髑髏 3


「最近、ライスばかり食っている」


「ふむ。米の国である故」


肘を曲げたボティスの前腕に腰掛け

片腕を 首に回して掴まる。


空の散歩の折りには、だいたい このようにする。

このようであれば、顔が同じ方を向く故

同じ物を見て話せるのじゃ。


狐の身にて飛ぶ時は、儂は露さんのように抱かれる故、ボティスの肩越しに後ろの側を見ることになるが、時に それも良い。

最近の肌寒き晩には、温くある故。


「さて、どのカフェにする?

多分 夜は、あいつ等に会うことになる。

俺はまだ 静かに過ごす。河川敷以外だ」


シェムハザが、泰河たちに食事と珈琲などを振る舞っておろうが、そうでない場合、沙耶夏の店や河川敷のカフェであると、会う確率は高くある。ふむ。


しかし儂は あまり、店などは知らなんだ。

そう答えると、ちら と儂を見る。


「む... 」


考えてみると、儂は いつもこのように

“知らぬ故” と答えておるように思う。

ボティスに任せきりである故、ボティスは

もの足りぬではなかろうか?


だが、突然に軽く くちづけ

「そうだ。入ったことのない店は まだまだある。

これからなるだけ、知らん店に入る」と

人目のない路地に降りた。

なぜ このようであろう?


背の翼を畳んで消すと、手を繋ぎ

通りに出て歩く。


この辺りは、最近 幾度か ボティスと歩いておったが、一本 違う道に入るだけで、また趣が変わる。


「あいつ等が指輪を買った店が この辺りだ」


ふむ。女子おなごが好むような店が 少なき通りであったか。だが 一本道を挟むと、女子向けの服などの店が並ぶ。


間の 一本道を歩いておると、ボティスは 周囲の注目を集めつつあった。

これは いつものことであり、儂も慣れつつあるが

まだ時に、カーリのことなどを思い出しもする。


「さて、どの店にするか」


「ふむ。あの店の 二階には入ったのう」


「そうだな。美味かったが

今の目的は 食事ではなく、珈琲だしな」


ボティスは、周囲など気にしておらぬ。

“シェムハザ程じゃあないからな” と、鼻を鳴らし

ちぃと儂を笑わせる。


改めて、儂の手を引き 隣を歩くボティスを見ると

“しんぐる” と言うておった、灰色の革のジャケットに、黒きジインズ、赤のショオトブーツ。

明るき茶の短き髪が掛かる耳に、黒と赤の耳輪が並ぶ。ゴオルドの つった眼。

鼻がすっと高くあるのう... 異国人の顔じゃ。


「なんだ?」と、儂を見下ろす。


「ふむ... 」


格好良くある。言えぬであったが。


「何か気付かんのか?」


む? 何であろうか?


「まあいい」と、軽く息をつき

また通りを歩く。


「ここにするか」と 立ち止まった店は

ビルの地下にあるようであり、カフェバーという

アルコオルも置いておる店のようじゃ。


階段を降り、中に入ると、カウンターが左右にあり、丸テーブルの席か並ぶ。


洒落ておるが、この店の一番の特徴は

映画館のようなスクリーンが 真ん前に据えられ

左右の壁の上部にも、大きなテレビが貼られており、字幕の映画が流されておることであろう。

映画の音はなく、スピイカーからは

邪魔にならぬ程の音楽が流れておった。


生憎あいにくと混んでおり、中央近くの席に通される。


「ふん。なかなかだ」


気に入ったようじゃ。

一人でも ゆるりと出来る店なのであろうが

儂はこういった店に 一人で入れぬ。

そわそわと落ち着かぬ故。


「何か食うか?」と、儂にもメニュウを渡す。

先程、ふりっとや握り飯を食しはしたが

儂は まだ余裕があり、ボティスも それは知っておる。


「ふむ。では、ハニーフレンチなるものを」


「それは甘いトーストだぞ」と 確認されるが

頷く。食したことがない故。


ボティスが、その辺りを歩く男の店員を

「ギャルソン」と、呼び止め

「ハニーフレンチ 一つ、珈琲 二つ

これ 二つ」と、メニュウを指して注文した。


確認のため、店員が 注文を繰り返し

ボティスを見て、意味有り気に微笑んだ。


「そうだ」と、ボティスが注文の復唱に答えると

店員は儂に眼をやり「黒髪の天使さん?」と

楽しそうに笑うて 言うて行く。


ハ とした顔の儂を見て、ボティスが

「ようやく気付いたか」と、ニヤッとした。


あの映画じゃ。シェムハザと観た...


「レイジは気が利く。アコじゃあ、お前に

その色の服は選ばんかっただろう」


先程の店員が「ココアセットです。

他の ご注文の物も すぐにお持ちします」と

先に、ココアとクッキーの皿を置く。


「先にシェムハザに やられたがな。また叶った」


まだ途中であった映画が 切り替わった。




********




「見ろ。広域の地図だ」


相談所にて、シェムハザが 飯台に地図を広げており、アコと桃太が 赤きペンで

何やら印をつけたり線を引いたりとしておった。


「大通りや住宅街は なるべく避けて、通り道を造る。誘導する場所は、やはり河川敷が良いだろう」


「それはいいが、何故レーサースーツなどを着ている?」


シェムハザとアコは、光沢のある上下繋がりの物を揃いで着ており、胸には “Shemie” や “Aco” と

異国の文字で 名なども入っておるようじゃ。


「雰囲気だ。多分 今夜だけでは済まん。

だが撥水加工は施してある」


これは どうやら、隊員服のようであった。

どちらも袖は白くあるが、胸部にY字に太く入る色などは違い、シェムハザは赤、アコはパアプルであった。


「カッコいいだろ? 桃太も早く着替えて来いよ」


アコに急かされ「む、うむ... 」と

桃太が着替えに行く。


「ボティス、お前 今日は... 」


「そうだ。仕切り直した。

もちろん、クッキーとココアだ」


「赤ブーツか?」


「そうだ」


シェムハザは、美しき眉をひそめ

「スーツに赤ブーツは似合わんぞ。

ディル、ブーツ44」と 長きブーツを取り寄せる。


「俺も着替えるのか?」


「当然だろう?」


紙袋を渡され、ため息をついておるが

革のジャケットは脱ぎ出しておる。

さほど嫌でもないものらしい。


「榊、さっき葉桜にも言ったが

残念なことに、女性用はない。

女性用であれば、下はミニ丈のパンツになり

身体のラインに ぴったりと添う挑発的なものだが

どちらにしろ お前たちは凹凸おうとつが乏しい。

見ている者も 多少 切ない雰囲気となってしまう。

だが今日も 可愛い格好をしている」


「む...  ふむ... 」

ふぉろー し切れておらぬ気がする。


むっ、ボティスは黒じゃ。


胸のジッパーを上げると

「誰か わかるよう、名で主張しておいてやる」と

シェムハザが指を鳴らすと、胸のワッペンの名が

“Botis” から “Billy” となった。


「良し。なかなかだ」


ここで出ようとは...


桃太は緑であり、それなりに似合うておる。

胸には 桃色の桃の形のワッペンに

“pêche” とあった。

これは、ふらんす語で “桃” のようじゃ。


「では俺は、ジェイドと共に

街に 精霊と霊を降ろして来よう。

アコ。お前は 玄翁を連れ、北側に広域結界を張れ。桃太等は南側を。

ボティス。榊を連れ、河川敷に人避けだ」


「わかった」と アコが消え

桃太も「うむ」と、相談所を出る。


地図を持ったシェムハザが消えると

「何やら、慌ただしいことですね」と

葉桜が珈琲を出した。


「ぬらりは?」


むっ、そうじゃ。ぬらりがおらぬ。


「最近いらっしゃいませんねぇ。

今夜もまた、夜行に参加なさる おつもりかも」


参加とは語弊があろう。

ふらりと引かれておる感触がある故。


「浅黄は?」


「先程いらっしゃって、着替えられましたが

今は、三山と六山からの応援の方々を連れ

四山に行っていらっしゃいますよ」


ふむ。白尾の山には、兎や鼠などはおるが

霊獣は白尾のみである故。

こういった有事の際は、我等 三山の狐等と

六山の狸等が 助力となるのが良いかろう。


「ですが白尾様は、木霊こだま様たちと仲良くされておられますから、お手伝いすることも そうないかと

思われますが... 」


「コダマ?」


「ふむ、樹木の精や神のようなものよ」


ルカが使うものも知っておるので

「精霊のようなものか」と

これのみの説明で納得したようじゃ。


しかし、ルカが縁を持った精霊というものは

種全体のものであろうが

白尾と縁のある木霊については

その木 一本一本に宿るものであり、個の精霊である との違いはあろう。


儂は狐の霊獣であるが、“榊” という個じゃ。


ルカの場合、風や大地であると 解りづらくある故

琉地なる狼犬を例とすると

コヨーテ “全体の魂霊すぴりっと” であり

それに “琉地” という名を付け、個に見立てておるといった感触がある。


儂は、泰河の血に混じりし獣も

このようなものの大きなものと考えておる。


全体のものであるのだ。

天などに紛れたことを思えば、星だけに留まらぬではあろうが、便宜上の見立てであれば

星の精ではなかろうかと思われる。


「そろそろ行くか」と、ボティスが座を立ち

シェムハザが取り寄せたブーツを手にした。


「お気をつけて。朝食の準備をしておきますね」


「ふむ。だし巻きと焼き鮭が良い」と

儂も玄関に向こうた。
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る