7 息吹 ゾイ (第八日)


「お前等、何いつまでもまとまってんだよ?」


テーブルの上にひっくり返ってる

露の お腹を撫でるミカエルが、私と朋樹に言う。


「ああ。こいつな、夢屋 やるらしいんだ。

見たい夢を見せれるから」


「ああん? 何ぃ?」「それ、マジで?」


「おう。オレは今、ヒスイとデートして来たぜ」


朋樹が ソファーの肘掛けに軽く腰を下ろして

簡単すぎる説明をしてる。


私もテーブルに近付くと「本当に?」って

ジェイドが ミカエルの隣を譲って立ったけど

とても座れない。

「真面目に本当」と、朋樹が座った。


「ゾイ、それさぁ、複数で同じ夢でも?」

「あっ、おもしれぇな! 何する?!」


「え? まだ複数は、試したことが... 」


仕方なく肘掛けに座ったジェイドを交えて、どんな夢にするか話し合ってる。


「宇宙旅行?」「別の惑星探検か?」

「地底は?」「いや、海底王国とか... 」

「俺、全部 行ったことあるぜ?」

「なんだよミカエル!」「オレら ねぇんだよ!」


「待て、地底には本当に... 」

「バカ!聞くなよジェイド!」

「ロマンがなくなるだろ?」

「あるぜ?」「答えるなよな!」


「ゾイも食えよ」って、ルカに ビスコッティを渡されて、床に座って 二本 食べてる間に、見てみたい夢が決まったようだった。


「複数人には、初めて試すけど... 」


「おう!」「やってくれ!」


ミカエルとジェイド、朋樹がベッドに転がって

泰河と ルカがソファー。


「5分で目覚めるけど、何日分かの夢でも大丈夫だから」


「わかったって!」「早くしろよ」


「じゃあ... 」と、術で催眠を掛けると

ぱたっと 急に静かになった。


どうやら眠れたみたいだから

背に手で触れていく。


ルカや泰河には、そう凝り固まったものはなかった。

だけど彼らは ストレスが溜まりやすい方に見える。ただ、それをけることも上手い。

自分のバランスの取り方を知ってる。


ジェイドも朋樹は、自分で昇華してる気がする。

信仰を持っているから、一本 揺るがない芯がある感じもする。

皆、仕事で人の念に あたったりするから、自然と こういうことが身に付くのかな?


ミカエルの翼に手を触れようとしたら

ブロンドの睫毛を開いて、碧い眼を私に向けた。

思わず息を飲む。


「お前、俺も寝たと思っただろ?」って

楽しそうに笑って、ベッドに身を起こした。


「俺、術は ニガテだけど、相手の術にも そうそう掛からないんだぜ?」


そっか... ミカエルが下級天使の催眠になんて掛かる訳がない。


「自分で寝ようと思ったんだけど、それでも

こいつ等と同じ夢を見るのか?」


「あっ、それは... 」


違うかもしれない。

催眠時に、望む夢を見れるように暗示するから。

天使の術に悪魔の術を混ぜてる感じになる。


「だよな...

まあ、こいつ等も すぐに起きるんだろ?」


でも ミカエルは、つまらなそうだし

ジェイドたちが羨ましそうだった。


「すみません... 」


「え? 謝るなよ。別に悪くないのに。

露は掛かってるな」


横向きに寝てる露のヒゲが ピピっと小さく動いた。楽しそうに見える。


玄関が開く音がして、足音が近付く。

リビングのドアを開けたのは ボティスだった。


私に「よう」と言って

「バラキエル!」って喜んでるミカエルに

「降りてたのか」と、ピアスをはじいて言ってる。


無言で、寝てるジェイドたちを見回してるから

「あの、寝かせて夢を見せてるんです。

もう目覚めるけど... 」と 説明しかけると

「もう?」って、眉間に軽くシワを寄せて

強い催眠の呪文を言った。


「あと 二時間くらいはいい。本を読むからな」


スタスタとソファーに近寄ると、ルカと泰河を床に転がしてる。


「あっ、風邪ひいたりするんじゃ... 」

「いや ひかん。珈琲」


大丈夫なのかな?


普通にソファーに座るジェイドの向かいに

ミカエルが座って

「里に行ったって聞いたぜ?」と

本を開いたボティスに、お構い無しに話し掛ける。


「キミサマに喚ばれやがったけどな」


珈琲を淹れながら見たら、ケッて顔して 本の文字をゴールドの眼で追ってた。


「何の本なんだよ? 俺、お前を待ってたんだぜ?

遊ぼうと思って」


「シェムハザに借りた、人間が書いた術書。

読んだら付き合ってやる」


ミカエルは、ちぇーって いうような顔で

ソファーを振り向いて、キャンバスの下書きを見てる。


珈琲を持って行くと、ボティスに「座れ」と

顎で ミカエル側を示されて

「おう、座れよ」って、ミカエルもソファーを

一人分 空けてくれる。


いいのかな... って、ドキドキしながら隣に座ると

背凭れの向こうに出してるミカエルの翼が

すぐ傍にあった。


「夢の誘導や操作は、地界側の術だろ?」


カップを口に運びながら ボティスに聞かれて

「そうだと思います。出来るとも思ってなくて」って 答える。


「複数に同じ夢なら、大したもんだけどな。

啓示や幻視を与えるのではなく、相手の願望を

叶える ってことだからな」


「まだ、出来てるかは 分からないけど... 」

「今、実験中らしいぜ。こいつ等で」


「まあ、起きりゃ分かるだろ。

俺も試してみるか」


ボティスは、一度 術書を閉じて

ミカエルの前に指を伸ばすと、何かの記号を書く動作をしながら、ラテン語の呪文を唱えた。

くた っと、ミカエルの頭が背凭れに乗る。


「えっ?」


すごい。ミカエルを 眠らせられるんだ...


「術は得意な方だからな。こいつの深層にある

願望の夢を 見せてみることにする」


それも出来るの... ?」


「夢魔の術だろ? 原理は知っているが

今やったのは、ラジエルの書にある術と混ぜたものだ。ミカエルは 術の耐性が強いからな。

ただ この場合だと、起きてからは夢の内容は覚えていない。何かいい夢を見た、という程度だ。

ハジく” のとも違う」


すごいけど、これだと夢屋向きではないのかもしれない。

目覚めてすぐも覚えていなかったら、もうお客さんは来ないだろうし。


でも 沙耶夏も、見たくて見た夢を ずっとは覚えてなかった。

起きてすぐだとか 数日は覚えているけど、徐々に薄れていくみたい。

その辺りは、普通の夢と同じかもしれない。

血肉を伴わない経験だから、実際の経験のようには記憶されてない気がする。


「そういうことだ。お前も行って来い」


ボティスの手元にあった術書から眼を上げると

ゴールドの眼にぶつかる。

呪文を聞いていると意識が遠退き出して

また術書を開くボティスを見ながら、暗闇に落ちた。




********




明るい暖かな草原にいる。

様々な果実を実らせる木々と、野の動物たち。


白く輝く川の向こうに、二本の大樹を見た時に

白い揚羽蝶が ひらりひらりと横切った。


第四天楽園マコノムかな... ?


「エデンだ」


振り向くと、ミカエルがいた。


白い膝丈の天衣に、ゴールドの肩当てとベルト。

膝の下まで革紐ベルトで巻いたサンダル。


「お前は天衣じゃないんだな」


私は、黒く薄いニットにグレーのパンツを穿いてた。いつもより着心地が緩いし、袖が手にかかる。スニーカーはサイズが 二つくらい大きい。


今日 着てたままの格好みたい。


眼の端に映った髪の色に 焦って、指につまんで

確認する。... ブロンドに戻ってる。


「あいつ、本 読むのに邪魔だったんだな」


腕を組んで、鼻でため息をつくミカエルが言うけど、これは夢だって 知ってるのかな?


私に眼を移すと「バラキエルだよ」と言った。

「ファシエル、お前も飛ばされたんだな」


「はい... 」って、答えたけど

どうなっているのかは よくわからない。


ボティスは、深層の願望の夢 だって言ってた。

ミカエルは、ジェイド達と探検や冒険がしたいみたいだった。


それならこれは、私だけが見てる夢ってこと... ?

つまり、ミカエルと共有してる夢じゃないんだよね?


「何、眉しかめてんだよ? 俺で不服なのか?」


「えっ?! いえ、すみません!!

そんなこと、とんでもない... 」


ミカエルは ムッとしてる。

怒らせてしまうのは望んでないし、展開は 何かおかしい気がするんだけど...

私の夢じゃないのかな?


でも何とかしなくちゃ。


「あの...  嬉しい です。とても」


勇気を振り絞って言ってみると

背けてた碧い眼を私に戻して

「うん。いいぜ」って 言ってくれた。


そのまま歩き出すから、ついていく。


ミカエルには、翼がなかった。

天使は、ゲートを通って

地上に降りると翼が背に出る。

今はもう、エデンは 地上と見なされていないみたい。


「普段、エデンは無人なんだ。

泰河やサリエルが入った時に、エデンも俺の管理下に置いたから

最近だと、アリエルが動物を見に入っただけ。

ルカのとこの琉地は入れるんだけどな」


ミカエルは、話しながら

少し遅れて後をついて歩く 私を振り向いた。

歩く度にスニーカーが脱げそうになってしまって

どうしても遅れてしまう。


「靴、脱いだらいいだろ?」


「あ、はい... 」


その場でスニーカーを脱ぐと、大きいスニーカーソックスも 一緒に脱げてしまって 恥ずかしい。


ミカエルは、右手を開いて天衣を出すと

「やるよ」と、私の頭から すっぽりとそれを被せる。

着ていた黒いニットやグレーのパンツが消えて

するりとした着心地の、長い丈の天衣になった。

足には、白いレザーのサンダル。


天衣というか、地上のシンプルなワンピースドレスみたい。背中が開いてて ゴールドのベルトが付いてる。天で見たことがない形のものだった。


「エデン用。地上のドレスを参考にしたんだぜ?

ルカの家で観た映画の」


「素敵だし、嬉しいです。着ることが出来て」


エデン用なんて、私が着て いいのかな... ?

本当に嬉しくて、胸の奥が じんわりとする。


でも、エデンって 無人なのに...

これから配属が決まるのかな?

それなら、その天使たちより 先に着てしまったって遠慮もあるけど、やっぱり どうしても嬉しい。


「うん、似合ってるぜ。

お前に似合うと思ってたけど」


眼を上げると、ミカエルは笑ってて

胸が ぎゅうっとなった。


これは やっぱり、私だけが見てる

私の願望の夢なんだ。

だって こんなはずないもの。


「私も、皆が 憧れるように

マコノムの 楽園配属になるのが、夢でした... 」


頭の中まで ぼんやりしたけど、息切れしそうになりながら言ったら

ミカエルは、私の手を取って歩き出した。


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