15


「... 眼の色はブラウンよ。ジェイドくんのように

薄い色をしているわ」


また しばらく、ルカと露ミカエルの手を取り

集中していた沙耶ちゃんが、ふう と息をついて言った。


『ブラウンか... 』


露ミカエルが首を傾げる。

けど、ブルーでもグリーンでも

多分 この反応なんだろうな。


「けどさぁ、“楽園で会ってる”

“男、ブロンド、ブラウンの眼” って

結構 わかったこと多いのに

見当つかないもんなのかよ? 上位天使だろ?」


ルカが言うと『そうなんだよな』と

ミカエルも同意する。

『思い当たらないのが おかしい』


「“バラキエル” の名のように、秘されているとしたら?」


預言者を仕立てたヤツをか。ありえるよな。

預言者自体、秘されてるし

預言者に会ったオレらの記憶も消去されるしさ。


「その場合は どうなんだ?

お手上げってことになるのか?」


朋樹が聞くと、露ミカエルは

後ろ足で顎をカカカと掻き

『いや。“預言者を仕立てた” ということを

秘していても、“リラの記憶を持つ” ってことは

秘していない。

サンダルフォンが使わせた “レナ” の記憶は?』と

答えて、沙耶ちゃんに聞く。


レナの記憶を持っているのは、この中だと

ボティスだけだ。

悪魔だった時に、オレらの記憶の中から

レナを視た。黒いリボンの子だっていう。


ボティスが ルカと代わって

沙耶ちゃんが、ボティスの中の記憶を元に

ミカエルが楽園で会った天使... リラの記憶を持つ天使が、レナの記憶も持っているかを視る。


「... ええ、あるわ。同じ人よ」


おっ! マジか!

オレの出任せ予測が当たった!


「えっ? マジで?!」

「すごいな、泰河!」

「出任せもバカに出来ないね」


こいつら... 当たると思ってなかったな。絶対。


「他の 二人についてはどうだ?

男だ。まだ若い者と中年だが」


ボティスが聞き、沙耶ちゃんが集中するけど

すぐにボティスが

「沙耶夏、もういい。せ」と止めた。


「あっ... 」


沙耶ちゃんが鼻や口元を覆う。

その手の下から血がしたたった。


オレも「えっ! 沙耶ちゃん!」って

ドキッとしたけど

「沙耶ちゃん!」「どうした?!」と

朋樹たちも カウンターを立つ。


ゾイが、紙ナフキンを沙耶ちゃんに渡す。

鼻血が出たみたいだ。


「ちょっと集中し過ぎちゃったみたい。

でも大丈夫よ。今 視た 二人の方も

同じ人の記憶にあるわ」


じゃあ、預言者は全員

そいつが仕立てた ってことだ。


「顔を拭いて来るわ」と、椅子を立つ沙耶ちゃんを、露ミカエルが『待て』と 止める。


テーブルを歩き、沙耶ちゃんに近づくと

鼻や口元を覆う手に前足を掛け、額に口をつけた。


おい と、オレらは表情を無くしたが

沙耶ちゃんは「ありがとう」とか言う。

「“天使のキス” ってやつだ」と

ボティスが鼻を鳴らした。


「軽いものなら、癒すことが出来る」


へえ...


『俺は、癒しはニガテだけど

このくらいなら何とかなる』


露ミカエルは、ゾイに顔を向け

『ラファエルなら、お前の姿を戻せるぜ。

受肉したから、天には戻せないけど』と

軽く言った。


「元の姿って?」

「ファシエルの姿ってことか?」


ルカとジェイドが聞く。


『そう。性別も違うだろ?』


沙耶ちゃんは「まあ!」と、眼を輝かせるが

朋樹は、微妙な顔だ。ゾイは式鬼だし

女の子になると、なんかめい くだしにくいよな...


「どうしたい?」と ボティスが聞くと

ゾイは「このままで」と答えた。

「サリエルが出て来た時に、混乱しそうだから」


うん、まあ それはあるかもな。


『そうか。じゃあ、サリエルが片付いて

気が変わったら言えよ』と、露ミカエルがあくびする。伸びをして 二つ尾を立てた。

猫化が進んでる気がするぜ。


沙耶ちゃんは、一度キッチンへ入ると

手や顔の血を落とし、今日もデザートに

ロールケーキを出してくれる。


『一口大にしてくれよ。食いづらい』

「俺が お前にか?」


ミカエルとボティスって仲良いよな。


「それで、預言者の天使って

やっぱり まったく見当付かずなのか?

沙耶ちゃんが、あんなに頑張ったのに」と

朋樹がサクッとやる。


ボティスは、一口大にしたロールケーキを

フォークに刺して、露ミカエルに食わせながら

「こいつが思い当たらんことには

どうにも... 」と答えて

ハッとした顔で、露ミカエルを見直した。


「預言者の存在は、天には秘されている。

天使には見えないからな。

預言者が見える天使は、おそらく

預言者を仕立てた そいつだけだ」


だろうな。

本人が見えなきゃ、どうしようもないもんな。


『サンダルフォンにも見えてない ってことか?』


「考えれんことではない。

サンダルフォンのめいを守って、預言者を動かし

“完了した” と報告すればいいからな。

預言者を見た者から、その記憶を消しているのは

そいつの保身のためだ。

レナ以外にも 勝手に預言者を仕立てたことを

サンダルフォンにも、他の天使にも知られないようにするためだろう」


そうか。預言者の存在が、オレらの記憶から

他の天使にバレたら困るもんな。

サンダルフォンは、他にも下級天使 使ったりしてるしさ。マルコに接触させたヤツとかさ。

そいつはミカエルが斬首したけど

他にもいるかもしれんし。


『見つめてないで、ケーキ刺せよ』


ボティスが ムッとする。

「お前は、話を聞いてるのか?

露の身体じゃなければ、俺は お前を刺している」


『聞いてるぜ? 食いながらでも聞けるだろ?

結論を言えよ。何か見当 付いたんだろ?

お前 いつも、説明からするよな。

わかりやすいけど、長いだろ』


うわぁ...


ボティスが フォークを皿に置いた。

露ミカエルは、“あっ” て顔だ。


「俺は、お前に見当を付けさせるために

整理して話してやっている。

何故か? そうしなければ、お前は自力じゃあ

見当など付かんからだ。

さっき自分でも ちらっと言っていたにも関わらず

ブロンドでブラウンの眼の者を思い浮かべるだけだろ? 頭で考えて、推測を立て、絞ったりなどしないからな」


『そうだよ。だから結論 言えって。

説明は後ですればいいだろ?

地上ここで考えるのは お前。あっちで動くのは俺。

何か問題あるのか?』


ミカエルに言えるボティスがすごいのか

ボティスに言えるミカエルがすごいのかは

わからんけど

画的には、猫とケンカするボティスだ。

誰も止めないのは、面白いからだろう。

沙耶ちゃんすら ちょっと笑ってるしな。


「“秘しているもの” と “記憶” だ」


苛ついた顔でボティスが言って

「珈琲」と、ゾイにカップを渡す。


『それが何だよ? さっきも話しただろ?』


だから、ボティスは説明してたんじゃねぇか...


「そうだ。

最初からヒントは示されてたってことだ」


オレらは さっぱりわからんけど

天使なら、そいつの見当が付く会話なんだろうな。


ゾイから珈琲を受け取ったボティスに

露ミカエルは『説明しろよ』って言った。

おい...  耐えきれず ルカが笑う。


『お前、笑ってないで ケーキ刺せよ』


たぶん、ケーキ食いたかっただけだな。

ルカがフォークで食べさせてやって

ボティスが ため息をつく。


「預言者は “秘さなければならなかった”。

だが、“記憶の消去” は必要がない。

他の天使に預言者は見えないからな。

これは、預言者がレナだけであれば ということだ。

記憶を消去するのは、そいつの保身のためだ。

俺等の記憶を通して、レナ以外の預言者の存在が

サンダルフォンに露呈しないために。

それなら預言が成就したら、さっさと消去すればいいのだが、ある程度の時間をかけて消去する。

俺等に、“何故 忘れるのか?” と

“記憶” に 目を留めさせるためだ」


露ミカエルが、口についたクリームを

前足と舌で掃除しながら

『うん、そうかもな。俺も珈琲』って言うと

ボティスは苛つきが最高潮に達したらしく

「うるせぇ! 何が 珈琲だ!

“記憶の天使” だって言ってるんだ!」と

ついに、テーブルの猫に怒鳴った。

これは なんか、ボティスの負けだよな。


露ミカエルは、碧い眼を細めて

『お前なぁ』と 片方の前足でボティスを指したが

そのまま制止して眼を見開き

『ザドキエルか!』と言う。


「おっ」「見当 付いたらしいな」

「そうか... ザドキエルは、神の正義や慈悲を表す天使と言われているけど、記憶を司るんだ」


さらに、人類最初の預言者のアブラハムが

神への供えに、自分の息子を捧げようとした時

それを止めたのも ザドキエルって天使のようだ。

「ミカエルやメタトロンっていう説もあるけど」

らしいが。


オレらがカウンターで こそこそ話してたら

『そうだ、それだよ バラキエル!』って

露ミカエルがボティスに飛び付いた。


たぶん、肩叩くとかってこと してるんだろうけど

「やめろミカエル」と、ボティスは

テーブルに露ミカエルを戻して座らせる。


ルカが、おもしれぇって顔して

コーヒーをスプーンですくって、露ミカエルに飲ませている。ルカは ミカエルが気に入ったようだ。ボティスが おもしろくなるからだろう。

オレもミカエル好きだ。


『よし。天に戻って、ザドキエル捕まえないとな。何 知ってるか吐かせる』


「待て ミカエル。サンダルフォンに知られたら

ザドキエルが危ないだろ?

アリエルにも話す。二人で動け」


アリエルが制止役ストッパーか。それがいいよな。

ミカエルは派手にやりそうだしさ。


「俺等も召喚して、ザドキエルが降りれば

話しを聞く。

出来ればだが、ザドキエルは このまま

サンダルフォンの密偵スパイにしたいからな」


こいつさ、本当に 抜け目ないよな...


オレらも感心するが

『お前、相変わらず やるな!』と

また露ミカエルは、ボティスに飛び付いた。



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