20


浅黄に巻き付いた 呪の赤蔓が燃え落ち

「くそ! やっぱ 拘束はムリだし」と

ルカが痛そうに 右腕を押さえた。

地で拘束していた方だ。


また朋樹が飛ばした 尾の長い炎の鳥が

浅黄の薙刀の手に当たり、手を反らさせた。

祭壇の女は 仰向けのまま、恐怖で動けずにいる。


「浅黄... 」


名前を呼んでも、浅黄は頭骨の面の顔を向けなかったが、びゅうっと薙刀を横に払い、近付くオレらを 牽制する。


赤黒いモレク像と、祭壇の生贄の女を背に

黒袴に黒く長い髪、二本角の頭骨を被った浅黄は

近くで見ると、まったく雰囲気は別人だった。


顔が隠れているせいもあるだろうけど

ぞわぞわと背筋を這うような 悪寒のせいだ。


「ディル、長い棒を。

棒術に使えるようなものだ。二本」


明るくハスキーな声に振り向くと

露を抱いたシェムハザがいた。


「アコがハティに話している」と

オレとルカに、取り寄せた長い棒を渡す。


「薙刀を落とせ。その後は また考える」


両手に棒を持ち、浅黄に向くと 喉が鳴る。

浅黄が どれだけ強いか

オレもルカも、よく知ってる。


「朋樹。月夜見キミサマを喚べ」


ボティスが言う。


「泰河」と、ルカに呼ばれ

ルカが しゃがんで、浅黄の足を棒で払う。

飛び上がり避けた浅黄の薙刀を払い上げると

薙刀は簡単に、浅黄の片手を離れた。


「... いけるぜ。こいつ、浅黄じゃねーし」


ルカが、炎に赤く照らされる

牛の頭骨の面を見つめる。


ジェイドが、祭壇の女を助け起こし

呆気に取られている正服の男に渡すと

「これはダキニ天じゃない。皆 今すぐ避難を」と

二人を離れさせた。


薙刀の刃がジェイドに向いたが、とっさにオレが

浅黄の肩を打つ。

隙だらけだ。本当に浅黄の動きじゃない。


ビキ っと、空気が歪むような音がして

三ツ又の矛が落ちてきた。

異教神避けの結界が 破れたようだ。


界の扉が開き、白い神御衣の袖の中に腕を組んだ月夜見が「この程度の結界も破れんとは」と

朋樹に眼を向け「榊」と、榊を降ろした。


結い上げた髪に六本のかんざし

緋に五色の花模様の地をする着物。

金の帯を前に結った榊は、浅黄に切れ長の眼を向けると、狐火を出して 息で吹き、浅黄の胸に追突させている。


「浅黄、目を覚ますが良い。

身から それを追い出さねば」


中で 浅黄が目を覚ました方がいいのか...


「泰河、ルカ... 」


榊は 言葉を切った。

打ち据えろ と、言えないでいる。


ルカが 棒を大きく振り、右側から側頭部を狙っていることを示すと

浅黄は 簡単に引っ掛かり、薙刀で棒を受けた。


がら空きになった左側から、また肩を打つと

ルカが棒を引き、先を頭骨の額に軽く当てる。

オレは、薙刀を持つ浅黄の右手を突いた。


浅黄の左の指を、ルカが打った時に

中心を握っていた棒を ずらし、端を握り直すと

浅黄のすねを 右側から払うように打つ。


浅黄が よろけた時に、ルカが棒を振り下ろして

薙刀の左を打ち下げると、浅黄の左手が 薙刀から離れた。血が滲んでいる浅黄の右手を また打つ。

薙刀が手から離れた。榊が薙刀を取る。


めんを... 」


ルカが肩で息をする。

それで気付いたが、オレも呼吸が荒くなっていた。


何度も背中を這い上がる 畏れのせいもあるが

これは 修行じゃない。

打つのが つらい  浅黄ツレを 棒で打つのが


浅黄...  いや モレクだ

モレクが ゆっくりと立ち上がる。


これは、浅黄じゃない。


中にいる浅黄を 起こさねぇと

だから、そのために 打つ


だから...


「... クソッ!」


立ち上がったモレクの、白衣の襟首を掴み

そのまま祭壇に倒す。


「起きろよ、浅黄!」


「泰河!」


隣に来たルカが、牛の頭骨のめんの額を 天の筆で

なぞると、彫られた模様が 青く浮き出していく。

キシ と、小さな音がした。顔から外れたようだ。


白い焔の模様が浮き出した右手で浅黄から面を外し、まだ腹を燃やす モレクの胸像の中へ投げ入れる。


浅黄だ


いつもの 優しげな眼で、オレを見上げた。


「泰河?」


「浅黄...  おまえ... 」


手が緩んだ時に、浅黄は眼の表情を変え

祭壇に仰向けになったまま、オレを蹴り払った。


「くっそ... てめー!」


祭壇から身を起こす浅黄を、ルカが また蹴り倒す。

そのまま殴りかかろうとしたルカを ボティスが止めた。


「よう」


ボティスが 浅黄を助け起こし

「ボティス」と 呼ぶルカに、下がっておけ と 眼で示した。


朋樹がルカを呼び、少し離れて立つ。


その背後に 白い光の珠が浮き、光の強さを増して弾けると、エデンのアーチが出現し、ゲートからミカエルが跳び降りる。


浅黄は、無表情にボティスを見上げ

ボティスの首を両手に掴んだ。


ボティスは、腕を下ろしたままだ。


朋樹が式鬼札を出すが、そのまま 手に握る。

ルカが 一歩出ると「よせ」と 腕を引いた。


ボティスは 余程 苦しくなったのか

一度 右手を上げたが、何もせずに降ろした。


指先が震える。 どう すればいい?

シェムハザに眼を向けるが、腕を組み

黙って見守っている。


「榊。浅黄を打て」


月夜見が言った。


「いや、オレが... 」と

榊から 薙刀を取ろうとすると、月夜見は御神衣の袖から出した手で オレを制した。


「お前ならば 目覚めさせられよう」


榊は 浅黄の薙刀を握り直したが、足が進まない。

モレクと松明の炎を映す 切れ長の眼が

祭壇の前に立つ、ボティスと浅黄に向く。


「浅黄... 」


榊の声に、浅黄の眼が動いた。


近くに来たジェイドが、榊が両手に握る薙刀を

片手で掴み「別の方法を」と

榊から取った薙刀を 月夜見に渡すと

榊の眼が みるみると潤む。


キリキリと 胸が軋る。早く なんとか...

ボティス 浅黄...


ボティスの膝が がくがくと震え

首を絞められたまま、膝を着いた。


「バラキエル」


ミカエルが左手に秤を出して、近付いていく。


「ミカエル!」


何をする気だ?


「罪を量る」


浅黄の か?


炎で、背の翼の輪郭が 赤く見える。


「モレクに触れられなくても

こいつなら斬れる」


「やめよ!」と、前に出た榊を 月夜見が止めるが

オレはミカエルを追っていた。


「ミカエル、頼む! やめてくれ!」


膝を着き、浅黄を見上げるボティスの背後に

ミカエルが立ち、オレに秤を差し出す。


「選べよ」


浅黄は無表情に、ボティスを見下ろしている。

浅黄の腕の先のボティスを見て、ドキっとした。


ボティスは、青白くなった顔を 上に向け

くちびるを薄く開き、閉じかけた瞼の眼は

瞳孔が上や左右に 緩く流れ さ迷う。


このままだと...  いやだ


「秤を下ろせば、浅黄こいつの首を落とす。

落とさなきゃ、バラキエルが死ぬ」


耳鳴りに目眩がする。額から汗が落ちる。


ボティスは、両手を提げたまま。

意識も混濁しているように見えたが、ふと

眼の焦点が合うと「あさぎ」と くちびるを動かし

浅黄の手の下で、喉を言葉に震わせた。


浅黄の眼に生気が帯び、ボティスをとらえる。


「ボティス... 」


朋樹の式鬼の炎の鳥が ミカエルの秤に追突し

秤の片方が下りた。


「罪だ」と、ミカエルが右手で剣を抜く。


浅黄の手が、ボティスの首から外れると

ミカエルが正面から 浅黄の首につるぎを突き付ける。

浅黄の背後に、陽炎かげろうのような何かが揺れた。


「ルシファー!」


ジェイドが喚ぶと、オレの眼の前

浅黄の隣に召喚円が浮き上がり

正面から向き合うように、皇帝が立った。


「ハダト... 」


皇帝はオレを 立てた指で呼ぶと、肩を抱く。

黒いウェーブの髪の 向こう側に眼をやると

皇帝は 片手を、浅黄の背中から身体に差し入れていた。


「どこにいる? ノコノコと姿を現すとはな」


浅黄が咳き込み、白衣はくえの胸元を握る。

何を しているんだ? 中から探しているのか?


「遊ぶなよ、ルシフェル」


ミカエルが剣を 浅黄に突き付けたまま

皇帝に言う。


「下がってろ ミカエル。お前は生温い。

聖ルカ。捉えろ」


ルカが近くまで来ると、ミカエルは剣を収め

倒れた ボティスを、抱き上げて 下がった。


浅黄の正面に立ったルカは、天の筆を手に

浅黄を見据えるが、何も見えないようだ。


「ふん、顔にはないようだな。

シェミー。この妙な衣類を落とせ」


シェムハザが指を鳴らすと、浅黄の白衣だけが

地面に落ちた。

皇帝の手は、浅黄の背中の皮膚の下にあって

背骨や肋骨を指で撫でているように見える。


「アサギか。なかなか可愛い顔をしている。

今、お前を 取り返す」


ルカが浅黄の胸に眼を止め、筆を当てて動かすと

浅黄の胸に、見慣れない文字が 青く浮いた。


「ハダトの印章だ。泰河、押し出せ。

俺の手から離れるなよ」


肩を抱かれたまま、浅黄の胸の 青文字に

白い模様が浮き出した 右の手のひらを付ける。


手のひらの下で、じりじりと文字が動くような

感覚がすると、浅黄の背後に陽炎かげろうが揺れ出した。


皇帝が ラテン語らしき呪文を唱え

「引け」と、ルカに浅黄を引っ張らせる。


ルカに両肩を引かれた浅黄の背から

皇帝の手が抜けると、浅黄はルカに倒れ込んだ。

背中には傷はない。モレクが抜けた。


皇帝が、陽炎の身体の心臓を掴んだまま

「ベルゼブブ」と 喚ぶと

ベルゼとハティが すぐ近くに立つ。


「この間の続きだ、ハダト。

何か焦っているのか? 弱っているようだ」


『ゼブル... 』と、モレクが くやしそうに呟く。


モスグリーンのボーラーハットを被ったベルゼは

黒ぶち眼鏡の奥の ワイン色の眼を、モレクに向け

「ハゲニト」と、ハティにステッキを渡し

左手の白い手袋を外した。


手袋の下には、手首から上が無く

皇帝の手の先のモレクが、黒い蝿に群がられている。


「ルシファー、もう手を... 」と ベルゼが言いかけ

「そうだ、面は? 牛の」と、周囲に聞いた。


「胸像の火の中だ」


オレが答えるとベルゼは頷いたが、皇帝が

「赤いくちびるの女とアサギを隠せ」と言う。

またモレクが憑依するのを警戒してのことのようだ。


「月夜見」


シェムハザが呼ぶと、月夜見は 御神衣の袖から

蜘蛛の糸のような 透明の糸を出し、片方の端を

榊に持たせた。


浅黄は、朋樹の 青い蝶... 気枯れ式鬼で目を覚まし

同じように気が付いたボティスに

「よう」と言われ「すまぬ」と答えて泣き

笑われている。


月夜見が浅黄の小指に糸を結び

「榊と共に、幽世かくりよに居れ。霊獣ならば

現身うつしみでも 立ち入れよう」と、幽世に隠した。


人の場合は、魂しか入れないようだが

月夜見が許可した霊獣なら、榊のように 身体ごと

幽世に入れるようだ。

「糸を切るな」と言っているので

制約は あるみたいだけど。


榊と扉に入る 浅黄の後ろ姿と地面から立ち上がるボティスを見て、身体中から力が抜ける。

良かった、本当に...


「ルシファー、もういい」


ゼブルが言うと、皇帝は オレの肩に回した手で

何故か 顎ヒゲに触れ

「さて。偉大なるバアル・ハダト」と

表面を黒く蠢めかせるモレクから 腕を抜いた。












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