26


「ほら見ろ、帰って来やがっただろ?」


ジェイドの家の玄関を開けると

リビングに入る前に、朋樹の声が聞こえてきた。


「ボティスじゃないのか?」

「俺は ここにいるだろ」


リビングに入ると、朋樹が

「おまえ、アカリちゃんと まとまって...

ねぇな、やっぱり」と ほらなってツラしやがって

「ゲンメツだぜ 泰河!」と

ルカが オレを真っ直ぐ指差した。

こいつ、ジャズバーでは優しいツラしやがったのにさ。


「座ったらどうだ?」


アンバーにアイスをやってたらしいジェイドが

スプーンでオレを指すが、ソファーは もう空いてない。


「おう」と、今日も床に座ろうとしたら

ボティスが「ルカ」と、自分の肘掛けを指差して

ルカを移動させ、オレに “隣に座れ” と 眼で示した。


肘掛けに回ったルカが「あっ、グラスねぇな」と

オレのグラスと、新しいワイン持ってきて

コルク抜いてると

「それで?」と、ボティスが オレに聞く。


「... カフェで、コーヒーとラテだ」


「泰河。そんなことは分かっているんだ。

僕は、おまえが彼女を どう送って来たのか が知りたいんだ」


頭にアンバー乗せたジェイドが、テーブル越しに

正面からオレを指す。まだスプーンだ。


ルカがグラスにワイン注ぎながら

「アカリちゃんのキモチ知っててさぁ、よく そのまま帰って来たよなー。

いや、やるやらねーとかじゃなくてさぁ... 」とか

余計なこと言うが、おまえもリラ送って、そのまま帰って来たじゃねぇかよ。


「そうなんだよな。どっち着かずの態度って

本当に... 」


朋樹が話してる途中で、ジェイドの指のスプーンが 隣に座る朋樹に向く。


「お前は寝た後も どっち着かずだったからな。

モタモタしやがって」と ボティスが軽く流し

「送った時の 一言を言ってみろ」と

ゴールドの眼をオレに向ける。


「“また ちゃんと誘う”」


「ん、マジ?!」

「良し」


「出来るじゃないか」と

ジェイドがスプーンをテーブルの皿に置き

オレも朋樹も胸を撫で下ろした。


「おまえが彼女を、無神経に傷付けてやしないかと 心配だったんだ」


無神経... 言うよな ジェイドって。


「まあ、ゆっくりもいいよな」と、ルカが 優しい顔になった。

オレもゾイ見る時、こういうツラしてるんだろうな。


「でさ、竜胆ちゃんの学校で繭になった男の子がいてさ... 」


「は? どこに?」

「なんで?」


オレか、リョウジのことを話すと

「蝗が見えるだと?」と、ボティスが確認する。


「見えるだけじゃなくて、取って踏み潰せるみたいだぜ。何を言ってるかも聞こえる。

黒い蝗らしいんけどさ」


退け」


おっ、ひでぇ。

オレから聞く話が終わったからか、ボティスは オレをソファーから立たせて

「シェムハザ」と喚んだ。


グレーのロングニットカーディガンに ブラックのカラージーンズ、黒いジョッキーブーツのシェムハザが立つ。


「失礼」と、指を鳴らしてブーツを消したが

手に くるくる丸めた画用紙を持っている。


「あれっ、なんか いつもと感じ違くね?」

「“何とか無難に抑えたい格好” って風だね」


シェムハザは、いつもシンプルなシャツやパンツで 恐ろしい程 輝くが、今日は無難に纏めたという格好で輝いている。

小麦色の髪の括り方もタイトだ。花砂糖の匂い。


「目立たん努力か? 無駄だろ?」


ボティスの隣に座ったシェムハザは、朋樹からグラスを受け取り、ジェイドにワインを注がれながら

あおいの学校の参観日だったんだ」と

いつも以上に眩しくワインを飲んだ。


「父親参観の日だったが、アリエルと菜々ななと参観した。見てくれ」


画用紙を開いて ボティスに渡している。


ソファーの後ろからルカと覗くと、葵が描いたらしい クレヨン画だ。

明るい色の温かい、かわいらしい絵だった。


「あー、オレさぁ

コドモのクレヨンの絵って大すきなんだよー。

もう こういう線って描けねぇしさぁ」と

ルカが眼を細める。


ど真ん中にいる子供は、本人の葵。

葵より小さい女の子は 妹の菜々だろう。

間にいる犬は、どうやら琉地るちのようだ。

オレより 上手いじゃねぇか。


気を取り直して、菜々の隣に 姉的存在の葉月はづき

葉月の隣にドレスのアリエル。ティアラ付き。

葵の隣には、背後から光を発しているシェムハザ。葵にも こう見えるのか...

シェムハザの隣は ディルだろう。それと...


「お前だ、ボティス」


「何ぃっ?!」「なんでだよ!!」


けど 実際に、ピアスらしきものが 耳部分に並んだ男が、ディルの隣に描かれてる。

オレもルカも、ジェイドも描かれていないのにだ!


「納得し難いね」と、向かいから画用紙に手を伸ばすジェイドに 画用紙を渡したボティスは

「ふん」と ピアスをはじくが、どうしても口元は笑っちまうみてぇだ。


ジェイドと、隣から覗く朋樹は

「マジじゃねぇか」

「うん、ボティスだな。これは」と 言っているが

絵のしあわせそうな雰囲気に、柔らかいツラになる。


「葵や菜々は、俺を “パパ” と... 」


シェムハザの甘い匂いが増して

「うお... 」と ルカが真顔になった。


「アリエルは “ママン”」と、眩しさも増し

「もう すげぇな... 」と 朋樹が眼を擦る。


「葉月は?」と、ボティスが聞くと

「“シェミー” と “アリー”」と シェムハザが答え

納得している。


愛称か。“兄ちゃん” とか “姉ちゃん” って呼び方は

日本独特らしいんだよな。

葉月は、中学生くらいだったはずだ。

葉月の母ちゃんにしたら、アリエルは若すぎるしさ。


「葵は作文を読んだ。“僕の家族” という題名だ。

“僕の父はフランス人で、母は日本人です... ”」


シェムハザは、作文本文を全て暗誦したが

パパとママンが大好きで、葉月姉ちゃんが優しくて大好きで、妹がかわいくて大好きで

ディルもパパみたいに大好き という内容だった。


「“... 琉地は世界一の犬です。

日本には、かっこいいお兄さんがいます... ”」


「おまえ、作文にまで出るのかよ?!」

「どうやら、葵の中では

ボティスはヒーローに変換されてるようだね」

「まずいんじゃねぇか?」「誤変換だろ」


ボティスは「うるせぇ」と答えつつ、ジェイドから画用紙を取り、またつり上がった眼を緩めやがった。


「“... 僕は、皆が大好きです。葵・ベルグランド”」


「シェムハザ、“ベルグランド” っていうんだ」


「今、一番 使っている名だ。フランス籍名でも

運転免許の記載名でもある。

ビジネスでは、ルネや ヴィーゴなどもあるが... 」


「実際は “Shemhaza de Vénus” だ」


ボティスが言うと、シェムハザは 画用紙を取り

「皇帝が付けた」と ため息をついて

術でなく、指で画用紙を くるくる丸め出した。


「シェムハザ・ドゥ ヴェニュス?」


「金星、つまり “皇帝ルシファーのシェムハザ”」


ボティスは笑っているが、シェムハザは

「まったく... 語呂が良くないと言ったんだが... 」と、普段の輝きに落ち着いてワインを飲む。


「“地界ではなく 地上で暮らす。妻がいるから”

... と 説明したが

“俺の名でなければ許さん”、と 言ったんだ。

最初は “de Lucifer” だったからな」


ドゥ リュシフェル... 皇帝ルシファーの、か...

主張すげぇよな。


「だが最近は、“地上のビジネスのため” と 幾つかの名を使い分けることを了承している。

“会社というものには別の名を付けるようだ” と

ハティが説明したからな。

悪魔や異教神に名乗る時は、ドゥ ヴェニュスまで付けて名乗る という条件だ」


ワインを飲み干すと

「だがまあ、姓は別にいい。ビジネスや地上社会以外では そう使わん。

だいたい “シェムハザ” と言えば、相手が勝手に

“皇帝つきの悪魔” と見る。主張せずとも、そんなことは 疾うに知れ渡っているからな。

今夜は、葉月が “スキヤキ” を食べたいと言う。

これから城で準備を... 」と ソファーを立ち上がった。


「待て、シェムハザ。絵や作文は良かったが

黒蝗クロイナゴが見える者がいるという」


「黒蝗?」


「そうだ。人に囁き そそのかしている。

こないだ ウスバアゲハになりかけた学生だ。

学校に行っただろ?」


「詳しく話せ」と、座り直したが

リョウジに会ったのは オレなのに、ボティスが

説明する。わかりやすいから助かるけどさ。


「見える者は “他にもいる” と?」


「そう言ってたぜ」


オレに聞いたのは これだけだ。


「でも、オレらは見たことないよな」

「そうだね。まぁ、あまり人混みにも行ってないけど... 」


「アカリにも見えていないのなら、クライシのウイルス “感染” が 原因ではないのか...

ルカ、お前の妹は どうなんだ?」


「えっ? 何も聞いてねーけど...

けど、明日ちゃんと 電話で聞いてみよかな」


「他の周囲の者にも聞いてみたほうがいいな。

ゾイや沙耶夏にも 黒蝗が見えているのなら報告してくるはずだが、それもないんだろう?

見えるのは、繭になった者... “発症” かもしれん。

蚕やウスバアゲハになった者等の連絡先や

入院先の病院は分かってるんだな?」


「おう、アコが控えてるぜ」


シェムハザに 朋樹が答えると

「よし、手分けして調べることだ。

だがまだ深夜だ。明日の明るい時間に また来る」と、爽やかに 片手を上げて消えた。


「シェムハザ、しあわせそうだよなー」


ルカは、優しい顔がクセになっている気がする。


「明日は、黒蝗が見える人探しか... 」


これさ、見える方がいいのか良くないのか よくわからねぇよな?

黒蝗自体に危険があると困るしさ。


それを聞いてみると

「だが、モレク崇拝を唆す黒蝗を 駆除出来るとすれば、生贄が出る確率も減る」と

ボティスが言った。


「仮にだ、モレクを始末出来たとしても

奈落から出た “アバドンの蝗” は、クライシやモレクだけとは限らんしな」


そうなんだよな...

リョウジに囁いたのは、クライシの黒蝗だ。

今日、リョウジがスーツにコートの人から取って

踏み潰したのは、モレクの黒蝗だろう。


あの狐女様儀式の 神主モドキのおっさんは、まっすぐに思い込むタイプぽかったから何とも言えん部分はあるけど、モレク像のこととか 魂の宿った人形を供えることなんかは、モレクの黒蝗に囁かれたのかもしれない。


アバドンが、奈落から他にも 何かを放っていたら

その何かも 人を唆すために、黒蝗を使って囁かせる恐れがある。

黒蝗が駆除 出来るなら、この先の被害も減らせるかもしれない... ってことか。


「黒蝗が見える者に、黒蝗それを捕獲させ

ハティやパイモンに 調べてもらう。

俺等が見えるようになるのが 一番いいからな」


「けどさ、オレら黒蝗が見えないのに

掴めるのか?」


オレが聞くと、ボティスは ちらっと眼をやり

「掴むことが可能 と推測 出来る奴はいるだろ?」と、返してきた。







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