10


黒ツナギの上から 更にダウンのベストを着て、フード被って マスクもしたオレらは、着いた時よりは 全然 寒くなかった。

シェムハザのツナギ すげー...

一人に 一個、狐火もついてくるしさぁ。


まだ時間は夕方になったばっかだけど

テントの外は、もう暗い。

空には 冬の星座が瞬いてる。


波打ち際に立って、暗い海を見つめる。

夜も、夏とは 全然違うよなぁ。


最近 頻繁にみる あの夢は

きっと、リラの最期の日のことだ。


もしかしたら、今みたいな真冬じゃなかったのかもだけど。

まだ秋だったか、春先だったかもなんだよな。

寒かったのは 確かだけど。息が白くなる程。


夢の中で、リラになったオレは

使命感のようなものを持っていた。


“いかなくちゃいけない”... というものだ。


そして、天使を信じて 祈り

何かを願ってた。


朧気に、みた夢を思い出して

オレを視た朋樹が、愕然とした顔になった時に

ああ、やっぱりリラなんだ って分かった。

夢じゃなくて、リラの記憶を見てるんだ... って。


リラは まだ目覚めず、天で眠っている。


新しく与えられた天使の身体には

どこにも不備はなく、ただ安らかに眠っているっていう。


目覚めない理由は、地上にあるんじゃないか?

オレに移った記憶が関係するんじゃないか? と

考えて、ここに来た。


ここは、夏に来た海だ。

リラが自殺をした海は、こことは限らないけど

“波と星空がある場所へ行く” って

ミカエルが言って、知ってる場所の ここになった。


リラを預言者として使った、記憶の天使ザドキエルは、リラが “海に繋がれていた” と言ってた。

“死後、何かと契約していた” って。

ザドキエルは、“信徒の魂だ” と 強引にその契約を解いて、天で預言者に仕立てると、地上にリラを降ろした。


自殺をした魂は、罪人つみびとの魂となるので

天には上がれない。

天のために善を成した とされる魂であれば

特例として 天で幽閉の後、私審を受け

転生せず そのまま天使として迎えられるか

第三天シェハキムの南の領地、聖人たちの住む地に昇ることもあるようだけど

通常なら、自殺者は 月から第三天シェハキムを通らず

直接 陰府ハデスに送られて 浄化を受け

最期の審判まで眠りにつくか、地上に迷うことになるみたいだ。


預言者になった自殺者たちは

“天に上がらせてやる” と 言われて使われていた。


サンダルフォンが、オレらを操作するために使っていたのは、“レナ” という女の子で

預言者としての使命が終了すると

第五天マティに幽閉され、今は 奈落に落ちたキュべレと入れ換わって、キュべレの牢獄で眠らされている。

地上での預言者の使命は終えていても

天で また使命を負わされてる ってことだ。


リラと、他にも若い男と中年の男の預言者が 二人いて、この三人は、サンダルフォンに

“レナを預言者に仕立てて降ろせ” と命じられて

仕立てていたザドキエルが

サンダルフォンに隠れて、自分で仕立てて降ろしていた。

サンダルフォンがしていることを、オレらに気付かせるために。


預言者は、この国のキリスト教信徒で

自殺をしてしまった人たちから選ばれる。

ただでさえ信徒は少なく、その中での自殺者も少ない。


ザドキエルは、なんとか地上に迷う魂を見つけ

天で禁術を使い、遺骨から地上の身体を造ると

その魂を込めた。

使命を与えて、地上に降ろしていたようだ。


預言の使命を終えると、預言者の身体は

内部から光を発し、灰になって消える。

そして、地上オレらの記憶からも失われていく。


地上の身体を失った魂からは、“自殺をした” という情報を削除されるので、天に上げるには、下級天使として 天に転生させることになる。


ザドキエルは、三人を下級天使として転生させ

エデンに上げていた。


エデンは、“失われた地上の楽園” だ。

今は ミカエルが支配していて

天の中心に位置する、第四天マコノムの楽園と 二本の大樹で繋がっている。

知恵... 善悪の木と、生命の木で。


ミカエルが支配するまでは、エデンに所縁ゆかりがある天使なら、地上側からゲートを開いて入れたらしい。


アダムやエバが、原罪でエデンから追放を受けた時、人間がエデンに入り込めないよう

ウリエルが番人として置かれていた。

ザドキエルは、エデンとマコノムの

生命の木の守護者だ。どっちにも所縁がある。


ウリエルは 海で、今は ゾイの身体の中にいるファシエルに 成り代わって堕天した 自分の半身のサリエルを連れ、エデンに潜伏していた。


ザドキエルは、自分が使った 三人の預言者を

それぞれ別々にエデンに置いた。

ゆくゆく、第四天マコノムの所属天使のデータを書き換え

マコノムの楽園に上げる気でいたらしい。


サリエルは、再びウリエルと同体となり

成り代わったファシエルの姿の身体を 地上に捨てた。月夜見の常夜とこよるの靄に侵されていたし

“ファシエル” としては、堕天していたからだ。

下級天使のファシエルとしても、天に立ち入れなくなる。


だけど、同体に戻ると

また半身として分かれる時に、天に細かく協議される。今までしてきたこともバレると具合が悪い。


それで、エデンで見つけたリラに

天使の身体を明け渡させた。

身体から、リラの魂を抜き出し

再びウリエルと分かれた サリエルが入る。


その後、エデンに入り込んでしまった泰河を追い

ベリアルがエデンの門を開いて入った。


ウリエルはミカエルが、生命の木に刺し貫いて

瀕死で天に戻し

べリアルが口先で言いくるめ、サリエルが握っていた リラの魂を解放させた。


そして ベリアルは、サリエルの魂を

リラの身体から抜けられないように術で縛ると

ミカエルが サリエルを斬首した。


ベリアルに術を掛けられたサリエルは それでも死なず、今は地界のベリアルの城で洗脳されながら 尋問を受けている。


地上に捨てられた ファシエルの姿の身体は

またサンダルフォンが 預言のために使って、天から落とした。

泰河が、聖子の位置だ と示すために。


リラの天使の身体は、ミカエルが

“楽園所属の天使だが、事故で身体を失った” と

無茶な理由で押し通したみたいだけど

下級天使だということもあり、細かな協議はされず、また天から与えられた。


リラの魂は 新しい身体に宿り

医術の天使、ラファエルが診ている。

経過も順調で、後は目覚めを待つだけだった。


なのに いつまで経っても 目覚めないんだよな...


最近、モレクの件で カジノに行った時に

リラが灰になった場所で、骨の欠片を見つけた。


それが 今、オレの胸の中にある。

左の肋骨の 一部。心臓の上の辺りに。


ボティスが オレの胸からも “余分な部分だ” って

骨の欠片を抜き出した。

それは今、リラの中にあるっていう。

骨が入った時は、涙を流したって。


リラは、天使に転生しても

まだ眠っていても、オレを忘れていない。

そう思うだけで、胸ん中が 何かでいっぱいになる。


けど リラは、“四年前に自殺した” ってことも

思い出してた。灰になる直前に。

薬を たくさん飲んで、海で。


目覚める ってことは、それも思い出す ってことなんだと思うと、複雑な気分になる。

それに、自殺に至る時のことなんか、オレらが

外側からあばいて知っていいのか? とも思う。

出会うより ずっと前のことだしさぁ。


そういうことを、ここに来るまで バスん中でも

でも目覚めた方が... とか

いや、自然に任せるべきじゃねーのかな?... とか

頭ん中で ぐるぐる考えた。

リラが、目覚めたくないんじゃないか?... とも。


それに、リラのことは

皆 本当に気にしてくれてるんだけど

キュべレとかアバドンとか、グレー蝗のこととかある時に、なんか 悪い気がするんだよな。

オレの個人的なこと って気がするし。


オレらが こうして、一の山... 奈落のビビの近くから離れている時に、もしあの辺りで、何か起こったら って考えると心配になるしよー。


バスに乗ってる時に、それとなく そういうことを言ってみたら

“山神達もいるし、浅黄や桃太もいるしな” とか、

“あの辺りだけで 何か起こるとは限らないからね。

どこにいても同じだよ” とか、

“何か起こっても、軍の者が報せに来る。

俺等以外は すぐに移動 出来るしな”... って 感じで

余計に 気ぃ使わせる気がしたから、もう何も言えなかった。


リラの気持ちは置いといて、オレ自身の気持ちだけなら、やっぱり 目覚めてほしいし、明るい楽園で、笑って過ごして欲しいしよー。

他の天使と 友達になったりとかして。


リラの最期の記憶が移るようになってから

引っ掛かってることもある。


“なんで そんなことしちゃったんだろう”


リラは、灰になる前に そう言ってた。


これを聞いて、“預言者だった”

つまり、自殺を選んでしまったことを知った時は

特に引っ掛かる言葉じゃなかった。

それを選んでしまったことを後悔してる... ってことだと理解してた。


けど、記憶の中のリラは

“いかなくちゃいけない” って

使命や、義務感のようなものを 感じていて

良いことか悪いことかとかを超越したような強い意志があった。


今まで、そうしようと考えたことがないから

自死に向かう時の気持ちは、オレには解らないんだけど、こんな風ではないんじゃないか? って気がした。つらい って痛みもないから余計に。


もし 自分で選んだことじゃなくて

誰かや何かに、選ばされたんだったら...


サリエルの尋問に、ベリアルは洗脳を使ってる。

天使アリエルを堕天させるよう、サリエルをそそのかしたヤツ... 人間のアリエルの魂を取ろうとした

ウリエルと考えてるけど、それにしたって 洗脳に近い。サリエルの孤独心を突いて。


こうやって、リラが最期に見たもの

波と 星空を見てたら

もし今 眠っているリラが、ずっと この時のことを

繰り返し 夢に見ていたら... と、ふと よぎった。


オレにリラの記憶が移ることは、やっぱり交換した骨の影響もあるんだろうけど、たぶんリラは、自分からオレに何かを伝えようとしてる訳じゃないんだよな。

オレが、骨から勝手に拾っちまうんだ。

思念が わかるから。

眠ってたら、伝えられねーんだし。


... そうだ


オレが出来るのは

過去や現在の体験を視る 霊視じゃない。


物や人に残った残留思念も読めるけど

リラのこれは、“残った気持ち” という感触とは違う。


それなら やっぱり、リラは眠ってる間に

この時の記憶を 夢に見てるのかもしれない。


オレに移ってるのは、四年前の記憶じゃなくて

天で眠るリラが 今 見てる、その夢の記憶だ。


なんで、いつまでも...


それだけ 深く後悔してるから、ってことなんだろうか?


けど、預言者として使われて

罪は払われたんじゃないのか?


魂からも その情報が削除されたんだったら

眠っている時に、無意識に その夢を見るってことなんか ないんじゃ...


「よう」


ボティスが来た。


「あ、おう」


長く黙って考えてたし、気にしたっぽい。


で、隣に来て、オレが話すの待ってるし

「... いや、記憶の夢なんだけどさぁ」って

今 考えてことを、ぽつぽつ話してみる。


オレの話を聞き終えると、ボティスは少し考えて

「目覚めに関しても言えることだが

今、リラが天で眠りながら、その夢を見ているとすれば、死後にリラが結んだという何者かとの契約が、完全には切れてないという恐れがある」と 言った。


「ザドキエルは、“枷を切った” と言っていた。

魂を海から解放し、契約は破棄されたと思っていたようだが、契約主と話した訳じゃあない。

契約主が誰なのかも知らなかったしな。

リラに夢を見させているのは、そいつだ という可能性がある。

契約したことを思い出させるためだ」


「なら、夢を見せるために

目覚めを妨害してる ってことも... ?」


「有り得るだろ。とにかく、契約主を探す」


ボティスは振り返って、ジェイドに

「天使召喚円。ザドキエル」と言ったけど

シェムハザが白い粉を吹いて、召喚円を描いてくれた。


ミカエルが「ザドキエル」と喚ぶと

ブロンドの髪に ブラウンの眼をした男が

召喚円の中に立った。
















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