25


「すいません。

その子、オレの知り合いなんすけど

何かあったんすか?」


突然のオレの登場に、スーツにコートの男も高校生らしき男の子も、見てわかる程 引いている。


深夜だし、オレ 図体でかいし、ヒゲだしな。

眼つきもいい方じゃないから、たまに怖がられたりするし、ありがちな反応だ。

ボティスといるようになってから霞んでいたが

オレ単体だと 以前と大差ない。


まぁ、気にせず聞く。


「あ... いえ、この子が

急に背中に触れてきたので、ちょっと... 」


スーツにコートは、男の子を睨むように見たが

男の子は余所を向いて無視だ。

なんでそうしたのかを話す気はないらしい。


「ああ、そうなんすね。すいませんでした。

ちょっとイタズラしたみたいっすね。

意味ないこともする年頃なんで。言い聞かせときます」


スーツにコートは、まだ男の子を見ていたが

「まだ何かあるんすか?

こいつ未成年なんすけど。何 見てるんすか?」と

オレが言うと、ハッとしたように踵を返して

逃げるように歩いて行った。


そっと歩いて行こうとしていた男の子に

「明月学院の 一年生だろ?」と 声を掛けると

ぴた っと止まっている。


「今さ、あの人に何してたんだよ?」

「......... 」


話そうか逃げようか、迷ってるように見えるぜ。

ちょうどシュリが出て来て

「大丈夫ぅ? 何か揉めてたよね?」と

男の子に声を掛けた。


「... いえ、大丈夫です」


お? シュリには返事 返すのかよ。


けどまだ、背も 160か そこらくらいだし

同じ高校生のルカの妹たちより ずっと幼く見える。

実際この子は、まだ15とか16歳だけどさ。

相手が女の方が 話しやすいのかもな。


「もう夜中だよー? お家の人 心配するし

一人でいると、補導とかされちゃうかもよー?」


補導 と聞いて、男の子は周囲を気にしたが

「親はもう、寝てるんで... 」と もぞもぞ言い訳をする。


「あっ、じゃあ そこで、暖かいもの飲むぅ?」


シュリ...  けど 上手いな。

返事を聞かずに「キャラメルラテすき?」と

カフェに連れて入って行った。


オレも付いて入って、再びカフェだ。

キャラメルラテ 二つと、またコーヒー。


シュリは「泰河くん、お財布ぅ。置いてくから

ビックリしたしぃ」と オレに財布を渡し

男の子に「こっちのソファーの方に座ろうよー」と、自分の隣に誘導している。

オレは 男の子を威圧しないように、シュリの向かいに座った。


「なあ、クライシ って知ってるだろ?」


単刀直入に聞きすぎたのか、その子は俯いてしまった。こういうの下手なんだよな、オレ。


「あたしも、繭になりかけたんだけどー」


あはは と、シュリが笑うと

えっ? と ビビって隣に座るシュリに顔を向けた。


「クライシ様が見てみたくってぇ。

泰河くん... あ、この お兄さんなんだけど、泰河くんたちが治してくれたんだよー。

蝶々病だったんだって。 この子も?」


最後の “この子も?” は、オレに向いて聞いたので

「おう。オレだけじゃないけどな。

学校で繭になってただろ?

蚕じゃなくて、ウスバアゲハだったけどさ」と

シュリから その子に向いて話すと、その子は また俯いて、恥ずかしそうな悔しそうな顔になった。


「大人だって騙されてたんだしさ。

気にしない方がいいぜ」


フォローしたつもりだったが、俯きっぱなしだ。


氷咲ひさき 竜胆りんどう って知らねぇか? 三年生。

その子の兄ちゃんとツレなんだよ、オレ」


学年 違うし、知らねぇだろうな... と 思いながら

話の繋ぎに言ってみると

「ダンス部の、人ですよね?」と

竜胆ちゃんのことは、知ってるみたいだ。


「おお、そうそう。ジャズやってるんだよな?」


「えっ? カッコ良くない?」と

シュリの方が反応するが、頷いて流しておく。

脱線していきそうだからさ。


けど「おれ、ダンス部なんで... 」と、その子が恥ずかしそうに答えた。


「あっ、でも男女練習 別だから、先輩は、おれのことは知らないと 思うけど... 」


つい ニヤッとして、コーヒーカップで口元を隠す。竜胆ちゃんに 憧れてんのか。美人だしな。


「リンドウちゃんて、ルカくんの 妹さんのことぉ?」


「そう。ルカは “リン” って呼んでるけどな」


「そうなんだ! リラと 一緒じゃーん!」と、シュリは また嬉しそうだ。

「あたしも そう呼びたいしぃ」ってさ。

おまえ、会ったことねぇじゃねぇか...


「ね、あなた 名前なんていうの?

あたし、朱里あかりぃ。このお兄さんは泰河たいがくーん。

あっ、さっき言ったよね?」


「シュリ おまえ、苗字 何?」


聞いてなかったと思って口挟んだら

「ん? 藤島ふじしまぁ」って言った。

最近どっかで聞いた気がする。


「泰河くんは?」「オレ、梶谷かじや


「あっ、そうなんだぁ」


オレとシュリの会話を聞いて、高校生の子は

“お互い 苗字知らなかったのか?” って

驚いた顔をしているが、緊張は解けてきたらしい。


「で、おまえ名前 何だよ?

ま、学校に聞きゃわかるけどな」


「あっ... 橋田 涼二りょうじ、です」


「リョウジか」「いい名前だよね」


リョウジは照れているが、時間はもう 一時を超える。

早めに送った方がいいだろう と、まず、さっき おっさんに何してたのかを聞いた。


「... 虫が、付いてたから」


「ムシ? 冬なのにねー」


シュリは ふうんって感じだが

「蝗?」と 聞くと

リョウジは「なんで... 」と 驚いてオレを見る。


「黒い やつです」


モレクの仮の身体を造っていたやつだろう。

アバドンの蝗。クライシも モレクも。

本当に人間に付いて そそのかしてるんだな...


「見えるのか。なんで それを取ったんだよ?」


「あれは... その... 」


リョウジは言いづらそうだったが

「悪魔の虫だから... 」と 言った。


「なんで そう思った?」と 聞くと、リョウジは

その蝗に誘われて 繭になったという。


「学校の帰りでした。

部活が終わって、もう暗くなってて... 」


家に帰って、着替えて飯だけ食って、ツレんとこに行こうとか 普通のこと考ながら歩いていると、

耳元に声が聞こえたらしい。

“お前は、目立たない人間だろう?” と。


「最初は ただビックリして、でかい声まで出して...  でも誰もいなかったから、空耳だって

思うことにして... 」


だが声は、翌日も聞こえた。

“努力しているのに。優秀なのにな” と。


「毎日、頻繁に聞こえるようになったんです。

おれ、頭が おかしくなったのかと思って... 」


“頑張っているのに、周りに認められないな”

“お前が悪いんじゃない。周りがバカなんだ”


「特別に自分が努力してきた、とか

周りが認めてくれない、とか

そんなこと、別に考えたこともなかったのに

言われ続けると、だんだん そういう気になってきて... 」


“特別になりたくないか?”


「いつもの声が そう言った時に

ちょうどすれ違った、ベビーカーに乗ってた赤ちゃんが、大人みたいな眼で おれを見て

次の日の朝、学校に行く時に すれ違ったグレーのスーツを着た知らない男の人が、“光あれ” って 笑って... 」


その日の放課後、“目を覚ませ” と 声がして

目の前にあった桜の木に登った。

それが自然なことだと感じたようだ。


“お前は選ばれたんだ” と言う声の方を向くと

肩から 黒い蝗が飛び立った。


「気が付いたら、病院でした。

腕に点滴の管が付いてて、母さんが泣いてて... 」


退院後、自分が繭になったことは

配信されていた動画を見て知ったらしい。


「学校の先生たちは、“繭に見えたものは 風で飛ばされてきた綿の作りものだった” って生徒に説明してて、中に おれが入っていたことは、誰も知らなかったんです」


竜胆ちゃんたちは知ってたはずだ。

噂にならないように 黙ってるんだろうな。


「でも、おれは知ってるんです。あの黒い蝗がやってる って。

化け狐や狸とか、繭は全部ニセモノだった とか、そっちの方が嘘だ。

悪魔の黒い蝗は、さっきのスーツの男の人にも

“今の倍 稼げるようになる” って言ってた。

だから、取って踏み潰したんです」


「踏み潰した?」


「はい。そうすれば、消えるから。

あいつらは、どこにでもいるんです。

夜、暗い時に 人に付いて囁くから、なかなか誰も虫に気付かないだけで... 」


リョウジは、いつの間にか

自分が夢中になって話していたことに気付き

オレとシュリを 恥ずかしそうに見た。


「おかしい ですよね。悪魔の虫 とか... 」


「いや。オレらは、そいつらを相手にしてるからさ。おかしくないし、見方も正しいよ」


パッと こっちを見たリョウジは

嬉しそうな顔をした。


「リョウジに話しかけた声と、今日の声は

違う声じゃなかったか?」


「うん、そうです。違いました。

最近 聞く声の方が、ずっと怖い声だったから... 」


モレクの声だろう。

でも “最近” って、そんな頻繁に聞くんだろうか?


それを聞いてみると、リョウジは頷いて

「すれ違う時に、耳に声が入ってくる感じで

すぐに わかります」と 答えた。


「もしかしたらですけど、他にも聞こえる人は

いるかもしれないんじゃないか、と 思います。

おれみたいに繭にされた人 とか...

一度、横断歩道の信号待ちをしてた時に、人の肩を払って “虫が止まってましたよ” って踏み潰してた人を見たことがあるから」


そうか...  そういう感があるからなのか、繭になった経験があるからなのかは わからねぇけど、蝗が見えたり声が聞こえたりして、潰してる人たちもいるんだな。

もう少し話したかったが、もう 二時近かった。


「話してくれて 助かった。ありがとうな。

もう遅い時間だし、家まで送ってやるよ。

明日も学校だろ?」


オレが言うと、ちょっと しょんぼりしたので

「スマホ 持ってるよな?」と 連絡先を交換した。

リョウジは、また嬉しそうな顔になっている。


「また蝗が付いてる人を見かけたら、連絡してくれよ。それじゃなくても 何かあったらさ。

けど、なるべく近付かないようにしねぇとダメだ。蝗は本当に危ねぇからな。もう 知ってるだろ? それと、夜中 一人で彷徨うろつかねぇこと」


「それを守ったらねー、泰河くんが また こうやって、あたしたちにキャラメルラテ奢ってくれるんだって!

リョウジくんが、危ないことしなかったら ってことだよ? でも眠たいから、今日は帰ろう」


上手いよな、シュリ。

リョウジも素直に「はい」と ソファーを立ったので、カフェを出て車で送る。


「あとさ、キャンプ場の山の麓にある教会の外国人の神父は、竜胆ちゃんの従兄弟なんだぜ。

夕方、勉強教えてくれる人と 助祭... 別の神父さんもいるから、遊びに行ったらいい」


それとなく、夜 彷徨うろつくことから反らしたくて

言ってみたが、これは効果が高かったらしく

「本当ですか?!」と 食い付いた。


道案内をしてもらって 着いたのは、教会から そう離れてない住宅街だった。


「本当に連絡してもいいですか?」と聞くので

「おう」と 答え、リョウジが 玄関に入るのを見送ってから 車を出す。


「シュリ、おまえも このまま送るからさ。

ごめんな、仕事で疲れてんのに。助かったぜ」


「ううん、一緒に居れて嬉しかったしぃ。

楽しかったぁ。

リンのことも 本当に良かったよね」


楽しかった ってさ

ちょっとコーヒー飲んでたら、仕事の話になったのに...


信号で停車して 助手席 見たら、本当にニコニコしてて、眼が合うと、また「今日は ありがとー」と 笑う。


シュリは、前の職場の歓楽街から遠くないマンションに住んでいて、マンションの前で 車を停めた。


「送ってまでもらっちゃってー。ありがとう。

帰りも運転 気を付けてね」


「おう。あのさ」


車を降りるシュリに

「もうちょい先になるけど、また 誘うからさ。

ちゃんと。おまえ、待っとける?」と 聞くと


「きゃあ!やだぁっ! 全然 待つんだけどー!!

もうっ。三年くらい以内にしてねー!!」と

きらきらした顔で笑って言った。












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