「蝗は?」

「数は昨日と変わらん」


シェムハザの向かいに ボティスが座って

今日の蝗話イナゴトークを始めた。


露子を抱いた榊は「沙耶夏」と、沙耶さんにくっついて、鍋に具材が入れられるとこを見ながら

「鮭じゃ!」と、石狩風鍋の方 見て喜んでる。

ミカエルも「ふうん」って 一緒に鍋 見学中。


「テーブルとソファー 増えてるじゃねぇか」


朋樹とジェイドが、浅黄や桃太と そっちに座ったから、蝗に飽き飽きしていた オレと泰河も 朋樹たちの方に座ることにした。


「よう、桃」


オレが呼ぶと、桃太は「うむ」と 銀縁眼鏡を くいっとして笑う。


「桃 も、蝗 取ったか?」


あっ。泰河も 桃 って呼んだ。

ちょっと羨ましかったんだな。


「うむ。黒ばかり 三匹程だ」


「桃も榊みたいに、神隠しが出来るからね」

「蝗に気付くのも早いしな。なあ、桃」


ジェイドと朋樹も “オレらだって 桃って呼ぶぜ”

アピールしやがった。

無意味に得意気なツラしやがって。


桃太は、オレらの小さな変貌に

「うん?」って、ちょっと焦ってやがる。

何も気にしない浅黄は

「おお、俺も “桃殿” と呼ぶかのう」って

黒い狐耳を動かした。


ボティスが「ハティ」と喚ぶと

ハティが顕れて、シェムハザの隣に座った。

また真顔になったら困るもんなー。

スーツの背中が 機嫌良く見える。


「火が通ったら出来上がりよ。

食べた後は、お雑炊にしましょう」


沙耶ちゃんとゾイに「お疲れー」って言って

座ってもらうんだけど、場所が問題だ。


けど、榊が「沙耶夏」って引っ張って 一緒にボティスの隣に座り、浅黄と桃太も向こうのテーブルに呼ばれて行っちまう。

なんだよー。オレらも、浅黄や桃と もっと仲良くなりてーのにさぁ。


オレらの方には「お前、あっち」って、朋樹が オレと泰河側に寄せられて、ジェイドの隣に 露子抱いたミカエルが座って

「ファシエル、座れよ」と呼ばれたゾイが

遠慮がちにミカエルの隣に座った。


「バラキエルの方は、悪魔ばっかだからな」って

ちょっとボティスと座りたかったよーなことも零しながらも、そんな残念な風には見えねーし。


「あっ、取り皿がいるわね」と、沙耶さんが動こうとすると

「いやもう、寛ぐがいい」と シェムハザが、取り皿やら グラスと水やらを取り寄せてくれる。


「ナベ、まだかよー」って ミカエルが催促すると

ゾイが蓋開けて「もう大丈夫です... 」って照れて言った。オレの隣で泰河も頷く。

朋樹の方 見てみたら、へっ てツラしてやがった。


鍋は、水炊きと石狩風の 二種。

ボティスに「日本酒」って言われて、結局オレと泰河は、カウンターに酒用のグラスと氷を取りに動く。


ボティスたちのテーブルは、沙耶さん以外は 皆、酒飲むみたいだけど、朋樹とジェイドは

「いや、いい」「今は」って言うし

こっちのテーブルは日本酒を試してみたいミカエルと、露子、泰河だけが飲む。

オレもいいや。日本酒は眠くなるし。


ミカエルは「サクラザケと同じ種類」って 日本酒のグラス置いて

「ミソスープの鍋だ!」って、石狩風に喜んだ。

鮭と薄揚げ、薄く切った大根やニンジン、ほうれん草にとネギ。ベースが白味噌で美味い。


「店で飲んだ魚のミソスープに似てる」と

ミカエルが言うと、露子の皿に鮭 ほぐしてたゾイは

また頬っぺたを染めた。


「おいしいと、気に入られてたんで... 」


「うん、美味いぜ!」「嬉しいしさ!」って

オレも泰河も笑顔で言うと

「よかった」って、ゾイも照れて笑う。

かわいいーしぃ。

今、ミカエルに見て欲しかったのに、鮭 食って

「熱っ」って言ってやがる。


水炊きの方は、鶏と白菜、椎茸とえのき茸。

豆腐と長ネギ。で、シラタキ。ベーシックだ。

けどもう、鍋って言ったら これだよなぁ。


ポン酢に出汁 注いでもらって、柚子 搾ってもらったミカエルは、鶏と豆腐 選んでるけど

「野菜も食べないと」って、ジェイドに白菜と椎茸も入れられて、少し大人しくなった。


朋樹の方見たら、黙々 食ってる。

オレが見てるのに気付いて

「何だよ? 美味いだけだぜ」って 仏頂面で答えてるし。

「おまえ、また妬いてんの?」って 小声で聞くと

「... 浅黄に話は聞いた」って、ぼそっと返してきた。“俺が護る” の使命感と ごっちゃになってることかぁ。


「っていうかさぁ、“俺が” 護るって時点で

もう、それじゃね?」って 言ってみたら

「あいつ 天使じゃねぇか。恋じゃなくても言うし護るぜ。必要がありゃ カバやカブト虫にだって

“俺が護る” って言うだろ?」だし。

でも 一理あるよなぁ。


「けど、浅黄が好きなのかどうか 気にしてたぜ?」


「らしいな。ゾイが、自分以外の前で 元の姿になるのがイヤなんだろ。

でもそれを自分で気付いてないんだよな。

一緒にいないと隠せない... いや 護れないって

変換されてんだな」


朋樹は、豆腐を丸々 口に入れちまって

「ぐっ... 」って眼を閉じて、開くと涙目になってた。多少 狼狽えてるよなー。


ジェイドが、えのき茸つまんで

「キノコ類の分類は、植物より動物に近いらしいね。菌類だしね」とかって言うと

泰河は椎茸に関心を持ったように見える。

頭の中で、また独自進化論に 光明が差した感触があったんだろな...


ゾイにも さりげなく大根とかニンジン入れられながら「お前も蝗取りしてるのかよ?」って

ミカエルが聞いてる。


「いえ。蝗が 見えないってこともありますが

普段は お店にいるので... 」


「蝗、まだ食ってないのか?

俺 食ったんだぜ? キャラメルに入ったやつ」


「あっ、私も いただいたら食べます。

お店にも来店されるかもしれないし... 」


客蝗 来店かぁ。

沙耶さんには、食ってくれって言えねーよなぁ。

結構でかかったし。

しかし、色気ねぇ会話してるぜー。

まぁ、ゾイは 嬉しそうだからいいんだけどさぁ。


「女の子がさ、蝗なんか食いたくねぇだろうに」


泰河が感じ入った調子で言って

「ミカエルが食ったなら 自分も... って、ケナゲじゃねぇか」って 鶏肉 食った。

うん。もう何でも かわいいよなぁ。


「... ルカが」


ハティの声に、ん? って、ボティスたちのテーブル振り向くと

薄揚げと ほうれん草を口に運ぼうとしてた 桃と眼があった 気がする。


桃は、二秒くらい止めた箸を口に運んで

湯気にレンズが曇った眼鏡を くいっと上げた。


あれ? ボティスが 何か喋るように口を動かしたけど、声は聞こえない。神隠しの 一種... ?

これって、話してることを オレに聞かれないようにしてる ってこと?


「なあ、今さぁ

オレの名前 出てなかったぁー?」


振り向いてるオレの眼の前に

にょきっと何か生えた。


「うおうっ!」「榊。何だよ?」


不機嫌に聞く朋樹に「鮭は あろうか?」と

自分の器を差し出してる。


「あるんじゃねぇの?

石狩風は あっち側の鍋なんだよ」


「ふむ」


榊は立ち上がると、泰河と 向かいに座るゾイとの間の床に正座した。


「榊、代わるよ」と、ゾイがソファーを立とうとすると「いや、オレが代わるって!」と

泰河がソファーを立って、榊と入れ代わった。


オレの隣に座った榊は、鍋にまだ 一切れあった鮭を入れてもらい、ほくほくしてる。


「泰河、お前 それ以上ファシエルに寄るなよ」


ミカエルが 箸に長ネギつまんだまま言う。


「おお!... 心配すんなよ」


泰河、照れてやがる。

くすぐったそうなツラして酒 飲んでるから

「もうちょい飲む?」って、注いでやった。

なんかわかんねーけど、人に優しくしたいし。


隣で榊が箸を止め、ミカエルに「何故?」と きょとんとして聞いた。

「ファシエル とは、ゾイであろう?

ゾイは “もっと皆と懇意になりたくある” と... 」


おっ、そうなのかよ?!

思わずゾイを見たら、ゾイは赤くなって

「そろそろ、お雑炊と おうどんにしようか?

沙耶夏の家で ご飯 炊飯してるから、取ってくるね」って 消えちまった。


突然 隣が空いたミカエルは「あっ」って ムッとしたけど、毛繕い中の露子を強引に抱いて、榊に向き直り

「あいつさ、イシュがあんまり近付くと

元の姿に戻っちまうんだよ。

自分の性別を意識しちまうのかもしれないな。

受肉したから」って、説明し始めた。


「ミカエル... 」と 話を止めようとしたジェイドに

「肉!」って言って、水炊きの鶏を取らせてる。


「性別とは、女子おなごであることなどを?」


ほう... って、榊が聞いてるけど

オレらは、榊が ゾイの気持ちに勘づいたら... って

そわそわしちまう。


「でも、戻った姿を見るのが

俺なら 大丈夫らしいんだ」


うわ すっげぇ自慢気だし!

満面の笑みで長ネギ食ってんの!


「むっ!」


あっ、やべ...


「ほら ミカエルは、ゾイと同じ 天使だからね」

「そうなんだよな。榊も もし、里に戻れなくなっても、浅黄や玄翁に会えたらホッとするだろ?」

「そ! ずっと人化けしとかなきゃいけなくて

狐の姿に戻った時に、傍に仲間がいたらさぁ... 」

「なんか安心すると思うんだよな。

オレらだって、他界に行ったとしたら

ヨロイ脱ぐのは 仲間の前だろうしさ」


「ヨロイ?」と ミカエルが聞き返したけど

「もしもの話!」って、泰河が流す。


「... ふむ。そうかも分からぬ」


榊は、オレらに流された感は あるっぽいけど

なんとなく納得はした。


「だから、元の姿に戻ったら

俺が、他から隠してやる って約束したんだ」


ミカエルは、そう言って

肩に抱いた露子の額にキスした。

うん、よし。浮かれてるように見えるし。


「ふむ... 」


おっ、榊も “何か良い” って顔になって

切れ長の眼をきらきらさせてる。


「ゾイは 女性だから、護られるのもいいね」


ジェイドが言った時に、ゾイが戻って来た。


床から「おかえり」って笑った泰河に

「やっぱり代わろうか? 食べづらくない?」と

ゾイが聞くと「ならぬ!」と、榊が止める。


「さて、沙耶夏に材料を渡す故」


榊は ゾイから、タッパーの白飯と うどん 二玉卵を預かり

「案じずに良い」と微笑むと、向こうのテーブルに戻って行った。


「僕がやるよ」と、ゾイから うどん預かったジェイドが、鍋の火を点けて、朋樹は またシラっとしてる。


ゾイは、オレと隣に座った泰河のツラ見て

「何か 話してた?」って 聞いたけど

「いやいや」「もっとゾイと遊ぼう って話」と

答えると、ゾイは「うん」て 照れた。

やっぱ どっか女の子だよなぁ。しかも天使の。

普段のゾイの姿の時も、最初より中性化してきた気がするぜー。


ミカエルは、うどんも気に入って

ほぼ 一人で 二玉 食った。

「お前、あんまり食ってないよな。一口 食う?」って、ゾイに言ってて

「器に分けろよ!」と 朋樹がムッとして止めたけど、全体として いい雰囲気だったし。


味噌の雑炊 食って、水と思って飲んだら

泰河の酒だったけど、もうそんなの些末サマツー。


けど 腹に溜まるとさぁ、眠たく...




********




「... い ないと思うわ」


あれ? 海に居たと思ったのに

近くに声が聞こえる


いや、違う。

鍋してたんだよな?


「何故、その時のことが ルカの夢に... 」


オレ、たぶん また

うたた寝して、夢 見たんだ


「骨の影響かもな」


また何か言ったのかな?

考えたら、緩く ふわっと眠気が差して

やっぱり このまま寝よーかなぁ... って...


「... ざめも、もしかしたら 呪詛が関係してるかも

知れないって、ラファエルが... 」


「目覚めって、リラ?」


急に頭がハッキリして、眼ぇ開けて言ったら

目の前には オレを覗き込んでたらしい至近距離のミカエルなんだぜ。

そのままの距離で「起きてたのかよ?!」って

ブロンド睫毛の 明るい碧い眼を見開いた。ちか...


「... ミシェル」


ひとりでに 言葉が出た。... ん? なんだ?


部屋 見回したら、みんなして オレ見てて

揃って神妙な顔してるし。


榊と眼が合うと「ルナルド」って 口が動いた。

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