で、結局。

河川敷でも 夕方のスーパーでも、蝗は見かけず

夜通勤、ていうか退勤? の蝗探しに

また駅に集合して、バーッと改札 通る人たちの

背中とか肩を、眼を皿のよーにして探す。


東口と西口は、六山の霊獣たちと

ボティスの軍で蝗食ったヤツらに任せて

オレらは中央口。ラクになったぜー。


榊は見つけると「ふむ」って 自分に神隠し掛けて

取りに行って、桃太も神隠し。朋樹は式鬼。


ボティスは すたすた 歩いて行って、肩蝗だと

前からでも取って、ギョッとされる。

「何だ?」って聞いて「いえ!」って答えられて

戻って来やがるんだぜ。


オレとか泰河は、人違い系で行く。

「よう、久しぶりぃ!... あっ、すいません。

友達と似てたんで」って。

アコみてーに さらっといけねーけど

これが 一番ラク。


露ミカエルは、蝗を口に咥えたくないから

『いた!ほら取れよ』って、前足で指して

誰かに取りに行かせる。

車 降りてからも、主に浅黄の肩にいるから

急に仲良くなってるの見て、ボティス以外は不思議そうだった。


朋樹が、浅黄と桃太と話してる時に

泰河と 一緒に、さっきのミカエルの発言を

ジェイドに話してみたら

「自分から浅黄に聞いたのか」って

浅黄の肩の上の 露ミカエルに眼をやってる。

おっ、ジェイドも 優しい顔じゃん。


「夜、沙耶さんとこに ミソスープ行かね?」


嬉しそうに言ってみたら

「今日は水曜日だから、店は休みだろう」って

返って来た。


「うわっ、そうだ!」


泰河がスマホで曜日 確認して、軽く衝撃を受けてるけど、オレも 自分がデート断られたような気分になったし...


「何を話しておる?」って 榊が来た。

ボティスは、露ミカエルと 何か言い合いしてるから、放って こっちに来てみたっぽい。


「おっ、榊」


榊は、艶やかな黒髪を高い位置で丸く纏め

赤いニットのポンチョを着てる。

首の赤いラインの上には、黒いチョーカーを巻いていた。


「飯なんだけど、ミカエル連れてさぁ... 」って

オレが説明しようとしたら、ジェイドが

「鍋でもしようかと思って。

でも沙耶さんの店が休みだから、沙耶さんやゾイとは 一緒に出来ないな って 話してたんだよ」と

コイの始まりのこととかは、ぼかして説明した。


ゾイが恥ずかしがるから?... って思ったんだけど、後で聞いた話じゃ

榊は、他人の恋だと お節介焼きに変貌するタイプみたいだ。生意気だよなぁ。


朋樹とヒスイの時は、本人は さりげないつもりでも、駆け引きにも満たないような 見え見えなことしてみたり、朋樹に発破かけて説教したあげく、

精を尽きさせようともしたらしい。

うん。まだゾイのことは黙っておくかな...


「ふむ。皆で食した方が楽しくあるからのう」


「なー、そうだよなぁ」

「今日は簡単に済ませて、明日にする?」

「ミカエルが 納得するかだけどな」


「そこ。探しているのか?」


ボティスだ。

イヤそーな顔で、指につまんだ黒蝗を アコが持つ虫カゴに放り込んでる。


「探すけどさ」

「夕食の話などをしておったのじゃ。

鍋などが良いが、沙耶夏やゾイも誘いたくある」


「誘えばいいだろ?」


簡単にボティスが言うと

泰河が「言ってみるか」って スマホ出して

沙耶さんに電話をかけ出した。


「沙耶ちゃん、休みの日に ごめんな。

ミカエルが降りて来ててさ、皆で鍋しようかって

話してたんだけど... 」


泰河が話している途中に

「召喚部屋。迎えに行け」って ボティスが言って

それも泰河が伝えてる。


通話を終えて

「OKだって。今日は 二人で退屈してたから、ってさ」と、スマホをジーパンに仕舞う。


「迎えに行って、仕度しとけ。

シェムハザも来たら寄越す」と、ボティスが

オレとルカに言い、ジェイドには

「そろそろ場所 移動する」と バスを取りに行かせ

榊の手を引いて連れて行く。


「蝗取るにも、オレらって 大して役に立ってねぇしなー」

「ルカ おまえ、言うなって...

沙耶ちゃんたち迎えに行こうぜ」と

オレらも泰河の車取りに 駐車場へ向かった。




********




沙耶さんとゾイは、八百屋とか肉屋だとかが並ぶ

商店街の入り口にいた。


「よう、沙耶ちゃん。ゾイ」


「こんばんは、お鍋よね? 二種くらい作る?」

「泰河とルカなんだ。

朋樹たちが来るかと思ってた」


「なんだよゾイ、おまえ!

オレらで いいじゃねーかよ」


「うん。騒がしいだろうな って思っただけ」


肩 竦めてるけど、ゾイって 割と言うよなー。

こうして沙耶さんと並んでるとこ見ると

二人の間に慣れた空気があって、恋人同士っぽく見える。手ぇ繋いでるしさぁ。


鍋の材料 買うか ってなって、商店街の中を歩く。

もう今日は閉店した店もちらほら。


オレは、沙耶さんの店のお使い以外では

ここには来ないけど、何度か行ったことがあるだけで、店の人は覚えたりしてくれてて

“ルカちゃん” って呼ぶ人もいる。

泰河も「あら、泰ちゃん」って声 掛けられて

笑顔で 手ぇ振ってるし。


八百屋へ行くと「あら!ゾイくん!」

「今日は沙耶夏ちゃんと!」と、店の人が ニコニコする。

「これ持って行きな」って、みかんの袋くれたり

歩いてるだけで「ゾイくん」と 手招きされて

煎餅屋の煎餅とか、果物屋からキウイもらったりしてる。


ゾイは どうやら、店のおばちゃんたちのアイドルらしかった。

「ゾイが買い物に行く度、お土産を下さるのよ」と、沙耶さんは ちょっと得意な顔して

「とても親切な人たちなんだ」と、いまいち分かってなさそうなゾイが、煎餅をオレらにも配る。


煎餅 食いながら、肉屋と魚屋、出汁 取るための昆布やら何やら買いに 乾物屋まで行くと

買い物のビニール袋を車のトランクに詰めて

召喚部屋へ向かう。


召喚部屋は、駅近くの中古マンションの一室を

シェムハザが購入して、中をリノべーションしてある。


一階のエントランス部からエレベーターに乗って

部屋に入ると、広々としたリビングで

まず目に入るのはテーブルセットだけど

奥のバーカウンターに目を止めた 沙耶さんが

「バーもあるのね!」と

キョロキョロと部屋を見回した。


リビングには、革の四人掛けのL字ソファーと

三人掛けソファー。

その間に大理石トップのテーブルがある。

近くの壁際にパソコンデスク二台。全部 白。


リビングの真ん中は、召喚円絨毯を置くスペースで、広く空いてて

テーブルセットと対角線上にバーカウンター。

バーと隣合う壁の方に、キッチン部分がある。


買ったもんをキッチン部分に置いて

「こっちは荷物置きと寝室ー」

「ソロモン系の印章はカウンターにあるぜ」って

小さい紹介してたら、ソファーの背凭れ近くに

オーロラが揺らめいて、シェムハザになった。

清潔な甘い匂いが部屋に漂う。


「あっ、シェムハザ。こんばんは」


ゾイは普通に挨拶するし、オレも泰河も

「おう」「よう。また鍋なんだぜ」って感じだけど、沙耶さんが固まった。


小麦色のウェイブの髪を、後ろで 一つに束ねた

シェムハザは、本人曰く作業着の 白いシャツと

黒いカラージーンズというラフな出で立ちで

今夜もまばゆく輝いている。


「鍋が幾つかあった方がいいな」って オレらに言って、沙耶さんに近付くと

「初めまして、沙耶夏」と、指を鳴らしてる。

花の形を象ったパールの髪飾りが 沙耶さんの頭に飾られた。

「シェムハザという。皆には世話になっている」と、沙耶さんに手を差し出した。


「あれ? 初対面だったっけ?」と 泰河が聞くと

シェムハザは「紹介されたことがないからな」と

明るいハスキーな声で返して来た。

そっか。ハティとかボティスは 沙耶さんの様子見がてらに、勝手に店に行ってたんだよな。


ふわーっとしたまま

シェムハザと握手した 沙耶さんは

「あの... アリエルさんの ご主人かしら?」と

かろうじて聞けた。


「そうだ。妻も世話になった」


「悪魔さんだって 聞いていたのだけど... 」


ふわふわしたままの沙耶ちゃんを見て

ゾイが「悪魔だよ。見ての通り」と、キッチンで

白菜を 一枚一枚 剥がして洗いながら笑ってるけど

ゾイは、ミカエルの前で 自分がかわいくなってることは知らねーんだろうなぁ...


オレと泰河も白ネギ切ったり

ニンジンとか大根 見て「これ、どうするんだ?」って ゾイに聞いてたら

「あっ、私がするわ」って 沙耶さんが

はっとした顔で、キッチンに逃げるように来た。


「驚いたわ... 動いたし、生きてらっしゃるのね」


「な、すげーだろ シェムハザって」

「オレら 今でもビビるもんな」


シェムハザは「あの人数だと、このテーブルだけでは無理だな」って

召喚スペースにテーブルセットを取り寄せて

どちらのテーブルにも、テーブルコンロと鍋を 二つずつセットした。

これは今日のみで、後で城に送り返すらしい。


沙耶さんが、二つの深鍋で出汁 取ってて

オレらがゾイと ざくざく野菜 切ってたら

「何か手伝うことは?」って、シェムハザが

キッチンへ来た。


「いえ、大丈夫よ!

泰河くん、ルカくん、お相手して差し上げて」


沙耶さんの背筋が伸びて、ゾイが また笑う。


「シェムハザ、沙耶ちゃんが緊張するからさ... 」

「じゃ、なんか飲むー?」


シェムハザからすると、沙耶さんの反応は

ごく 一般的な反応らしく

「では、お言葉に甘えて寛ぐとしよう」と 微笑み

ゾイに「休憩中に」と、取り寄せたオレンジの

フレーバーウォーターの真っ青な瓶を 二本渡すと

召喚スペースに置いたソファーに座ってる。

オレらも座ると、コーヒーを取り寄せてくれた。


灰色グリの蝗は見つかったのか?」


「全ぜーん」「黒の残り蝗ばっかりでさ」


しかし、地味な仕事だよなー。

最近、普段の仕事は依頼入らず で 暇だしさぁ。


「アリエル、元気?」


何気なく泰河が聞くと

「もちろん。デザートには早いが」と

シェムハザは、クッキーを取り寄せてくれた。


サリエルの話が過る。

泰河は それで、シェムハザの城にいる方のアリエルも気になって聞いてみたんだと思うけど

何も変わりはないようで、安心した。


「うん、そうか」

「おっ、美味そう。オレ、このクッキー

素朴な味で好きなんだよなぁ」って

クッキー 摘まんでたら、ゾイが テーブルの鍋に

出汁 注ぎに来て、テーブルコンロに火を点けてる。


小さいクッキーを 一枚 取って、口に入れると

オレの胸元に グレーの眼を向け

片手で口元を隠して「目覚めたのかな?」と

遠慮がちに聞いた。リラのことだろう。


「そうだ、どうなんだ?」って シェムハザも聞くけど、ミカエルが何も言わない ってことは

たぶん、まだだって思うんだよな。


そう答えたら「そうか」「心配だね」って

鍋の具材運んで来てくれた 沙耶さんの口にも

ゾイがクッキーを入れてる。


「あっ、手伝うし」「洗い物もあるよな」と

泰河とソファーを立ったら

オレを見上げた沙耶さんと眼が合った。

そのままオレを見てて、表情が固くなっていく。

おお? なんだ?


「えっ? 沙耶さん、どうしたの?」


沙耶さんは、オレの言葉に、もう 一度オレを見直して

「いえ、何でもないわ」と、鍋の仕度に戻った。

えー、オレが気になるんだけどー...


けど、何でもない って言われちまうと

もう聞けねーし、そのままキッチンに行って

まな板とかボウルを洗うことにする。


なんだろ? 忘れた夢のことかな?


考えてたら、玄関が開く音がして

天井近くの空中に浮いた、薄く白い光の珠が弾けて、エデンのゲートになった。


どう見ても天井より上にあるアーチのゲートから

ボーダーニットにジーパンのミカエルが

「ナベ! クッキーがある」って

翼 背負って降りて来ると、ゾイが照れて俯いた。

うん、かわいいぜー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る