イシュの肋骨 2


昨日は、ミカエルたちが

“ラファエルの城でワイン飲もう” って

行ってしまってから

私たちは、ミカエルたちのように

フルーツのパイや糖蜜のパイを食べた。


いつもの味なのだけど、こんなに美味しかったっけ? って、ドキドキしながら。


蜂蜜入りの紅茶も飲んで、マリエルと居住区に入っても、マリエルが私の部屋に寄って

“戻ってくるのは誰かしら?” って 予想したりもしてみて。

なんだか、とても浮き立った気持ちだった。


仕事の時間になると、天衣を取り替えて

サンダルを履く。


私たちの天衣は シンプルで長い。

丈は足首まである。

サリエルの天衣は違う。幾重にも薄絹が重なる。

人の魂を刈る時は、黒いフードが付いたローブを羽織る。

ミカエルたちのような、戦士を兼ねる天使は

動きやすく袖のない、膝丈の天衣。

戦う時は甲冑が付くみたい。


私は、サンダルだけ こっそり

ミカエルと同じモデルの、膝の下まで革の紐を巻くものにしてるけど

同じサンダルを履いてる天使は多くて

それを知ると、お互いに照れ臭い気分になる。


第二天ラキアの居住区を出て、第三天シェハキムゲートを通る。


北十二層の持ち場に着くけど、予想した程には

忙しくない。

魂が、まだ月での監査を受けているのかもしれない。


「ファシエル」と、ハサエルに名前を呼ばれた。


「はい」と返事をし、手招きされて移動すると

他の天使が私の持ち場に着いた。


「サリエルが、君を呼ばれている」


少し、驚く。だって、サリエルが... ?


「“北の 一層、川のほとりにいる” と。

すぐに向かってくれ」




********




ハサエルに言われたように、一層まで上がると

そこには、サリエル ただ 一人だけがいた。


私は、こういった 薄暗くて人気ひとけがなく、ただ広いだけの場所が嫌いで、落ち着かない気分になる。


サリエルは、天衣に黒いローブを羽織った姿で

四本の炎の川の 一つのほとりにいて

近付くと「ファシエルか?」と、確認された。


「はい」


サリエルは、氷の色の眼で私を見ている。

黒く長い髪。整った顔をしているけれど、冷ややかな印象を受ける。

首に布を巻き付けていて、血のようなものが滲んでた。


「地上の任務を与える」


地上に? 私が?


差し出された封書を受け取ると

「お前は、監視と報告をするだけだ」と

サリエルが表情を緩めた。

私から、緊張が見えたのかもしれない。


「天の極秘事項となっている。

ゲートを開かず、光の形で降りるよう。

第一天シャマインからではない」


第一天シャマインは、地上に最も近い。

地上の天候に影響を与える天で、ガブリエルが支配する。


地上に近いから、私たちは立ち入りを許可されていない。下級天使は簡単に、地上に惹かれてしまうことがある って聞く。


「ここから、ですか?」


私は、地上に降りる方法を知らない。


「一度 月に降り、地上に降りる。

“ゾイ” という悪魔に、その封書を渡し

以後は ゾイを監視。

私が喚ぶ時に、ここで報告すること」


サリエルが月へのゲートを開くと、黒いローブの中から、私に手を差し出す。


「慣れぬ者が通ると、迷うことがある」


手を取られ、門をくぐると、星々の中にいた。

そこは、美しく果てがなく、恐ろしかった。


サリエルは、私を見て 少し笑う。

「お前は、根が真面目な者だと聞いている」


何も答えられない。黙って見返す。

そうすると、ますます答えられない問いを

私に投げた。


「私を、どう思う?

私という 存在についてだ」


「存在、ですか?」


「そうだ。死神のように、人の魂を刈り

仲間を堕天させ、天から追放する。

私は、ウリエルの不要な部分だ。

私が離れたことで、ウリエルは今の地位に在る」


ウリエルは、ミカエルやラファエルに名が並ぶ

高位の天使で、第三天シェハキム第五天マティの守護を兼任してる。


「誰からも うとまれる私とは違う」


「疎まれる だなんて... 」


つい口に出てしまって、口をつぐむ。


「大変な、役割だと... 」


白銀の門を通ると、月の大地に着いた。

白砂に 銀の粒子が混ざる大地は、冷たく輝く。


「そう。天に必要な役割だろう。

それが私だった ということは 知っている」


サリエルは、私の手を取ったまま

「地上任務では、天とは違い

消滅する危険もあるが、お前も 使命を果たせ。

使命を果たし、戻れることがあれば

中級クラスに上がることとなる」と、短い呪文を唱える。


背から翼が出た気がすると、私は光の球となっていて、地上の夜にいた。




********




「何をしに来た?」


目の前の男は、光の形の私を見て

青い顔になった。


鎖骨に掛かる黒髪。黒い眼。細身。

ゾイという名の悪魔。

悪魔なんて、初めて見た。


スペイン。暗い森の中。

今は、私が発する光で 明るいけれど。


「俺は、地上棲みだが 大人しくしている。

天に睨まれるようなことなど... 」


『サリエルからの書状だ』


封書をゾイの前に落とすと

「サリエルだと?」と、怪訝な顔になって

それを開いた。


また みるみると顔を青くする。


爪の先で自分の指先を切ると、書状にサインをし

呪文で それを燃やした。


「了承の意は、サリエルに届いている。

それで、お前が俺の監視か? 名は何だ?」


『ファシエル』


「知らない名だ。

お互い、下級の捨て駒 ってことか」


捨て駒。

消滅することもあるから ってことだろうけれど。

それなら それで仕方がない。

使命なのだから。


「しかし、眩しくて仕方ない。

姿を変えてくれよ」


『変えられない』


「それなら、姿を消してくれ。

やりづらいからな」


やりづらい? 今の書状の使命のこと?


ゾイの後ろには、木があって

その影には、女性が半裸で転がっていた。

上のシャツしか着ていない。


『何を... 』


「七年前に魂の契約をした。今日が満了日だ。

今、受け取ったところ。

この女の願いは叶えた。人を呪殺したい と。

一年に 一人。七人もだ。

最期は好きな方法で魂を取っていいと言った。

だから、ヤりながら... 」


『それなら、もう済んだんだろう!』


いやだ。身の毛がよだつ。

なんて 汚ならしい。


「まだだ。冷たくなっていくのが好きでね。

レバーは温かい内に食べるけど

硬直が始まれば、痛いくらいに...

そうか、見たいんだな?」


私は、ゾイに衝突していた。


ゾイは吹き飛ばされて、頭を木に強打した。

このくらいじゃ死なないことは わかってる。

でもこれは、使命外のことだった。

やってはならないこと。


伸びているように見えるゾイに近付くと

ゾイは瞼を開いて、呪文を唱えながら

私に触れた。


ぎゅっと、何かに引っ張られて 目眩がした。

次に前を見ると、伸ばした腕が見える。

男の腕だ ゾイの...


「ざまあないな。まさか ここまで

マヌケな奴を寄越して来るとは」


頭の中で、ゾイの声が笑う。


いや、違う。私が取り込まれてる

ゾイのなかに...


「俺は、術は そこそこなんだよ。

呪術が下手な悪魔からも 仕事の依頼はあるが

時々こうして、天使からも依頼が入るくらいにな」


『呪術?』


「依頼内容も知らないのか?

人間を呪殺することが依頼だ。

依頼というより、命令だけどな。

殺れなきゃ 俺の魂を滅する と」


そんなこと...


ああ、だけど

きっと 異教の邪神を崇める預言者だ。

天を狙って、だから...


「そして、俺に依頼が入るってことは

天のめいではないってことだ。私怨だな」


『そんなこと、ある訳が... 』


「何故そう思う? 天の命なら、極秘であっても

天使が直接に 裁きを下す。

呪殺依頼の人間の中には、祓魔師も含まれている。若いが腕がいいと 評判の奴だ」


祓魔師? 神父 ってこと... ?


「どういう繋がりかは知らないが

ソロモンに使役された、魔神クラスの悪魔も

リストに含まれている。後は知らん奴だけど」


悪魔と、神父が?

それならきっと、悪魔崇拝だと思う。

道を外した神父。少し気分がラクになった。


「じゃあ、これが済んだら 日本に飛ぶ」


身を起こして、半裸の遺体に近寄る。


「特等席で見てろよ。俺の眼で」


ゾイが、遺体の白い腹に触れた時に

反射的に、嫌だって 強く思った。


「ぐっ... 」と、膝を着いて

両手で頭を抱える。


「やめろ、首から千切れそうだ!

何をした?!」


『遺体に、触れないで』


「契約内容には... 」


『もう魂は、手に入れたはず』


嫌だって気持ちを強めると、ゾイは

「わかった!」と叫んで、呪文を唱え

遺体を燃やし、骨にした。




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