ナポリを見てから死ね! 2


「何色を食べる?」

「藍色」

「アイ色?」

「紺に似てる色。青の深いやつ」


イタリア語は サッパリだ。

ジェラートの注文も ヒスイ頼りになる。


藍色のジェラートは、変わった味を期待したけど

ブラックベリーとブルーベリーミックスだった。

美味いから いいけど。


ヒスイは、ラムネとドロップの間みたいなやつが入った、白ブドウにしてた。

一口もらったら、こっちの方が 全然 美味い。


「ジェイド、元気?」

「おう。変わらず 神父サボってるぜ。

電話する?」

「ううん、いい。リンドウに会いたいわ」

「最近 会ったぜ。仕事でだけど」


何の仕事だったか聞かれて、ひとつひとつ話すと

冗談だと思ってるみたいだった。

学校の七不思議だったしな。


「本当だって。竜胆ちゃんとか ジェイドに聞けば

わかるよ。バッハの顔が オレになってたんだ。

ジェイドは 人体模型だった。

理科室のテーブルで、ファウスト読んでたぜ」


「それが、天使がしたこと?」


「そう、ボティスだ。バラキエルの時に

... あっ! 正月に会った、狐の榊 覚えてるか?」


「もちろん。日本の お人形みたいな人ね?」


「最近、そいつと付き合ってるんだ。

もう堕天して人間になったけど」


普通に仕事の話とか周囲の話してるんだけど

日本じゃ、外では話づらいよな。

イタリアで、日本語で話すから出来る話だ。


しばらく話して、ジェラートの店を出る。


「そうだ。シェムハザが、紹介しろって

言ってたんだよな。おまえのこと」


「シェムハザ? グリゴリだった天使よね?」


「今は、南フランスの城に住んでる。

人間の方のアリエルと。前に話したよな?

ジェイドとルカと会った件だ。

その時に シェムハザとも会ったんだ。

本当は、城に連れて来い って言われてるんだけど、行く?」


「ちょっと急よ。次に お邪魔したいわ」


「じゃあ喚ぶかな」


「今?」


ヒスイは 怪訝な顔をした。

一緒に居て、喚んだことなかったもんな。


「召喚っていうのをするの?」と聞くが

路地に入って「シェムハザ」と喚ぶ。


目の前に、オーロラのような何かが揺らめくと

爽やかな甘い匂いがして、シェムハザが出現した。


「朋樹、イタリアじゃないか」と言うが

すぐに ヒスイに眼を止め

「ジェイドの妹か?」と聞く。


「そう。ヒスイだ」


「こんにちは、マドモアゼル」


手を差し出して握手しているが、ヒスイは輝きに驚いている。

まあ、これは仕方ないよな。

見慣れてもビビるくらいだし。


「ジェイドとも懇意にしている。

なにしろ、毎晩 会っているくらいだ」


「なんだよ、その面倒そうな 一言は」


シェムハザは笑って

「ワインでも?」と、路地を出る。

イタリアだろうが住宅街だろうが注目の的だ。


「... 本当に堕天使なの?」


ヒスイには 天使に見えるようだ。

オレも シェムハザは、ハティや昔のボティスとか

マルコと 同じには見えない。

城で見た時は、リアル王子かと思った。

美の真実を知った日だった。


「悪魔だ。魔術も使う」と

シェムハザが振り向いて答える。


「だが、朋樹と離れている時に

何か危険を感じたら、俺の名を喚ぶといい。

今は付けていないようだが、ジェイドが君に

ロザリオを渡してある と言っていた。

身に着けるか、所持しておくことだ」


ヒスイは 頷いてはいるけど

話が頭に入ってるのかどうかは疑問だ。


ワイン飲みにバールに入っても

いつもとは違って、あんまり話さない。

オレとシェムハザが話すのを聞いていて

まだ ぼんやりしている。


「ボティスも戻って来た。

預言者などの問題はあるが、人間らしく生きることも大切だ。来月は、本当に城へ来るがいい。

妻に紹介しよう」


軽く飲んで「葵や菜々と約束がある」と

シェムハザは消えたけど

ヒスイは ぼんやりしっぱなしだった。




********




一度、ヒスイの実家に戻り

ご両親と話しながら食事を取った。

食事中、ヒスイは いつもの調子に戻っていたが

オレは なんとなく妙な気分だ。


ヒスイは、昨年までは 一人暮らしをしていたが

今年に入ってからは 実家に戻っていた。


ただでさえ、ジェイドの妹だってこともあるが

オレと付き合い出してからは、一人で居させるのを、ジェイドが警戒したようだ。

オレも、キュべレ云々が無くても

一人で暮らされるよりは、家族といてもらう方が安心なので、ホッとしている。


食事が済むと、また少し散歩に出ることになって

持ち帰りのコーヒーを持って歩く。


「なにか、大人しいわね」

「いや、別に そんなことないぜ」


この辺りで散歩に行く時は

道路に面した、夜でも明るい公園に行く。

座るベンチもだいたい 一緒だ。

公園の入り口から、少し奥の外灯の下。


「疲れてる?」

「多少な」


まだ熱いコーヒー飲むけど、黙ってるのもな と

何か話そうと考えた時に

「シェムハザって、あんなに綺麗だと思わなかった」とかって言う。


顔 見たら、眼が きらきらしてるし

こういう時って、何 言うんだ?

昔なら “そうだな” だ。こいつには言いたくない。


ヒスイは オレを見返すが

「どうしたの?」だとか言う。


「別に」

「“別に” って顔、してないわ」


「じゃあ、何 言えってんだよ?」

「聞いているのは 私よ」


これ、何 言って聞いてんのか わかってるのか?

でも今、ヒスイじゃなくて

オレ自身が面倒臭い。


「あなた、まさか妬いたの?」

「まさか」


妬いたとは違う。あれはシェムハザだからな。

悪魔とか人間とかの種は別として

違うもの だ。

オラウータンと人間くらいの差がある。


「だけど、かわいくなったわよね。

出会った時と比べると、解りやすくなったし」


何がだよ。くそ。


「妬いたの?」

「... おう」


で、笑われるんだよな 結局。


「だって、彼はファータみたいなものじゃない。

急に顕れたわ」


「ファータ?」


「fata。妖精よ。またはelfo。エルフォね」


「エルフ?」


「そう」


ちょっと妙な気分じゃなくなった。


「ジェイドがヨウカイ辞典 持って行っちゃったけど、私もよく見てたわ。

小さい頃は、二人で ヨウカイやファータを探したのよ。5つまでは ジェイドは泣き虫だったわ。

私の方が背も高かったの」


「泣き虫?」


「そうよ。6つの時に、迷子になったの。

山でね。もちろんファータを探してて。

山っていっても、丘のようなものよ。

休日はよく ご近所の家族にも会ったわ。

だから ちょっと迷っても、そんなに怖くなかったの。だけど、黒い人に会ってしまったの」


「黒い人?」


なんだよ、そのシンプルな怖い響きは と

ついヒスイを見る。きれいだ。


「そう。黒い帽子に黒いベストとボトムなの」


「山で?」


「そうなの。私たちは木の影に隠れたわ。

でもジェイドが、“オモ・ネロ” じゃないか?って言ったから、怖くなって泣いてしまったの」


オモ・ネロっていうのは、イタリアで

子供のしつけに使われる黒衣の怪人らしい。

『早く寝ないと、オモ・ネロが やって来るぞ』という具合に。


「ジェイドは、私が先に泣いてしまったから

もう泣けなくなってしまったの。

“大丈夫”、“主が助けてくれる” って

私の背中を撫でてくれた。

オモ・ネロが少し離れた時に、私の手を引いて逃げたわ。それから泣き虫じゃなくなったの」


「へえ、かわいい話だな」


「ついでに、4つまでは ルカも こっちにいて

あばれんぼうだったわ。私の方が強かったけど」


ルカはガキの頃から、ルカらしかったようだ。

期待を裏切らないヤツだよな。


「それで、あなたはファータに妬いたのね?」


なんだよ、嬉しそうに。

「ああ、妬いたみたいだな」って答えたら

余計に機嫌が良くなった。まあ、いいけど。


あんまり笑うから「ゴミ 捨ててくる」って

コーヒーのカップ受け取って

すぐ近くのゴミ入れに捨てに行く。


まったく、あいつ等がいないからいいけど

勝手に 泰河が ニヤける顔が浮かぶ。

ジェイドも、ヒスイに素っ気ない... っていうか

お互いに素っ気なく見えるけど

実際は ちゃんと、お互いが大切なんだよな。


ルカのこと、ちょっと考える。

リラちゃんのことも。


ヒスイは、知らないことだ。

話さない方がいいよな。

ただ、どうしても 何度も思い出してしまう。

ルカが見た、あの光景を。


もしあれが、ヒスイだったら と。


戻ろうと振り向いて、ギョッとした。

ヒスイに 男が話し掛けてる。


「おい、あんた!」


黒い妙な帽子を被った そいつが振り返った。

ブラウンの長い巻き毛で、いかにもイタリア って顔付きをしているが、離れて見ても わかる程

目鼻立ちが整っている。


「離れろよ。その子は オレの彼女だ」


オレの彼女 って、なんか変な日本語だよな って

今いいだろ ってことがよぎる。

オレと付き合ってる とか、恋人 とも言いにくいし

女 って言うのは乱暴な気がする。

これが普通に聞こえるのは、ボティスくらいだ。


すぐ近くに行っても、そいつは ぼんやり

オレを見てた。

帽子は、黒いベルベッドだけど

柔らかい三角帽が折れた形だ。カッコ悪い。

黒いベルベッドのベストにズボン。

何かのイベントでもあったのかもしれない。


ヒスイが イタリア語で説明すると

またオレの方を見て、なんとイラついた顔をした。舌打ちとかしたら式鬼でも打ってやるかと思ったが、ふいっと後ろを向いて歩き出す。


「... えっ?」


歩き方を見て またギョッとした。

ヒスイを引っ張って立たせて、引き寄せる。

そいつの脚は、膝の関節が逆向きだ。


馬や山羊の後足みたいだ。

いや馬や山羊のあれは、かかとだけど...


何か変なヤツだったけど、人間じゃないって気はしなかった。

それなら そういう脚 ってことだよな。

驚いたりするのは、失礼だったかもしれない。


そいつは公園を出て、ヒスイの家の方とは

逆の方に歩いて行った。


「大丈夫か?」と、ヒスイを見ると

両手で口元を覆って 怖がっている。


「ナンパされた?」と 聞きながら

イラついた顔しやがったのを思い出して

オレがイラつく。


「オモ・ネロよ」


ん? と、またヒスイを見る。本気で言ってる。


「まさか。日本でも言うよ。“鬼が来る” とか」


まあ、榊の話だと、鬼は 二山にいるらしいから

オモ・ネロもいるかもしれねぇけど。


ヒスイは、まだ怖がりながら

「だって... 山で見た人よ。そのままだわ」と

オレを ちょっと、ゾッとさせた。










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