髑髏 2


「起きたか」

「ふむ」


ルカの家におる。

ルカは、ジェイドの家であるが。


朝、皆と外で食事を取ると

『仮眠するか』と、あくびをし

桃太等は相談所へ、儂等はルカの家に戻った。


ボティスは浅黄も誘うておったが

『一度 里に戻って、此度のことを玄翁と話さねばならぬ故。また夜 降りて参る』とのことであった。


儂は、眠る時は 狐の姿に戻り

慣れた里の自室以外の場では、ソファーなどの

狭き場所に丸まって眠るのが落ち着くのであるが

今朝は、ボティスがベッドにて

『毛深い抱き枕』と、多少の失礼を言うて

丸く纏まった儂の背を抱いた。

すると すぽりと包まれ、安堵して眠りにつけた。


ボティスはベッドに身を起こし

まだ狐身の儂の額を撫でると、シャワーに向かった。


儂は 人化けし、冷蔵庫を開けてみたが

何もない。

ルカもボティスも、あまり帰らぬと言うておったからのう...


ふむ。近くの自動販売機へ行くかと

風呂場のボティスに声を掛けると

「待て」と言う。

「上がったらアコを喚ぶ」ようじゃ。


ならば待つかと、ふと下を見ると

ボティスが先程まで着ておった部屋着やら下着やらが、ぞんざいに脱ぎ散らかされており

そういえば、ソファー付近にも昨夜の衣類が脱ぎ散らかされておった。

ルカは大変であろうのう...


集めて洗濯機とやらに入れておくかと

拾うておると、ガチャリと風呂のドアが開く。


「何をしている?」


「むっ。お前が散らかしておる故

拾うておこうかと... 」


「必要ない。タオル」


壁の棚にある大判のタオルを 一つ渡すと

頭を わしわしと拭き、腕や胸も軽く拭くと

ぽいとタオルを捨て、また別の大判タオルを腰に巻き「レイジ」と 誰かを喚び

すたすたとリビングへ戻った。


リビングには、長き黒髪を 下に 一つに束ねた

白きシャツに黒きスラックスパンツの男が居り

「ボティス」と、嬉しそうにしておる。

耳輪は 二、三個であるが、幾らか顔にある。


ボティスは、ソファーに座ると

「地界の城で、俺の細かい身の回りの 世話をする者だ」と、簡単に紹介した。


儂のことを「榊だ」と紹介すると

両目の間や鼻、下唇の端などに、細き輪を付けた

レイジという者は、儂の前に片ひざを付き

丁寧な挨拶をし

「アコから、お話は聞いております」と

儂の手を取り くちづける。

細き輪が手の甲に当たった。


「むっ... ふむ、榊と申す」


何やら ボティスが笑うておるが

レイジという者は、儂もソファーに座らせ

「どの程度に?」と 部屋を見回しながら

ボティスに聞く。


「シーツとクリーニング」


「それだけ?」


レイジは つまらなそうじゃ。

世話を焼きたいようである。奇特よのう。


「ルカたちが お前を知ると、それはそれで

うるさいからな」


「ドリンクや食事は?」


「それはアコ」


レイジは、ため息をつくと 呪を呟き

ボティスが散らかした衣類を 一纏めにしだした。


「こいつの服」と、ボティスが

儂を指差して言うと

「すぐに」と、笑顔になって消えた。


「面倒な奴等だ」と、耳輪を弾き

「アコ」と喚ぶと、アコが立つ。


ボティスが「飲み物」と言い、儂を指差すと

「榊、腹が減ったのか?」と消え

またすぐに、炭酸水の瓶や 食事の皿を持って顕れた。白身魚のふりっと なるものや、炙り鶏

せろりの漬け物や、温野菜などが並ぶ。


「また暗くなるな。

ヒャッキヤコウは深夜しか出ないけど」と

儂の隣に座り、自分もフォークを持った。

ふむ。アコは こういった者である故。


再び レイジが顕れると

「洗濯?」と、アコが聞く。


「そうだ。アコ、食事は俺に任さないか?」と

言い、紙袋から女子おなご物の衣類を出し

タグなる小さき紙を外す。

水の色のワンピースなる形のものじゃ。

ちぃと古風な感じがし、なかなかに洒落ておる。


「榊のか? 下はパンツじゃないとダメだぞ。

まだ仕事がある」


「仕事? 女性が? それは軍のような?

この方は、ボティスの... 」


「榊は、ハネッカエリってやつだ。

グレモリーとかみたいな。

最近、多少マシになったみたいだけど」


むう。ちぃとアコを見ると

「そうだ、オニギリ食べたくないか?

オニギリ屋の。最近 ハマってるんだ。

シャケが美味い」と

自分の言動には 何も気付いておらぬ様子じゃ。


「すぐに お持ちします」と、レイジが消え

また紙袋を持って参った。


やはりワンピースじゃ。またもや薄き水の色。

だが、動きなどは妨げぬ素材のようであり

レギンスなる白っぽい灰銀の下履きと

底が ぺたりとした、艶のある砂色のブーツを持って参った。


「60年代風のドールっぽい。オニギリは?」


「オニギリは聞いてない」


レイジは「ボティス、人間になったんだ。

風邪をひく」と、着替えを促し

「城から持って来た」と

ボティスにも、下着やシャツやジインズを渡し

赤きブーツを玄関に置きに行った。


「オニギリは?」と、またアコが聞くと

「どこに売ってあるんだ?」と レイジが聞く。

「仕方ない。教えてやる」と アコが立つと

二人で消えた。

ふむ。アコがおると、何やら慌ただしいことよ。


「お前は、オニギリの前にシャワーに行って来い」と、ボティスに言われるが

儂はシャワーが苦手にある。


「む... 熱き豪雨のようである故... 」と

ふりっとをつまみながら モゴモゴと申すと

「そうか、怖いんだったな」とケラケラ笑い

「だが俺は、狭い風呂には浸からん。

ここでは付き合ってやれん」と、軽く儂の顔を燃やし、結局は戻ってきたレイジに

風呂掃除と湯の仕度をさせた。


「バスボールはどれに?」と

半透明の寒天の如き 小さな丸い玉が大量に入った籠を、儂に差し出す。


「むっ、何であろう?」


「入浴剤です。良い香りがします」


む! 良き香り...


儂は こう見えて、香りを纏うのは好いておる。

狐の身であっても、人化けしても

それは、変わらず身に付いたままであり

良い気分になる故。


ボティスから貰うた香る軟膏は、里の皆で使うており、今はアコが定期的に、様々な種類のものを

里に置きに来る。


半透明の可愛らしき玉を、ひとつひとつ

ふんふんと匂いを嗅いでおると

三つ目くらいで鼻が利かぬようになった。


「アニスと 弱いホワイトムスク」と

ボティスが言う。


「では、そのようにいたしましょう」と

レイジが儂に微笑み、風呂にそれを入れ

「バスローブなども用意しておりますので。

ご用があれば、お申し付けください」と

また微笑んだ。


風呂などで、御用などあろうか? と

衣類を脱ぎ 風呂場に入る。


「むっ!」


甘き香辛料すぱいすの如き匂いと

清潔さのある甘き匂いが同時にある。

なんと、色気のある匂いの湯気であろうか...

ただ甘いだけでなく、どこかうっすらと野性味があるのじゃ。むうう...


早く浸かりたくあったが

ともかくも、ぷらすちっくの桶で それを被り

髪を濡らす。


目の前の棚には、真新しい可愛らしき浴用品がある。このようなものまで用意されるとは...

城におるという者は、気の使い方が違うのう...


匂いなどは薄き透明のシャンプウで頭髪を洗い

椿の油代わりに、トリイトメントなどをし

ふわりとした泡で身を洗う。

顔は別の泡で洗うと、すっきりとし

なにやらまた腹の虫が鳴った。


ちゃぷりと湯に浸かり、良い匂いの湯気を楽しむ。ふむ。ちぃと異国の者となったような

不思議な心持ちじゃ。


しかもじゃ。もっと爽やかに スッキリとしておるが、ボティスの匂いと似ておる気がする。

どのような香り水であろうか?


だが儂は、香り水は まだ早い と止められておる。

加減せずに振り撒くと、大変なこととなるようじゃ。まだ暫くは軟膏にせよ と言われておる故。

ふむ。儂もまだ自信はない。


シェムハザなどは いつも、惹かれるような甘き匂いをしておるが、何も付けておらぬ という。

ルカが震えておった。解らぬでもない。


人化けの白き肌に、ほんのりと赤みが差した故

風呂から上がり、身体を拭くと

バスロオブなるものを羽織る。

異国の映画などで観たことがある物であり

後で浅黄に自慢しようかと、ふふと笑う。


脱衣場のドアが のっくされる。

「上がられましたか?」と レイジの声。


「むっ、ふむ... 」


「こちらには、ドレッサーなどは ございませんね。リビングへ戻りましょう」


だが儂は、ベッドの 一つに座らされ

「保湿を」と、何やらを付けた綿花で

顔をとんとんとやられ、ぷるりとした物も塗られた。炭酸水を渡され、飲むと ゲップをし

割かし盛大に笑われはした。


髪にドライヤーで風を当てられ

断ることも出来ぬまま、腕や膝下にまで

クリイムを塗られる。


固まっておったが

「オニギリを買ってきました」と、手を引かれ

もう着替えを済ませておったボティスの隣に座らされると

「食え」と ボティスが、握り飯の皿を指差す。


まだ固まり気味に握り飯を取ると

「榊。慣れるまで時間が掛かりそうだな」と

アコが言う。

つまり、このように世話を焼かれることが

常態となろうか? 落ち着かぬ...


「だが俺は、人間になったからな。

城へは戻れん」


ボティスが言うと

「まだ わからないじゃないか。皆 待っている」と

レイジが また風呂掃除へ消えた。


「まだ時間があるな。珈琲でも飲みに行くか」


ボティスは、レイジが持って参ったレギンスを

儂の膝に乗せ、水の色のワンピースを儂に当てると、儂はもう それを身につけておった。


「どうやるんだ、ボティス? 便利だ」と

アコが聞くと

「シェムハザの真似」と答えており

「聞いてくる」と、アコが消えた。


「レイジ、俺も出る。鍵 掛けとけ」


儂が、薄き生地の靴下を履くと

ボティスが砂色のブーツを持って、先に歩き

玄関で それを履いて出た。











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