戻された。

“極秘の任による” と説明されたが、また幾日か後に引き上げられたものがあった。

闇が染み入った 下級天使の身体だ。

調べてみると、ファシエルという

第三天シェハキム所属、サリエル配下の天使だった』


ザドキエルは、レナを降ろしている間から

ずっとサンダルフォンに疑念をいだいていて

オレらの前に、他にも預言者を降ろしている。


“極秘の任” と聞かされても、第六天ゼブルからのめいでもない。

でも “他言無用” と言われているので、誰にも確認は出来ない。

だいたい、預言者を降ろしていることは、他に誰も知らねーし。


天の任でないことは確かだ。

天使アリエルの堕天を知った時は、第七天アラボト

報じに行こうとしたようだが

実際に アリエルは、天に無許可で天災を起こしている。

“アリエルが戻ると信じろ” と、サンダルフォンに止められたようだ。


それで、オレの前に 男の預言者を降ろした。


『君達が出会うことは、サンダルフォンの計画の内だった。

ウリエルの眼をキュベレに向けさせたのは、サンダルフォンだ』


「何故、ウリエルが キュベレを起こそうとする?」


シェムハザが聞くと

『ウリエルは、陰府ハデス罪人つみびとの浄化相手をして

辟易しているようだ。

“人間は簡単に悪魔以上の罪を犯す” と。

力を手に入れ、改革が必要だと考えている』と

瞼を臥せて答えた。


「キュベレの力を頼りにする程の改革というのは、つまり... 」


眉間にシワを寄せたジェイドが聞くと

『黙示録レベルのものを考えているようだ。

生きた罪人も、罪人になる可能性がある者も

全て滅するつもりだろう』と、ため息をついた。

 

『サンダルフォンは、ウリエルの その思惑に眼を付けた。

キュベレの牢獄に、隙間を作ったんだ。

かなり上位の天使にしか感得 出来ない隙間で

入り口は幽閉天マティの外れのようだ。

ウリエルは罪人の罪を焼きに、マティに入ることが出来るから、誰にも知られずに忍び込める。

サンダルフォンは

“キュベレの牢獄に歪みを感じる” と、ウリエルの耳に入るように、自分の配下に話しただけだ。

ウリエルは、自分だけがキュベレの牢獄の隙間を知った と思っていた』


ボティスが バラキエルとして、天に戻った時に

ザドキエルは ボティスと話そうかと迷ったらしかった。


『だが、サンダルフォンの眼がある。

君とすれ違っただけでも、サンダルフォンに

“軽率な行動を起こすな” と、注意を受けた』


それで、天で ボティスと話しをするのは諦めたようだ。


『ダンタリオンと軍を潰したことや

アンチキリスト... 魔人の反乱を鎮めたことが

バラキエルの功績とされて、天に取られ

守護天使達の首領に戻された。

だけど、彼は 天より地上を愛している。

君達がいるからだ』


ザドキエルが、榊から順に オレら全員に視線を動かすと、ミカエルがムクれた。


『バラキエルは、突然 自分を天に戻したサンダルフォンに、食って掛かるようなことはしなかった。

“まったく勝手なものだな” と、黙って仕事をこなした。それを見て、堕天する気だと思った』


「何故だ?」と ボティスが聞くと


『第一 に、私は 榊のことを知ってる。

シェムハザ達 悪魔や、ルカ達のことも。

サンダルフォンは、地上の見張りも 私に任せていたから、悪魔達は別として

君と皆が そんなに深い仲だとは知らないんだ。

泰河の血が目的で、一緒にいただけ だと思っている。

そして、“天使に戻れる程 名誉なことはない” と

考えているんだ。

君が サンダルフォンに、反抗の態度を見せなかったから、堕天して戻るつもりだ と踏んだ。

だが、天から 一人で堕天するのは難しい。

罪を犯せば、審理に長い時間が掛かる。

地上や地界を頼れたら... と 考えて

地上にいる彼等に、“バラキエル” と名を伝えるために、預言者に仕立てる魂を探した』


「孤立無援で、よくやったよな」と 朋樹が感心する。

確かに すごいと思う。

預言者達の魂も 実際にエデンを通して、楽園マコノムに上げてるし。


『君たちが、ここを去った後

私はここに降りた。

サリエルや ウリエルの痕跡を探してから魂を探そう と思ったからだ。

まさか、エデンに潜伏しているとは思わなかった。月にいるのでは と、推測していたから』


サリエルや ウリエルの痕跡はなく

魂を探そう と思い直すと、海の上に出た。


『すると微かに、祈る声が聞こえた。

海に潜ると、リラが足を海草の枷に取られ

水面の月を見上げていた。

枷は、何らかとの契約に依るものだったが

信徒の魂だ。

“天が貰い受ける” と 枷を切り、天に連れ戻って

身体を作った』


「契約主は?」


『わからない。この国の何かではないのか?

魂を横取りしたことになるかもしれないが、信徒の魂であれば天の管轄だ。

強制解約しても 問題はない』


この辺りは強気だよな。

呪縛された魂を救った くらいの感じだ。

契約主は納得 出来ねーかもだよな...


「それが理由で、リラの目覚めが妨害されてるかもしれないんだぜ?」


ミカエルが言うと、ザドキエルは愕然としたような表情になったけど、また顔付きが変わると

『それなら、私が契約主と話を着ける』と

毅然として 宣言するように言う。


「けど、契約主が分かんねぇんだろ?」


泰河が言うと『探そう』と、狐火の 一つを指差し

海上を すうっと移動させた。


沖で、小さくなった狐火が止まると

『繋がれていたのは、あの辺りだ』と

狐火を指差した。





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