ナポリを見てから死ね!

ナポリを見てから死ね! 1 


「朋樹!」


ローマからナポリへ、国内線を降りると

すぐに ヒスイの笑顔が見えた。


家で待ってろ って言ってるのに

必ず迎えに来る。

まあ、昼間 到着するようにしてるから ってのも

あるかもしれんけど。


「よう」と、腕を細い背に回す。

ヒヤシンスのような清潔な匂い。


ヒスイは 170くらい背があって、ヒールを履くと

オレと そう変わらねぇくらい。

なので歩く時は、たいてい手を繋ぐか

お互いの腰に腕を回すかだ。


「あなた、何か疲れてるわね?

飛行機に乗ったからって訳じゃなくて」


アッシュブロンドのショートへアの

すっと下りている すいた毛先を見ながら

「あー... まぁな」と 答えると

「睫毛が素敵」と言った。

こうなると、だいたいしばら

ヒスイの眼を見ない。


「照れたの?」

「いいや」


最近、わかっててやってる節がある。


「あなたは、私を 一ヵ月も待たせて

私を見ないの?」


笑ってるしな。

オレは今、自分のツラの想像だけはしたくない。

泰河が隣で ニヤけるような ツラをしているに

違いないからだ。


「アイシャドウを変えたの。気づいた?

ダークチェリーしか使ってないわ。瞼だけ見て」


「後で見る」


「じゃあ、私が あなたを見るわ。

飛行機で寝てた? 目やに付いてる」と

指を伸ばしてくる。う... くそ...

オレは なんでいつも、こいつの前でカッコ悪いんだ?


「もう やめろって... 」


これすらクールに言えず、半笑いで

自分で瞼を擦るが、目やにのような感触はない。

目やに付いてりゃ その時点でもう

クールじゃねぇんだけど。


「ん? マジで付いてた?」


オレ それなら、日本から付けっぱなしだった ってことだぜ? 飛行機で眼は触ってなかったし。

いいかげんにしてくれよ って言いたいとこだ。


「こっちを見たわ」


はかりやがったな」


「うん。怒った?」


怒れる訳はない。カッコ悪い上にヤラれる。


「荷物が出てきたわ。早かったわね。

珈琲 飲みに行こう」


亜麻色の眼。桜色のくちびる。

骨格や頬、眼や鼻、唇の形が、少し違うだけで

こうも違う顔になるのか と、最近 思う。


「なぁに? さっきまで全然 見なかったのに」


「ジェイドと違うよな って思って。

最初は似てる と思ったんだけど。

いや、似てることは似てるんだけどな」


ヒスイは ジェイドの双子の妹だ。

見た目には、ジェイドの方が穏やかで

ヒスイはクールに見えるが、まるで逆だ。

助かるけど。


ただ、何だこれ? と、自分の言動に思う。

オレが言いたかったのは、多分これじゃない。

思ったのは確かだけど、続きがある。


「そうね、二卵性で良かったわ。

私が 二人いるのも、ジェイドが 二人いるのも

考えただけでウンザリよ」


普通に答えられると

続きはもう 言えなくなるんだよな...


トランクを引きながら、コーヒー飲みに バールに入って、明日から何をしようかと話し合う。


着いた日は、まずヒスイの実家に行って

出ても散歩くらい。

ヒスイのご両親と食事して、ジェイドの話もしたりする。


オレは、ご両親に 結構 気に入られているけど

それは多分、ジェイドとツレだからってだけじゃなくて、こうしてコンスタントにイタリアまで

ヒスイに会いに来るからだろう と思われる。


でもそれが、大切にしている ってことかと言えば

そうじゃない気もする。

オレが 会いたいだけなんだよな。


だから

「おまえさ、何か して欲しいことってある?」と

会えば聞くし、電話でも聞く。


ヒスイは、今日も

「してくれてるわ。会えてる」って

キョトンとして答えるけど

何かないのかよ って思う。


何故聞くか、何を求められたいかを考えて

もしかしたら、ワガママが言われたいんじゃないか? と、気付いて愕然とした。

今まで、こういうことも考えたことはなかった。


最近あんまり、何か 自分で言いたくねぇんだけど

オレは それなりに女の子に寄られるタイプだ。


まぁいいか って気分になれば 付き合ったり

『一緒にいてもつらい』って言われれば

『じゃあ』って 別れて、かなり泣かれたり。


わかってる。言ってくれてもいいけど

先に自分で言う。クソヤロウだった。

それは、女の子に限った話でもなかったけど。


オレは 霊視が出来る。仕事に役立ててる訳だけど

霊視の仕方は追体験。

だけど、その人の思考や思念がわかる訳じゃない。その人が やったことや、やられたこと。

見たものを視る ってことだ。


霊を見れば、死ぬとこまでいく。

自然死だったり、自殺したり、殺されたり。

それはもう、いろんな死に方で 何度も苦しんだし

時々、ひどい拷問にも遭う。


逆に、加害者を視ることもある。

そういう時は、どうしても理解が出来ないヤツに会ったりもする。

なんで、こんなことをするのか とか 考え始めると

混乱に陥る。

そして後悔する。考えたことを。

内側から視る時は 悪意に対して、何かを考えては ならない。

でも、何度も繰り返す。

理解する必要は 全くないのに。


そうしていると、人が人に何かをすること自体

必要ないことなんじゃないか? と 思えてくる。

関わることは、正しいのか?

誰もいなきゃ、殺意は湧かない。憎まない。

全く呆れる程 単純に、オレは人を遠ざけた。


簡単にイメージ出来る 一般的な形容をすれば

“殻” ってやつだ。

それを纏う癖に、人にはズカズカと踏み込む。

仕事だから。そういう名目で。

本当は違う。そいつを わかることが

そいつより優位だと思っていたからだ。


質問の答えを聞くのではなく

相手からの 一方的な説明を聞くのは面倒だった。

したことや されたことの説明を聞く時は

何故そうしたか、理由を聞かされる時もあるし

頑なに理由を言わない人もいる。

それにいちいち何かを感じたりすると

また考えることになる。

知りたかったくせに、ショックは受けたくなかった。相反することを繰り返す。


視たり、眼を背けたりするうちに

殻が出来た。


出来たと思ってたんだ。護れてるし

オレは オレも保ってる って。


でも、そんなものは なかった。


沙耶ちゃんは霊視が出来る。

追体験ではないけど、対象者の隣に立って視る。

殺す時も、殺される時もだ。

それが羨ましかった。体験しないで済むから。


悪魔の時のボティスには、オレの結界は効かなかった。

オレが視られまいと、頭ん中に結界を張ると

それを取っ払ってまで読もうとしなかっただけだ。ボティスは、思考も読めた。


『視る程でもない。退屈な つまらん思考だ』


たぶん、そう思ってたんだろう。

霊視が出来なくても、オレみたいなタイプの

思考の持ち主は珍しくないと思うからだ。

ボティスは 散々 視てきてる。

タチが悪いのは、オレみたいなヤツって どこかで

自分を特別だ って思いやすいことなんだよな。


オレの額を弾いて、狭間って場所に飛ばした。

『お前は翻弄される側だ』って言われてるようだった。オレは、賢いふりをしてたから。


ルカは、思念がわかる。

オレや沙耶ちゃんとは違う。

思考がわかるボティスとも違う。

もっとダイレクトに “悲しい” “痛い”って

感情が移ってしまう。悪意なら悪意のまま。


これを聞いた時、オレは自分が恥ずかしくなった。

ルカは『痛ぇ。ちきしょう、つれぇし』って

イヤだって言いながら、受け入れる。

なんで受け入れるのかを聞いたら

『だって、選べねぇしさぁ』と

当たり前みたいに享受してた。

それを防ごうとは考えないし、損とも考えない。


泰河は、当たり前に ずっと 一緒にいた。

自分の気持ちにすら鈍感なヤツだ。

裏表がない。いや、単純だから

裏表とか器用なことは出来ない ってことだけど。

だから、泰河といると楽だった。


なのに、沙耶ちゃんとオレの霊視方を話してる時に、オレが 沙耶ちゃんを羨むと

『何でだよ?』って言った。

『ただ見てるくらいなら、殺られる方がマシじゃねぇか』って。

この時もオレは、死ぬほど恥ずかしかった。

泰河の方が、ずっとわかってる ってことも

初めてわかった。


オレは、なるべく人を視ないことにした。

視るから わからなくなるんだ。それがわかって。

必要で視る時は『視るぜ』って、先に断る。


ジェイドは、仕事の時や

食事外にスプーンを持った時以外は

ぼんやりしてることが多い。

質的に、ルカと似たところがある。

痛い想いをしても、それを自分から追い出さないし、大して隠そうともしない。


そうして、困ったことに

オレが視るまいと、自分で霊視を閉じても

ジェイドの中身は 届いてしまうことがある。


これは、ジェイドだけに限ったことだ。

長くいる泰河にも、ルカにも

恋人であるヒスイにもない。


シェムハザの城に行った帰りに、皆で

ヒスイとジェイドの実家に お邪魔して

アルバムを見せてもらったことがある。


ジェイドが 恋をした子の写真を見せてもらったけど、ジェイドは黙ってたから

オレは視ないでおこう と思った。

きっといい恋だったんだろうし

人の、しかもヤロウの過去の恋愛視る って

なんか気持ち悪いし。それを視るって行為が。


なのに、それは どんどん流れ込んできた。

恋人のことだけじゃない。

当時のジェイドのことが全部。


オレは狼狽うろたえてた。視ないようにすれば

それは いつも出来ていた。

ルカが言う “選べない” って、こういうことか と思った。

そして泰河が、ジェイドの恋人の名を

ジェイドだけの呼び名で呼ぶと、ついカッとした。


平気なツラしたまま、やっぱり狼狽えた。

なんでだ? これがヒスイなら まだわかる。

なんで ジェイドなんだ?


ボティスに聞いてみた。

まだ悪魔だったし、思考系のプロだったし。


『知らん』


プロじゃねぇと思った。


『お前の閉じ方が甘いか、ジェイドの思考に

それだけ影響力があるかだろ』


別に大したことでもないってツラ

ボティスは『じゃあな』って消えた。


そうか。そういうこともあるんだ、と 受け入れて

たまにジェイドのことが流れてきても

こいつ、影響すごいよな って思うことにした。


そうして、殻と思ってたものは

なかったことに気付いた。

あるって思い込んでた... というか

あるって気取ってた感じだ。ダサいよな。

悪あがきしてただけだ。


「今日は、一緒に行きたいお店があるの。

最近 出来たのよ。家の近くに」


「じゃあ そこに行こうぜ。何の店?」


「ジェラート」


「ジェラート好きだよな」って、椅子を立つ。

「だって、冷たくて甘いのよ?」って

なんでわからないの? とでも言いたげで

ちょっと笑う。


ヒスイは、オレが霊視 出来ることを知ってて

『視ていいわよ。いつでも』と言うから、絶対に視ない。バールを出て、手を繋ぐ。


「冷たくて甘いからか」

「うん。温かくないのに 甘いの」

「温かくて甘いのは?」

「だいすき」

「そうか。久々に会ったけど、かわいいよな」


ヒスイは、ほぼ真横から オレを見てる。

オレは 前 向いてるけど。


もし視たりしたら、絶対 言えなくなる。

嬉しかったりショック受けたりしたら

どうするんだよ?


さっき言いたかった続きを、コーヒー飲んで やっと言ったけど、それだけでオレは このザマだからな。



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