7 猫


「術者ってさぁ、あの猫だったと思うー?」

「疑いは濃厚だよな」「消えたしね」


深夜。年が明け、儂等は朋樹の神社にて

初詣の手伝いなどをしておる。


とは言え、ボティスにジェイド、ヒスイは、髪の色から顔かたちまで 異国人である故

清酒や甘酒、ぜんざいなどの振る舞いもならず

振る舞いをする朋樹と泰河、ルカの背後にて

新しい酒瓶を出し、紙コップの仕度をし

新たに大鍋に ぜんざいを作る手伝いなどをしており、ボティスは初詣の様子を見学しておった。


神社は、大変な混雑である故

まるで寒くもなく、活気に満ちておる。


空いた酒瓶を、ケェスに仕舞っておると

すぐ背後にて「俺にも酒を」と言う声がした。


「のっ!」


月夜見尊じゃ!


「あれっ?!」「月夜見命キミサマ


お姿が見えるのは、儂等のみであるようで

参拝客は誰も気にしておらぬであった。


「清酒も奉納してますよ」と 朋樹が言うたが

「知っておる。今 ここで飲むものだ」と

ムッとされる。


朋樹に渡された紙コップの清酒を献上すると

御神衣から片腕を出して受け取られ

「父神も本殿に降り、奉納の舞を見ておる」と

金箔の煌めく酒に口を付けられた。


この神社の主祭神は 月夜見尊の父神様の伊弉諾尊いざなぎのみことであるが、配祀神として 月夜見尊も祀られておられる。


「わざわざ来たのか?」などと言う ボティスに

「お前も手くらい合わせたらどうだ?」と仰られ

「光の矢じゃないんすね」と、つまらなそうに言うたルカに

「自身の社であれば、自由に降りられるからな」と 答えられた。


「どなたなの?」


使い捨ての椀や割り箸を 段ボール箱から出しておったヒスイが聞くと、朋樹が

「この国の夜の神、月夜見尊だ。

俺と榊が使いとして仕えてる」と 紹介した。


「まあ!なんてこと!」


「この子は、ジェイドと双子で ルカの従姉妹。

朋樹と付き合ってるんすよ」と

甘酒を振る舞っておる泰河が 振り向いて言うと

月夜見尊は、紙のカップを 左手に持ち換え

ヒスイに手を差し出した。


「ヒスイ・ヴィタリーニです。

兄や朋樹が お世話になってます」と 挨拶をし

両手で 月夜見尊の手を取ったヒスイに

「美しい名前だ。名前だけでもないが」と

優しく微笑まれた。


ヒスイの手の内が淡く光る。

握手の手を離すと、ヒスイの手には 小さき勾玉が残っておった。


「加護は幾つあっても良い。

夜歩きが危険でなくなる」と 仰られたので

夜道を歩く際、危険を遠退ける加護であるようじゃ。ヒスイだけでなく、朋樹も感激して

「ありがとうございます!」と 礼を申した。


ジェイドも礼を申すと、月夜見尊は

「何を。構わぬ」と また笑われ

「お前は暇そうだな」と ボティスに仰られる。


「そうでもない。

お前から 榊を護らんとならんからな」


「俺は、一杯 共に飲まぬか?と 言うておるのだ」


ボティスは、実のところ 分かっておったようではあるが、月夜見尊が自ら言い出されたことに

“おっ” という顔をした。

しかしそれは ボティスだけでなく、ヒスイを除いた儂等全員であった。


朋樹から紙コップを受け取ったボティスは、月夜見尊と 神降ろしの間の方へ回り、儂が 二人の周囲に 人避けを施した。


「おっ!」「キミサマ笑ってるぜ」

「正月だし、機嫌いいよな」


忙しくあるのであるが、皆 気になり

ちらちらと見てしまう。


しかし、30分程で 二人は戻り

「他の社に降りねばならん」と

空の紙コップを渡され

「猫頭の件は聞いた。何かあれば報じよ」と

笑われ、御神衣の中に腕を組まれて 消えられた。


明けに近くなり、ちぃと人が引くと

儂等は 甘酒や ぜんざいを貰うて休憩をし

そのまま他の手伝いの者に代わってもらい、朋樹の家に戻る。


客間にて仮眠を取るよう言われたものだが

朋樹の部屋で話しておる間に、朝となった。


顔を洗い 口中を清めると、楽隊の衣装の着物を身に着け、再び 神社に参る。


龍笛を持つ朋樹や、篳篥や笙の透樹や晄樹。

楽琵琶の泰河。

他の奏者も共に、広き拝殿にて 本殿に向く。


琴を前に座り、姿勢を正すと

越天楽を五編奏でた。


「素敵だったわ!」「かっこいいよなぁ」

「うん、音で空気が澄んでいくようだった」


拝殿を降りた儂等に、ヒスイ等が言う。

ボティスにも「素晴らしかった」と誉められ

儂だけでなく、朋樹や泰河も 嬉しそうにしておった。


朋樹の家に戻り 着替えると、母君が待っておられ

雑煮や酒など、飯台の仕度を手伝う。


儂とヒスイは、母君に呼ばれ

「おばちゃんが若い時の物なの。持ってお帰りなさいね」と、またもや立派な着物を いただいて

着付けをし、居間に戻ると 祈願などで忙しくある

父君や透樹を除いたまま、新年の挨拶をし

屠蘇を回し飲んだ。


御節を摘まみ、雑煮を食す間

母君は「ヒスイちゃん」「榊ちゃん」と 上機嫌であり、晄は 存在せぬかの如く大人しかった。


「晄、おまえ 榊に惚れてたもんなぁ」


泰河が茶化して言うと

「うわっ、泰ちゃん やめてよ!」と焦り

ちらりとボティスを見た。


ボティスは「榊は いい女だからな」と

大根と人参の なますを摘まみ、酒を飲んでおる。


「晄、まったく相手にされてねぇな。

榊にもフラれてたしな」


朋樹が笑うと、ヒスイが

「そんなことないわ。もう纏まっているし

彼は、自分の気持ちにも 絶対の自信があるのよ」と 庇うように言い

「そう。晄樹くんは、朋樹より いい男だ。

雰囲気が明るいしね」と ジェイドも言うた。


「えー? 晄ちゃん、モテるだろ?

朋樹みてーに スカして見えねーもんなぁ」


ルカまでが言うと「なんでオレ攻撃なんだよ?」と、朋樹がムスリとする。

しかし晄樹は、ちぃと嬉しそうにあった。


「俺は晄を、相手にしてない訳じゃあない。

ただ、努力は続けているからな。

誰が相手でも同じだ。

纏まったから といって、男にしろ女にしろ関係に胡座をかくようじゃあ、先に終わりは見えている。関係が続いたとしても 徐々に薄れていくだろ?」


ボティスが言うと、皆「そうだよな」と頷いたり

「一緒に居れてるんだもんな」と 考えておる。

ふむ。儂も肝に銘じねばならぬ。


しかし、どのようにすれば ボティスが喜ぶであろうかが分からず、良い機会であるので

「お前は、どのようなことで喜ぼうか?」と

聞いてみると、皆 驚いたように儂を見、ふやりと顔を笑わせた。


「むう... 何じゃ?」


ちぃと気色が悪くある。


「榊ちゃんが そのままでいることよ」と

母君が微笑んで申され、晄が

「あー、こんな可愛い人なんだ。余計 惜しい」

などと ため息をつく。

ボティスは「良し。食え」と、タラバ蟹丸ごとを

儂の取り皿に置いた。


分からぬであったが、そもそも 分からぬからというて 聞くことではなく、自分で見つけることであるやもしれぬ。

シェムハザの妻アリエルのように、好む菓子などを作るのは どうであろうか?

いや、せろりのマリネが良いやもしれぬ。

蟹身を出しながら、再び努力の決意をしたものであった。


「おばちゃん、雑煮 おかわりしていー?」


「いくらでも お上がりなさい。

お餅は自分で お焼きなさいね」


ルカが席を立った時、鹿威しの庭の方より

「にゃー」と、露さんの声がした。


「えっ?」「露?!」と

廊下を挟んだ庭のガラス戸を引き開けると

やはり、露さんであった。


「あら、ミケちゃん」


母君は、露さんをそう呼ばれ

「待っててね」と 一度 廊下の向こうに消えると

濡れタオルを廊下に敷かれ、露さんが足を拭いて

部屋に上がれるようにされた。

母君と露さんは、知り合いのようである。


「母さん、こいつ “露” って名前なんだぜ」

「露 おまえ、山 越えて来てるのか?」


「にゃー」


そのようである。

しかし露さんは 里にも講師に参る故、そう驚くようなことでもない。

山越えであっても 獣道などを通れば、車より早いこともあるしの。


「あら、朋たちも お友達なのね。

ミケちゃ... 露ちゃんは、時々 遊びに来てくれるのよ。月に 一度くらい。

うちの子に おなりなさいよ と誘っているのだけど

なかなか定住してくれないの」


ルカには、餅は自分で焼くよう言うて

露さんには、いそいそと専用であろう食器に

マグロや鯛の刺身を盛り、また違う皿には酒を注がれた。


「この子、猫又だよね?」と 晄が言う。

晄は、霊や妖しの類いなど存在せぬ と言うておったのだが、目の前で 儂が人化けを解いてからというもの、認めるほかなかったようであり

儂等などの者等の存在も 受け入れたようであった。


「露さん、いつ参られたのじゃ?」


儂が聞いてみると、露さんは 儂の耳に顔を寄せられる。このようにすると、言葉は解らぬであるのに、“にゃにゃ” という話により、何を言うておるかが解る。


... ふむ。参ったのは、先程のことであり

本殿にて、伊弉諾尊と越天楽を聞いておった と。


露さんのことは、神々から山神や霊獣、人里の妖物や町猫に至るまで、知らぬ者はおらぬほどよ。

最近では、異国の “神の如し” と 名高いミカエルなる天使も その小さき身に降ろすのじゃ。

強大な者であろうに。素晴らしき巫女よ。


「で、どうするう?」


焼き立ての餅を入れた雑煮を食しながら

ルカが聞く。


「夕飯まで仮眠?」「眠さは 通り過ぎたしな」


「まだ手を合わせてないわ」と、薄き水の色の地に、裾より色とりどりの花を咲かせた晴れ着姿の ヒスイが言う。

深き色の焦げ茶の帯も美しくある。

ヒスイは着物が嬉しく、歩きたくあるようじゃ。


儂は、薄く柔らかき黄白の地に 明るき赤や桃の花が散っておるものであり、帯は赤にあった。

普段は、緋地の着物が多いので

このように地の色が淡く明るきものを身に付けると、気恥ずかしくもあり、新鮮でもある。


“若い時は鮮やかなものを身に付けなさい。

いずれ着れなくなるんだから” と、齢三百の儂にも

母君は申された。

そうして、てきぱきと儂等に着付けると

儂等を見て、満足げに頷かれたのじゃ。


「そうよ。せっかく着替えさせたのよ。

少し外に出て来なさいな。

峠の甘味処もやってるわよ。カキイレ時だから」


「そうだな。車で どこか出てもいいしな」

「まずは神社だね。本当に手ぐらい合わせないと。いつも お世話になってるんだし」


ジェイドとルカが、使用した取り皿や器などを台所へ運ぶと

「晄、おまえが洗い物しとけよ。

振る舞い さぼりやがったからな」と 朋樹が言い

母君が頷かれる。


「露、おまえ どうする?」と 泰河が聞くと

露さんは「にゃー」と 答えられ

座敷を立ったボティスに飛び付いて 抱かれた。


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