11


全員で しばらく黙って、胸像モレクを見上げる。


「破壊、する?」

「今そうしても、意味はないだろ」


暗闇の中、オレらを見下ろす雄牛の眼は

嘲笑しているようにも 憐れんでいるようにも見えた。


「異教神避けを探せ」と ボティスに言われて

二人ずつに分かれる。


胸像や祭壇の周りは、ボティスとミカエル。

その周囲の整備された広場は ルカとジェイド。

オレと朋樹は、異教の神避けの結界内の森。

朋樹が、小鬼の式鬼も放って探させている。


「... 浅黄、さ」


足元や木の幹に、それっぽい印章か円を探しながら、それだけ言ってみた。


お互い、スコープを着けているせいで

表情はわからない。


朋樹は「おう」と、少しの間 何も言わず

「モレクが入ってるからな。儀式じゃねぇのに、

ここにいる必要はねぇしな」と 静かに答えた。


「おう そうだよな」


また視線を 足元に落とす。


暗視スコープを通した世界は 不自然だ。

不自然な緑色の枯れ葉。白緑の木の幹。


視界がいつもと違うと、注意力が増す。

脳が たくさんの色を処理しないで済むせいか

枯れ葉を踏む音が、いつもより大きい気がしたし

小枝を踏んでも、感覚が 伝わりやすい。

モレクの胸像や祭壇に、緊張しているせいもあるだろう。


「何もねぇな」

「おう」


小鬼の式鬼からも、何も報告はない。


「なあ、ミカエルな」

「おう」


朋樹が立ち止まるから、オレも立ち止まる。


「入れてるよな」


一瞬、何のことか わからなかった。


「あっ! そうだな!

異教神って、天使も入るんだよな?!」


ミカエルは、けられてない。


「入るだろ。同じバアルだったベルゼも入れなかったらしいしな。

たぶん、露に降りてるからだろうけど

それなら シェムハザたちも、皇帝やベルゼも

誰かに降りれば、異教神避けを破らんでも ここに入れる ってことかもしれんぜ」


「まあ、そうだけどさ

なら オレらに憑依させる ってことか?」


「泰河。おまえには元々 何も憑けねぇだろ」と

言われてハッとする。

そうだ。オレには降ろせねぇ。


「けど、オレらも無理だ。

ミカエルの加護があるからな」


「じゃあ、巫女とか霊媒探しか?」


「それもなぁ...

普通の人じゃ、負担 でかいと思うんだよな。

皇帝とベルゼだからな」


「だよな」って 答えながら

朋樹って、暗視スコープ似合わねぇな って思う。


「何 見てんだよ? 今 何か考えたろ?」


おっ? ってビビって「霊視か?」と聞くと

「おまえ、しょうもねぇこと考える時は いつも

指、ヒゲにやってるぜ。

あと 照れること言う時」とか言われた。

くそ。幼馴染みって 厄介だよな。

「暗視スコープ、似合わねぇよな」って言ってやっても「だから何だよ?」だしさ。


「ま、話 戻すけどな

“猫又の露は入れる” ってことなんだよな。

モレクは浅黄に憑いてるんだしよ。

浅黄や露... 霊獣なら入れる ってことだな」


「おう、けどさ

なら 他の霊獣に、皇帝やベルゼか?

けど、ベルゼは霊獣に入ったまま、モレクを吸収出来るのか?」


「そうなんだよな...

ボティスに聞いてみるか」


話してたら、ちょうどボティスに

「そこ。何をサボっている?」と 呼ばれた。

ルカとジェイドも、ボティスたちの近くにいる。


オレらも胸像の近くに行きながら

朋樹が式鬼 呼んで、報告させてるけど

何も見つけてないみたいだった。

小鬼の 一人が、鼠の死骸を差し出したらしく

「食っていいぜ」って 言ってる。ほどこし供養だな。


「何もなかったようだな」と

ピアスはじくボティスに、朋樹が憑依の話をする。


ルカの肩に乗ってた露ミカエルが

『何かするのは難しいかもな』と 答えた。


『モレクを吸収するのだって

“モレクがアサギを出てから” だ。

ベルゼブブも、何かに入ったままじゃ 吸収は出来ないだろ』


「え? じゃあさぁ

今、露子から ミカエルが出たら どうなんの?」と、ルカが聞くと

『天に戻る』って 簡単に答えられた。


「いや...  露から出て

光の形でもとどまれないのか?」と

ボティスが聞く。


天使は、天のゲートから地上に降りると

翼は出るが、本人のかたちのまま降りる。


天使召喚の場合は、召喚円内なら 上級天使は本人の象。下級天使のように 光の球の象じゃない。

召喚円を出れば、上級天使も光の象。


天のゲートを通らず地上に降りると

上級天使も下級天使も光の象だ。

地上でのウリエルは光の象で見たし、サンダルフォンは光の柱だった。


教会墓地でサンダルフォンを召喚しても、光の柱として降りたのは、サンダルフォン本人でなく

サンダルフォンの 力の 一部が降りたからだ。

ボティスが助力として使うもののように

それだけを降ろした。

これは、天にいるままで出来るようだ。

同じように 海でも柱で、ボティスを天に上げた。


ついでにサリエルは、月のゲートや、潜んでいたエデンから降りていたようだが、堕天しかけていることもあって、ゲートから降りなくても光のかたちにはならんかもしれん... ってことだ。

魂を刈る時は、黒いローブを羽織る。

そうすると守護天使たちのように、姿は見えなくなるらしい。


『そうか... 天から そのまま、光で降りる感じで

留まれるか ってことだな?』


「そうだ」


ボティスが頷くと『うん、やってみるか』と

ルカから降りて、ぴたっと止まった。


『もし、異教神避けに弾かれて

光で留まれなかったら、俺は また降りるからな。

異教神避けの外まで、露と迎えに来いよ。

バンガローの温泉に入る』


「わかったわかった」


うるせぇなって風に、ボティスがピアスはじくと

『じゃあ出るぜ?』と、露ミカエルがまばたきした。


「うわっ!」「ミカエル!」


暗視スコープの視界が、光で ほぼ白くなる。

留まれた ってことだ。


「悪いな、露。もう少しミカエルを頼む」


ボティスが言うと

露は「にゃー」と喉を鳴らした。

パッ と、白い光が無くなる。


『居れたぜ?!』


ミカエルが 一番 驚いてるみたいだが

オレらは、急に視界が白くなったし

「おう」「そうだね、良かった」くらいしか

返事が出来ねぇ。


「どういうことだ?」と

朋樹がボティスに聞いている。


「異教神避けは、通過さえしちまえば 結界内に入れる ってことみたいだな。

弾き出されるということではないようだ」


ミカエルみたいに、自分は入れなくても

入れるヤツに入って通過しちまえば

結界内に入ってからは 本人が出て居られる、ってことか。


『でも、“天使は” ってことだ。

モレクにとって、俺は脅威じゃないぜ』


皇帝とベルゼは まだわからんよな...


「でも、杜撰ずさんな気はするね。

通過さえしてしまえば、って」


「そうだな。だが、モレクは今まで

異教神避けなどしたことはなかった。

父はモレクを敵視していたが、他にモレクを敵視していた神はいない。

だが父もモレクも、お互いに力が通用しないからな。モレクには脅威となる者がいなかった。

アバドンに奈落に引き摺り込まれてから

はじめて自由を失ったはずだ。

それでも アバドンも、閉じ込めることしか出来なかったようだが」


『異教神避けは、モレクじゃなくて

別のヤツがやった ってことか?』


朋樹が聞くと「可能性はあるだろ」と

ボティスは鼻を鳴らす。


「蝗を使って、人心掌握を始めているからな。

信者に術者がいれば、天使や悪魔避けをさせれる。

浅黄の身体で “自分以外の神を通すな” と 言や

霊獣は許可対象になる。

例えばだ、狐の里に間違って入った人間も

里からはじき出されたりはしない」


朋樹が、あっ て顔になって

「この国の術師の結界ってことか...

“異教神避け” って言葉に惑ってたぜ... 」と

暗視スコープでも わかる程のショックを受ける。


「だが、わかったのは今だ。

ミカエルが、露から出てもられたからな。

はじかれていれば、また違う術だったということだ。また、悪魔なら どうなのかも

試してみなければ分からん」


「今、ミカエルが結界内に入ったことは

その術者には気付かれていないのか?」


ジェイドが聞くと、朋樹が

「大丈夫なはずだ」と返した。


「陰陽の結界じゃないからな。

式鬼は仕掛けられてない。

“邪避け” の結界ってことだ。神社に近いな。

結界張った術師が、結界内にいなければ 気付かれることはないぜ。

鍵 掛けて出かけて、留守の間に入られても

何も仕掛けてなきゃ分からないだろ?」


結界というのは、一定区域を区切ることだ。

区切った内と外とを分ける。


狐の里なら、結界の外に神隠しを掛けていて

狐たちと 里の立ち入りを許可されたヤツだけに

入り口が見えて、里に入れる。

以前、榊が内側から破ったのは

玄翁が張った結界と、神隠し... 掛けた術 だということだ。


この結界は、霊獣以外の神を 邪として避ける。


朋樹の場合は、縄とかの道具を使わない時なら

結界は 歩いて区切り、祝詞で結界内に神力を降ろし、別に式鬼を仕掛けておく。

もし何かが、朋樹が張った結界内に入ると

式鬼が朋樹に報せに来る。


「ならさ、邪避け結界を張っただけ ってことか?」と オレが聞くと


「普通は そうなんだよ。

オレには、式鬼がいるから仕掛けられるし

玄翁たちは神隠しが出来るから掛けれるだけだ。

まあ、霊獣の結界は 人が区切るやつとは違う。

半分は別界を重ねたやつだからな。

半分 現世うつしよ、半分は常世とこよにいるようなもんだ」って

半分 オレには分からん説明をした。


「それでも、天使や悪魔を避けてしまうのは 優秀だと思うけどね。

朋樹みたいに歩いて結界を張ってるのなら

探しても、何も出て来ないんだろうな」


「けど、異教神避けが何かわかった ってことじゃん。

結界の張り方が わかりゃ解けるんだろうし

解けなくても、ミカエルみたいに入れるしさぁ」


そうだよな。充分に収穫はあった。


「で、どうする?」と 聞くと

「今の時点ではもう、出来ることはない」

『そうだな。後は、シェムハザ辺りで

結界内に留まれるか 調べるってことくらいだ』と

ボティスと露ミカエルが言う。


「参加者を調べ、なるべく参加をキャンセルさせ

奈落からモレクの身体を引き出す方法を考える」


「浅黄は?」と、ルカが ぽつりと聞く。

「今 ここにいねーのは、わかってるけどさぁ。

早く、なんとか... 」


『来週末の会合前に、ここに呼ぶ方法はある。

でもそれは、儀式をする ってことだ』


「えっ?!」


ちょっと愕然とするけど、でも そうか...

儀式の時なら、モレクは ここに降りる。


「六山の霊獣達に 匂いで浅黄を追ってもらうことも考えたが、追う者の危険の方が大きいからな」と、ボティスが珍しく ため息をついた。


「じゃあ、シェムハザが入れるかだけ調べたら

あとはバンガローで話そう。

体力も気力も温存すべきだし、まだ細かく話し合った方がいい。

浅黄のことも、モレクのこともね」


ジェイドが「ルカ」と呼んで、来た方向へ

歩き出して、ボティスも「戻る」と踵を返す。


「行こうぜ」と、朋樹と言っても

「おう」と返事しながら

ルカは まだ、モレクの胸像を見上げていた。


『珈琲 飲ませろよ』


露ミカエルが ルカの肩に飛び乗ると

ようやく ルカも歩き出した。




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