「えっ、それ」「どういう ことすか?」


人間の魂は ウリエル、天使の幽体は サリエル?

なんで、天使アリエルの?


「決まっているだろう?

サリエルが アリエルを好ましく想っているからだ」


「ええっ?!」「うわっ!! すげーイヤ!!」


つい でかい声出しちまって

「シェムハザに聞かれるな」って

べリアルが 指に付いた酒混じりの水滴を弾くと、それに バチって額を弾かれた。結構 痛ぇし。


「ふい... 」「すんません... 」


「だがサリエルは、そういった強行手段に出る男ではない」


えー...  マジかよ?

サリエルって、しつこいしさぁ。

へーきで ファシエルに成り代わったり、リラの身体も取り上げたみてーじゃん。


オレも泰河も無言だったけど、また顔に出ていたらしく

「不必要な部分にプライドを持つタイプだ。

女に自分から 言い寄ることなどない」って説明してくれた。

ああ、なるほどな。なんとなく解る気する。

相手に来て欲しいタイプかぁ。めんどくせー。


「聞いたところでは、幽体は月に連れて行く予定だったようだ。お前達が天に帰さなければ」


「けど... 」と、泰河がムッとして

「好きな子に、あんなにつらい試練 課すんすか?」って 聞いた。


これ。オレも分かんねー。


堕天させるとこから もう歪んでるんだけど

アリエルを自殺に追い込もうとしてた。


“教会に自分の脚で入れたら、天に帰す” って試練

課して、教会に着く前に 身体が溶けちまう。

アリエルは、地上に転生して 二ヵ月間

毎晩それを ずっと独りでやってた。


あんまりつらくて、人間のアリエルと 天使のアリエルは 二人に分かれて...


いや


分けるために、追い込んでた ってことか?


「“暗闇に たった独りで試練に耐えていれば

きっと、お前を頼り愛す”... と

サリエルは、そそのかされたようだ。

誰に言われたかは まだ話さないが、今の話でいけば、恐らくウリエルと考えられる」


... サンダルフォンかもしれない。

本人じゃなくても、誰かを使って。


ウリエルだって、自分の意思で魂を集めてるつもりだったようだけど

サンダルフォンも キュべレを起こそうとしてたことは、知らなかったみてーだし。


「そんなヒドイことされて、好きになる訳ないじゃないっすか」


泰河が吐き捨てるように言うと、べリアルは

「なるんだよ」って 軽く返した。


「現に サリエルは、私に従順になってきた」


... はい?


「普段は、サリエルが 動けないよう

身体と首は分けてある。どちらも牢に繋いでいる。暗闇に 声も出せず、独りきりで居る」


あ...  なんか怖い話しするな、この人...


「私と話しをする時のみ、身体に首を繋ぐ。

その際、まず椅子に座る私の目の前で

私の配下に、サリエルの背中をムチで打たせる。

充分に痛みを与え、“もういい” と許してやる。

幾度か繰り返し、ある日、両腕は拘束したまま

頭を胸に抱き締めてやるだけでいい。

聞いたことに答えるようになる」


お...  怖ぇ...  洗脳じゃん...


何にも言えねーし

ただ、いい加減 冷めたコーヒーを飲み干した。


「サリエルは、元はウリエルと同体だったが

二人に分かれた後は、月の魂の管理所にいる。

多くは寿命に於ける人間の魂を狩り

罪を犯した天使を堕天させる役割を担うようになった、“死の天使” だ。

人間の死を司り、堕天の権限を持つというのは

ほぼ 父の域だ。

強大な力ではあるが、堕天使には恨まれ

天使には 敬遠される存在でもある」


確かに、神の域の力だよな。


べリアルは 一度、結露が付き出したグラスを口に運んで、また話し出した。


「一方 ウリエルは、“神の炎” と呼ばれる。

隠府に向かう罪人の魂を 更正のために炎で焼く権限を持ち、最後の審判では 隠府の全ての罪人の魂を審判の席に座らせる役割を担うことになっている。

現在は、第三天シェハキム第五天マティの守護に就いているが

かつては、エデンの門番でもあった」


どっちにしろ、裁きの天使って感じだよな。

けど、ウリエルはまだ 天使ってイメージでも

サリエルは、死神のイメージがある。

邪視持ちだし。


「サリエルは、月に独りでいることが多かった。

あの性質も原因ではあるが、天に居ても孤独だからな。過去には 役割のため、親しかった天使も

堕天させねばならなかったこともあった」


人格的にも 好かれる方じゃないだろうけど

役割のせいで 余計なのかも... とか思う。

でも、やらねーと なんだよな。


「“何故、アリエルを選んで堕天させた?” と

サリエルに聞くと、誰かに唆される内に

“月で 自分の傍だけに置けるのではないか?” と

考え出したようだ。

アリエルとは、ろくに話したこともなかったようだが、“天で 一番 美しいものだった” と」


やばい。ちょっと 胸 痛い。

本当は、“ただ好きでいるだけ” って

ヤツなのかもしれんよな。


泰河は、カップに薄く残ったコーヒーに

視線を移してる。


「“アリエルを愛していたのか?” と聞くと

サリエルは、静かに泣いた」




********




べリアルは、サリエルに聞いた話のウラを取るため、シェムハザには聞かれずに、オレらと話そうとしたらしく

シェムハザが テーブルにかかり付けになるように

皇帝を喚んだようだ。


皇帝ルシファーは後で、ハーゲンティに迎えに来させる” と

小声で言うと

隠府ハデスにも行ってみるつもりだが

お前達も ミカエルに、ウリエルが魂をどうしているかを聞き出させておけ” って オレらに言って

皇帝に “リリトには私から話しておく。後に城で” と、炎の馬車で帰って行った。


「いつまでも何をしている?」


ボティスに言われて、テーブルに戻ると

どういう話の流れかは わからないけど

テーブルコンロや鍋が設置されてて、今から 水炊きやるらしい。


思わず「えっ? 食うんすか?」と、皇帝に聞いちまったけど

「初経験だが」って 頷かれたし。


「いろいろ買ってきた」


アコが鶏肉とか野菜とか、おにぎり買って来た。

そうじゃん。アコ、鍋する って言ってたもんな。

座ったばっかのオレらが また立って

アコと 野菜切りまくった。


鍋ぐつぐつやる間も、皇帝は ワイン飲みながら

「地上側について、戦った時の話だが... 」って

あんまり見たことない 楽しそうな顔で

ジェイドや朋樹に、甕星みかぼしとして日本の地上平定の争いに加わった話を聞かせている。


「スモウなどで勝敗を着けていた者もいたが

俺は、もっぱつるぎだった。

だが おかしなことに、届いた矢を噛み折る という者や、勝手に病気になって敗ける者もいた。

呪詛だったのかもしれんが、俺の術が効かんように、この国の呪詛も 俺には効かん。

勝敗の法則すら イマイチ不明だったが

とにかく俺は、向かってくる者は 全て斬ることにしていた」


ボティスやシェムハザも興味深そうに話を聞いてる。今日は なんか和やかだよな。


火が通ってきた鍋の蓋を開けて、湯気が落ち着くと

「前に ミカに教わった時は、芋類や根菜と山菜だけだった。これとは違うものだ。

味も素材のみの味だった」って 話してて

取り皿の器に、ポン酢入れてもらってる。


出汁で薄めて、柚子も搾ってもらって

「まずは白菜かな」って、朋樹が取り皿の器に

白菜 入れてやると、普通に箸 使って食って

「ふん... 」って 言った。

まだ ポン酢が濃かったようだけど、まあまあだったみたいだ。


「ボティス、シェムハザ。

お前達は、こうして食事をしたことが?」と

ジェイドに渡されて持った おにぎりの海苔の端を、指で引っ張ってみながら 皇帝が聞く。

いつも 一緒に食ってるけど、鍋のことを聞いてるみたいだ。


「何度か」「俺も最近だが... 」って

二人が答えると、また「ふん」って 鼻から息抜けるような返事をした。


「楽しいのか?」とか、ボティスが聞くと

「味は濃いが」って、ニコ って笑った。

皇帝、楽しいんだ。

おにぎり食ってみて、中身の昆布 見つめてる。


座るとこなくて、肘掛けに座った泰河が 小声で

「普通の人っぽく見えるな」って言って、アコが飾り切りした椎茸食う。

うん。今日オレ、まだ皇帝に震えてねーし。

普通に見えるよなー。


「普段の食事は?」と ジェイドが聞くと

特に飯 食わなくても大丈夫らしいけど

「仕事でなければ、メニューは リリーが選ぶ。

パイやヨーグルトドリンクなど、単品だけ。

パーティーなどはフレンチが多い」ってことで

「俺が好むのは、果実とワインだ」と 答えた。


「仕事?」って 朋樹が聞きながら

鶏モモと小松菜を器に入れてやってる。


「食事を取りながら話を。

要望や相談の謁見ならば、王座の間で聞くが

他界神や魔神の場合は、そういう訳にもいかん」


「ベルゼとかも?」


「ベルゼは リビングかテラス。友だから」


「日本神も?」


「いいや。この国の神は、国と 国の天のみにり、地界には訪れん。

他界神には、それぞれの天のような場所がある。

神々は、地界では俺と話し

天からは御使いが、他神の天に出向く。

また それぞれに居住区は分かれているが

どの神話の魔も、シェムハザのように地上棲みでなければ、地界に居る」


ふうん。榊たちも 地上棲み ってことかぁ。


でも皇帝、飯も仕事 ってキツいよな。

おえらいさんだから しょーがないんだろうけど。


「そういった訳で、果物でない食事には

多くの場合、義務感を伴うものだった」


そういや、皇帝 呼ぶ時って

飯とか食い物は用意しねーもんな。


「俺、一人で食っても楽しいけどな」って

アコが葛切り食うと

「お前は何でも楽しいからな」って

ボティスが返したけど

皇帝がアコを見て、ボティスに視線を移した。


「時間が空いている時は、食事に喚ぶといい。

ただ こいつは、すぐ慣れて よく喋る」


ボティスが皇帝に言うと、皇帝は ふふ って顔して

朋樹が入れた長ネギ食ってみてる。


「アコ、ディルも “最近 遊んでおりません” と

言っていたぞ」


シェムハザが言うと

「うん、蝗集めが終わったら行く。

パイモンが まだ足りない って言うんだ」って

また鍋の火を点けて、白菜 入れ出した。

本当だ。アコもモテやがるし。


「おっ」って 泰河がテーブルの隣を見上げた。

ハティが登場した。

べリアルに言われて、皇帝を迎えに来たらしい。


「よう、ハティ。座る?」って聞いたけど

アンバーの羽化の時のツラして

「灰色蝗を調べていた。食事か?」って言った。


「だって、おまえ いつも忙しいじゃん」

「ゾイが来てから、オレら放置だしさ」


オレらは ぶーぶー言ってやってたが

皇帝は ふいっとハティから眼を逸らした。

まだ帰らないぜアピールっぽい。


ハティは皇帝に漆黒の眼を寄越すと

口許を緩ませ、オレが退いたとこに座って

「珈琲を」と 言った。

肘掛けだった泰河も 一緒にカウンターに淹れに来る。


「なあ、ルカ。さっきのサリエルの話さ、

ハティとか ボティスにしなくていいのか?」


「ああ、そうだよなぁ。

ハティは べリアルに聞いてるかもだけど... 」


「シェムハザには、なんか言いづらいよな。

いや、奥さんは人間の方だけどさ」


「うーん...  けど、半身の話だしなぁ」


後でボティスに話してみるか... ってことになって

コーヒーをカップに注いで、テーブルに戻り

パソコンデスクの椅子に座る。


ハティがコーヒーを飲み始めると

皇帝は、多少 諦めがついたのか

「モレクの時の報酬のことだが... 」と

切り出し始めた。


「いやでも、浅黄も取り戻せたし」

「別に何も... 」って オレらが言っていると

「オススメは “貸し” だ」と、シェムハザが言う。


「そう。俺に貸しを作っておけば、お前達が困った時に、俺が返す。

これは、“動く” 時じゃない。

他界神と揉めた時などに、俺が話を着ける」


おお、すげぇ!


「じゃあ、それで お願いします」って答えたら、

皇帝は「了承した。必要な時は 名を喚べ」と

少し嬉しそうに ソファーを立つ。


ジェイドを見て、今度は寂しそうな顔をしたけど

「次は、“赤い竜となって 第六天ゼブルまで 一気に昇った時の話” を」と ジェイドが言い

「すき焼きで」と 朋樹が添えると

「わかった」って 笑って、ハティと消えた。


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