8 猫


さて神社は、変わらずの人混みと活気にある。

手水ちょうず舎にて 両手や口内を清め

皆で並び、拝殿の前に立つと賽銭を投げ入れる。

不遜である気もするが、儂は このように人等がする 投げ入れの様子が好きであった。


一般に、二礼二拍手一礼 といわれておるが

儂等は 手を合わせるのみであり

伊弉諾尊が 様々な穢れを祓い給れることや

月夜見尊等、たくさんの貴き神々を産まれたこと

柚葉や風夏に温情をかけられたことなどの感謝を申し上げる。


月夜見尊の小社にも、月宮、幽世かくりよの神として

人々の魂を清め治められることや、野の者等の魂までも癒されること、狐身なる儂などにも温情をかけ、このように現世うつしよに戻されたことに感謝を述べた。


暫し、御神籤おみくじなどを引き

「吉だ」「小吉だってよ」などと騒ぎ

御守りなどの授与の場を冷やかしなどもし

境内を出て並ぶ屋台なども見て回る。


リンゴ飴ならぬブドウ飴や、たこ焼きなども食し

「コーヒー 飲みてぇな」と なり

峠にあるという、甘味処へ向かうこととなった。


「露は入れるのか?」と、ボティスが問うと

店の前に 二つ程の外席があるようであり

「古民家を改装してやってるんだよな」という

山の峠の隠れ家のような甘味処であるらしい。


如何にも化かしに打ってつけの店のように思えるが、これ程 人神様のお社が近くにあれば

そうもいくまいが...

だが気になり、朋樹に聞いたところ

「たまに、支払いの金が木の葉みたいだな」と

答えたので、我等の種か狸の種、或いはイタチの種に

度胸試しをやる強者がおるようじゃの。ふむ。


「バスで行く?」と ジェイドが問うたが

「いや、中の鳥居抜けて 下ればすぐだ」と

朋樹が言い、泰河もヒスイも頷いたので、儂等は再び境内に戻ることにした。


鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れると

そこには、猫頭たちが溢れておった。


「おおう?!」「マジかよ?!」


ヒスイが、ハとした顔で朋樹に眼を向け

儂もボティスを見上げたものであるが

朋樹は朋樹、ボティスはボティス であった。


「... 猫じゃないわ」「ふむ。つまらぬ」


泰河やルカ、ジェイドも そのままじゃ。

ちぃと残念にある。


だが、儂とヒスイは 得意顔になり

「どう?」「これを言うておったのよ」と

花の咲く振袖の腕を腰に当てる。


「すげぇな!」「想像以上にリアルに猫だ」

「ヒゲ長っが!」「子供猫もいるぜ」


泰河等は大変に喜んでおり、ボティスですら

「良し。なかなかだ」と 猫頭等を眺め

「露に似ている」と 三毛頭を指差した。


「にゅっ!」


ボティスの指の先の三毛頭は、手水場で柄杓を取り、手や口を清めておったが

露さん本人が驚く程に似ておったらしく

ボティスの肩を跳び、たた と駆けて行った。


ふむ。確かに似ておる。

若草の地に白き花や桃の花、芥子色の帯を巻き

今は、拝殿に並ぶ猫頭等の列に紛れたものだが

ちらと見えた眼は、新緑の色をしており

額や耳に入る薄茶や黒縞の模様にいたるまで

露さんに瓜二つであった。


儂等は、鳥居近くにおったものだが

行き交う猫頭等の会話が溢れ聞こえてくる。


「... 絵馬も書きたいにゃ」

「御守り、欲張って 二つ買っちゃダメかにゃ?」

「にゃ!見て、焼き芋屋さんて初めて見た!」


むう...  やはり挟まれるようじゃ。

背格好で判断するに、爺様であろう猫頭も

「甘酒をいただこうかにゃ」と 渋き声で申された。長閑のどかにある。


子供猫頭を肩車し、くわっ と欠伸あくびなどをして通りすぎる猫頭父君などもおり

大口の牙には、なかなかに迫力があった。


「身体に比べると、頭でかいよな」

「肩幅と顔幅が変わらないね」

「その方が かわいいからじゃないかしら?」


一際拍手の大きい者、御守りの授与を受ける者

甘酒を飲む者、御神籤を結び場に結ぶ者...

三毛にキジ、黒白の八割れ、サビに茶トラ

実に、様々な猫頭にあり

「アメショ」「シャムもいる」

「あれ何だっけ? ちょっと違うよな」

「バリニーズ?」... と、種も豊富にある。


「けど、やっぱり日本猫が多いな」

「あの猫に似た猫も見たことがある」


ボティスが指差したのは、白猫であったが

鼻に ちまりと黒き模様が入ったものであり

右眼が青、左眼が緑にあった。

ふむ。覚えやすき容貌ではあろう。


「あれ? あの猫、お礼配りした時に

空地にいた猫じゃね?」


お礼配りというのは、クライシなる者の繭探しの件であり、人里の猫等にも協力を要請した。

その時に礼として、猫等に刺身や猫食を振る舞ったもののことのようじゃ。


そのように言われてみると、猫頭の幾らかは

見掛けたことのある者のように思われる。


「あっ、あのエキゾチック

ジニーに似てねぇか?」と、泰河も指差した。


「実在の猫たちってことか?」


朋樹が言うと、ヒスイが 無毛の細き顔の猫を指し

「それなら、スフィンクスもいるというの?」と

言うが、指の先の猫は大通りで見たスフィンクスなる ほぼ無毛の猫頭に似ておった。

薄桃の肌の 皺の額に、ちぃとだけ黒き縞が入っておる。


「見たことはないけどな」

「飼い猫だろうな。室内飼いだろうし」


ともかく、先に駆けて行った露さんを探しがてら

拝殿の方へ行ってみようとなり

行き交う猫頭等を無遠慮に見回しながら

ぞろぞろと移動をする。

だが猫頭等は、儂等が存在せぬかのように

何も気にしておらぬ。


「見ろ」と、ボティスが 拝殿の屋根を指差した。


「むっ!」「あの猫じゃない?!」

「風呂のか?」


「... 眩しくて よく見えねぇな」

「陽が向こう側だからね」


泰河とジェイドが眼をしかめる。

屋根に鎮座し、境内を見下ろしておる猫は

背に午後の光を浴び、神々しくも感じられた。


「あっ、露子」


猫頭等の間を縫って出て参った露さんは

屋根に鎮座する猫を見上げた。


暫し、じっと見合っており

儂等にも 訳の分からぬ緊張が走る。


「... なんだ?」と、朋樹が 露さんと屋根の猫を見比べ

「露が、いつもと違うね」と、ジェイドが言い

泰河が 小さく喉を鳴らした時


「むっ! これは!」


露さんは、二本足で立ち上がり

片方の前足にて、しゅっ と 手拭いを出した。

何処から出したものか などと考えてはならぬ。

そういったものである故。


露さんは、慣れた動作で手拭いを被った。

長き 二つ尾も すと上に伸び、先だけが揺れる。


右の前足の先を 何かを握るかの如く、丸き形にし、天高く上げ、同じに先を丸めた左の前足を頬の隣に上げた。

知らず、息を飲む。


くい っと、腰をひねると同時に

「むっ!」

天高き右の前足も、くい と... 招いた。


「おお... 」


儂は黄白の袖にて、口許を覆った。

つい、声などが洩れる故。


手拭いの掛かる顔の眼は、屋根の上の猫の眼を捉えておることであろう...

儂等であっても、あまり見ることの叶わぬ

露さんの本気の招きじゃ。


また腰を捻ると同時に、天高き右の前足と 頬の高さの左の前足の位置が、流れるように入れ換わり、そのまま左にて くい と招く。

屋根の猫は、心を奪われつつあるようで

耳をピクリと動かし、鎮座の腰を ちぃと浮かせた。

ふむ、もあろう。

流れる動きの中にも、キッパリと強き 招く意志を感じる故。そうそう あらがえたものではない。


腰を浮かしかけた猫は、ハ としたように踏みとどまり、露さんを気にしたまま 顔などを洗う。


しかし、手拭いの端と尾の先を揺らし

しなやかな腰の捻りと、丸き両前足にて招く露さんを、どうしても眼で追ってしまうものらしく

顔を洗い終えると、再び腰を浮かせた。


また招くと、屋根の左側に そろりと 一歩

前足を出した。


腰が捻られ、手拭いの端がなびくと

また 一歩、屋根の傾斜を下る。

くい と招くと、タタタと屋根の中程まで下りた。


そのようになれば、あっという間であり

屋根の左端まで下りた猫は、隣に建つ月夜見尊のお社に跳び降りた。


露さんは、まだ手を緩めぬ。

しなやかに優雅であるが、渾身の招きにて

お社の上の猫を招く。


ぴょいと跳び降りた猫は、ついに地面に足の裏を着けた。


... あのキジじゃ。湯屋で見た 蒼き眼の者よ。

鼻の周りから腹は白いが、黒や灰色のキジ模様が

頭や背、長き尾までを覆う。


じりじりと回り込む如きに 緩き半円を描き

舞い招く露さんに、そろりそろりと近寄る。


皆、固唾かたずを飲んで見守っていたものだが

「あっ、ねこちゃん!」と

子供の猫頭が走り寄り時に、招きが解け

キジは ぴたりと立ち止まった。

露さんの小さき頭から はらりと手拭いが落ちる。


「かわいー」


子供猫頭が手を伸ばした刹那、キジは身をひるがえ

ダッと拝殿へ走る。

二つ尾を脹らませた露さんも 同じにダッと走り後を追った。


「むっ!」


「ああっ!」「榊ぃっ!」


咄嗟とっさに化け解き 狐身に戻った儂は

三尾をなびかせ跳ぶと、子供猫頭も飛び越え

露さんを追い、拝殿の床下へ潜り込んだ。





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